迷宮8)いじめっ子の事情
ぽかぽかと暖かい日差しの中、コビットさんとスライムさんが今日も日向ぼっこをしている。
『こびこびっ☆』
『ぷにぷにっ♪』
『二人ともご機嫌ね? 何かよいことがあったのかな?』
『こびこびー☆』
『ぷにっ♪』
『そっかー、お日様が気持ちいいのね。今日は、特に日差しが柔らかいね』
暑さは感じないけれど、お日様の光の優しさはなんとなくわかったり。
ここ最近は、ずっと穏やかな日差しだ。
『こびっ!』
『あ、ルーくんが来たのね? 相変わらず、コビットさんは感覚が鋭いなぁ』
わたしも村のほうに意識を凝らす。
うん、ルーくんが今日も遊びに来たみたい。
今日は何分ぐらいで女神像までたどり着けるかな?
『……ルーくん、レンガ、動かそうか?」
「いや、だめだ。それは最後の手段で!」
『うん~。辛くなったら、言ってね?』
「あぁ。今日こそ、自力で迷宮さんのところにたどり着くんだ」
ぐぐっと拳を固めて、ルーくんは金の瞳に闘志を燃やす。
うんうん、頑張ってね?
わたし、とっても応援してる。
ルーくんはほんとに、前世のわたしと同じレベルか、もしかするとそれ以上に方向音痴なのです。
もう何度も遊びに来てくれているのに、今まで自力で最奥の女神像の部屋までたどり着けたことがないという……。
あぁ、また反対方向へっ。
こそっとレンガを動かして誘導しようとしたら、ルーくんにじとっと睨まれた。
「今日は自力で頑張るっていっただろ?」
『はい……』
レンガを動かすと、どうしても音が出ちゃうんだよね。
だから、こっそり、音が出ないようにそうっと動かしたいんだけれど、そうすると今度は物凄くゆっくりになっちゃう。
そうすると動かしているのがルーくんにばれちゃうんだよね。
ルーくんに気づかれないようにさっとレンガを動かすには、まだまだわたしも練習が必要な気がする。
ルーくんが誘導しなくとも女神像まで自力でたどり着けるようになるのと、わたしが音も無くすばやくレンガを動かせるようになるのと。
どっちが早いかなぁ?
『こびー……』
そうよね、難しい問題よね。
ルーくんは毎日のように遊びに来てくれる。
家のお仕事もあるみたいだけれど、お土産にプレゼントしている薬草が高価で、冒険者として成り立っているみたい。
薬草は、温室が出来て栽培スペースも環境もぐぐーっと向上したから、より一層性能が良くなっている。
もちろん、コビットさんが愛情をたっぷり注いでくれていることが一番なんだけどね。
最近は、コビットさんがお花も植え始めて、見た目も華やかになった。
コビットさんがお手入れしているお花だから、普通のお花じゃない気がするけどね。
ルーくんに見せたら、効能とかわかるかなぁ?
あー、ルーくん、まだたどり着けそうに無いね?
ルーくん、どうしてもこう、道を変な方に行っちゃうんだよね。
迷宮となったわたしは、意識をちょっと迷宮の上のほうに持って行って上から全体を見渡せるけど、ルーくんにそれは出来ない。
右に行って部屋に入って左に行って部屋から出て隣の部屋に行って戻って入り口に戻って部屋に入って……。
あーうー。
ルーくん、額に汗が滲み始めてる。
辛いんだよね、迷うのって。
自分ではちゃんと地図を見ながら目的地に向かっているつもりなのに、さくっと反対方向だったりね?
前世、本当に目一杯迷い続けたから、気持ちがよくわかるのよ。
ルーくんがいっぱい迷ってくれているから、迷宮パワーがもりもり溜まっていく。
迷宮パワーは誰かが迷宮を訪れるだけでも上がるんだけど、宝箱を開けるともっと上がるの。
そして迷ってくれると、物凄く溜まる。
今日までルーくんが迷いに迷いまくってくれているから、溜まりまくった迷宮パワーは一気に何部屋も増築できる勢い。
でも、増築も悩んじゃう。
だって、部屋が増えたらルーくんもっと迷っちゃうよね?
わたしの所にたどり着く前に、きっと力尽きちゃう。
『あっ』
「わっ?!」
わたしとルーくん、同時に声を上げた。
『ルーくん、おめでとぉおおおっ!』
「やった……僕が初めて自力でこれたっ」
わわっ、女神像に抱きついてくるとか。
それ、わたしに抱きついているのとほぼ一緒だよ~?
『こびっ☆』
「わっ、ダンジョン妖精?!」
『そいえば、ルーくんはまだ会ったことなかったよね? 妖精のコビットさん。薬草をいつも作ってくれているの』
「あの薬草はこの子が作ってたのかぁ。戦闘系に見えるのにな」
『コビットさんは兵隊姿だけど、植物を育てるのが好きなのです』
「……ダンジョン妖精とは、ちょっと違うみたいだね」
『他の迷宮にもいるのかな』
「似てるけど、違うね。こんな風に花を摘んだりしないし、僕達冒険者には斬りかかってくるしね」
『そっかー。他の迷宮に行く時は気をつけないとだね』
『こびこび、こーびっ☆』
『コビットさん、そのお花をルーくんにあげるの? 記念に?』
『こびこびっ』
金色の瞳を見開いているルーくんに、コビットさんがお花を手渡した。
白くて小さな花弁は、エーデルワイスに似ていると思う。
『コビットさんが一生懸命育ててくれているの。薬草もそう。そのお花の効力はわからないけれど、コビットさんの愛情がいっぱい詰まっているの』
「コビットさんありがとう。部屋に飾っとくな」
いい香りだねといいながら、ルーくんは胸ポケットに花を刺した。
革のバッグに入れたら折れちゃうものね。
でも胸に刺すと、ちょっと女の子みたい。
ルーくん、女の子っぽい顔立ちだから。
これは言わないけどね。
『もしかしたら、高価かもしれないですよ? コビットさんが育てたお花だから』
「いつも薬草を貰っているし、この花珍しいしからね。売らないで飾っておいたら母さんが喜びそうかなって」
『そっかー。確かに可愛い花だよね』
白い小さな花弁は、先端が少し細まって、中心の雄しべと雌しべは淡いピンクに染まっている。
匂いはわからないけれど、ルーくんがいい匂いだって嬉しそうだから、きっといいんだろうな。
『こびっ!』
急にコビットさんが振り向いた。
『こびこび、こびっ!』
『えっ。いじめっ子達がこっちに向かってる?!』
「いじめっ子って、もしかしてカジンとノーチェか?」
『その二人がルーくんを無理やりこの場所に連れてきた二人なら、そう』
わたしはいじめっ子たちの名前を知らなかった。
カジンとノーチェっていうのね。
どっちがどっちだろう。
なんとなく、背が高くて意地悪そうな子がカジンで、赤髪の子がノーチェって気がする。
イメージだけど。
「……後をつけてきたのかな」
『ルーくん、見つかる前に隠れよう!』
「どこに? 僕は迷うけど、あいつらはすぐにここにたどり着くよ」
『大丈夫。わたしがレンガを動かして隠れ場所に案内するから、道なりに進んでね』
わたしはぐぐぐーっとレンガを動かして、ルーくんを温室に誘導する。
「こんな場所があったの?」
『うん。冒険者が来ているときは、レンガで隠しているんだけどね』
ルーくんはおっかなびっくり温室に足を踏み入れる。
『ぷにっ♪』
『スライムさん移動早いのね。ルーくんと一緒に隠れていてね』
温室に移動していたスライムさんがルーくんを守るようにぴとっと寄り添った。
わたしは意識を集中して、レンガで再び温室を覆う。
「わ、暗い……」
おっと。
レンガで天井も覆っちゃったから、中はほぼ真っ暗かも。
あ、空気は……植物があるし、密閉しているわけじゃないから大丈夫だね。
『こびっ☆』
ぴかー☆
コビットさんが、手の平に小さな光るお星様を出現させた。
ほんのりと、ランプのように辺りを照らす。
『コビットさん、流石ですっ』
『こびー☆』
「明るくてほっとする。暗いとちょっと怖かったんだ」
うんうん、真っ暗だと怖いよね。
わたしも夜とか前世は怖かったもの。
今の世界は月が三つもあるから、夜中でも明るく感じるけどね。
――そうして待っていると、いじめっ子達がやってきた。
「おい、あの魔物はいないよな?」
「いたら、ルーシェルが最初にやられてるさ」
「それもそうだな……。大人たちも何も無かったっていってたし……」
カジンとノーチェは迷う事無く女神像の間にやってくる。
あ、宝箱の中身回収し忘れちゃった。
この子達にコビットさんの薬草とられちゃうのかぁ……。
『こびー……』
『ううん、コビットさんのせいじゃないのよ。それに、今日は一束しか入れてなかったし』
最近はルーくんのお土産にしているから、宝箱の中にはそんなに薬草入れていないの。
コビットさんが一生懸命育ててくれている薬草を、こんな子達に持っていかれちゃうのは、悔しいけれどね。
『オレ、守ル?』
『ううん、ゴーレムさん、そのままじっとしていてね。また討伐の人がきたら困っちゃうから』
少し前、大人達が数人、迷宮の調査らしき事をやりに来たんだよね。
冒険者ももちろんいたけれど、その人たちの会話で、ゴーレムさんを探している風だった。
ゴーレムさん、ほんとに軽くだけど、いじめっ子達を迎撃しちゃったからね。
危険な迷宮として常時見回りなんてこられたら、困っちゃう。
ルーくんが遊びにこれなくなるし、ゴーレムさんやスライムさんでも倒せない冒険者が討伐に呼ばれちゃうかもだし。
「おい、これ、薬草じゃないか?」
「マジかよ。本当にあったのかよ……」
意地悪顔のカジンが薬草を大事そうに鞄に仕舞い込む。
「良かったね。これでフェアリアの具合も良くなるんじゃないかな」
「そうだといいんだけどな」
「ルーシェルが売っていた薬草はかなりの高額で売れてたし、この薬草を薬剤師に持ち込めば、いい薬を作ってくれると思うよ?」
「……駄目だったら、どうしたらいいんだ……」
「ここで薬草が手に入る事はわかったし、薬が無理ならルーシェルと同じように旅商人に売ってお金にしよう。そうすれば、フェアリアに合う薬を買えるかもしれない」
「高価な薬は何種類も試したよ。知ってるだろ……」
「わかってるさ。でも試す前からそんな顔してるのはカジンらしくないぜ」
あ、やっぱり意地悪顔の子がカジンなのね。
赤髪のノーチェに頭を撫でられて、泣きそうな顔してるけど。
……何か、事情があったのかなぁ。
誰かの具合が悪い感じだよね?
でも、だからってルーくん殴ったのはやっぱり駄目だよね。
ちゃんと事情を話して、お願いしないと。
わたしは、薬草を持ち帰る二人の姿を見送ってそう思う。
……もし明日もきたら、ちょこっとだけ、薬草増やしてあげるけどねっ。