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迷宮4)スライム出現!

 ぽつーん。

 わたしは、迷宮からぼんやりと草原を眺めていた。

 気分はそう、縁側に腰掛けて三毛猫のタマを撫でながら、お茶を飲む感じ?

 まったりというか、なんというか。

「ばぁあさんや、飯はまだかいのー?」「いやですわじいさん、さっき食べたじゃありませんか」的な。

 あれ? ちょっと違うかな。

 

 でもほんと、わたしはここ数日、ぼんやりと景色を見て過ごしているのです。

 わたしがこの世界に来てから早一ヶ月。

 冒険者達が訪れてくれたのは、最初の数日間だけだった。

 

 ありえないぐらいしょぼい迷宮。


 その噂はさくっと広まってしまったらしく、まだたった一月だというのに速攻で過疎ってしまったのだ。

 冒険者が来てくれないと、迷宮パワーが溜まっていかない。

 溜まらないと、迷宮を増築できない。

 増築できないとしょぼいまま。

 しょぼい迷宮だと冒険者が来ない。

 冒険者が来てくれないと……ってわけで、はい、ループ。

 詰んだね。


『こびっ?』

『あぁ、コビットさん、心配しないで? 迷宮パワーが無くなっても、あなた達が消えることはないと思うの』

『こびこびっ、こびっ!』

『そんな心配はしていない? そっか、わたしの心配をしてくれてたのね。でも大丈夫よ。迷宮がなくならない限り、わたしも消えたりしないみたい』

『こびっ☆』


 あーもー、コビットさん可愛いなぁ。

 迷宮パワーが溜まったら増築しようと思ってたけど、コビットさんの温室建設が最優先かも?

 冒険者が来ないから、宝箱に入れるはずの薬草達が、薬草花壇の中でみっちりもっさり育ちきっちゃってるしね。

 あ、また天気がぐずってきたな。

 コビットさんの薬草花壇に屋根をつけると、ポツリ、ポツリと雨粒が散らばりだした。





 結構、今日の雨は長いな。

 強まる雨音にわたしはそんな事を思う。

 

『こび……』

『ん? 寒いのかな? 女神像の側に来てね。屋根を作るわ』

『こびこびーっ』

『えっ、人が来る?』


 わたしは慌てて迷宮の周辺に意識を凝らす。

 あー、ほんとだ。

 誰かこっちに向かって走ってくる。

 冒険者じゃないよね。

 革の鎧すら着ていないし、ローブも羽織っていない。

 旅人かな?


 わたしに見られていることなんて知らない旅人は、迷宮の中に駆け込んできた。

 肩で息をしながら迷宮の壁に寄りかかる。


 寒そうだよね……。


 わたしは迷宮になってから、寒さは感じなくなった。

 熱さもたぶん感じないんだと思う。

 レンガ造りの無機物迷宮だからね。

 痛みもたぶん感じないんじゃないかな。

 触れられたりすれば判るから、感覚自体はあるのだけど。


 カタカタと雨に震える旅人さんの為に、わたしは彼の寄りかかる壁の上部に意識を集中する。

 コビットさんの薬草花壇に屋根を作ったのと同じ要領で、レンガを少しずつ動かして旅人さんの上に屋根を作った。

 これで雨をしのげるかな?

 わたしの迷宮は屋外だから、屋根なんてついていないのですよ。

 風はしのげても雨や雪などの空から落ちてくるものは全部直撃だ。


 レンガが動く音と雨が止まった事に気づいた旅人が、上を見上げて悲鳴を上げた。


「く、食われるっ!」


 えっ、違いますよ?!

 雨が当たらないようにしてあげようとしただけで、あなたを食べようなんてしていませんってば。

 迷宮だから何も食べる必要ないし、必要あっても人間食べたりしないわっ。


「た、た、たっ、助けてっ!!!」


 待って、本当に待ってください!

 わたしはあなたを食べたりしませんからっ。


 必死に説明するわたしの声は、旅人さんには聞こえない。

 わかってる。

 いままで来た冒険者さん達にも何度か話しかけたけど、一度だって返事が返って来たことはないもの。

 コビットさんにしか、わたしの声は聞こえない。

 

 旅人さんはせっかく作った屋根から飛び出して、一目散に逃げ去っていった。

 

 あーあ……。

 レンガ動かすの、実は結構大変なんですよ?

 って、あれ?

 レンガの屋根に、なんかへんな感触が。

 なんだろう。

 ぬめりとした何かが触れている。

 こう、ねばーっとした何か……。


 !!!!!!!


『いやーーーーーっ、スライムゥウウううううっ!』


 スライムだ。

 スライムがわたしの迷宮にくっついてる!

 どろりとした毒々しい紫色のスライムが、旅人さんの為に作った屋根の内側にねっとりと絡みつく。

 

 そっか、旅人さんはこいつを見て逃げたのね。

 魔物がいたら逃げるよね、当然。

 わたしも逃げたい、でも逃げれないっ!


 ぬっとりとした動きで、スライムはレンガの屋根を這い上がり、迷宮の中にぽとりと落ちた。

 

 何で外に落ちてくれなかったの?!

 中側に落ちなくってもいいじゃない。

 あぁ、迷宮の中を移動しないで、こわいっ。


 不意に、スライムが動きを止めた。

 そしてじっと、迷宮の壁をみる。

 ゼリー状の身体には目なんてついていないけれど、見られているのが判るのだ。

 ずるりとスライムが壁にへばりつく。

 そして、ゆっくりとレンガを溶かし始めた。


 えっ。

 ちょっと待って。

 ほんとに待って。

 なんでわたしを溶かしてるの?!

 スライムって魔物でしょ。

 だったらわたしと同属になるんじゃないの?

 だいたい迷宮にはスライムって付属品レベルでセットになってるじゃない。

 なのになんでわたしを食べているの?!


『こびっ!』


 ちゃきっ☆

 コビットさんが、腰にさした玩具の剣を構えた。


『コビットさん、何をする気? まさか……』

『こびこびっ!』


 女神像の隣にいたコビットさんが、ふっと掻き消えた。

 そして次の瞬間、スライムの目の前に!


『コビットさん、だめっ。コビットさんには戦闘能力なんかないのよっ』

『こびこびこびーーーーっ!』


 ぷすっ!


 コビットさんの剣が、スライムに突き刺さる。

 けれどスライムにはまったく効いてない。

 あたりまえだ。

 コビットさんは迷宮の雑用を一手に引き受けてくれているけれど、戦闘タイプじゃない。 

 

 コビットさんが一生懸命スライムを突き刺すけど、スライムはお構いなくわたしの身体を食べていく。

 痛みはない。

 けれどどうしようもない嫌悪感が湧き上がって、気持ち悪い。

 ぬるりとした感触が強まり、レンガの壁に穴が広がっていく。


 くるりっ。


 いままでコビットさんを無視していたスライムが振り返る。


『コビットさん、逃げてっ!』

『っ!』


 コビットさんが姿を消して、わたしの横に出現した。

 その手に持った剣にはもう刃がない。

 スライムに溶かされたんだ。

 そしてさっきまでコビットさんがいた場所を、スライムが溶かし始める。


『こび……』

『謝らないで。コビットさんは精一杯やってくれたわ。大丈夫、食べられちゃってるけど痛くはないの』


 しょんぼりとうな垂れるコビットさん。

 そんな顔しないで?

 コビットさんがスライムに食べられちゃったら、そのほうが辛いんだからね。


 でもこのスライム、どれだけ食べるき?

 両手で抱えれるぐらいの身体で、一体どれほど消化してゆくのか。

 わたしのレンガを次々と溶かし、既にスライムの身体の二倍ぐらいは食べているはずだ。

 まだ満腹にならないの?


 ……迷宮を食べつくすまで止まらないとか。

 ないよね?

 ……ありえるかな。


 わたしもコビットさんも戦闘力はない。

 でもこのまま黙って食べつくされるわけにも行かない。

 ……そうだ。


 わたしは、ぐぐっと意識を集中する。

 スライムが食べている壁の上部のレンガがゴトリと動く。

 そのまま、わたしはレンガをえいっと押し出した。


 ひゅーーーーーーんっ、どすっ!


「ぶゅぎゅっ!」


 レンガがスライムの真上に見事命中!

 びくんびくんと痙攣するようにゼリー状の体が激しく波打った。


 よしっ、効いてる効いてるっ!


 よっくもわたしの身体を食べてくれたわね?

 反撃、いくわよっ!


『こびっ☆』


 わたしの意図を理解したコビットさんが、壁の上に出現☆

 わたしと一緒にレンガをスライムに落とすのを手伝ってくれる。

 ありがとうコビットさん!

 

 どっすんどっすんどっすんどっすん!


 次々とスライムに落下していくレンガ達。

 無様な悲鳴を上げて、スライムは動かなくなった。


 コビットさんが、いつの間にか薬草を手にスライムに近づく。


『コビットさん?』

『こーびこびっ』


 えいっと掛け声をかけて、コビットさんはレンガの下敷きになって動かないスライムの身体に薬草を突っ込んだ。

 

 ピカッ!!


 一瞬眩しい光がスライムを包んだ。

 そして、次の瞬間、そこには真っ白いスライムが!

 さっきまではなかったつぶらな瞳までくっついてる。


『ぷにっ♪』

『こびこびっ』

『ぷにぷにぷにっ♪』


 コビットさんとスライムさんが、手に手を取り合って嬉しそうに笑っている。 

 えーっと、えーっと。

 

 新しい仲間、ゲットです?

 


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