迷宮17)ハーピーさん
宝箱をいっぱい作って、どの位たったかな?
わたしの迷宮には、沢山の冒険者たちが訪れてくれるようになりました。
わいわい、がやがや。
とっても賑やかです。
迷宮が出来たての頃は、冒険者が来てくれる事のほうが珍しかったのにね。
部屋数もぐぐーっと増えて、えっと、何部屋かな?
うん、とっても一杯です。
……意識を迷宮の上に持っていって、一部屋ずつ数えたけど。
途中でこんがらがってきちゃったとかなんとか。
ま、まぁ。
正確な部屋数って、分からなくても困らないと思うの。
ね?
ルーくんたちの住む村にもとっても近付いて、もう目と鼻の先。
このままぐるっと村を取り囲んだら、ルーくんの部屋から迷宮に直接来れるようになっちゃうかもだね?
そしたら、ルーくんはもう迷わないかな。
わたしの所に来ることは出来るんだけど、迷宮から出るにはやっぱり誘導しないと駄目だしね。
『こびっ!』
『えっ、冒険者さんたちが喧嘩?!』
コビットさんに言われて、わたしは慌てて意識を迷宮の隅々に集中する。
あっ、ほんとだ。
温室の側の部屋で、二グループの冒険者がエンカウントして、何か言い争ってる。
なんだろ、あの部屋に宝箱はないよね?
わたしは、すすすーっと、意識を迷宮の壁伝いに移動する。
温室の側に行くと、足元に犬のような魔獣を従えた女性が、かなり怒っているのがわかった。
「てめぇら、アタイの宝箱を狙ってんだろ!」
「いや、だから先ほどから説明していますよね? こちらのダンジョンは、訪れた冒険者の数だけ、宝物が手に入るのですよ」
「そんなわけあるか! このダンジョンから永久炎華が出るって噂は聞いてるんだ。あれがあれば、どれほど生活が楽になるか……」
「参りましたね。どうか一緒に女神像の間まで来て頂けませんか?」
「ねぇ、こんなわからずやのオバサン、ほっぽってさっさと先に進みましょ〜」
「お、おばさん?! 何よこの小娘、ちょーーーッと若いからって男をはべらせてっ!」
「あー、やだやだ、オバサンのヒステリーみっともなぁい。そんなんだから、魔獣しか仲間になってくれないのよ〜」
「こ、この……っ」
「おい、やめないか。この方に失礼だろう。それに、魔獣を従えるのはとても難しい事なんですよ」
「知ったことじゃないしぃ〜」
宝箱の中身の事でもめちゃった感じだね?
宝箱を開けてさえくれれば、解決するのですよ。
さっきから怒っている女性は召喚士なのね。
冷静に説明している冒険者は、以前も来てくれてた気がする。
隣にいる可愛い女の子は、彼女さんかな? それとも娘さんなのかな。
火に油を注いじゃってる感じ。
あんまり喧嘩を売ったりするのはよくないのですよ。
うーん、どうしよう?
『こびっ☆』
『あ、コビットさん、ここにくると見つかっちゃうんじゃない?』
『こびこび、こーびこびっ』
『うんうん、そんなにドジじゃない? そっかー、ちゃんと死角に隠れているのね。さすがコビットさん』
『こび!』
コビットさん、えっへんと胸を張る。
うん、わたしからはよく見えるのですけど、冒険者たちからはちゃんと見えない位置ね。
「……もう我慢ならねぇ。二人とも、覚悟しやがれ!」
「望む所よオバサン!」
あぁあっ、冒険者さんたち、ちょっと待って?
ここで、戦い出しそうなんだけど?!
ゴーレムさん呼ぶ?!
って、ゴーレムさんの位置遠いのですよ。
間に合わないっ。
あ、ソードさんならすぐそこの温室だっ。
でも手加減できるかな?!
『こーびこび☆』
ぽんっ☆
コビットさんが、いつの間にか手にしていた永久炎華を部屋の中に投げ込んだ。
いままさに魔法を詠唱しようとしていた冒険者達は、永久炎華に目が釘付けだ。
「何かご事情があるのでしょう? 差し上げますよ」
「えっ、いいのか? アンタ、この花の価値しらねーのかよ」
「知ってるに決まってるでしょ。ばっかじゃないの〜?」
「こらっ! ……娘が失礼しました。わたし達は女神像の間を目指します。ですから、この永久炎華は受け取ってください」
「……恩に着る」
召喚士のお姉さん、頭を下げるとガラスの瓶に永久炎華を入れて立ち去った。
ふぅ、危なかったのです。
『コビットさんの機転に感謝ですよ』
『こびこびっ☆』
でも、迷宮の中に一度に入れる冒険者さん達の数、減らしたほうがいいのかな。
以前と違って広く大きく育ったから、数組の冒険者さん達を次々とご案内しちゃっているのですよ。
さすがに、あんまりにも過密になりそうなら、ケロケロさんが足止めしてくれるのですけど。
他の迷宮と違って、わたしの迷宮はとっても安全なのです。
普通は、沢山の魔物と戦わないと、宝箱は手に入らないそうな。
ルーくんやカジンくん達も王都ではそうやって戦ってたみたいだし。
でも、わたしの迷宮は違う。
大きく育ったからとっても迷うけれど、魔物は出ない。
そして宝箱はちゃんと人数分のお土産が入ってる。
他の迷宮なら、宝箱は早い者勝ちなんだって。
だから、時間はかかっても、わたしの迷宮に来たほうが確実に稼げるのです。
『こびーーーーーーっ!』
『えっ、今度は温室の裏?!』
またしても冒険者さんが何かやってるって!
わたしは慌てて温室の裏に意識を移動する。
「くっそ、どこまで迷わせるんだよこの迷宮はよぉ!」
苛立たしげに、冒険者の男性は葉巻を投げ捨てる。
あーぅ、ゴミは捨てないでくださいな。
せっかく、みんなが磨いてくれている迷宮なんですよ?
最近、冒険者が多く来てくれるから、汚れもいっぱいなのですよ。
部屋数も増えたから、コビットさんとスライムさんだけでなく、ソードさんとゴーレムさん、それに小鳥さんたちまで一緒になってお掃除してくれてるの。
おかげで、わたしのレンガ造りの迷宮はまだまだピカピカすべすべなんだけど。
手足を自由に動かせるわけでもないわたしは、みんなに掃除をしてもらうだけで見ているだけしか出来ないから、余計に汚さないでほしいなって思う。
「お前らも撃ち落してやろうか」
不穏な言葉と共に、冒険者は銃を構えた。
パンッ!
一瞬だった。
止める間もなかった。
いつものように温室の上に止まっていた小鳥さんが撃ち落された。
えっ?
えっ?
なんで?
なんでなんでなんで?!
小鳥さん?!
わたしは落ちていった小鳥さん目掛けて一気に意識を移動する。
『こびっ!』
『小鳥さん、しっかりしてっ』
温室の横に落ちた小鳥さんは、羽が千切れてた。
ぐったりとして、意識も無くて。
え、やだ、死なないで?!
『スライムさん、スライムさん、来てッ!』
慌てて温室のレンガをどかして、スライムさんを呼ぶ。
スライムさんはすぐに飛び出してきてくれて、小鳥さんを包み込む。
ほわーっと白い光が小鳥さんを癒していく。
でも、小鳥さんの意識は戻らない。
治るより早く、小鳥さんの体からは力が抜けていく。
駄目、ほんと駄目。
『消えないでっ!!!』
咄嗟だった。
わたしは、小鳥さんに迷宮パワーを注ぎ込んだ。
カッと強く光る小鳥さんの体。
「あら〜? 皆様、ご機嫌よぅ〜?」
ふわぁっと欠伸をして、小鳥さんは小首を傾げる。
小鳥さんは、小さな女の子に羽根が生えたような姿になった。
ふわっとしたワンピースを着て、一見、天使みたいだ。
もともとが小さい小鳥さんだから、やっぱり手の平サイズだけれどね。
『小鳥さん、いきかえったぁっ!』
「あら嫌ですわ。殺さないでくださいまし。まぁ、危ない所でしたけれども」
『こびこび、こーび!』
「あら、コビットさんったら説教ですの? わたくしは何もしていませんのよ。よもやまさか、いきなり撃たれるなんて想定外でしたもの」
小鳥さんの呟きに、わたしはハッとする。
さっきの冒険者!
小鳥さんに意識がいっててさくっと忘れかけたけど、許さないのですよっ。
怒りのまま迷宮全体に意識を走らせると、いたいた、いましたよ?
ちゃっかり、宝箱にたどり着いているではありませんか。
あげませんよ?
迷宮の仲間達に悪さをする人には、お土産はないのです。
「おいっ、なんで宝箱が取れねーんだよ! いまさっきまでこんなレンガなかっただろ?!」
壁に埋め込まれた宝箱を見て、地団駄踏む冒険者。
ふんふんふーん。
悔しいですよね?
目の前にあるのに取れないのは。
でも、もしも小鳥さんの命が無かったら、この程度では済まさなかったのですよ?
わたしは、迷宮だから。
レンガを動かして、ずっとずっと、命が尽きちゃうまで閉じ込める事もやろうと思えば出来ちゃうのですよ。
本当だったらケロケロさんに阻まれて、こういうイケナイ冒険者さんは迷宮に入れなかったはずなのですけど。
たぶん、小鳥さんは迷宮の仲間にまだ含まれていなかったのです。
迷宮に遊びに来るだけの、いわゆる野良小鳥さんだったから。
でも、もう、迷宮パワーも分け合ったし、迷宮のお仲間なのです。
小鳥さんに八つ当たりした冒険者さんは、その後もわたしがちゃんと妨害して、一個も宝箱にたどり着けずに帰っていきました。
そしてわたしは、迷宮に遊びに来てくれていたほかの小鳥さん達にも、迷宮パワーを分ける事にしました。
だって、また万が一危険になったら辛いから。
あ、ちゃんと、小鳥さん達に確認を取ってからですよ?
迷宮パワーを注がれた小鳥さん達は、どうやらこの世界の魔物の一種で、ハーピーさんになったみたい。
合計三羽のハーピーさんは、それぞれ『ハーちゃん』『ピーちゃん』『小鳥さん』になりました。
ハーさんとピーちゃんはともかく、小鳥さんはもっと別の名前がいいんじゃないかなって思ったの。
でも、小鳥さん自身が小鳥さんがいいって。
三羽は、温室の中で歌を歌ってたり。
温室の外はね?
また撃たれちゃうと嫌だからね。
迷宮パワーもりもりだし、温室もまた拡張しちゃいましょう。
わたしは冒険者がみんな帰った後、夜遅くにぐぐーっと温室を広げたのでした。




