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いつも壊されカフェ  作者: さば太郎
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カムラさん②

 カムラというのは、この大柄な女性エルフの個人名ではなく族名であって、これとは別に姓と名がある。比較的閉鎖的なエルフ社会内ではこの名前が頻繁に名乗られることはなく、異族エルフ間での交渉や婚姻、または祭祀関係の際に用いられるぐらいであったというが伝統的なエルフにとっての族名だった。実際にエルフ同士で使う呼び名は、姓とその一単位家族における家長を基準とした地位を表すエルフ方言(例えば、姓+〜の家長、〜の家長の息子、〜の家長の姪など)の組み合わせである。生きているエルフの名を知ることは例え同族エルフの友人同士はもちろん、兄弟姉妹や直系の子孫であっても禁止されているので、親の本当の名を知るのは大抵はその死を迎えたときだけである。禁止の対象外となる、名を知ることのできる者は本人(但し、知らされるのは15歳の誕生日)、父親、母親、そして婚姻関係を結んだ者のみとされている。これを破って人に軽々しくその名を口にしたり、または緊急切迫の理由が無いのに他者の名を暴き立てた場合は、エルフの主な信仰対象である自然精霊から生涯その加護を受けられないという教義があるために、このルールは信心深いエルフ達にとって強く守られている。現実にも規則の違反者はその共同体の中では生きてはいけない程に冷遇されてしまうので、エルフの名というのはちょっとした酒宴の話の種にもできないぐらいの繊細な問題であった。


 「カムラっていうのは族名だけどね。ツルギさんも知ってるでしょ?」

 「ああ、噂程度には……」


 ユリィが間に入って説明を加えてきた。この男はツルギなど放っておいたら何をしでかすか分からない、とでもいった顔をおくびにも出さない割には、瞳の中にチラチラとその匂いを覗かせていた。巨体に反して人の思惑に敏感なツルギはそれを無視しつつ、エルフの族名というものに思いを馳せていた。昔、仕事で少し関わったエルフにもそれを名乗られた。カムラ、ではなかったが、出会うエルフが皆同じ呼称を名乗るものだから、付き合い始めの頃はいたく困惑したものだった。しばらくして分かったのだが、族名を名乗られるというのは、要は「余所者」扱いされているのと同じことであった。エルフにとっての神、精霊、異族エルフ、異種人は全て「見えざる壁」で隔てられたモノであって、ツルギのような異種人はその最たるものだったのだ。


 つまり、この、エルフの割は体格の良い”カムラ”を名乗る女は、頼み事をしに来た上で、ツルギやユリィ達を”外来者”呼ばわりしてるのだった。この場、このカフェにおいて、”外来者”なのは明らかにこのエルフであったのに、堂々と族名を名乗る”カムラ”のやや浅黒い引き締まった表情を見ていると、ツルギはなんだか可笑しくなってしまった。それがうっかり表情に出てしまったらしく、”カムラ”は怪訝そうに眉をしかめた。


 「何か私、おかしなこと、言いました?」

 「ああ、いや、そうじゃない。すまない、気にしないでくれ」


 しまったと思いながらツルギはあわてて表情を取り繕った。隣でユリィが「やはり私が付いていないとだめだな」と思っているようで何となく腹立たしかった。そして実際にユリィは似たようなことを考えていたのだったが、ツルギが何を考えているかなどとはユリィは考えてもいなかった。一方、カムラはどうやら二人とは違うことを考えていたようだ。


 「共通語を話すのにはあまりなれていないのです。何か間違っているところがあれば、躊躇わずしてしてくださいな」

 「いえいえ、まったく母国語者と遜色無いですよ。それどころ世間の若者より遥かに美しい共通語と言えるでしょう。完璧とも言っていい」


 ユリィの流れるようなお世辞に慣れているツルギは今更騙されることはなかったが、カムラはひどく得意げだった。第一印象とその衣装から堅そうな女だと思っていたが、こうやって上手いこと転がすことができそうだとツルギは思った。詐欺師顔負けの流麗なる世辞の使い手には劣るかもしれないが。


 「それで、カムラさん、一体何の話が?」

 「はい、それはですね……」


 本来の話題に戻って今まで浮かべていた得意顔を消してしまうと、また元の真剣な表情でカムラは語り始めた。いつの間にか、カムラ以外の客はすでにいなくなっていた。濃い緑色の目には強い意志が宿り、小さな口もとが雄弁に語る。


 …………


 「わかりました」


 ツルギはただ一言返事をして、席に着いた。カムラもまたペコリと一礼して席に着く。カムラの用件はひとまず片付いた。カムラは語りすぎるほど事情を語り尽くしてしまったようで、少し疲れた目をしていた。あとは金の問題だが、


 「ああ、そちらについてはもう話がついてますよ」


 ツルギがそのことについて口にする前にユリィが言った。カムラも黙って頷いてみせた。この男は一体いつの間にそんな交渉をしていたのか。ツルギに思い当たるとしたら、台所を漁っているときかクッキーを貪っているときしかない。どうやらそんな短い時間の間に、ツルギが話を受けることを前提として受け取る報酬のことを話し合っていたらしい。ユリィのような輩の勧めにあっさり乗ってきたカムラのうかつさも問題だが、ユリィの詐欺師じみた言動に不愉快な気持ちをツルギは隠せなかった。こういう報酬の話は俺が依頼人との話をつけてからするべきものじゃないのか、交渉の過程を盗むような真似は許せない、とツルギは考えていたのだ。


 「お前なぁ、こんな話聞かせておいてもし俺が断ったらどうするつもりだったんだ?困るのはこの女なんだぞ?」


 ツルギに責められて困った顔をするでもなく、ユリィはいつものように笑いながら答えるだけだった。


 「やだなあ、ツルギさん。あなたが断るわけないじゃありませんか。信頼してますよ、私もあなたのことを」

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