勇者と伝説の剣 前編
アリスは、この町に留まって勇者の下で修業をすると実家に手紙で伝えた。
これで、暫くはこの町で自由に過ごせるだろう。
アリスが通りを歩いていると、色んな人に声を掛けられた。
先日の一件で、すっかり顔が知られたらしく、皆が気軽に挨拶をしてくれる。
少し照れ臭かったが悪くない。何て楽しい毎日だろう。
魔王も悪い人ではないようだし、お目付け役として、勇者ことお姉様が居るのだ。
そうそう大惨事なんて起こるはずもない。
足取りも軽く、酒場の前に着いたアリスが見たものは―
返り血で顔を赤く染め、拳から血を滴らせているナージャ。
それを見つめ、真っ青な顔で身を寄せ合うスミス達、冒険者三人組。
地面には頭部から血を流し、血だまりの中、うつ伏せに倒れている魔王。
魔王は血文字で「ゆうしや」とダイイングメッセージを残している。
「大惨事ですわああああああああああ!?」
アリスの絶叫が響き渡った。
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「アリスちゃん?」
ナージャは叫び声の方を向いてアリスを見つけた。
アリスは、急いでナージャの下へ駆け寄って行く。
「お、お姉様……遂にやってしまわれたのですね……大丈夫です……アリスは何年でも待ちます……。だから一緒に自首しましょう……?」
涙目で訴えかけるアリス。
「いえ、違うのよ? これは……」
「あれ? でも勇者が魔王を倒したんだから喜ばしい事なんですよね?」
と言いながら、足元を見てみるが、殺人現場にしか見えない。
若干、引き気味な顔でアリスが告げる。
「おめでとうございま……す? でも、罪は罪ですから……」
「だから、違うって言っているでしょうが!」
そこへ、マルカ達が反論する。
「いえ、さすがに弁護できません」
「これは勘違いされても仕方ないかと」
「何て言うか、事件現場ですよコレ」
ぐうの音も出ないナージャ。
「まだ死んでたまるかのー!」
がばりと起き上がる魔王。
「あら? 生きてらっしゃったんですわね?」
アリスを見て、邪悪な笑みを浮かべる。
「フハハハハ! 余を倒そうとも! やがて第二、第三の魔王が……」
そこで魔王の頭から噴水のように血が飛び出し再びパタリと倒れる。
「ちょ、魔王さん! 動いちゃダメですよ!」
マルカが走ってきて魔王の介抱を始めた。
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「勇者よ! 魔王を倒すべくまともな装備を整えるが良いの!」
倒されるはずの魔王に言われては世話がない。
ナージャは嘆息すると、魔王に反論した。
「貴女、私の剣で死にかけたじゃない!!」
「余を倒せなければ意味がないのだ!!」
魔王の頭は包帯でぐるぐる巻きだった。
とりあえず、道の掃除と魔王の治療を終えた一同は、酒場の中に入った。
「結局、何があったんですの?」
アリスが不思議そうな顔で尋ねてくる。
「そもそも、そこのポンコツ勇者が悪いのだ」
魔王が、ナージャを指差して答える。
ナージャは恥ずかしそうに頬を染めると、明後日の方向を向いた。
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事の発端は、ナージャの一言だった。
「私も、そろそろ剣を新調しようかしら」
マルカ達が、装備の新調をするかと話している時に、ポツリとそう呟いたのだ。
「ふむ。今はどのような剣を使っておるのだ?」
「勇者様の剣ですか。気になりますね」
「そういえば見せてもらった事なかったな」
「是非、見せて頂けませんか?」
皆の言葉に素直に応じ、ナージャは腰の剣を鞘ごとテーブルに置く。
「はい、どうぞ」
「ふむ」
魔王は、剣を手に取ると鞘から抜き放った。
「こ、これは……」
「え? ええ!?」
「マジかよ」
「冗談じゃないよな……」
全員が驚愕の表情を浮かべる。
魔王が、マルカ達の顔を見回す。
「の、のう? 一緒に戦った時に、これで戦っておったんじゃよな?」
「ま、間違いなくそうです」
「ま、魔狼とかバサバサ切ってました」
「他の魔物も問題なく……」
その様子をキョトンと見つめるナージャ。
やがて、恥ずかしそうに頭を掻きながら答える。
「い、いやねえ……そんなに良い剣だったかしら?」
魔王は剣をそっとテーブルに置いて、思いっきり息を吸う。
そして、大声で叫んだ。
「これは素振り用の剣じゃ!! ボンクラ勇者!!」
ナージャは不思議そうに尋ねる。
「何が違うのよ?」
「どう見ても刃がないじゃろうが!」
テーブルに置かれた両刃の剣には刃がなく、柄も布と革で覆われた質素なものだった。
「なによ? 刃がないといけないわけ?」
不服そうに漏らすナージャ。
魔王は、その言葉に魂が抜かれたように座り込んで天を仰ぐ。
「おバカさん2号よ……お主の剣を見せてやれ……」
「あ、俺っすか?」
スミスは自分の剣を抜いてテーブルの上に置いた。
その剣を手に取って、まじまじと見つめるナージャ。
「凄いわね。包丁みたい」
「それが刃なのじゃ!!」
魔王が叫ぶ。
他の三人は唖然として言葉も出ないようだ。
「の、のう? お主、包丁を反対向きにして野菜が切れるかの?」
「出来る訳ないじゃない! バカにしてんの?」
「おバカさん1号はこれだから嫌なのだ!」
頭を抱えてテーブルに突っ伏す魔王。
マルカがおろおろと補足する。
「えっとですね……その勇者様の剣は刃がないので、そのずっと包丁を反対にした状態で戦っていたという事に……」
マルカの言葉に、ようやく理解が及んだのか、顔を赤くして反論するナージャ。
「で、でも、今まで戦えてたから良いじゃない!」
「だから、不思議なのだ! お主は剣といい魔法といい、精霊の加護の他に、破壊神と契約でも結んでおるのか!?」
「ようするに貴女が倒せればいいんでしょ!」
「はっはーん! おバカさん一号が自分の恥を上塗りしたいようなのだ!」
「ちょっと表出なさいよ!」
「やってやるのだ!」
バチバチと睨みあった二人は、表に出て勝負を始めたのだった。
結局、魔王を切った剣は剣はポッキリ折れるし、その後は残った柄が砕けるまで殴って来るしで、てんで話にならなかったのだ。
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「それで、わたくしが見た光景になった訳ですわね……」
アリスが嘆息しながら、ナージャを見つめる。
「魔王さんの言う事も一理あると思います」
「頭から血を流して倒れてる魔王さんを柄でド突く勇者って凄いよな」
「静かになるまで黙々と打ち込んでいたな……」
次々と続くマルカ達の言葉に肩身を狭くするナージャ。
「で、でも最初の一撃で……剣は折れたけれども、貴女を切れたじゃない!」
「余の頭を切れただけでも奇跡なのだ!! あんなもの何処で手に入れたのだ!?」
「村の武器屋に行った時に『お値打ち品』って書かれた箱の中から一番良いのを選んだわよ!?」
その反論に、酒場が静まり返る。
「それはちょっと」
「ないな」
「ねーわ」
「ありえん」
「俺が魔王だったとしても、もうちょいマシなのでお願いするわ」
「何なら金払うね」
聞き耳を立てていたであろう他の客からも声が聞こえた。
その言葉を聞いて、肩を震わせながらナージャが立ち上がる。
「良いわよ! 後で吠え面書かない事ね!」
そう叫んでナージャは酒場を出て行った。
「お、お姉様! お待ちください!」
アリスが後を追って出て行く。
「良いんですかい?」
店主がグラスを拭きながら魔王に尋ねる。
「お主が、魔王だったとしてだの。打ち倒した武器はバーゲンセールの売れ残り品だったと言われたらどうするかの?」
店主は魔王の方をチラリと見たが、返答はせずに仕事に戻る。
それだけで答えは充分だった。
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ずかずかと不機嫌そうに足音を立てて歩いていくナージャを後ろから追いかけるアリス。
「お姉様! お待ちくださーい!」
その声が聞こえたのか、振り返りはせずに、ゆっくりとした足取りになるナージャ。
それを見て、やはり優しい人なのだと微笑み、隣に駆け寄って行くアリス。
「そ、その、私は元々ただの村娘だから、剣の良し悪しなんて分からないわよ……」
もにょもにょと言い訳をするナージャ。
「次は大丈夫ですわ! 聖騎士たる、このわたくしが付いておりますから!」
胸を張って答えるアリス。
「そ、そっか! じゃあお願いしようかな!」
「はい! 任せてくださいお姉様!」
笑顔で答えながら、アリスは想像していた。
やがて、アリスの選んだ剣を使って、様々な試練を乗り越えていく二人。
凶悪な魔王の前に、一度は膝を着くも、二人で魔王を打ち倒し伝説となる。
魔王を倒して抱きしめあう二人。
『アリスが居なければ、ここまで来れなかったわ』
『お姉様の力があってこそですわ!』
やがて、二人はめくるめく百合色の世界へ―
「アリスちゃん? 何か鼻血出てるけど大丈夫?」
「あへ? だ、大丈夫ですわ!」
ナージャの心配そうな声に、我に返ったアリスはハンカチで鼻血を拭う。
「体調悪いなら、別の日にしようか?」
「と、とんでもありませんわ!」
心配そうな顔をするナージャに、慌てて頭を振るアリス。
とりあえず、今は武器屋に向かわないと―
「あ、アレなんか良いんじゃない?」
ナージャが露天商の前に走って行く。
露店で売っている品とはいえ、馬鹿に出来るものではない。
極稀にだが、貴族などが破産をし、良く分からないルートを辿って、名品が出たりすることもあるのだ。
「お姉様、どれです……」
駆け寄って行ったアリスは、言葉を失った。
露天商は頭までフードを被り、顔すら見えない。
置いてある品は、全てに『呪われた』という言葉が名前の前に付きそうな代物ばかりである。
「これなんてカッコいいじゃない!」
楽しそうな顔で、ナージャが手に取った剣は、柄の部分が大量の髑髏で構成されていた。
原理は不明だが、髑髏の目と口の部分から赤い光が漏れだしている。
「お、お姉様? さすがにそれは……」
「あら? 何か問題ありそうなの?」
アリスの言葉に、不思議そうな顔で振り返るナージャ。
アリスは、脳内で頭を抱えた。
お姉様は確かに素晴らしい勇者だが、センスがそのアレなのだ。
先日の鶏の『ポチョムキン』という名前も勝手に付けたらしい。
件のサーニャをもってすら止められなかったのだ。
だからこそ、自分が必要なのだと思い直し、ナージャを止めようとした瞬間。
「ほらー! 刃も綺麗に整ってる!」
すでに剣を鞘から抜き放ったナージャの姿があった。
「お姉様ぁぁぁぁぁぁ!?」
露天商がニヤリと笑った気がした。
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「そんじゃ、次の仕事を探しに行きますかね」
「そうだな。ギルドに行くとしよう」
「冬は依頼をこなすのも厳しいですからね」
スミス達は席を立ち酒場を出ようとする。
「あ、あの。そのの?」
魔王は、それに声を掛けたが、次の言葉を続けられないでいる。
そちらを見やると、スミスは明後日の方向を向いて言った。
「あー、そういえば装備も新調しなきゃだっけ?」
「ああ、そうだな。ここのところ大分使い込んでいたからな」
「そ、それじゃ、勇者様とばったり出会う事もあるかもしれませんね」
空々しく、会話して出て行く三人組。
魔王は、それを見て、毛布を頭まで被って寝転がった。
店主は、チラリとそれを見て、カウンターの掃除を続けた。