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迷宮2)迷宮に生まれ変わりました?

 たぶんわたしは、即死したんだと思う。


 トラックにぶつかるって思った直後、世界が真っ暗になって何にも見えなくなった。

 何が起こったかわからないわたしは、闇の中で急に腕を引っ張られた。

 

 なに、これ?

 

 ぐぐっと腕を引っ張る力にちょっとだけ、ついていった。

 すると引っ張る力はどんどん加速度を増して、わたしの意識は闇に吸い込まれるように下に引っ張られて、小走りに駆け下りるように闇の中を進み続けた。

 どこまでもどこまでも引っ張られるまま走り続けていると、トンネルの出口みたいに先のほうが明るくなってきた。

 そして回り中が光で一杯になった刹那、ぽんっと勢いよくわたしはそこから放り出された。


 直後、目に飛び込んできたのは雑貨屋さんみたいなレンガ造りの壁面だった。

 全体的にクッキーみたいに愛らしくて、可愛いあのレンガ作りの壁。

 

 雑貨屋さん? わたし、トラックに飛ばされて、雑貨屋さんに辿りついたの?

 でもどこも痛くないし、むしろ無傷?


 軽い眩暈を覚えながら、わたしはこめかみを押さえようとして、ぎくっとなる。

 

 ……わたしの腕、どこ?!


 バッと音がしそうなほどわたしは勢いよく立ち上がって、自分の身体を見る。

 でも、見ているはずなのに、見えない。

 見えるのは、レンガの壁だけ。

 手を前に差し出してみても、手がない。

 差し出す感覚も、立ち上がった感覚もあるのに、何も見えない。

 見えるのは、一面に広がるレンガの壁だけだ。

 

 雑貨屋さんにたどり着いたってわけじゃないみたい。


 無性に不安になったけれど、じっとレンガの壁を見ていても何も解決しないから、わたしはとりあえず前に進み出る。

 瞬間、がくっと身体が固定された。

 身動きが取れなかった。

 立ったり座ったりは出来ても、前には進めないのだ。

 試しに後ろに下がろうとする。

 これも出来ない。

 左右も試す。

 当然のように出来なかった。

 泣きそうになりながら、わたしは空を見上げた。

 

『うぇっ?!』


 叫んだ声は声として周囲に響かなくて、でもそんなことより何よりわたしは空を見上げたまま固まった。

 淡いミルクティー色にほんの少しだけピンクを落とし込んだような柔らかな色合いの空に、月が3つ、浮かんでいる。

 今にも落ちてきそうなぐらい大きな月は、白い地表が見えるほどにくっきりと鮮明。

 白い月の半分ほどの大きさの赤い月は、その周囲を細い帯状の雲がくるくると囲って渦巻いている。

 一番天高く輝いている月は蒼い光を放っていた。


 明らかに日本じゃないよね?

 むしろ、地球ですらなくない?!


 よろよろと後ずさりたくなったけれど、相変わらずわたしの身体は言う事を上手くきいてくれない。

 目の前の壁と、それに繋がるあたり一面のレンガの壁がまるでわたしに合わせるかのように、わたしが無理に動こうとすると軽い地震のように微妙に揺れるのだ。

 どういったらいいのか。

 身体が地面に固定されているような感覚なのだ。

 でも今はそれが良かった。

 そうじゃなかったら、わたしはきっとここに倒れてた。

 この場所から動けないからこそ、わたしはなんとかこの場に立っていられるのだ。

 もう一度、わたしは手を伸ばす。

 月に向かって伸ばしているつもりでも、そこには何も映らない。

 わたしは見えない腕を下ろして、呆然と空を見上げたまま立ちすくんでいた。




 何時間ぐらい、そうしていただろう。

 泣いているはずなのに涙が出なくて、その場から移動することも出来なくて、わたしは地面に座り込んだ。


 地面がコンクリートじゃなくて、むき出しの土でちょっと汚れちゃう?

 でも汚れる身体は見えないから別にいいのかな。


 何度見直しても見えない自分の身体へのショックから、わたしは大分立ち直っていた。

 というより開き直った。

 見えないことより何よりも、ここがどこだか知りたかった。

 そしてわたしは一体なんなのか。

 凄く、凄く奇妙なとあることに、わたしは気づいてしまったのだ。

 

 ……このレンガの壁とわたし、一体化してない?


 レンガの壁を辿るように意識を這わすことが出来るのだ。

 そして意識をもっと込めると、レンガの壁に囲まれたこの場所の全体像がふっと脳裏に浮かび上がる。

 正方形に囲われたレンガの壁の中を、真っ直ぐな通路が一本、入り口から突き当りまですっと伸びている。

 通路の両側にそれぞれ部屋が二つほどあり、合計部屋は四つ。

 その内の一部屋には宝箱がちょこんと置かれていて、女神の像が置いてある。

 わたしは目を凝らすように意識をより一層集中すると、わたしの意識はするすると宝箱のすぐ隣に来ていた。

 

 やっぱり、一体化してるよね?


 冷や汗がこめかみを伝う気がした。

 でも一度この壁を意識したせいか、わたしの人間としての感覚はどんどん薄れて、代わりにごつごつとしたレンガの壁の感触が伝わり始めた。

 そして同時に。

 わたしは、わたしが何であるかを理解した。


 レンガの壁を受け入れたせいなのか、それともこの世界に意識が定着し始めたからか。

 人が道具の使い方を教わっても、腕の動かし方を教わることはないように、自然と本能がわたしに伝えてくれた。


 わたしは、迷宮なのだと。

 たった四部屋しかないこのちっぽけな迷宮が、わたしそのもの。

 

 ……どうしよう?



 

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