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18/22

迷宮18)不思議な夜


 暖かそうな気温が続く中。

 わたしは、朝からずっと調子が悪かった。


 なんだろう、調子が悪いというか、身体が重いというか。

 迷宮なんだから、体調を崩すってないと思うのですけど。


『こびー……』

『ぷーにー……』


 コビットさんもスライムさんも、ぐったりとしている。

 ソードさんの素振りもなんだか勢いがない。

 いつもは後二十回はぶんぶん振るのに、今日はもうやめて草むしりに切り替えてる。

 でもその勢いも、やっぱりいつもよりもゆっくり。

 いつもなら、ずばばばばばばって引っこ抜かれていく雑草は、今日は一個ずつぽこぽこっとだ。


 なんだろう。

 風邪かなぁ?

 みんなして、魔物的な風邪にかかったのかしら。

 そういうものがあるのかどうか分からないけれど。


 ハーさんピーちゃん小鳥さんの三羽も温室の中で身を寄せ合って静かに眠っているし、ゴーレムさんは本当の石像のよう。

 ケロケロさんもなんだか元気がなくて、さっきから欠伸してる。

 だから今日は、迷宮をお休みしました。

 冒険者さんたちが来てくれてたのですけどね。

 入り口も出口も閉ざしちゃってます。


「迷宮さん、それ、もしかして青い夜の影響じゃないかな?」


 今日も遊びに来ていたルーくんが言う。

 迷宮はお休みだけれど、ルーくんは特別だから。

 顔パスです。


『青い夜って、なんだろう〜?』

「ほら、空に月が三つ浮かんでるでしょ。あの三つの月が、青く輝く夜があるんだよ」


 言われて、わたしは空を見上げる。

 青空の中に、三つの月は白く青く、淡く浮かんでいる。


 この三つの月は、わたしが初めてこの世界に来た時からずっと三つだった。

 今にも落ちてきそうなぐらい大きな月は、白い地表が見えるほどにくっきりと鮮明。

 でも初めて見たときより、言われてみると青みを帯びている気がする。


 白い月の半分ほどの大きさの月は、その周囲を細い帯状の雲がくるくると囲って渦巻いている。

 でも赤かったはずなのに、今は青っぽくなっている。


 一番小さくて、一番天高く輝いている月はもともと青かった。

 けれど、今日はさらに輝いて見える。


『青い月って、この世界では特別なのです〜?』

「うん。数年に一度、異世界への扉が開いて魔物が活性化するって言われてる。だから、この時期は危険地帯へはどの冒険者も近付かないと思う」

『活性化っていったら、元気になる感じだよね?』

「うん。パワーアップするし、戦うと厄介だよ」

『わたしも迷宮のみんなも、なんかとっても、元気がないのですよ〜』


 青い夜が魔物を元気にするなら、わたし達も元気になっていいと思うのですよ。

 人を襲ったりしないっていうだけで、カテゴリー的にわたし達は魔物だと思うの。

 でも実際は、こう、身体の中から力が抜けていく感じ。

 とっても、くってりです。


「うーん、そうすると青い夜は関係ないのかな。今夜が一番青く光り輝くんだよ。赤い月が青く輝くのは見物だぜ」

『綺麗なのかな?』

「もちろん! 青い夜は魔物が危険になるけれど、幻想的だから、恋人たちが告白する夜としても知られてるんだよ」

『ルーくんは、フェアリアちゃんに言わないの〜?』

「わっ、いきなり何言い出すんだよっ。前も言ったけど、俺とフェアリアは、そんなんじゃないからなっ」

『ふぅ〜ん?』

「なんだよぅ、じっと見ないでくれよ。大体俺は迷宮さんのほうが……」


 ルーくん、真っ赤になって俯いちゃった。

 いけないいけない、ついつい、聞きすぎちゃった。


『こーびー……』


 てくてくと、コビットさんが女神像まで歩いてくる。


「うわぁ、コビットさんもほんとに元気ないね。ここまで歩いてきたのか?」

『こびこび……』


 コビットさん、いつもなら『こびっ☆』て笑いながら、ぽんっと出現するんだけど、今日は温室からてくてく歩いて来てた。

 でも手にはちゃんとルーくんへのお土産が握られている。


「あぁ、ごめん、こんなに体調悪いって分からなかった。そういえば、ケロケロさんもずっと欠伸してたよね」

『こーび、こび……』

「気にするなって? 気にするよ普通。えっと、ちょっとじっとしててな」


 ルーくん、コビットさんに手をかざして、意識を集中する。

 すると、スライムさんみたいに、ルーくんの手から白い光が溢れて、コビットさんを包み込んだ。


「苦手ってばかり言ってられないからさ。魔法も練習してるんだ。治癒魔法使ってみたんだけど、どうだろう?」


 ルーくんがコビットさんを抱き上げる。

 でもコビットさん、くてーっと身体に力が入らない。


「あー、やっぱり駄目かぁ。俺が温室に行けばよかったよ。コビットさん、無理させてごめんな?」

『こび、こびー……』


 コビットさん、一生懸命ルーくんに笑顔を向けるけど、やっぱり辛そう。

 どうすればいいのかな。


『迷宮パワー、使ってみようかなぁ?』

「小鳥さん達は、それで元気になったんだっけ? そういえば今日みてないな」

『小鳥さん達もくってりで、温室で眠っているのですよ〜』

「うわぁ、それは本当に大変なんだな。あいつら、お喋りが取り柄みたいな子達なのに」


 ルーくんがほんとに困った顔をする。

 ハーピーさんとなった三羽は、ルーくんとももちろん話せてて、この間はルーくんに女の子の褒め方について指導してたっけ。

「女の子には、常に褒め言葉を言うべきですのよ? ほら、わたくしで試してみて」とか。

 ルーくんたじたじだったよね。


 とりあえず、わたしは迷宮パワーをむむむむむーんとコビットさんに送ってみる。

 迷宮パワーを受け取ったコビットさん、背筋ぴーんで、さっきよりもずっと元気になった。


『こびっ☆』

「お、迷宮パワーが効いてるな」

『でも、ずっと送っておかないとだめかも。迷宮パワーが流れていく感じがするのです』


 コビットさんに、ずっと迷宮パワーが繋がっている感じなのですよ。

 こう、水道の水をほんの少しだけ出して、細く細く、少しずつ流しているような。

 意識して止めてみると、とたんにコビットさんがくったりと元に戻ったので、慌てて流しなおす。


 うぅん、このままずっと流し続けるには、迷宮パワーが心もとないのですよ。

 この間、一気に温室をぐぐーっと増築して、一気に迷宮パワーを使ってしまったのです。

 今まで食べれる物といったら木の実だけだったけれど、コビットさんが頑張ってくれて、家庭菜園的に小さな畑が出来上がっている。

 それに、木の実もバリエーションが増えて、赤い木の実だけでなく、ころんと手の平サイズのピンクの木の実もなり始めてる。

 お家を作ったら、ルーくんが住めそうなレベルなの。


『青い夜は、何日も続くのかなぁ?』

「どんどん青みを増して、今夜がピーク。明日からは、青さが薄れていくと思う」

『それじゃあ、辛いのは今日だけだねぇ』


 昨日までは、みんな、なんともなかったと思う。

 だからたぶん、もしも原因が青い月だとしたら、多少月が青くっても、そんなに影響はないはず。

 今夜を乗り切れば、きっとみんな、明日からは元気になれる。

 ……かな?

 なれるといいな。


「じゃあ、みんな疲れている感じだし、今日はもう帰るね」

『ルーくん、せっかく来てくれたのにごめんね』

『こびー……』

「むしろ俺のほうがごめんなさいだよ。迷宮さんは、疲れてても見た目変わらないんだね」

『迷宮だから、もっと疲れたら、壁とか変化するのかなぁ?』

「それ、なんかみてみたい気もするけど、迷宮さんが辛いのは嫌だなぁ」

『きっと、明日になれば治ると思う。昨日までは、本当になんともなかったんだもの』

「そうだといいな。じゃあ、また明日!」

『うん、またですよ』


 わたしは、いつも通りレンガを動かしてルーくんを誘導する。

 最近は軽々と動かせたレンガが、最初の頃みたいにすごく重く感じられて大変だった。


 うーん、本当になんだろう?

 なんとなく、胸元の羅針盤懐中時計を女神像の髪で覆い隠す。

 だって、レンガを動かすのがもっと大変になったら、女神像の髪は動かせない気がするの。

 今も、やっぱり動かしづらかった。


『こびっ』

『え? 迷宮パワーを止めて? ううん、大丈夫なのですよ? コビットさん一人だけなら、今夜を乗り切れると思うの』

『こびこび、こびー』

『痛いわけじゃないから大丈夫、って? もう、コビットさん、無理しちゃ駄目なのですよ。コビットさんが倒れたら、迷宮が立ち行かなくなってしまうのです』


 うん、本当にね?

 わたしは迷宮本体だけれど、コビットさんがあれこれ色々してくれてるから、こんなに大きくなれたのですし。

 わたしだけだったら、宝箱に宝物を詰める事すら出来ないのですよ。


『こびー……』


 コビットさん、心配性だなぁ。

 たしかに、わたしも体調は悪いって思うけれど、みんなほどじゃないのですよ。

 動けないってわけじゃないですし。

 あ、もともと動けないんだけど、意識をね?

 壁の中は今までどおりすすーっと意識を走らせることが出来るの。


『こびこび、こーびっ』

『うん、ありがとうですよ? コビットさんも、一緒に温室に行きましょうか』

『こびー』


 コビットさんにぐぐっと迷宮パワーを注ぎ込むと、コビットさんはポンッと温室に転移した。

 わたしも女神像から温室に、すすすーっと意識を滑らす。


 みんな、いつの間にか眠っちゃってるのね。

 小鳥さん達はさっきからだったけれど、スライムさんもソードさんもお昼寝してる。

 珍しいなぁ。

 

『こびー……』

『コビットさんも眠たいの? うんうん、お昼寝しましょうか』


 コビットさんは、スライムさんに寄りかかって、ソードさんと一緒に並ぶ。

 すぐにうとうとと眠りに誘われて、コビットさんは可愛い寝息を立て始めた。


 もしかして、みんなが眠るのをみたのは初めてかもしれないのですよ。

 あ、ケロケロさんも眠っちゃってる。

 

 はふぅ……。


 わたしまで、なんだかすごく、眠たい。

 この世界に来てから、わたしは眠ったことがないのですよ。

 目を閉じる感じで休むことはあるのですけど。

 冒険者のいない夜中なんかは、そうしてました。

 でも、人間だった時のように、ぐっすりと意識が無い状態になることはなくて。

 

 見上げると、月が、一際青く輝くのが見える。

 

 日が沈んで、三つの月が青くなると、わたしの意識はいよいよ抗いがたい眠気に誘われた。

 吸い込まれるように綺麗で幻想的で。

 遠くに、引き込まれそうで。

 眠くて眠くて、もう、意識を保てない。


 寝ちゃっても、大丈夫なのかな……。


 なんとなく、不安な気持ちになりながら、でも、眠気に逆らえなくて。

 わたしは、迷宮のみんなに迷宮パワーを注ぎ込んだ。


 そうして。

 わたしはいよいよ抑えられなくなった眠気に意識を捕らわれ、深い深い眠りに着いたのでした。


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