魔王さんと竜退治
「ドラゴンが暴れている?」
シルヴィアの話を聞いて腕を組み、考え込む魔王。
「ええ、そうです。ドワーフの国にある鉱山に、突然ドラゴンが現れ、住み着いてしまったという事です」
「今更、ドラゴンの一匹や二匹で大慌てする話なの? 魔族やドワーフって強い人多そうなのに」
シルヴィアの話に、疑問を告げるナージャ。
魔族とドワーフに交流があったのも不思議だったが、二つの種族共に弱い存在ではないはずだった。
その言葉を聞いて、シルヴィアは眉根を寄せる。
「勇者には分からないかもしれないけど、ドラゴンって相当強い物なのよ? 特に年を重ねたドラゴンほど厄介な相手はいないわ」
シルヴィアの回答に頷く魔王。
「ドワーフ達が手に負えんとなると、古代種かの……スミスよ、一緒に行くかの?」
「すみませんが、今回は絶対に嫌です」
魔王の言葉に、スミスはブンブンと首を横に振る。
その様子を見て、魔王は嘆息する。
「かなり厄介そうだの」
首を傾げたナージャが、マルカに質問する。
「ねえ、古代種って何?」
「ドラゴンには、色々な種類が居るんですが、年齢ごとに種類分けされているんです。その中でも一番強いのが古代種なんです」
いまいち、ピンと来ないのか、腕を組んで考えるナージャ。
それを見て、魔王が説明を続ける。
「余より、数倍年上なドラゴンという事だ」
「ってことは、千年以上生きてる可能性があるって事!?」
「そうだの。 その間、魔王や勇者にも滅ぼされず生き残ってきた種。それが古代種だの」
その言葉に、ようやく合点が言ったのかナージャが腕を組んで唸り始める。
「しかも、スミスが即答で嫌がるレベルだからの。魔族や、ドワーフ達でも手出しが出来んのも頷ける」
「あれ? 俺なんか危機感知の魔法道具みたいになってる?」
自分を指差すスミスに、苦笑いするマルカ。
「しかし、放置しておくわけにもいくまい。勇者よ手伝え」
「魔王様自ら行かれるのですか!?」
ソファーから立ち上がった魔王を見て、驚きの声を上げるシルヴィア。
「良いけど、ここからだとかなり遠いんじゃないの?」
「余が運んでやる」
そういうと、スタスタと酒場の外に出て行く魔王。
シルヴィアと、ナージャは慌てて付いて行った。
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最初は魔王に抱えられて跳んでいたナージャだったが、不安定で怖いという理由で、今は魔王に背負われている状態である。
「マルカは大丈夫? 何なら別の方法でも……」
「いえ、大丈夫なんですが、初めてお姫様抱っこをされたのが女性と言うのも……」
もにょもにょと答えるマルカにシルヴィアは笑顔で答える。
「あら? 私は問題ないどころか、さっきか胸の高鳴りが……」
「シルヴィア? お主だけはたきおとすぞ?」
魔王の言葉に、話すのを止めるシルヴィア。
結局、一行にマルカも付いてきた。
今回戦うのは、あくまでナージャと魔王になるだろうからだ。
ならばと、スミスとダリルの反対を押し切り、どうしてもと同行させて貰ったのだ。
勇者の力の秘密がが分かるかもしれないという思いを浮かべて。
その日の夕暮れには、件の鉱山がある町の近くに着いた一同。
人の足なら半月、馬でも一週間以上の距離だろうか?
ナージャは、嘆息していた。
「貴女、本当に魔王なのね……これじゃ今まで人間が全力で戦ってきた理由も分かるわ」
「兵は拙速を貴ぶからの。早くて強ければ、世界を混沌の渦に巻き込むのも簡単であろう?」
自慢げに胸を張って答える魔王。
そこに一人のドワーフが走ってきた。
「シルヴィアさん! 随分と早いお戻りで!」
「魔王様が、直接来て下さったわ。あと、勇者もいるわよ」
その言葉に慌てて、三人の方を向き頭を下げるドワーフ。
「魔王様に、勇者様までお越しとは! ありがとうございます!」
「気にするでない。しかし、町に直接行かぬのは……?」
「こちらでございます。魔王様」
ドワーフとシルヴィアに先導されて歩いて行くと町の姿が見えてくる。
そして、それ以上に圧倒的なのが―
「や、山が燃えてますね? ドラゴンの仕業ですか?」
「岩山に燃える物なんてあるの?」
町の近くにある山の頂上付近に轟々と燃え上がる炎の塊。
それを見て、半目になりながら魔王が呟いた。
「恐らく、あれがドラゴンだの……」
ナージャが魔王に質問する。
「何かもっと、鱗とかあるのを想像してたんだけど」
魔王は嘆息しながら答える。
「古代種の話はしたの? あれは、そのさらに一つ上の存在。『原初』だの」
「原初……ですか?」
マルカも知らない言葉に驚きの声を上げる。
「原初とは神話時代の遺物だの。炎、風、水、土といった存在が意思を持って形を成されていると思えばいい」
「それでは精霊と……」
「あれなどとは比べ物にならん。本来は神話の時代に現れ、世界を構成する要素として時間と共に世界に溶け込み消えてしまう」
いよいよ痺れを切らせてきたらしい存在を頭に浮かべ嘆息する魔王。
「そんなの、どうしようもないんじゃ……」
マルカが青ざめている。
シルヴィアも、ドワーフも俯いたまま黙っている。
「町の住人の避難は?」
「既に済んでおります。尋常ではなかったため……しかし、そこまでとは」
魔王の質問に青ざめたドワーフが答える。
「え? ようするに、あれを倒せばいいんでしょ?」
炎を指差しながらあっけらかんと答えるナージャ。
「おバカさん一号には分からんかも知れんが……」
「難しく考えすぎなのよ! あれをババーッとやっつけちゃえば帰れるって事でしょ?」
「あれは、世界を構成する―」
と、アンポンタンな勇者に言いかけて魔王は考え込んだ。
そう。あれは概念なのだ。
炎と言う概念が意識を持って、世界に存在を知らしめるための物。
だが、それはとうの昔に終わっているはずである。
なら、あそこにいる物はなんだ?
「そうだの。ババーッとやっつけてしまうかの」
そう言って魔王はニタリと笑った。
「そうそう。貴女も分かってるじゃ……ってええええええええ」
魔王はナージャの後ろに回ると、あっさり抱え上げて山の方へ飛び去ってしまった
「だ、大丈夫なんでしょうか?」
ナージャの悲鳴が小さく遠ざかるのを聞きながら、冷や汗をかくマルカだった。
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「フリーズランス!」
上空から魔王が詠唱すると、氷の槍がドラゴンに向けて豪雨のように降り注ぎ、ドラゴンは氷の山に押しつぶされ、一帯が冷気で満たされる。
「これで、終わりじゃないの?」
と言うナージャに、笑顔で告げる。
「次はお主の出番じゃからの? しばし生き延びよ」
そういうと、魔王はポイッと凍った地面に向かってナージャを投げ捨てた。
「ちょっと! アンタ覚えてなさいよぉぉぉぉぉ!」
叫びながらも見事に着地する勇者を見て嘆息する。
「相変わらずだの」
そこへ、突き刺さった氷の山の中から炎が溢れだしてくる。
それは氷を全て溶かすと、ドラゴンの形に纏まって行く。
「やはり、こんなものでは駄目か」
次の魔法の詠唱に入る。
神話の抜け殻なら、これで何とかなるはずだ。
さすがにこの町と、鉱山は使えなくなるだろうが勘弁して貰いたい。
眼下では、ナージャが炎に向かって剣を振るっていた。
「切っても! 切っても! キリがない!」
襲い来るツメ、牙、ブレスを避けながら、果敢に切り込んでいくが、一瞬炎が剣閃で途切れるだけで、また直ぐに繋がってしまう。
「それならああああああああああ!」
ナージャはあらん限りの力を振り絞って、幾重もの斬撃を重ね続ける。
その剣閃は、ドラゴンの腕を切り、首を切り、翼を切り、上半身の半分が消し飛んだところでナージャは一旦後ろに退いた。
息は荒く、呼吸を整えるので精一杯だった。
そんな姿をあざ笑うかのように、下半身から炎が巻き上がり、再びドラゴンの形に戻り雄叫びを上げる。
その咆哮は獣のそれではなく、炎そのものが巻き上がる轟音だった。
「ババーッとはいかないようね……」
額から流れ出る汗をぬぐって呟く。
と、そこへ魔王が飛び降りてきてナージャの横に立つと魔法を発動した。
「コキュートス!」
瞬間、ナージャの目の前の空間が一瞬で氷の壁に覆われた。
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呆気にとられたナージャは、目の前の氷の壁を軽く叩きながら魔王に聞く。
「なにこれすごい」
魔王は、息を荒くしながら答える。
「冥府の川じゃ。神話の遺物すら封印する……」
ナージャが周りを見渡すが、この氷の壁はどこまでも続いているように見えた。
そして、その中に、先ほどまで戦っていたドラゴンがそのままの形で動きを止めている。
「倒したってこと?」
「封印できたと言った方が正しいかの」
「夏場とかに溶けないの?」
「そういう代物ではないの。お主がさっき戦っていたドラゴンと同じようなものだと思えば良い」
その言葉に、ナージャは考え込む。
確かに燃える物のない場所で存在し続ける炎は異常だった。
それと同じものであるならば、気温などに左右されずこの氷は存在し続けるだろう。
「さすが魔王さんと言ったところかしら?」
笑顔で答えるナージャに、苦笑いで返す魔王。
「それよりも、上半身を切り飛ばせたお主が恐ろしいんだがの……」
「あら? 復活されたじゃない?」
魔王は嘆息する。
さすが、おバカさん一号である。
ようするに、この勇者は理屈抜きで、炎と言う概念を消し飛ばそうと―
ビキリ
という音が鳴り、氷にひびが入る。
「嘘であろ……?」
魔王もさすがに冷や汗をかいた。
神話の遺物、抜け殻であるなら、概念上の存在としてこれ以上の牢獄は存在しないはずなのだ。
もはや、この世界には必要ないため、抜け殻のみを使用した着ぐるみとばかり思っていたが……。
「よし! トドメは私が頂くわ!」
氷の牢獄から漏れ出す炎を目の当たりにしながら隣でおバカさん一号は片手を突きだし―
「ライティング!」
何が起こるかもわからない魔法っぽい何かを躊躇なく発動した。
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「すみません! ほんっとすみません!」
土下座するナージャに、他の全員は何も言えなかった。
確かにドラゴンは倒された。
しかし発動された黒い光は、球状に広がり鉱山と氷の壁、ドラゴンを含んだ町の半分を飲みこむと、綺麗さっぱり消えてしまっていた。
「あなた、なにしたのよ……」
ようやく声を出せたシルヴィアが尋ねる。
掛けられた声に顔を上げると、もにょもにょと説明を始める。
「こう、魔王さんもすっごい魔法使ったし、でも、倒せなかったみたいだから、消し飛ばすくらい凄い魔法撃てば倒せるんじゃないかなーって……」
「町の半分が消し飛んだんですが……」
そのドワーフの言葉に、再度土下座を刊再開するナージャ。
魔王は腕を組みながら呆れ果てていた。
この勇者が魔法で造り出したのは、恐らく事象の地平である。
事象の地平に飛ばされては、概念もクソもない。
それは確かに、原初のドラゴンを倒すのに充分な力だったろうが……。
「と、とりあえず今日は休んで明日には帰りましょう!」
何の解決にもならないが、休息が欲しかった全員はマルカの言葉に同意した。
「よし、酒を出すのだドワーフ。余は楽しみにしておったんだからの」
「は、はい、もう少し近くに別の町がありますので」
「マルカ、添い寝はいる?」
「シルヴィア、寝床に潜り込んで来たら、魔王さん呼ぶからね?」
「ちょ、待って! 足が! 痺れて!」
立ち上がれない勇者を置いて、他の皆はスタスタと歩きだしていた。