表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

7/22

迷宮7)お友達

 えっ、えっと、えーっと?


 わたしは、激しく動揺した。

 わたしの意思が宿っている女神像を、真っ直ぐに見つめてくる金色の瞳から、意思がそらせない。

 だって、いままで誰にもわたしの声は聞こえなかったんだもの。


 冒険者が初めてこの迷宮に訪れた時。

 わたしは一生懸命話しかけた。

 ここはどこなのか。

 一体、どうなっているのか。

 でも駄目。

 剣を構えた冒険者から答えが返ってくることはなかった。


 魔法使いならと思って、魔法を使っている人にも話しかけた。

 だってわたしは迷宮だし、普通に口がついているわけでも壁に口があるわけでもないから。

 魔法を使える人じゃないと、声が聞こえないのかもって思ったの。

 結果は同じ。

 魔法を使える人にも、わたしの声は届かなかった。


 コビットさんやスライムさん、それにゴーレムさん。

 わたしの声が聞こえるのは、いまのところこの子たちだけだ。

 

 人に、わたしの声は聞こえない。


「どうして黙っちゃうの?」


 さっき殴られたほっぺたを押さえながら、少年は立ち上がってわたしに近づいてくる。

 なにか言うべき?

 聞こえてるはずないけれど、聞こえちゃってた感じだし……。

 でも何を言えばいいのか。


「助けてくれてありがとう。女神さまがいるんでしょ?」


 少年が女神像の手を握る。


 うわーうわーうわー。

 わたしの手をぎゅっと握られているみたい。

 いまわたしの意識は女神像の中にいるから、すごく温かみを感じてしまう。

 雰囲気的にだけどね。

 金色の目が、きらきら輝いてわたしを見上げているんだけど……。

 そんな、期待の篭った眼差しで見上げないで?


『わたし、女神さまじゃないです……』


 お願いだから、そんな凄い存在とわたしを一緒にしないで。

 わたしは、ただの迷宮ですからっ。

 ここはきっぱり否定しないと、あとで本当にいるかもしれない女神様から罰が当たりそう。

 あ、もしかして女神像の中にいたりしたら、それも罰が当たるかな?

 でもなんとなく、ここが一番落ち着くの。


「女神さまじゃないの? じゃあ、なんて呼んだらいいのかな」

『宮路芽衣です』

「ミヤジメイ? 不思議な名前だね」

『呼びづらいかな?』

「どうだろ? 慣れれば大丈夫な気がするけど……」


 そうだよね。

 この世界の冒険者達が呼び合っているのを聞いても、横文字風だものね。

 和名は発音が難しい気もする。

 ちなみに、たぶんだけどわたしの名前以外の言葉は現地の言葉に自動翻訳されているんだと思う。

 この世界の言葉は英語に近い感じがするんだけど、実際は発音や何やらが違う感じ。

 それでもわたしが理解できるのは、意思を持った迷宮という存在だからじゃないかな。

 そうだ。


『難しかったら、迷宮、って呼んでもらえれば。ここでの名前は、きっとそうだから』

「迷宮さん? うん、呼びやすいね。あらためてありがとう。すっごく助かったよ。あいつら、一対一なら負けないんだけどな」

『君の名は?』

「僕はルーシェル。ルーって呼んでよ」


 言いながら、ルーくんは頬っぺたをさすった。

 かなり赤く腫れている。

 これ、明日になったらもっと腫れて、痣になるんじゃないかな……。


『ルーくん、傷、痛そうだよね……』

「ちょっとだけな。二人がかりはずるいよね」

『うんうん、酷いなって思った!』

「この間、ここの宝箱に一杯薬草が入ってて、かなり品質がいい高級品でさ。でも旅商人に売ってるところをあいつ等に見られちゃって」

『そっかー。宝箱に少しでも薬草を入れておけば良かったね。そうしたら殴られなかったよね。ごめんなさい』

「あー、迷宮さんは気にしないで。毎回あんなに一杯はいってるはずないよね」

『ううん、本当は入ってたの。でもあの子達が意地悪な感じだったから、中身抜いちゃったの』

「あいつ等に売ってるとこ見られた僕が一番悪いし。それに、正直、あいつらに薬草渡すの癪だったから、丁度よかったよ」


 へへっと笑う少年。

 わたしの声がほんとにしっかりと聞こえてて、普通におしゃべり出来てて不思議な気分。

 

『ねぇ、キミは特殊な魔法使いなの?』

「魔法? 明かり程度なら灯せるけど、特殊な魔法なんてたぶん使えないと思う」

 

 そうだよね。

 凄い魔法が使えるなら、あんないじめっ子達、その魔法でやっつけれちゃうものね。

 

『じゃあ、約束してほしいの。わたしの声が聞こえることは、誰にも言わないで?』

「いいけど、なんで?」

『わたしの声ってね、普通は人間に聞こえないと思うの。今まで、誰とも話せなかったから、たぶんだけど。だから、わたしの声が聞こえるなんていったら、嘘つきだって思われちゃう』

「そういえば、あいつらには聞こえていない感じだったな。うん、わかった。誰にも言わないって約束するよ」

『ありがとう。そうだ、少しの間、目をつぶってもらえるかな?』

「こう?」


 素直に金色の瞳をつぶるルーくん。

 

 うん、コビットさん、いまですよ。


『こびっ☆』


 わたしの意思を感じ取ったコビットさんが、宝箱に薬草を詰めて、ぽんっと隠れた。


『はい、もう目を開けても良いですよ』

「えっ、なにこの薬草?!」

『お土産ですよ。今日の宝箱に入っていた分なの』

「この間より多くない?!」

『ちょみっとサービス、かな?』


 お詫びも込めてね。


『あの子達に見つからないようにね』

「全部はもてないかも」

『あっ、そうか。この間もいっぱいいっぱいだったものね。二度に分けて持って帰れる? お家は近いのかな?』

「すぐそこの村に住んでるんだ。だから、明日も来ていいかな?」

『もちろん! 薬草は半分とっておくから、ちゃんと取りに来てね』

『ぷにっ♪』

「えっ、スライム?!」


 わわわっ?

 スライムさん、何で出てきちゃったの?!


 ぷにぷに、ぷにぷに。

 スライムさん、つぶらな瞳をくりくりさせながら、わたし達に近づいてくる。


『あっ、ルーくん、だめ! 剣を抜いたりしないで。スライムさんは大切な仲間なのっ』

「え、魔物が仲間?」

『うんうん、スライムさんはとっても大人しくて、お掃除上手なのよ』

「どうやって掃除するのさ! 手も足もないじゃんっ」

『スライムさんは、ぷにぷにっと移動して、迷宮の中をぴかぴかにしてくれているの。ゴミ一つ落ちていないでしょう?』

「……言われてみれば、すごく綺麗な壁だよね」


 ルーくんがぐるっと部屋を見渡す。

 スライムさんが今日も磨いてくれたから、つるつるすべすべお肌的な壁なのです。


『ぷにぷーにっ』

『えっ、スライムさん、それ本当?』

『ぷにっ♪』

「スライムとも話せるの? そいつなんだが機嫌が良さそうだよね」

『スライムさんの言葉は聞こえないのね。うん、スライムさん、薬草いっぱい食べてご機嫌なの。だからルーくんの怪我、治してくれるって』

「えっ。スライムが?」


 ルーくんが数歩後ずさる。

 うん、気持ちはわかるけど、スライムさん落ち込んじゃうからね?

 そんなに怖がらないであげて?


「ち、近づいてくるんだけどっ」

『そのまま、出来ればちょっと屈んでくれるといいかも。スライムさん、ほっぺたまでよじ登らなくちゃいけなくなるから』

「えぇえっ、怖いよ!」

『大丈夫。わたしとスライムさんを信じて? ルーくんに何かするなら、最初からしてるでしょう?』

「そ、そうなんだけどさ……」


 顔色、真っ青だなぁ。

 確かに邪悪なスライムだったときはわたしも逃げたくなったしね。

 でもスライムさんいい子だから。

 ね?


 ルーくんの足元でじっと待っているスライムさん。

 そんなスライムさんに、ルーくんはそっと手を伸ばしてつつく。


 ぷにんっ♪

  

 つんつん。


 ぷにんぷにんっ♪


「……怒らないんだ?」

『スライムさんは怒らない子なのです。日向ぼっこが趣味なのよ』

「日なたが好きなスライムって、どんなのだよ……」


 もうルーくん、半ばやけくそ気味に屈んで、スライムさんに頬っぺたを差し出した。

 金色の瞳をこれ以上ないってぐらいにぎゅーーーっとつぶってる。


 じゃあスライムさん、優しくしてあげてね?


『ぷにぷに、ぷーにぷににん♪』


 真っ白いゼリー状の身体をんんーっと背伸びして、ルーくんの頬っぺたにぴとっと触れた。

 触れられた瞬間、ルーくんの身体がびくっと強張った。

 けれどルーくんは歯を食いしばって耐える。


 ぷにぷに、すべすべ♪


 スライムさんが腫れた頬っぺたを撫でるようにぷにぷにと触れる。

 ほわわーっと白い光が灯る。


「わ、わっ、気持ちいいっ」


 ルーくんがぱっと目を見開いて、頬っぺたを撫でるスライムさんを見つめる。


 うんうん、そうでしょうそうでしょう。

 毎日迷宮を掃除してもらっている時もとっても気持ちよいもの。

 スライムさんの肌触りはぷにぷにと最高なの。

 頬っぺたもほんとに治ってる。

 スライムさん凄いわ。


『ぷにっ♪』

『スライムさん、素敵。ルーくんの頬っぺたもすべすべね』

「……治ってる、全然痛くないや。スライムさんありがとう」


 むにゅっと自分の頬っぺたを摘まんだあと、ぎゅうっとルーくんは思いっきりスライムさんに抱きついた。

 

 嬉しいのはわかるけど、あんまりきつく抱きしめると、スライムさん潰れちゃう。

 ほら、スライムさんゼリー状だから。

 ルーくんの腕の中で既にとってもくびれてる。


「あっ?!」

『わっ?!』


『『ぷにぷにっ、ぷにぷにっ』』


 スライムさん、二匹に分裂したーーーーーーーー?!


 くびれていた部分から上と下にぷににんと。

 半分こだよ?!


「ああぁっ、僕なんてことっ」

『スライムさんスライムさん、大丈夫なのっ?!』


 おろおろ、おろおろ。

 慌てふためくわたしとルーくんの前で、スライムさんは『『ぷににんっ♪』』と鳴いてまた一つに合体した。

 ほっ。

 

『スライムさん、分裂できたのね……』

『ぷにっ』

「びっくりしたびっくりした、心臓とまるかと思った」


 ルーくん、思いっきり尻餅ついてるものね。

 わたしもとっても焦ったよ。

  

 呼吸を整えて、改めてスライムさんにお礼を言って。

 ルーくんは薬草をいっぱい持って振り返った。


「ねぇ、迷宮さん」

『なにかな?』

「僕とお友達になってよ」

『もうお友達ですよ』

「そっか。じゃあ、また明日!」

『あっ、ルーくん、出口はそっちじゃないですよ。右に曲がるのです』

「えっと……」

『ううん、そっちは左なの。レンガを動かすから、ちょっと待っていてね』


 ぐぐーっとレンガを動かして、ルーくんを出口のほうへ誘導する。

 ちょっと照れくさそうに笑って、ルーくんは村へ戻っていった。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ