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魔王さんは穀潰し  作者: 無一文
16/20

冒険者とエルフ

 冒険者ギルドからスライム討伐の依頼を受けたナージャ、スミス、ダリル、マルカの四人は、懐かしい森の中の湖に来ていた。


「また、ここに来るなんてねえ」

「いやー、でもスライムの一匹もいませんよ」


 嘆息するナージャと、呑気に湖畔を眺めるスミス。

 そこへ、一人の青年がやって来て、声を掛けてくる。


「お前たちが、依頼を受けた冒険者か?」


 青年は金髪に碧眼、長く尖った耳と整った顔立ちが特徴のエルフであった。


「ええ、そうよ」

「俺の名はユーリ。村まで案内する付いて来い」


 ユーリは、名前だけ告げると、スタスタと歩き始める。

 ナージャ達は、黙ってそれに従った。


 基本的に、エルフは森の中で暮らしており、余り人間たちとは関わりを持たない。

 長い歴史の中で、かつては国を持つほど栄えていたが、人間との戦争に負け、国が滅ぼされたこともある。

 また、美形が多い種でもあるエルフは、仲間を人間に攫われる事もあり、確執が生まれているのだ。

 しかし、今回そのエルフ達が、人間の冒険者ギルドに依頼を頼んだのには理由があった。


「あの湖畔に居たスライムを、お前たちが片付けたというのは本当か?」

「ああ、すんげえ苦労したけどな」


 ユーリの問いに、スミスが嘆息しながら答える。

 以前、エルフの村の近くにある湖で、スライムが大量発生しているのが見つかった。

 急いで村に戻り、装備を整え、村中の戦える者を連れて、湖畔に戻った時には、綺麗さっぱり片付いていた。

 その後、とある冒険者パーティが全て片付けたとの噂を聞いた時は、一体どんな連中だろうと村中で話題になった。。

 そして今回、再び村の近くでスライムの大量発生が起こり、手に負えないと判断したエルフ達は、件の冒険者パーティを頼る事にしたのだ。


「あの時は、魔王さんもいましたけどね」

「なるほどな」


 マルカの答えを聞いて、鼻で笑うユーリ。

 何もしないと噂で、人間の町に住みついているという変な魔王。

 恐らくそいつが片付けたのだろう。

 しかし、こいつらだけで今回の件が処理しきれるのかという疑問も浮かんだが、所詮は人間。

 こいつらが失敗してどうなろうと知った事ではない。

 改めて、領主なりに軍隊の派遣を依頼すれば良いのだ。


「まだ、しばらく歩くぞ」


 ユーリは、そう告げると足早になった。



---



 一行がエルフの村に着いた頃には、すっかり夜も更けていた。

 ユーリが案内して、ナージャ達は一つの小屋に入れられる。


「夜明けと共に出発する。食事は後で運んでくる。夜明けまで小屋から出ない事だ」


 ユーリは、簡単に告げると小屋から出て行った。

 それぞれ荷物を置いて、床に座る四人。


「分かっちゃいたけど厳しい対応だなあ」

「村、ちょっと見たかったんですけどね」


 スミスの愚痴に、マルカが苦笑いで答える。


「仕方がない部分もありますが……」

「何せ、人間と戦争してた頃の当事者が生きてる可能性まであるもんねえ」


 ダリルの言葉に、ナージャが続く。

 自分達には生まれてすらいない頃の話でも、長命なエルフ達にとっては現在進行形であり、種族間の溝が埋まるのは難しいように思えた。


「魔王さんや、魔族の人達とでも仲良くなれるんですけどね……」


 寂しそうにマルカが呟く。


「そりゃあ、魔王さんは魔王さんだからね」


 それを察したのか、苦笑いで返すナージャ。

 何とも適当な答えに、釣られて笑ってしまう一同だった。



---



 翌朝、夜明けと共に出発した一行は、昼過ぎ頃に問題の場所に着いていた。

 そこには、小さな洞窟の入り口があり、そこから数十匹のスライムが溢れだしていた。


「最近、崖崩れがあって現れた洞窟なのだが、そこからあのようにスライムが次々と湧き出してくるのだ」


 説明しながら洞窟を指差すユーリ。

 その傍には、村からか同行してきた青年のエルフ二人もいる。

 手伝いのためとは言われたが、どう考えても監視としか思えない。

 ナージャは嘆息すると、洞窟の前を再度見る。


「あれ? 楽勝じゃん」

「残念ながら、アダマンタイト性のスコップの出番はなさそうだ」

「ダリルさん、そんな物まで買って来てたんですね……」

「まあ、私たちの新装備にかかれば簡単に済みそうね」


 ナージャ達の言葉に目を丸くするエルフ一同。

 そんな事は気にせずに、ガチャガチャと準備を始める冒険者一同

 一体どんな装備で、このスライムの群れに挑むのかと、ユーリが眺める。


「よし! 準備完了ね!」


 出来上がった四人の新装備は、どう見ても珍妙な姿にしか見えなかった。

 革手袋に、革のつなぎ、革靴を履いて、手には長い尖った棒。

 背中にはカゴを背負っている。

 余りに頓珍漢な姿に、言葉も出せずにいるエルフ三人組を置いて、ナージャ達はスライムの近くに立つ。


「スリープ!」


 マルカが魔法を唱えると、スライム達が動きを止める。


「魔王さんほどの魔力はないので、効果範囲や時間は短いです。先に進んだら、また唱えますね」


 マルカの言葉に、ナージャ達が頷く。


「早速始めますか」


 ブスリと棒でスライムを潰して、次々と背中のカゴに入れて行くナージャ達。

 十数分もしないうちに、洞窟前のスライムが片付き、そのまま洞窟の中に入って行く。


「あ、あれがスライムスレイヤーの実力か……」

「何かもっとこう、剣や魔法でビシバシ戦うものかと……」


 唖然とするエルフ一同のもとに、洞窟からナージャがひょこりと顔を出す。


「あ、多分、夕方前には終わりますから」

「あ、ああ……」


 ナージャの言葉に、何とか返事だけしたユーリだった。



---



 洞窟内は一本道になっており、サクサクとスライムの駆除を進める一行。


「迷路みたいになってたら嫌だったけど、これなら余裕ね」

「棒が長いので、腰を痛める前に終わりそうですね」


 軽口を叩きながら進んでいくと、大きな広間のような場所に出た。

 持っているランタンで辺りを照らすと、天井は低く、数十匹のスライムがおり、奥には小さな泉があった。


「んー、夕方前って言っちゃったけど、もっと早く片付きそうね」


 その光景を眺めながら、ナージャが呟く。


「案外、狭い洞窟でしたね」


 ダリルがそれに続く。


「早く片付く分には良いんじゃないですか?」


 マルカの言葉に全員が頷くと、黙々と作業に戻った。

 結局、洞窟前から一時間足らずで全てのスライムの駆除を終え、最後の広間を見て回る一同。

 そんな中、スミスが泉の方に近付いて行く。


「おい、スミス。撃ち漏らしが居たら困るんだぞ」

「えー、こういうの気になるじゃん。お宝とかあるかも」


 ダリルの言葉を聞きながらも、泉を覗きこむスミス。

 泉は緑色に染まっており、深さがどの位かもわからない。

 と、ある可能性に気付いて、泉を見回してみる。

 恐らく間違いない。


「ちょっと、皆こっちに来てくれ」


 スミスは顔を青くして、全員を静かに呼んだ。


「どうしたのよ?」

「この泉見てくれ」


 ナージャの言葉に、問答無用で告げるスミス。

 三人がランタンで泉を照らすと、緑色の水面が浮かび上がる。


「どこかの水源にでもつながってるんじゃない?」

「いえ、これ、水じゃないです……」


 ナージャの言葉に、マルカが青ざめて答える。

 よくよく見てみると、水面には波が一切立っておらず―


「これ、すんげえデカイスライムじゃね?」


 泉を指差して涙目のスミスが答えを言った。



---



 洞窟から、慌てて出てきたナージャ達を見て、ユーリが問いかける。


「どうした? まだ夕方にもなっていないぞ?」


 その言葉に、慌てて首を振るスミス。


「とんでもねえもんがいた……」


 要領を得ない答えに、首をかしげるユーリ。


「洞窟の、奥に、泉があって、それが恐らく、巨大なスライムの、一部なんです!」


 走って出てきたせいか、息も絶え絶えに答えるマルカ。

 その言葉を聞いて、エルフ達三人は顔を見合わせる。


「おい! 確認して来い!」


 ユーリは他の二人にそう告げると、二人は頷いて洞窟の中へ走って行った。

 しばらくすると、二人のエルフが青ざめた顔で戻ってくる。

 その様子を見て、歯噛みするユーリ。

 そんな物が動き出したら、どうあっても村への被害は免れない。

 いっそ、村を捨てて移住するしか―


「で、どうやって倒すアレ?」

「私が魔法使って……」

「生き埋めになる未来しか見えません」

「じゃあ、私が剣で突撃して……」

「失敗したら、勇者様が飲みこまれるだけで終わっちゃいます!」


 最早、依頼の範疇を超えている出来事に、まだやろうとしているナージャ達。


「お、お前たち、アレをどうにかするつもりなのか?」


 ユーリの言葉に、ナージャ達が苦笑いで返す。


「まあ、湖の時よりは気持ち的に楽かなー」

「見てしまった以上、何とかせねばな」

「外に出ててくれれば、楽だったのに……」

「依頼を受けたら、こなすのが冒険者です!」


 ユーリは、その言葉を聞いて嘆息する。


「バカな奴等だな……」


 その言葉に、笑顔で答えるスミス。


「なんせ、魔王さんからおバカさん一号から四号までの称号を頂いてるからな」

「おい、勝手に巻き込むな」

「スミスさんが勝手に付けたんでしょ!」


 ぎゃあぎゃあと騒ぎ出すナージャ達を見て、ユーリは苦笑いするしかなかった。



---



「丸太を突き刺す!?」


 エルフの村人全員から、驚愕の声が上がった。

 その言葉に、コクリと頷くマルカ。


 一旦、村に戻ろうと一同が歩いている途中に、何やら唸っていたマルカが『考えがあります』と言い、エルフの村人たちに協力を求めたいという事だった。

 ユーリは、集会所に村人を集めて、マルカの考えを聞くことにした。

 そこで出てきたのは、なるべく、大きく長い丸太を使用して、スライムを突き刺すという奇妙奇天烈な話だったのだ。


「恐らく、あの巨大スライムは寝ている状態です。また、露出している部分も中心に近いと思われるので、あとは私達が今までやって来た退治方法のスケールを大きくするだけです」


 真剣な眼差しで答えるマルカ。


「寝ているスライムに棒を指すだけで死ぬのか?」

「少なくとも俺たちは、今日それを見た」


 疑問を言った村人に、ユーリが答える。


「そして、同じ方法で私達は湖のスライムを一掃したわ」


 ナージャの言葉に、村人たちが考え込む。


「しかし、かなりの長さと太さが必要だろう? あそこは天井が低かったが、洞窟内にはどうやって持ち込むんだ?」


 洞窟内に入った若者のエルフが尋ねる。


「持ち込みません。なぜなら……」


 笑顔で言うマルカ。


「私に任せてもらおうか!」


 スコップを担いだダリルが胸を張って続いた。



---



 翌日の夜明け、ダリルは洞窟の上の崖から、泉を目指して穴を掘り始めた。

 ナージャや村人たちは、丸太になる木の選定や、加工、穴に丸太を落とす滑車などの作成に当たっている。

 穴掘りには、村人の手を貸そうかと言う話もあったが、大人数での作業で、巨大スライムが起きてしまう可能性もあった為、ダリル一人に任せてある。

 一応、護衛の為にユーリと村の若者二人が交代でダリルに付いている。

 最初は、何かの冗談か、直に諦めてしまうのではと思っていたユーリだったが、黙々と穴を掘り進めるダリルを見て考えを改めた。


「おい、少し休憩したらどうだ? 食事も届いたぞ」


 穴掘り開始から早三日目の夜。

 最早、縄梯子でしか降りられなくなった穴に向かいユーリが言う。


「わかった。今、上がる」


 縄梯子と使いダリルが上がってきて、近くの木の下に座ると届けられた食事を口に運ぶ。

 それを見ながら、ユーリがダリルに問い掛ける。


「なぜ、お前達は、俺たちエルフの村のためにここまでやるんだ? 依頼の報酬が増えるとは言え、こんな事までやる必要はないだろう」

「アレが動いたら、この村の問題だけじゃないだろう? 報酬は……そういえば考えていなかったな」


 その答えが意外だったのか、驚いた顔のまま固まるユーリ。

 それを見て、苦笑いするダリル。


「それにそうだな……仲間に身分の差やら無頓着な奴が居てな。その上、種族まで気にしない魔王さんとまで知り合った。そういうお節介で変な奴らの考えがうつってしまったのかもな」

「しかし、エルフと人間は長きに渡り……」

「ああ、だが私とお前は、この間出会ったばかりだ」


 次の言葉が出ないユーリ。

 食事を終えて、立ち上がると、片手を上げて穴に戻ろうとするダリル。


「まあ、そんなわけで―」

「アーチャーなのに穴掘りをやっているわけだ」


 ダリルが振り返ると、ユーリが意地悪な笑いを浮かべている。

 顔を見合わせて笑い合う二人。


「まあ、待ってくれダリル。報酬の先払いをしてやろう」

「先払い?」

「『風の加護』と呼ばれる魔法を知っているか?」


 『風の加護』とは、エルフが弓矢を使用する際に唱えられていると言われている魔法である。

 曰く、エルフの秘中の秘であり、矢に風の加護を受けることで、より早く、より遠く、より正確に矢を命中させることができると言われている、


「しかし、それは……」

「なに、俺がお前を気に入ったから教える。それだけだ」


 そう言って笑うユーリ。

 それに答えるように―


「そうか! ユーリ! その手があった!」


 別の事に気付くダリルだった。



---



 この作戦において、重要な部分が懸念事項として残っていた。

 用意した丸太で、巨大スライムが貫けるかどうかという話である。

 丸太もなるべく大きく、なるべく長い物を用意して、先端部分を鋭利に加工したとしても、大きさの不明な巨大スライムを貫けるかどうか?

 一番の問題点だった部分が、解決した。


 穴は目標地点まで到達し、丸太は加工されて吊り下げられている。

 丸太に向かって、次々と風の加護を重ね掛けしていくエルフの村人たち。


「ダリルさん大活躍ですね!」


 ニコニコと満面の笑みで言うマルカ。


「私だけの力ではない」


 腕を組みながら、笑顔で答えるダリル。


 巨大スライムに落とす丸太に風の加護を重ね掛けすることで、貫通力を高められないかと言うダリルの言葉に、マルカは早速試してもらうことにした。

 まずは、普通の弓矢で二人分の風の加護を使い試したところ、威力が段違いに上がった。

 この結果に、ユーリも驚いていた。エルフ達も知らなかったようである。

 通常の戦闘時では、ほとんど意味のない使い方だからだ。

 一度につき、一回分しか使用できない魔法である。

 普通に戦うならば、全員がそれぞれ魔法を使った方が早いのだ。


「でも、これで……」


 マルカが呟く。

 丸太への魔法詠唱が終わり、設置が完了する。


「準備出来たわよー」


 仕留めそこなった場合に備え、崖の下、洞窟の前に待機しているナージャから声がかかる。


「では、丸太を落としてください!」


 マルカの声に合わせて丸太が落とされる。

 次の瞬間、風の加護の力によって丸太が一瞬で加速し―

 ズシンという響きと共に、歓声が上がった。



---



「何かあったら、また言ってくれ」

「ダリルも困ったことがあれば言えよ」


 固く握手を交わし合うダリルとユーリ。


「ダリルよ。お主もその気があったのかの」


 それを遠巻きに見ながら、ナージャが魔王の声真似をしている。


「似てませんよ」


 ナージャをジト目で見るマルカ。


「これで真のスライムスレイヤーになれたわけだな」


 満足そうに頷くスミス。


「じゃあ、町へ戻ろう」


 ダリルの掛け声に合わせて、歩いて行く。

 どんな風に魔王とアリスに話してやろうと語り合う四人だった。

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