魔王さんと冒険者
ナージャが魔狼の討伐を終えて、町に戻ったのは五日後だった。
ギルドで報告を済ませて、賞金を受け取り、そのまま外へ出る。
外で待っていたのは、今回の討伐を手伝ってくれた三人組の冒険者パーティだった。
「いやー、本当に助かりましたよ! 魔狼の群れって結構苦労するんですよね。それをバサバサ切り倒していく姿は、さすが勇者様って感じでしたね!」
盾と剣を携えた茶髪の男、スミスがナージャを褒め称える。
「それに、見事な作戦でしたよね! 足跡から群れの位置を特定して、痺れタケを仕込んだエサを置いて群れを誘き出すだなんて!」
両手杖を持ちローブに身を包んだ魔法使いの少女、マルカがそれに続く。
「ああ。それにあんなに見事に毛皮の処理まで行ってしまうとはな。結構な数だったし、日暮れまで掛ると思っていたんだが、勇者様は熟練した狩人のようだったな」
弓を背負った金髪のアーチャー、ダリルが神妙に頷きながら同意する。
「あは、あはは……」
三人の称賛に対してナージャは乾いた笑いで答えるしかなかった。
全部、魔王に教えてもらった事だったからだ。
討伐依頼を受けると話した日、倒した後の毛皮の剥ぎ方まで含む、魔王の懇切丁寧な解説は深夜にまで及んだ。
半信半疑な部分もあったが、町に来たばかりだというこの3人組を仲間に加え、報告の場所に向かい、魔王に言われたままの群れの痕跡を見つけた時には、疑いはすっかり消えていた。
後は、教えられた通りに作戦を実行しただけである。
「その、私も教えられた事をやっただけですんで……」
「へえ! 勇者様に魔物の事を教える人がいるなんて! 師匠かなんかですか?」
「学者様ですか? それともまさか賢者様!?」
「実に興味深い。是非ともお会いしてみたいものだ」
三人の驚きの声に戸惑いながらナージャは考える。
三人は、しばらくこの町に滞在すると言っていたし、どうせいつかはバレるだろう。
なんせ観光名所なのだから。
「食事ついでに会いに行ってみますか?」
その言葉を聞いた三人は満足そうに頷いて答えるのだった。
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「いらっしゃいませー。勇者様、お戻りになられたんですね」
ナージャ達が酒場に入ると、店主が挨拶してきた。
カウンターでは常連客である老人のウィルがおり、いつものように飲んでいる。
「ええ、さっき戻った所です。ところで……」
ナージャが酒場の奥に目をやろうとすると、後ろにいたマルカがずいっと前に出てきた。
「あ、貴方が勇者様のお師匠なんですね!?」
と、ウィルに向かって言った。
「ほほう……。一目で見抜くとは中々のもんじゃのう……」
ウィルは、ナージャ達の方を向くと、胸を張り蓄えた白いひげを撫でながら答える。
「く!? ただ者じゃねえぜ? このジジイ!」
「一見隙だらけに見えるが、どこにも死角がない!」
「ほっほっほっ! そこの二人も筋が良いようじゃのう!」
完全に遊ばれている。
マルカは頭を下げて、話を続ける。
「私は魔法使いのマルカと申します! 是非、勇者様の師匠たる貴方様に教えを乞いたく、この場に参りました!」
「お、俺も同じだぜ! アンタの教えを受けにきた!」
「若輩の身なれど、お許し頂けるのならば……!」
スミスとダリルも頭を下げる。
ウィルは双眸を見開くと、大仰に答える。
「我が叡智と深遠なる技術を体得するには並大抵の努力では……」
「いい加減にしてください。ウィルさん」
さすがにナージャも突っ込んだ。
「もうちょっと遊ばせて欲しかったんじゃが……」
「へ?」
三人は顔を上げるとキョトンとした顔をしていた。
ナージャはウィルを指差して、こう告げる。
「彼は、ただの飲んだくれのお爺さんです」
「ほーっほっほっほっ!」
ウィルは楽しげに手を叩いて笑う。
そこで、ようやく我に返ったマルカはナージャに尋ねる。
「では、こちらの店主様が……?」
「いえ、すみません。違いやす」
「で、では一体どなたが……」
「アレです」
ナージャが指差した先には、ソファーで毛布に包まって涎を垂らしながら、スヤスヤと眠る魔王の姿があった。
「え~~~~~~……」
三人の不満そうな声が酒場に響き渡った。
その声で目が覚めたのか、もそりと起き上がった魔王が目を擦っている。
「なんじゃの……? 騒がしいのう……?」
「とりあえず涎拭いてください魔王さん」
慌てて口元を袖で拭った魔王は、気を取り直してナージャに声を掛ける。
「戻って来たのか勇者よ。余のアドバイスはどうであった?」
「とても役に立ちましたよ……」
ナージャが複雑そうな顔で答える。
「それは良かったの! 怪我もなさそうで何よりじゃ!」
満足そうに頷いて笑顔になる魔王。
マルカが片手を上げて魔王に尋ねる。
「マオーさんって言うんですか? 変わったお名前ですね?」
「余は魔王じゃよ?名前は……」
「ずいぶんと魔物に詳しいようですが、学者さんですかね? その若さで賢者様とか?」
「いや、だから魔王なのだ」
「むむっ! 正体は秘密なんですか?」
若干、怒った口ぶりのマルカに戸惑う魔王。
ナージャは、溜息を吐くと魔王に促した。
「あの、多分伝わっていないんで自己紹介お願いします」
「む? そうなのかの?」
魔王はソファーから立ち上がり、両手を広げて言い放った。
「フハハハハ! 我が名はヴァレント=ヴァーミリオン=ヴァレッタ! 数多の魔物を束ねし、災厄の根源! 大魔王である!」
酒場が静まり返った。
「また冗談ですか? いい加減に怒りますよ勇者様?」
三人からの冷ややかな視線を受けて、思わず俯いてしまうナージャ。
呟くように反論する。
「いや、その、ごめん。本当なの。そこにいるのがポンコツに見えるけど魔王なの……」
「ポンコツ!? お主、前から思っておったが暴言暴力勇者だの!!」
ぎゃあぎゃあと騒ぎ立てる魔王をよそに、マルカがナージャに悲しそうな目を向ける。
「勇者様は、お疲れのようですね……。私たちは先に宿に帰りましょうか」
「ああ、そうだな……」
「ごゆっくりお休みください。勇者様」
頭を下げてそそくさと酒場を出ようとする三人。
「ちょ、ちょっと待って! その可哀想な人を見る目を止めて! 話を聞いて!」
このままでは、勇者の沽券に関わると、必死に三人を引き止めるナージャ。
そこへ両手を腰に当てて胸を張り、魔王が言った。
「よろしい! 余が魔王である事を証明して見せよう!」
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「第百二十六回! 魔王討伐選手権を開催するのだー!」
四人を町の広場まで連れて来ると片手を上げて高らかに宣言する。
それに釣られてか、ぞろぞろと人々が集まってくる。
「挑戦者が来るなんて久しぶりじゃねーか?」
「どっちが勝つか賭けるか?」
「止めとけ。勝負にならねえ」
「魔王さん頑張れ―」
「挑戦者も気合い入れろよー!」
観衆の声を聞いて、こんな事を何回もやってるのかと頭を抱えるナージャ。
隣では三人組が不満そうに立っている。
「ルールは簡単じゃ! お主らパーティが、ここに立っている余に攻撃をして傷一つでも付けられれば、お主らの勝ち! 逆に傷一つ付けられず三十分経ったら、余の勝ちだの!」
ハイテンションで説明を続ける魔王。
「ちなみに敗者は勝者に酒を奢るのが罰ゲームじゃ!」
どうやら、こうやって冒険者から酒をたかっていたらしい。
「では、勝負開始じゃ!」
しかし、三人は動こうとしない。
「素人さん相手にはちょっとなあ」
「大怪我でもされたらたまりませんからね」
「魔法じゃ加減なんてできないし……」
三人とも難しい顔をしている。
その時、観衆が騒ぎ始めた。
「おいおい、びびってんのかー?」
「冒険者なのにダサいな」
「あんなので、魔物なんて倒せるのかね?」
「まあ、駆け出しじゃしょうがねえよ」
などと、好き勝手に言い始める。
この言葉が、さすがに頭に来たのかスミスが剣を抜く。
「女を泣かすのは趣味じゃねえんだけどな!」
寸止めでもすれば、慌てて逃げるだろうと斬りかかるスミスだったが、剣はピタリと魔王の手の平で止められた。
「えっ―」
「本気かの?」
金色の双眸がスミスを捕える。
瞬間、ゾワリと背筋に冷たいものが走るのを感じたスミスは慌てて飛び退いた。
「おい、アイツやばいぞ……」
二人に小声で告げる。
その言葉が真剣みを帯びているのを察した二人は武器を手に持った。
「任せろ」
ダリルは弓を構えると、魔王の右肩めがけて矢を放つ。
肩に当たった矢は、トンと軽い音を立てると、そのままコロコロと地面に転がってしまう。
「ファイアーボール!」
マルカの杖から火球が放たれ魔王に直撃して燃え上がる。
「魔法なら……!」
炎が収まり、出てきたのは煤一つ付いていない魔王の姿であった。
「フハハハ! 本気を出してみよ! 冒険者たちよ!」
「クソがあああああ!!」
三人の一斉攻撃が始まった―。
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「フハハハハ! 弱い! 弱過ぎる!」
総攻撃開始から十数分後、そこには憔悴しきった冒険者三人の姿があった。
「反則だろ……」
「本当に魔王なの……?」
「そうでもなければ……」
自分たちの攻撃は、傷一つどころか、服すら破けていないのに、攻撃した剣が刃こぼれを起こし、矢は全て魔王の周りに転がっている。
魔法に至っては何も効果がないように見える。
魔王は開始地点から一歩も動いていないのに。
「フハハハハ! どうする? 早めに降参するなら更にもう一杯ずつ奢ってもらうことになるがの!」
ニタニタと邪悪な笑みを浮かべる魔王。
「何なら、これから余を呼ぶときは『偉大で高貴で美しい魔王様』と呼ぶが―」
ごちん! と大きな音が鳴った。
「調子に乗るな!」
ナージャの振り下ろしたゲンコツにもんどり打って倒れる魔王。
「痛い! 痛いのじゃ!」
「貴女が悪いんでしょうが!」
「タンコブ! タンコブができたのじゃ! 慰謝料を請求するのじゃ!」
「あら? 傷一つ付いたのね? じゃあ私たちの勝ちね?」
「ゆ、勇者は別なのじゃ!」
「あら? 言ったわよね? 『お主らパーティが』って、私も今日までは彼らのパーティメンバーなのよ?」
ニコリと微笑むナージャ。
尻もちを付いたまま、青い顔になって後ずさる魔王。
「早めに降参するなら更にもう一杯だっけ?」
ナージャは笑顔のままポキポキと拳を鳴らして魔王に近づいていく。
「すまん! 久々での? 悪乗りが過ぎての? さらに一杯奢るから、ここまででの?」
「ごめんなさい。私、急に耳が遠くなったみたい。あと十分もすれば治ると思うんだけど」
魔王の悲痛な叫び声は、この後もしばらく続き、歴史上初めて魔王討伐選手権は冒険者側の勝利に終わった。
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「うう……勇者は極悪なのじゃ……悪鬼羅刹なのじゃ……魔王だけを倒す機械なのじゃ……」
「はいはい、よしよし、もう大丈夫ですよー魔王さん」
マルカに頭を撫でられ慰められながら、ジトリとナージャを睨む魔王。
「いや、本当に凄かったな勇者様」
「ああ、えげつない攻めだった」
勇者の攻撃を思い出したのか、腕を組んで語り合うスミスとダリル。
ナージャは頭を抱えて嘆息する。
「なんで私が悪者になってるのよ……」
「魔王さんが降参とか参ったとか言っても攻撃止めなかったもんね」
「途中から叫べないように、さりげなく口を塞いでなかったか?」
「ああ、関節技を巧みに使っていたな」
感心したように話は続く。
「余り、魔王さんをいじめないでくださいよー?」
酒を置きに来た酒場の店主にまで釘を刺される。
「おお、待っておったのだ!」
「魔王に奢られるのって初めてかも」
「まあ、間違いなく歴史上初めてだろうな」
「そりゃそうだな! ご馳走様です! 魔王さん!」
何だかすっかり打ち解けてしまった冒険者と魔王。
切欠はおかしな事だったが、仲良くなれたのなら、それはそれで良いのかもしれない。
ナージャはお酒を片手にそう思いながら、目の前の光景を眺めるのだった。




