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魔王さんは穀潰し  作者: 無一文
15/20

聖騎士と獣人

「暇だのう」

「この雨じゃ、客足もサッパリでやす」


 ソファーでだらける魔王と、カウンターに立つ店主。

 外ではシトシトと雨が降っている。


「日がな一日ソファーに寝転んでるだけですのに……」


 チーズケーキを食べながら、アリスが言う。


「お主だって、勇者たちが出かけてから、日がな一日酒場におるではないか」


 ナージャ達は、冒険者ギルドからどうしてもというお願いでスライム討伐に向かっている最中である。

 前回の事があった為、アリスは留守番という事になっている。


「スライム討伐なんて、初心者用の依頼なのに……」

「アリスは知らぬから、簡単に言えるのだ……」


 アリスの愚痴に、遠い目をして答える魔王。

 そこへ、大きなカバンを背負った、黒い毛並みの犬型の獣人が入ってきた。


「すみません。ちょっと雨宿りを……」

「いらっしゃいやせ。どうぞどうぞ」


 店主は気軽に答えると、タオルを渡す。


「あ、これはどうも。ありがとうございます」


 渡されたタオルで体を拭いていく獣人。

 それまで、雨で濡れてみすぼらしかった毛がフワフワに戻る。


「も、モフモフですわ……」


 その姿を見て、目を輝かせるアリス。


「ここら辺で、獣人とは珍しいの。行商かの?雨宿りなら、ちょっと話でも聞かせて欲しいの」


 魔王を不思議そうな目で見る獣人。


「お姉さんは、どちら様で?」

「魔王様だの」


 獣人の答えに、にっこりと微笑む魔王だった。



---



「す、すみません。魔王様とは露知らず……」


 魔王の向かいの席に座りひたすら恐縮する獣人。


「気にせずとも良いのだ。それで名は?」

「は、はい! 犬族はボーランが息子クリスと言う、しがない行商人です!」


 クリスは相変わらず緊張しているようで、尻尾がピンと立ったままになっている。


「も、モフモフ……」


 その尻尾を狙っている影が約一名。


「そ、それで、先ほどから私の尻尾に釘付けなそちらのお嬢さんは……」


 視線に耐えかねたのかクリスが尋ねる。


「聖騎士のアリスと申します! ところでその尻尾をちょっとだけ千切らせて頂けます?」

「そ、それは困ります!」

「では、少しだけ触らせて下さいな」

「は、はあ。まあ少しなら」


 お姉様ことナージャに教えてもらった、最初に無理難題を吹っ掛け、次に譲歩案を出すという作戦は成功したようである。

 ご満悦で尻尾を触り始めるアリス。


「勇者の教育の賜物よ……。ところで、クリスはどんな物を売りに来たのだ?」

「へい。それはですね……あ、アリスさんちょっとだけ離れて貰えますか?」


 最早、少しどころではなく尻尾に完全に抱き着いているアリスに、困った顔でクリスが言う。


「大丈夫ですわ! 私の事は気にせずに!」


 そう言われても少し痛いんだよなあと思いながらも、アリスの笑顔に負けてそのまま鞄から荷物を取り出す。

 テーブルには鈍色の原石が置かれる


「ほう、ミスリルを含む鉱石かの?」

「ええ、そうです。コイツを買い付けに行ったところでして……」


 そう答えるクリスの後ろで、アリスが不思議そうに質問する。


「ところで、クリスさんは語尾に『わん』と付けませんのね?」

「は?」


 唐突な質問に、魔王とクリスの目が点になる。


「あ、魔王さんの前だから畏まってらっしゃるんですわね!」


 笑顔で話を続けるアリス。


「いえ、犬族でも語尾に『わん』なんて付けませんよ……?」


 クリスの冷静なツッコミ。

 この世の終わりのような、愕然とした表情を見せた後、アリスの瞳がだんだんと滲んでいく。

 魔王が状況を察したのか、クリスに呼びかける。


「く、クリスよ!」

「な、何て冗談ですわん! 魔王様の前だからちょっと気を張ってたんですわん!」


 慌てて取り繕うクリスに対して、アリスは笑顔を取り戻す。


「やっぱりそうだったんですわね! お気になさらずとも宜しいのに!」


 そう言って、再び尻尾に抱き着くアリス。

 別に、獣人だからと言って、語尾に自分の属する動物の鳴き声を付けたりなんかしない。

 ……のだが、何というか、そういった偏見がまかり通っている世界である。

 主に子どもたちの間では。


「あは、あははははわん!」


 乾いた笑いでアリスを見つめるクリス。

 と、そこへ再び来客がやって来た。


「すみませーん。ちょっと雨宿りさせてくださーい!」


 大きなカバンを背負った、白い毛並みの猫型の獣人が入ってきた。


「も、モフモフですわ! 新たなモフモフですわ!」


 アリスが再び目を輝かせる。


「いらっしゃいやせ。こちらをどうぞ」


 店主が猫族の獣人にタオルを渡す。


「あー、どうもありがとうございます!」


 喜んで受け取ると、体を拭き始める猫型の獣人。

 それに向かってクリスが叫ぶ。


「て、テメェなんでここに居やがるわん! アネモネ!」


 アネモネと呼ばれた猫型の獣人は、慌てて酒場の奥を見て、声の主を見つける。


「アンタこそ何でここにいんのよ! クリス!」


 同じように怒声で返すアネモネ。


「なんじゃ。二人は知り合いかの」


 魔王の質問に、クリスが答える。


「知り合いってもんじゃありませんわん! こんな汚らしい野良ネコなんて知りませんわん!」


 その言葉に尻尾を立てて怒るアネモネ。


「ちょっと! アンタみたいな野良犬なんて私も知らないわよ! 大体、さっきから何なのよ! そのバカみたいな口調!」

「ちょっと待てお前!」


 そっと後ろを振り向くと、いつのまにやら尻尾から離れ、へたり込んだアリスが目に涙を浮かべている。

 慌てて、アネモネに近付き、小声で話しかけるクリス。


「頼むから、ここでは語尾に『にゃ』ってつけてくれ」

「なんで私がそんな事……」


 クリスが黙って、指差した先では、アリスの涙が今にも決壊しそうになっている。


「く、クリス! 久しぶりだにゃ!」

「あ、アネモネも久しぶりだわん!」


 ガッシリと握手を交わしながら、ここに居る間だけだからなと、お互いが瞳で会話している。

 その言葉を聞いて、笑顔が戻るアリス。

 それを眺めながら、犬も猫も泣く子には勝てないんだなと呑気に考える魔王だった。



---



「アネモネも行商人なのかの」


 魔王の向かいに座るクリスとアネモネ。

 間では、二人の尻尾を抱えてご満悦のアリスがいる。


「はい、そうですにゃ。今は、こちらの商品を」


 とクリスと同様にアリスに苦戦しながらカバンから取り出したものは……。


「ふむ。こちらもミスリルを含む鉱石だの」


 魔王が取り出された鉱石を見ながら話す。


「こちら『も』って事はにゃん……?」


 額に青筋を立てながら、ゆっくりとクリスの方を見るアネモネ。


「まーた被っちまったわけだわん?」


 同じく額に青筋を立てつつ、笑顔のまま、アネモネを見つめるクリス。


「モフモフ……」


 が、二人の怒りもアリスの言葉に毒気が抜かれ、二人揃って嘆息する。


「しかしの。ここら辺で扱うには難しいと思うぞ」


 鉱石をテーブルに置いて魔王が告げる。

 その言葉が意外だったのか、二人とも驚いているようだ。


「どういうことですかにゃ?」

「どういうことですわん?」

「簡単な話だの。ミスリルそのものであればまだ良いが、他の鉱物も含んでいるとなると、抽出のための技術や機材が必要だの。そしてそれは、ドワーフの職人でもおらん限り無理だの」


 その言葉に、がっくりと肩を落とす二人。


「ここら辺だと一番大きい町と聞いてきたんですがわん……」

「ちょっと当てが外れたかもしれませんにゃ……」


 項垂れる二人を見て考え込む魔王。

 買い付けたは良いものの、ここら辺りでは宝の持ち腐れ。

 ドワーフの職人のいる町までの路銀等を考えると、国を越えて……。


「あら? うちで引き取りますわよ?」

「へ?」


 意外な所からの返答に、全員が一斉にアリスを向く。


「ミスリルの抽出もそうですし、ミスリルを含む鉱石なら、聖騎士団で使用している装備にも使えますもの」


 あっさりと答えるアリス。


「で、でも良いのですかわん?」

「わたくしが一筆書きますので、それを持って聖騎士団の本部に向かってくださいな」


 ニコニコと答えるアリス。


「あ、あのお嬢様は一体どちらの方ですかにゃ……?」


 恐る恐る尋ねるアネモネ。


「ああ、きちんとご挨拶しておりませんですわね。アリス=リィン=スガティニアと申します」


 尻尾を両脇に抱えてご満悦のアリスが答える。

 スガティニア家と言えば代々、聖騎士団の団長を排出してきた……。

 と、そこまで考えが同時に至ったのか、クリスとアネモネは顔を見合わせるとコクコクと頷き合う。


「宜しくお願いしますわん!」

「宜しくお願いしますにゃ!」



---



「お元気でー!」

「達者でのー!」


 雨も上がり、すっかり晴れ間が見える昼下がり。

 魔王とアリスは町の入口まで来て二人を見送っている。


「それではまたですわん!」

「お元気でにゃん!」


 笑顔で手を振り返すクリスとアネモネ。

 町から遠ざかったところで、クリスが話しかけてくる。


「なあ、ここまで商品が被るなら、いっそ二人で商売しないかわん?」


 それを聞いて、一瞬驚いた顔をしたが笑顔で答えるアネモネ。


「ああ、私と同じところに目を付けるだなんて筋は良いと思うから考えても良いにゃ」


 その後は、暫く黙って歩いていた二人だったが、クリスがぼそりと呟く。


「この口調、暫く治る気しないわん」

「子ども受けが良いなら、これも良いかもしれないにゃ」


 苦笑いで歩く二人。

 大手流通商店である『わんにゃん商会』が立ち上がるのは暫く先の事である―

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