魔王代理と魔王軍幹部
いつものように平和な昼下がり。
フードを被った人物が、酒場に入ってきた。
「いらっしゃいませ。シルヴィアさん」
店主が気軽に挨拶する。
シルヴィアはフード脱いで跪いて頭を下げる。
「店主殿。魔王様にご拝謁賜りたく参上しました」
「あの、いつも言ってるんでやすが、そこまで畏まらなくても……」
「いえ、魔王様がお世話になっておりますし、当然の礼儀です」
シルヴィアは立ち上がると、店主にお辞儀して酒場の奥に向かう。
ソファーの近くにいくと、再び跪き頭を下げようとして―
「って、貴女誰よ?」
立ち上がって両手を腰に当て、その人物に問いかける。
テーブルにはたくさんの本が積まれており、ソファーにはバツが悪そうにマルカが座っていた。
「あ、あははは……」
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マルカは、立ち上がるとペコリと頭を下げる。
「初めまして! 冒険者のマルカと言います!」
頭を上げた、マルカはボーっとシルヴィアの顔を見つめている。
恐らく、魔族が珍しいのだろう。
あるいは、宿敵である自分への嫌悪感か。
「何じっと見てんのよ?」
「あ、す、すみません……本当にお綺麗な方だなと思って……」
あわあわと、手を振って答えるマルカ。
予想外の答えに、頬を染めて固まるシルヴィア。
そこへ店主がやって来た。
「とりあえず、立ち話もなんですし、シルヴィアさんも座ってください。マルカさんも休憩されてはいかがです?」
そう言って、シルヴィアの分の椅子を置き、二人分の紅茶とクッキーをテーブルに置く。
「ありがとうございます店主殿」
店主にお辞儀して、椅子に座るシルヴィア。
マルカも慌ててソファーに座る。
それを見た店主は準備中の看板を持って外に出た。
恐らく、シルヴィアに気を使っているのだろう。
「それで魔王様はどこにいるのよ?」
「そ、それがですね。朝から子ども達と一緒に魚釣りに行ってまして……その時に『そういえばシルヴィアが来るとか言っておったの。マルカよ代わりを頼む』って、それを置いて……」
シルヴィアが、マルカの指差した方を見ると、テーブルの上に『魔王代理』と書かれた木の板が置かれていた。
「ちょっと何よコレ!」
シルヴィアが慌てて、その木の板を投げ捨てようと掴むがピクリとも動かない。
「私も外そうとしたんですが、どうも強力な魔力で固定されているらしくて……」
マルカが肩を落として嘆息する。
「しょうがないわね……マルカだっけ? 貴女に報告するからちゃんと魔王様に伝えなさいよ」
「ええ!? 良いんですか!?
「魔王様の命令は、魔族にとって絶対なの」
腕を組んで嘆息するシルヴィア。
メモを取るためだろう、慌てて紙とペンを用意するマルカ。
しかし、このまま素直に話すのも面白くない。
一つ、目の前の人間を試してみることにした。
「東の森でミストキャットが大量発生して困っているわ」
「ふむふむ」
言われたままにメモを書き始めるマルカ。
シルヴィアは、それを見ながら、クスリと笑った。
所詮は人間。自分の言った嘘など―
「でも、おかしいですね?」
マルカがメモを書き終えると考え込む。
「え?」
「繁殖期でもないですし……東の森という事は、ラステアの森ですよね?」
「え、ええ……」
「あそこには、天敵のファイアードレイクがいるはずなので、そこまで大量発生するはずはないんですが……」
「そ、そうね……」
「そうすると、ファイアードレイクの天敵となる魔物が発生しているかも? ちょっと危険ですが、調査隊を派遣した方が良いんじゃないでしょうか?」
「そ、そうするわ」
スラスラと考えを述べるマルカに、驚愕の表情を浮かべるシルヴィア。
今話したのは、魔族の領地内のみに生息する魔物の話である。
その魔物の生態や生息地域、魔族の領地名まで知っている?
しかも、本当に今言った事態が起こったとなれば、自分も同じことをするだろう。
この人物は一体何者なのだ?
その表情を見て、何を勘違いしたのかマルカが続ける。
「あ、すみません出過ぎた真似を……」
しょんぼりと肩を落とすマルカ。
「い、いや、参考になったわ。その方向で進めようと思うから、この件は魔王様には報告しないでちょうだい」
「そうですか。わかりました」
慌てて取り繕ったシルヴィアの言葉に安堵した表情でマルカが答える。
その様子を見て、また一計案じるシルヴィア。
魔物の事には詳しいようだが、さすがに魔族の内情までは知らないだろう。
「次は、レイステル家のことなんだけど」
「ああ、何でもアンデッドが住む地域の伯爵様だとか」
あっさりと答えるマルカを見て、下手な嘘は吐けないなと考え、それからは真面目に報告を続けるシルヴィアだった。
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「以上で、全部ですかね?」
書き終えたメモを見ながら話すマルカを見て、シルヴィアは感動していた。
さすがに全てとはいかなかったが、半分以上がマルカとの話し合いで解決していたのだ。
この娘なら、何とかしてくれるかもしれないと考え、シルヴィアは、意を決してマルカに相談をする。
「実は、あと一つあって……」
「はい、何ですか?」
「これはまだ、魔王様に報告しないで欲しいのだけど」
「はい」
真剣な表情のシルヴィアを見て、神妙に頷くマルカ。
「魔王幹部の一人、アルコンが独自の戦力を集めているようなの」
「それって……」
「元々野心の塊のような男だからね……内乱の可能性があるわ」
ごくりと唾を飲むマルカ。
「密偵を放って探らせてはいるんだけど、『魔物討伐』の名目と言われればそれまでだし……」
「ダメですよ! それこそ魔王さんに相談しないと!」
マルカの剣幕に驚くシルヴィア。
「で、でも、裏も取れていないのに……」
「内乱が起こってからじゃ遅いんです!」
「それは……でも、どうやって解決を?」
「魔王さんの命令は絶対なんですよね?」
「ええ」
「魔王さんに嘘は吐けないんですよね?」
「そうよ」
「そのアルコンさんを、魔王さんの命令と言って、ここに呼び出して、魔王さんに直接話をして貰うんです」
「なるほどね……」
素直に頷くシルヴィア。
確かに、直接問いただすことを、考えないわけではなかったが、同じ幹部を呼び出す事などできないと思っていたのだ。
「魔王さんだって、魔族の方が死んだら悲しむはずです……」
悲しそうな顔をするマルカ。
魔族同士の争いなど、人間にとっては関係ないはずなのに、とても親身になってくれている。
「マルカ、ありがとう。魔王様に相談するわ」
「はい! 私も手伝います!」
シルヴィアの答えに元気に応じるマルカ。
それを見て、シルヴィアは一つの考えが浮かんだ。
「ねえ? マルカ?」
「はい何でしょう?」
「魔王軍に入らない? 今なら幹部として迎えるわよ?」
「ちょ、ちょっと待ってください!」
「大丈夫! 遠慮はいらないわ! 正直、魔族って脳筋やら性根が悪いのばっかりで困ってるのよ!」
「そ、それは分かりますが……」
マルカの頭の中に、二名ほどの姿が浮かんだ。
「私、人間ですし。冒険者で、他に仲間もいるので……」
「そっか、残念ねえ」
嘆息するシルヴィア。
そこで、あることに気付いた。
「あれ? 今日、マルカの仲間はどうしてるの?」
「勇者様が新しい剣を手に入れたので、討伐依頼を片っ端から受けて、それの手伝いに駆り出されてます……」
「そ、そうなの……それでお留守番して勉強中ってとこ?」
ちらりと横に積まれた本の山を見る。
魔族随一の魔法の使い手と呼ばれるバレルが書いた魔導書まである。
魔王からも本を借りているようだ。
「いえ、勉強というよりは、調べ物がしたくて」
「調べもの?」
暫く悩んでいたようだが、決心がついたのか話し始めるマルカ。
「その勇者様についてなんです……」
「勇者?」
「シルヴィアさんは、詳しく知らないかもしれないですが、勇者様ってとても強いんです」
先日の一件が頭に浮かんだのか、一瞬顔を青くするシルヴィア。
だが、気を取り直して質問する。
「勇者って、精霊の加護が付いているから強いんでしょう?」
「確かに私も最初はそう考えていました……でも、明らかにおかしいんです」
「おかしい?」
「ええ、昔の勇者を文献で調べてみたんですが、ドラゴンを倒したり、巨人と戦ったりして勝ってはいるんですが……」
「まあ、勇者ならそれ位の活躍はするでしょうね」
「でも、素手でタイタンリザードを殴り飛ばせるような強さはないはずなんです!」
「……」
「それに、魔法もおかしいですし」
「魔法?」
先日の勇者が使っていた魔法だろうか?
「勇者様が今、覚えているのはライティングだけなはずなんです」
「はあ?」
思わず変な声が出てしまうシルヴィア。
「ら、ライティングって暗闇とかでランタン代わりに使う照明用の魔法よね……?」
「はい……そのはずなんですが、勇者様が使うと、巨大な光線が放たれるわ、電撃が迸るわ、空から光の剣が雨のように降り注ぐわ……」
「そ、そんな訳……」
「全部、この目で見たんです! そして、そんな現象が起こる魔法はこの世界に存在しないはずなんです!」
マルカの真剣な瞳を見ながら、シルヴィアは血の気が引いていくのを感じた。
そして頭を抱える。
「デタラメね……」
「はい、もう何が何だか……」
マルカも溜息を吐いて俯く。
「今は、何ともないかもしれませんが、何かが起こってからでは……」
「歩く爆弾ね」
「魔王さんも、勇者様も、無事で過ごして欲しいので……」
勇者が強いのは事実だが、そこまでデタラメだとは思っていなかった。
絶対に関わり合うまいと心に決めるシルヴィアだった。
そこに、呑気な声がこだまする。
「ただいま帰ったのじゃ! 大漁! 大漁!」
魚の入ったバケツを片手に、魔王が酒場に入ってきた。
「おかえりなさい魔王さん。シルヴィアさんが来てやすよ」
そう言われて、酒場の奥を見ると、シルヴィアが跪いて頭を下げている。
「おかえりなさいませ魔王様。本日もご機嫌麗しく……」
「相変わらず堅苦しい奴だの」
眉根を寄せながら、バケツを店主に渡す魔王。
「それで、どうじゃった?」
ソファーに向かって歩いていく魔王。
マルカは、ソファーから立ち上がり、魔王に席を譲る。
「こちらにまとめていますよ。魔王さん」
マルカが手に持ったメモを魔王に渡した。
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「アルコンには、戻り次第、すぐにここに来るように伝えよ。遅くなったら、その分、余がシバキ倒すと加えての」
「分かりました」
頭を下げるシルヴィア。
「ところで魔王様、こちらのマルカを魔王軍の幹部として迎えることは……」
「まだ諦めてなかったんですか!?」
「却下じゃ却下」
ヒラヒラとすげなく答える魔王。
残念そうに俯くシルヴィア。
それをチラリと片眼で見る魔王。
「ただ、シルヴィアがどういう交友関係を持とうが別に問題ないからの。困ったときは、そこの友人のマルカに話せば良いのではないかの?」
「で、ですが私は魔族で……」
「私は問題ありませんよ?」
ニッコリと微笑むマルカ。
それを見て涙を浮かべながら抱きつくシルヴィア。
「な、なんなら私は友達以上でも……」
「い、いえ、お友達で結構です!」
「なんじゃマルカも、その気があったのかの?」
「ありません!」
「スミスとダリルもくっつけば面白いのにの」
「そ、それは困ります!」
顔を真っ赤にして叫ぶマルカ。
それを見て、いやらしく笑う魔王。
「ほー? どういうふうに困るのかのー?」
「そ、それは……」
「確率は二分の一です。魔王様」
「余計な事言わないでください! シルヴィアさん!」
ひとしきりからかわれた後、マルカの怒りのゲンコツによって騒ぎは収まったのだった。
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「マルカ、これを受け取ってくれる?」
「これって、通信用の宝玉で、非常に高価な物じゃあ……」
「離れておることが多いからの。受け取ってやれ」
魔王に、そう言われて宝玉を受け取るマルカ。
それを見て、ニッコリと微笑むシルヴィア。
「勇者の件については、こちらでも調べてみるわ。参考になりそうな本なんかがあったら送るから」
「ありがとうございます! シルヴィアさん!」
その返答に、若干不満そうな顔をするシルヴィア。
「ええっと?」
「シルヴィアで良いわよ。マルカ」
「は、はい! また会おうね! シルヴィア!」
満足そうに頷くと、フードを被り酒場を出て行くシルヴィア。
マルカは、それを追って外に出る。
シルヴィアの姿が見えなくなるまで手を振り続けるマルカだった。