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いつも壊されカフェ  作者: さば太郎
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カムラさん③

 カンバロは北方の緩やかな山地から南方の平野をその主要版図とする小規模な都市国家である。中央省庁の集中する中心地の第一区から都市住民の主な居住区域である第11区まで螺旋模様を描くよう機能ごとに区分されおり、さながら第1区という核から少しずつ新たな細胞が分裂して核を取り囲み成長した巨大な巻貝のようである。その他若干の周辺地域を残して、この計11区がほとんど国家領域の全てである。主要産業は観光と金融、そしてエネルギー産業で、後者になるほど重要度が高い。ユリィのカフェは第10区の商業特区にあり、歴史的建造物や博物館の集まる第9区、通称観光地区に隣接している。なお、第9区は本来富裕層向けの高級居住区なのだが、第9区の面積に対して居住者が少ないため、およそ富裕層地区とは認識されておらず、内外の観光ガイドにも”通称観光特区”と記載されていて政府もあえて訂正しようとしない。

 ツルギとカムラが向かっているのは第11区より北上、国境を越えてさらに北の山地である。


 「いってらっしゃい、ツルギさん」

 「がんばって稼いできてねぇ〜〜。あと、お土産よろしく〜〜」


 結局、ユリィに押し切られるようにしてツルギは仕事を引き受けることにした。彼にもプライドの類いがないわけではなかった。全く自分の意思で決めたわけではない仕事なので気乗りはしていないのだが、何せここ最近ずっと匿ってもらったり金も払わずに居座ったりして多少は申し訳がないと思っていたので、仕方がなく、ともいえた。それに、彼もカムラの話を聞いてしまった以上乗らざるを得ないということもあった。


 ユリィとローはいつものように通りに面した塗装のはげた窓からツルギを見送って、”さてこれで仕事は片付いた”と休憩することにした。ローが小走りで入り口の表に「今日はお休み」の表札を掛けると細い足を踊らせるようにしてお決まりの隅っこのテーブルに座った。


 「ねぇー、ユリィ!は・や・く!」

 「落ち着きなよ。今お茶いれてるんだから」

 「もー、だいたいでいいんだよ!あなたお茶の用意をするのに一体どれほど時間をかければ気が済むの?一生で10年はお湯を沸かして、5年は茶葉の量を計り、30年間お茶の出来上がるのを待つんだわ!合わせて、えーと、45年よ!下手なオークなら死んでる時間よ!」

 「ロー、オークって名称は言わない方がいいよ。最近は差別用語みたいになってるらしいからね。今では確か……」

 「うるさいっ!そんなことはどうでもいいの!はやく飲み物!お茶なんて色が付けばいいのよ!」

 「そんな乱暴な……」


 テーブルの上に両腕を投げ出し、顎で頭を支えて睨みつけてくるローを見ていないのか、それとも無視しているのか、ユリィが30年を棒に振ってもなお惜しくないといった表情で紅茶とお菓子を運んできた。彼女は黙ってそれらを食べ始めると少し落ち着いたらしく、また喋り損ねたことを喋ることにしたようだった。


 「ねえユリィ!なんでさ、なんでツルギはさー」

 「ロー、ロー!菓子を食べながら喋らないでくれ!なにか僕の顔に飛んできているんだよ!」

 「(それを無視して)ツルギはさー、仕事してるじゃん?ここの支払いができない程貧乏してるわけじゃないわ。確かにいっつもサボってここにいるけど、ハントさんがここに探しにくるってことはまだクビになってないってことだし」

 「まぁそれはね、色々あるんだよ」

 「なによ色々って」

 「彼も色々と立場があるからね。うちに金を払って借りを作るのが嫌らしいんだ。嫌というかそういうことになっているらしいんだけどね」

 「何を言ってるのか全然わかんないわよ。だいたい飲み食いしてお金を出すのは当たり前のことじゃない!借りだとか貸しだとか、ただで入り浸っているのは借りじゃないの?」

 「まぁまぁ、それこそ色々とあるんだよ。彼にはただで飲み食いしてもらう、僕らの友情にかけて。それでいいんだ」

 「ふん。ユリィ、あなたがそれだけで納得するヤツって、私が考えていると思う?」

 「わかってるじゃないか。さすがローだね」


 ユリィはまるで長い年月を経て社会的成功を収めた昔の教え子を眺める教師のような、いかにも他人への賞賛とより大きな自賛の入り交じった笑顔を浮かべていた。ローもまた顔を歪めて笑ってみせた。正午を迎えたことを知らせる鐘の音がどこかで鳴り響き、店に面する通りが人通りで賑わいだしていたが、そんなことはお構い無しに二人はおしゃべりを楽しんでいた。


 一方、ツルギとカムラは店を出て北へ向かっている。南に位置する第10区から第11区の北端までは行くには、ほとんどこの都市国家を横切るように都市の外郭部である第10区と11区を通過しなければならない。公共の交通機関を利用すれば大した時間はかからないのだが、カムラの希望で歩いて向かうことにした。徒歩だとすると20キロ近く歩くことになるのでツルギは当初反対した。


 「さすがに遠いぞ。カムラ、徒歩はやめよう」

 「だめです。交通機関は好きではありません」

 「しかしな、今日中に山地に到着した上で、仕事をしなきゃならんのだ。疲れて支障が出るのも望ましくないし、時間が足りないんじゃないか」

 「問題ありません。私は今朝も同じルートを歩いて来たのです。日没まで余裕を持って行けるでしょう」

 「……」


 ツルギの「疲れる」というのはカムラの心配から出た言葉ではなかったのだが、彼女はそう決めつけていたようだった。またしても彼は反論するのが面倒だという気持ちに囚われ始めていた。彼の周りには押し並べて我の強い連中が、花に吸い寄せられる蜂のように集まってくる。放っておけばいいのに、彼は「面倒だ」といってその連中に付き合ってやるのだから、その手の輩から気に入られるのは当然と言えば当然であった。しかし自分ではそのことを理解していないので、今回もついに折れてカムラに合わせることになったのだ。


 「いやぁ、それにしてもカンバロはいつ来ても楽しいですね」


 驚異的なスピードで歩いて行くカムラは上機嫌だった。ついていくのがやっとのツルギは上機嫌どころではなかったのだが、不機嫌でいられるよりマシかと思った。真っ白なローブを風になびかせながらさっそうと通りを突き進んで行く彼女は全身に力が漲っているようだった。目深に被ったフードのために彼女より身長の高いツルギからはその表情が見えなかったが、幸福感と興奮に満ちていた。


 「そんなに歩くのが楽しいか」

 「ええ、街行く人々は表情豊かですし、景色は変化に富んでいます。これが交通機関だと味わえませんよ。それにエルフにとっては大地とのつながりが重要なのです。あまり離れていると落ち着かないものなのです」


 そんなものだろうか、とツルギは思って周りを見渡してみたが、ありきたりな住宅が延々と並んでいてたまに市場が挿入されているといった単調な街並みにしかみえなかったし、すれ違う者も追い越して行く者もそう大層な表情はしていないように思えた。自分に感受性が欠けているのか、それともエルフには何か特別のものの見方があるのか、あるいは両方なのかもしれない、と彼は思った。


 「俺には分からんが、そういうものなのか」

 「ええ、そういうものなのです。”そういうものだ”と受け入れることが大事なんですよ、きっとあなたにとっても」


 ツルギの顔を見上げて笑顔を見せたカムラは美しかった。フードの影の彼女の褐色の肌のうちに輝く白い歯と自然な口元と、宝石のような緑の瞳を、彼もまた美しいと思った。


 第11区の端に到着した。これから二人で国境を越えて、北の山地のエルフに会いに行く。

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