魔王さんと正義の味方
「おのれ……余が……倒されるとは……」
苦しそうにもがいて倒れる魔王。
「やったー! ついに勝ったぞー!」
木剣を掲げ、飛び上がって喜ぶ少年。
そこに、複数の影が現れる。
「オーホッホッホ! 魔王さんは所詮四天王の中では最弱!」
腰に手を当てて高笑いを上げるアリス。
「ククク! 面白い敵が現れたようだな!」
腕を組んで、ニヒルに笑うダリル。
「ハッハッハッ! 戦いはまだ終わってないぜ!」
両手を上げて、間抜けなポーズで威嚇するスミス。
「そ、その、私たちを倒さなければ……」
もじもじと恥ずかしそうに杖を抱きしめて言うマルカ。
倒れた魔王からダメ出しが入る。
「恥ずかしがっておってはいかんのだマルカ! アリスを見習うのだ!」
「そんな事言われても……」
困った顔で頬を掻くマルカ。
「何してんのアンタ達。アリスちゃんまでノリノリで」
ナージャがやって来て冷めた目で見ていた。
見られていたとは思わなかったのか、顔を真っ赤にするアリスとマルカ。
「逃げろ! 封印されし破壊神が出たのだ!」
叫び声をあげて、走り出す魔王。
キャーキャーと騒ぎながら一緒に逃げる子ども達。
「誰が破壊神よ! ちょっと待ちなさい!」
こうして、鬼ごっこが始まった。
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「たまには正義の味方がやりたいのだ」
鬼ごっこを終えて、酒場に戻ってきた魔王はソファーに寝転びながら、そう言った。
頭には大きなタンコブが出来ている。
「貴女の職業は何だったかしら? あら? このクッキー美味しいわね」
店主から出されたクッキーを食べながら答えるナージャ。
「余は魔王なのだ。 そして店主は昔から器用な奴だったのだ」
寝転んだままクッキーを食べる魔王。
「魔王さん、お行儀が悪いですわよ。 紅茶も美味しいですわね」
紅茶を飲みながらアリスが言う。
「むう。最近、お小言魔人が増えて困るのだ」
しょうがなく起き上がり座り直す魔王。
「お小言魔人は三人いるからなあ」
「余計な事言うな」
「三人目は誰ですか? スミスさん? ダリルさん?」
ニッコリと微笑むマルカを見て、明後日の方向を向くスミスとダリル。
「大体さっきのは何だったのよ?」
「正義の味方ごっこなのだ」
「四天王なのに五人いた気がする上に、魔王さん最弱になってたわよね?」
「ジャンケンに負けたのだ……」
悔しそうに拳を見つめる魔王。
「魔王さんがどうしても四天王に入りたいと仰るので……」
困った顔で答えながら俯くアリス。
「それで、ああなったのね……で、今度は自分が正義の味方をやりたいと? 子ども達に頼めば?」
白けた顔で魔王に尋ねるナージャ。
「ごっこではなく、正義の味方がやりたいのだ」
腕を組んで答える魔王。
その答えに頭を抱えるナージャ。
「どうしたのよ一体……」
「多分、今、子ども達の間で流行っている絵本のせいだと思います」
そう言って、絵本をナージャに渡すマルカ。
渡された絵本を手に取ると、パラパラと読み始める。
絵本の内容は単純だった。
悪い魔物や、悪い人間や、悪い魔族が出てきて、無辜の民を苛める。
その都度に、仮面の騎士が出てきて、悪人を倒して皆を救うのだ。
助けられた民たちは、是非、自分たちと一緒に過ごしてくださいと言うが、仮面の騎士は『まだ、助けを求めている者がいる』とだけ言い残して去って行く。
仮面の騎士の正体は、人とは決して相容れぬ魔族だった。
だが、正義のために戦う! 例え同族と戦うことになっても!
己が騎士道を貫く! それがマスクドナイトなのだ!
パタンと本を閉じて、マルカに返すナージャ。
「で、この真似がやりたいと?」
「そうなのだ!」
「言っておくけど、貴女のお陰で、この町の治安は恐ろしいほど良いわよ?」
「なぜなのだ?」
不思議そうな顔をする魔王に、ナージャは嘆息する。
「魔王さん、この町に住んでる人の名前、全部言えやすよね?」
ナージャの代わりに、店主が尋ねる。
「ふむ。もちろんだの! なんせ三百年住んでおるからの!」
自慢げに頷く魔王。
「変な事したら、魔王さんにすぐバレる上に、子どもの頃から知られてるんですぜ? 悪い事なんか出来やせんよ」
店主が答える。
それを聞いて、スミスが腕組みをして考える。
「それは怖いなあ……寝小便の事まで知られてるんだろ?」
「誰と付き合って、誰に振られたかまで、筒抜けなわけだ」
「そ、それは下手なことできませんね……」
店主の答えに、怯える冒険者一同。
そこで、目を輝かせる魔王。
「で、でも余が知らぬ流れ者の冒険者たちにも荒くれ者はおるであろう!?」
アリスが嘆息して答える。
「そんな人達はとっくにお姉様が鉄拳制裁をしておりますわ」
ぐぬぬと歯噛みする魔王。
「おのれ勇者め! ここでも余の前に立ちはだかるか!」
「何か今までで一番魔王っぽい台詞だけど、そんな事言われても困るわよ」
「そもそも、ここに拠点を置いている冒険者さん達は良い人が多いですしね」
マルカは自分たちが来た時の事を思い出しながら話す。
冒険者は、一般的にガラの悪い人間が多い。
家を継げなかったりだとか、軍にも所属できない者だったりなどが、日銭を稼ぐために行う商売である。
もちろん、冒険者という職業に憧れて就く者や、研究のためなど例外はあるのだが……。
「それも魔王さんのおかげだと思うぜ? あのアドバイスのお陰で、かなり楽に討伐や採集に行けるからな」
「そうだな。わざわざ素行悪く生きる必要もない。あれだけでも、本を出せば売れる価値のある物だと思うぞ」
スミスとダリルの言葉に頭を抱える魔王。
「お、おのれ魔王!」
「アンタ自分が何言ってるのか分かってる?」
ジトリと魔王を見るナージャ。
「りょ、領主なら! 領主ならきっと悪い事をしているはずなのだ!」
がばっと立ち上がって酒場の外へ走り出す魔王。
「待ちなさい!」
「お待ちください!」
慌てて追いかけて行くナージャとアリス。
それを見送る店主は、カウンターの三人組が動かない事に気が付いた。
「皆さんは良いんですかい?」
「今日は四天王やったしなー」
「満足した」
「あは、あはは……」
マルカの乾いた笑い声が響く。
絵本の作者がシルヴィアであることを知っていたからだ。
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結局、ナージャとアリスは魔王に追いつくことができなかった。
城に行き、事情を話すと応接室に案内される。
扉を開くと、そこには魔王が領主に問い詰めている最中だった。
「フハハハハ! お主が貴族の娘相手に書いた恋文の中身を朗読してみせようかの!?」
「そ、そんな事を言われましても……」
「それとも、子供の頃に書いた『エドワルド伯爵英雄譚』でも読んで見せるか!?」
「それだけはご勘弁を!」
それをじっと見つめるナージャとアリス。
「お姉様、悪党を見つけましたわ」
「偶然ね。私もよ」
そう言って、つかつかと魔王の後ろに歩いて行き、無言で頭をはたく。
「ぬう! 勇者よ何をするのだ!」
「脅迫してんじゃないわよ!」
助けが来たと安堵したのか笑顔になる領主。
「これは、勇者様。お久しぶりでございます。……そちらのお嬢様は?」
アリスはぺこりと頭を下げ、自己紹介をする。
「聖騎士のアリス=リィン=スガティニアと申します」
「おお、その若さで聖騎士とは素晴らしい。」
領主の言葉に、複雑そうな顔になるアリス。
「それより、さっさとお主の悪行を吐かぬか!」
「そうは言われましても……」
魔王の言葉に、困った顔で頭を掻く領主。
「重い税金を課して、住民を苦しめておらぬのか!?」
「確かに、最近税金は上げましたが、それも魔王さんが町の防壁の一部が老朽化していると仰っていたので、その補修に充てております」
それを聞いて、悔しそうに領主を見る魔王。
「メイドや町娘にちょっかい掛けて、手当たり次第、手籠めにしておらぬのか!?」
「生憎妻子のいる身ですし、魔王さんの『男が一旦決めたのなら、その女を愛し続けよ』との言葉を胸に刻み、これまで生きて来たもので」
その言葉に頭を抱える魔王。
「ダメじゃ! この領主は悪党ではない!」
「良い事じゃない」
「半分、魔王さんのおかげでもございますわね」
「お陰様で、誠実に生きてこられたと自負しております」
ニッコリと笑う領主。
「おのれ! 覚えておれよー!」
捨て台詞を吐いて、走って出て行く魔王。
それを見ながら、領主がナージャに尋ねる。
「それで魔王さんは何の要件でいらっしゃったんですかね?」
「それはですね―」
ナージャは、今までの経緯を説明した。
「とても魔王さんらしいというか……」
領主は苦笑いを隠せないでいる。
「それで、悪党を探しているみたいなんです」
「悪党ね……」
思い当たることがあるのか、顎に手を当てて考え込む領主。
「何かあるんですか?」
「いえ、最近ね。うちの領内に、ベルン傭兵団が来たという噂がありまして」
「ベルン傭兵団?」
「ええ。ただ問題なのは、傭兵団とは名ばかりのゴロツキ集団で、盗みや、乱暴を働き、人攫いまでやっているとも……」
「許せませんわね」
「一応、領内には伝えてありますし、町の警備強化も行っていますので……」
と、そこに兵士が慌てて入ってくる。
「りょ、領主様! 大変です! ベルン傭兵団と思わしき連中が……!」
「噂は本当だったのか……!」
領主が慌てて立ち上がる。
「その、町の防壁に吊るされてます……」
「は?」
続く兵士の言葉に、三人は間抜けな返答しかできなかった。
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兵士に言われた場所は町の入口の近くだった。
ナージャとアリスが着いた時には、人だかりが出来ており、既に吊るされた人達を下す作業が始まっていた。
「な、なんなのコレ……」
吊るされているのは、何が起こったのか鎧までズタボロになった男達だった。
と、ある事に気付いてアリスが顔を青くする。
「ま、まさか……」
「サーニャの奴じゃろう」
と、人だかりの中から魔王が出てきて、男たちの首から下げられている板を指差す。
そこには『鶏泥棒に天誅を』と書かれている。
「もう、サーニャさんって結構なお年なのよ? それにあんなに温和な人が、こんな事するわけないじゃない」
笑いながら答えるナージャ。
「お、お主は知らぬから言えるのだ……」
「あの時は本当に命が掛っておりましたのね……」
顔を青くして俯く魔王とアリスだった。
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結局、何の成果も得られずに酒場に帰ってきた三人。
「どうすれば良いのだ……余が正義の味方になるためには……」
ソファーに寝転んでウンウンと唸っている魔王。
「魔王さんは、充分正義の味方だと思いますよ?」
マルカがニコニコとそう答える。
「世のため人の為になっている魔王ねえ……」
ナージャが嘆息しながらお酒を飲む。
「今日一日だけでも充分わかりましたわ」
静かに紅茶を飲むアリス。
「むう。悪党を退治してみたいのだー!」
バタバタと暴れる魔王。
それを見ながら、スミスが店主に尋ねる。
「放っておいて良いんですかアレ?」
店主は、嘆息して答える。
「明日になれば忘れてやすよ」
その答えを聞いて、スミスとダリルは顔を見合わせて静かに笑うのだった。