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いつも壊されカフェ  作者: さば太郎
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カムラさん①

「ツルギさんね、たまにはお代、払ってくれてもいいんですよ?『どうかお金のことは口にしないでください、あなたからお代をとるなんてトンデモナイことです……』なんてこと言った覚えもありませんし。だいたい、ツルギさん、結構稼いでいるんでしょう?いつもウチに入り浸ってるのに、どこでお金使ってるんですか」

 「また、今度な」


 ユリィはこのカフェの持ち主である。街の中心地に近く、人通りの多く真新しい家々や建造物に取り囲まれる中、一軒だけ時間の流れに取り残されているいるような、または愛着を持った店や土地を手放したくなくて年々微増していく税金にもかかわらず頑固に細々営業を続けているといったような雰囲気の、古びた平屋のカフェであった。人の出入りはまばらで、本当にこれで利益が上がっているのかと金を出さないツルギが心配になるぐらいであったが、なんとか維持はできているらしい。サイズの合っていない帽子を頭に乗っけているような、無理矢理増築したこじんまりとした二階にユリィは住んでいる。低くもなければ高くもない身長で、常に穏やかな物腰で笑顔を崩さない。


 ユリィにとっては、金を払わないツルギなど客ではない上、営業の邪魔ですらあったのだが、ツルギに言わせれば、いずれ払うことを約束している以上自分は間違いなくこのカフェの客であるし、そう扱われるものだと固く信じているようであった。なにしろ長い付き合いの友人であったので多少は許してくれるとの期待と甘えもあったろう。一方でユリィも全く意地になって金を払わせたいわけではないらしく、時たま試しにツケの催促を繰り返しては、今回のように半ば諦めの混じった苦笑しながら引き下がっていた。


 「またそんなこといってー。お金払ったのは初めて来たときぐらいじゃん」


 ローがユリィに代わって文句をつけた。ローはこの店の唯一の従業員で、一応働いているところを除けば、ツルギと同じようにただでお茶を飲み、お菓子をつまむ。クビにされないのはユリィの言うように「まぁ仕事はできますから」ということらしく、お客がやって来ればてきぱきと働くし、この店で供される洋菓子は全て彼女の手作りでそのために通う常連もいるぐらい人気があるからだった。ただ、接客が済むと、自分の定位置のように定めている隅っこのテーブルに着いてお茶を飲みつつ本を読んだり、客に混ざってお喋りしていたりするので、客の中には「店主と仲の良い常連」ぐらいに思っている者も多かった。年齢は20を越えていないように見えるが、ローはそれについて喋りたがらないので、もっと下かも上かも分からない。それを利用して、ツルギはローに金のことを突っ込まれたときなどは、その話を持ち出してうやむやにすることをカフェに来てから早々に覚えた。ただそれを使うとしばらく嫌な目つきで睨まれる上に、失敗作のお菓子ばかり食べさせられるので滅多に使わない。


 「まぁまぁ、ロー。いずれ払うとおっしゃっていることですし、いいじゃありませんか。たまにはうちの手伝いもしてくれますしね。」

 「そうだぞ、ロー、ユリィは俺のことを信頼してくれているんだ。」


 「なにが信頼よ」という目をローがツルギに向けてきたが、ツルギは気づかない振りをしてやり過ごした。それに、客が店に入ってきたのでローはそちらに取り掛からなければならなくなり、ツルギには幸いにもこの話題を畳むことに成功した。


 やっと一息つくことができる、とツルギが大きくため息をつきながら木製の古びた椅子にさらに深く腰掛けた。ツルギの大きな体躯にはいくらかサイズが合わないように見えたが、そんなことはお構い無しに紅茶を再び飲み始める。そういえば朝から何も食べていなかったことに気づいた。


 「おーい、ロー、クッキーないか?」

 「じ・ぶ・ん・で、やってよね!」


 ちらとツルギに接客用のままの笑顔を向けて、言葉を投げつけるように言い放つと、またすぐに客の方に顔を戻した。普段の様子と違って働いているときのローは別人のようにキビキビとしている。笑顔一つにしても、オフのときは筋肉の使い方を忘れたような笑顔しかできないのに、仕事となると至って自然で魅力的な表情を作ることができた。奇妙な女だ、とツルギは思った。普段からああしていれば、もっと魅力的なのに、ローには仕事中の表情や動作が無意識にしかできないらしく、働いていない時にいくら試してみても奇妙な笑顔しかつくれないらしかった。

 

 栗色の長い髪を後ろで束ねて笑顔を振りまくローは、自分のことを客と認識してくれないらしい、とツルギは観念したらしく、自分でクッキーを用意することにした。カウンターの後ろの棚には一面に蒸留酒のビンや紅茶の缶から少量のコーヒー豆まで並んでいて、腰程の高さには様々な焼き菓子が皿に盛られていた。ツルギがクッキーをごそごそと探していると、また背後の方でドアの開く音が聞こえた。チラと見ると真っ白なシミ一つないローブで全身を覆い、フードを目深に被った客がそっとドアを閉めるところだった。ローブの上下に走る三条の複雑な文様が、その人物に不思議な神聖さを与えていた。尼さんか、と興味なさそうに再びクッキー探しに戻ったツルギだったが、どこにも見つけることができなかった。ローに在処を聞こうと思ったが、ユリィがいつのまにか店内から姿を消していてローはいつも以上に忙しそうにしていたので、結局自分で店奥の台所まで探しにいくことにした。


 台所は雑然としていて清潔という言葉とはほど遠い。洗われずに放置された製菓用具や皿にカップなどが山積みになっている。客がいないときはローの監視の下、ツルギが洗わされることもあったが、今日は見張り番もいないので洗い場の山は見過ごしてお目当てのものを探した。しばらくそこらのものをひっくり返しながら探索を続け、ようやくクッキーを見つけた。オーブンで焼き上げた後、ローはそのまま放置していたようで少し焦げていたが味は問題なかった。


 ツルギはそれらを大皿に投げ込んで店内に戻ると、いつの間にか店内に戻ってきたユリィがさっきの尼さんらしき客とカウンター越しに何やら話し込んでいた。小さな声で話していて、他の人間には聞かれたくないようだ。ツルギは少し気になったが、空腹の方が差し迫った問題であったので、とにかくクッキーを食べては紅茶で流し込んでいた。


 大皿に山のように盛ってあったクッキーが平らになってきた頃に、ローがツルギのもとへやってきた。


 「あっ!クッキー隠しておいたのに、こんなに食べて!まったくもー怒るよ?」

 「許せ、あとで洗いものしておくから」

 「当然だよ!……でも今日のところは見逃してあげる。ユリィが呼んでるよ」


 ツルギがカウンターに目を遣るとユリィとさっきの尼さんがジッと品定めをするように目を向けている。ツルギは仕方なしに椅子から立ち上がり、余った紅茶を飲み干すと空いたテーブルと客のいるテーブルの合間を縫ってカウンター席に歩いていった。ローは仕事が一段落着いたらしく、ツルギが離れた席に着いてクッキーをかじり始めた。楽しそうにあの奇妙な笑顔でユリィ達を眺めている。


 「どうした?」

 「ああ、ツルギさん。もしかしたら、そろそろ働きたくなってきたんじゃないかと思いましてね」

 

 ユリィがツケのことを言っているのか、今平らげたクッキーの山のことを言っているのかツルギには分からなかったが、ツルギに何かをさせようとしていることは分かった。少なくとも本業に戻れと言っているのではないようだった。


 「なんの話だ?」

 「ああ、ツルギさんは話が早い!それでこそ友情ですよね!話というのはこちらの方に少しお力をお貸し願いたい、ということでして……」


 ユリィが演技じみた手つきで指し示すと、尼さんはカウンター席から立ち上がり、ツルギに向かって一礼した。


 「それで、この尼さんは一体俺に何を……」

 「ああ、ツルギさん、この方は尼僧ではなくてですね……」

 「ええ、尼ではありません」


 と白いローブの中からユリィを遮るように低い女の声が響くと、さっとフードを取り払った。


 「この通り、エルフの者でございます。以後お見知りおきを」


 名前はカムラというらしい。

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