迷宮16)宝箱を作ろう
春になった。
雪はまだ所々に残っているけれど、日差しはもうぽかぽかだ。
「迷宮さん、宝箱はいくつぐらい作るの?」
今日も迷宮に遊びに来てくれたルーくんが、小首を傾げる。
わたしは今、宝箱作りに挑戦するのです。
『んー、いくつぐらい作るというか、いくつ作れるんだろ〜?』
わたしも首を傾げてみる。
そもそも、作れるかどうかがまず謎なのですよ。
「とりあえず、一個作ってみてよ」
『そうだね〜』
わたしは、むむむーんと意識を集中してみる。
貯まりにたまった迷宮パワーが、ぐぐーっと動く感じがする。
女神像の前の土が、ぽこぽこっと反応した。
そして、粘土のようにこねこねこねこね動き出してゆく。
「なんかそれっぽい形になってきてる!」
『むむむむむーーーん!』
ルーくんが金色の瞳を輝かせながら、こねこねしている土を覗き込む。
わたしは迷宮パワーをぐぐーっと注ぎ込んだ。
「お?」
『わっ?』
ぽこんっ☆
最初からあった宝箱の隣に、ピッカピカの宝箱が出来上がった。
なんだか最初の宝箱よりもちょっと頑丈そうで、色も赤い。
何か違いがあるのかな?
「開けてみても大丈夫かな」
『どうだろー? あ、コビットさんがあけてくれるの?』
『こーびこび、こび☆』
えいっ!
コビットさんがあっさりと宝箱を開けてくれた。
うん、ちゃんと空っぽの宝箱なのですよ。
中の色も、いままでの宝箱と違って赤いのね。
『こびこび、こーびこび☆』
「えっ、防炎効果って、凄くない?」
『コビットさん、それって凄い事なのかな?』
防炎ってことは、燃えづらいんだよね。
でも、燃えないわけじゃなくて、燃えても炎が広がらないってことだった気がするの。
「ちょっと、永久炎華を入れてみようよ。それで燃えなかったら、レアな宝箱だよ」
『こびっ☆』
ルーくんの言葉に頷いて、コビットさんはポンッと消えて、温室に移動して、すぐに永久炎華を手に戻ってくる。
花壇から摘み取ったばかりの永久炎華は、まだ燃えていない。
炎のような赤い色合いが綺麗なお花だ。
「どうだろうなー」
コビットさんが赤い宝箱に永久炎華をいれて、蓋を閉める。
どきどき、どきどき。
なんとなく、わたしもどきどきしてくる。
煙、また出ちゃったりしないかな?
摘み取ってから、何分ぐらいで燃え始めるんだろう。
冬の間にルーくんたちが遊びにきたときは、三十分ぐらいは経っていた気がする。
ルーくんたち、たっぷり迷ってくれてたものね。
「……開けてみる?」
かなりじっくり待ってから、ルーくんが赤い宝箱の蓋をコンコンと軽くノックする。
まだぜんぜん、煙が出ていないけれど、中身はどうなったんだろう。
『燃えていそうかな〜?』
「変なにおいはしないから、宝箱は燃えていないと思うんだ」
ルーくん、ちょっと逃げ腰気味に後ろに下がりつつ、片手で「えいっ」と宝箱を開いた。
開いた宝箱の中では、永久炎華がほわほわっと炎を揺らめかして鎮座ましましてる。
『こびっ!』
『わぁ、燃えていないねぇ。すごいすごーい!』
「ぜんぜん燃えてないね。焦げ目もついてない。これ、炎の固まりを入れておいても大丈夫な宝箱だよ」
コビットさんが胸を張り、ルーくんが目をまん丸にする。
うん、凄い宝箱が出来ちゃいました。
特に特殊なイメージはしていなかったのですけど、迷宮パワーの注ぎ具合によるのかなぁ?
「迷宮さん、この宝箱はどこに置く? このまま、女神像の前に二個並べるの?」
『うーん、どうしようかなぁ。ちょこっと、迷宮の手前のほうにおいて見ましょうか』
迷宮の部屋数も増えて、一杯迷うのですよ。
最奥の間にたどり着けなくても、何かお土産があったほうが嬉しいかなって。
「それじゃあ、ゴーレムさんの隣とかどうだろう?」
『それは素敵かもですよ。ゴーレムさんが宝箱を守っている感じで、それっぽい気がするのです』
ゴーレムさん、危険な侵入者が来ないときは、迷宮の片隅で置物の振りしてくれているし。
その側に宝箱があるのは、なんだか開けるときどきどきできそうです。
「よし、じゃあ運んじゃうね」
『よろしくお願いするのですよ』
ルーくんが、ひょいっと宝箱を担いで歩き出す。
もちろん、コビットさんが先導してくれる。
だって、ルーくんもわたしも方向音痴だからね。
案内してもらえないと、無事に目的地にたどり着けないのですよ。
わたしもコビットさんにくっついていくように、女神像の中から壁に沿って意識を移動させる。
女神像の首にかけている羅針盤懐中時計の感触が、女神像を抜けてもしっかりとわたしについてたり。
ずっと身につけているからかな?
もう意識に刻み込まれているような、そんな感じで、ちょっと不思議。
コビットさんの案内で無事にゴーレムさんのところにたどり着いたルーくんは、宝箱を置くと軽く額の汗を拭った。
『ルーくん、宝箱重かったかな? 最初から、ゴーレムさんの側に作ればよかったですよ』
「ううん、へーきへーき。今日ちょっと暑いからさ」
ルーくん優しいなぁ。
きっと将来はイクメン系だねっ。
『ゴーレムさん、お隣に宝箱置きますよ〜』
『オレ、宝箱モ守ル』
『うんうん、よろしくですよ。あ、でも、冒険者さんは脅かしちゃ駄目ですよ〜?』
『ワカッタ』
うん、これで一個目はオッケー。
次も作れるかな?
でもその前に、置く場所決めないと。
『ルーくん、次の宝箱はどこにしよう〜?』
「うーん、よく迷いやすいのは、右側、だった気がする。なんども同じ部屋に入っちゃったんだよ」
『あー、入り口から右側に行くと、そうかもしれないのですよ』
わたし、四角いばかりのお部屋じゃつまらないかなって思って、ついつい、レンガで入り込ませてしまったのです。
上から見ると模様みたいで綺麗なのですけど、迷うほうは辛かったかも。
『じゃあ、右奥のお部屋の中に、むむむむむーん!』
右奥の部屋に移動して、わたしは土に迷宮パワーを注ぎ込む。
あんまり一杯注ぎ込むと不思議な宝箱になってしまうようだから、ほどほどにほどほどに。
気をつけながら完成させると、宝箱はごくごく普通の見た目のものが出来上がった。
色も茶色いし、最初からある宝箱をちょこっと新しくした感じ。
うん、普通普通。
「この宝箱は、このまま部屋に置いておくの?」
『うーん、どうしようかなぁ? 壁の中にいれてみる?』
前世の弟くんがやっていたゲームに合ったのですよ。
壁の中に宝箱があるの。
一個一個壁を調べていて、何をやっているのかなーと思ったら、宝箱探しだった。
確かあれは、どこかのお城の城壁だったような。
壁にしか見えないのに、宝箱があってびっくりしたのですよ。
「壁の中? どうやっていれるの?」
『えっと、ルーくん、宝箱をこっち、えーっと、わたしのほうに持ってきてもらってよいです?』
壁の中にあるわたしの意識のほうへ、宝箱を持ってきてもらう。
右とか左とか言うより、わたしのほうって言ったほうが、ルーくんには伝わりやすいのです。
「このへん?」
『うんうん、そうなのです。待っていてね、いまぐぐーっとレンガを移動させるのですよ』
ルーくんが宝箱を持ち上げて側に来てくれたから、わたしは壁のレンガをぐぐーっと移動させて、宝箱を入れられるスペースを作り出す。
「……迷宮さん」
『どうしました? 宝箱、入らないかなぁ?』
丁度良い大きさだと思うのですけど。
「ここに入れたら、宝箱開けられないよね?」
『こびこびー』
『あ……』
ルーくん、コビットさん、そんな呆れた目で見つめないで?
弟くんがやっていたのはゲームだったから、壁に宝箱が埋め込まれていても中身が取り出せたのですね。
でも、現実には宝箱がぴったり壁に入っていると、蓋が開かなかったです。
ちょみっと失敗。
気を取り直して、わたしは、ぐぐーっとレンガをもう少し動かす。
上のほうのレンガを動かして、蓋が開くスペースを確保です。
「これなら開くね。完璧」
『こびこびっ☆』
二人から合格もらっちゃいました。
やったね!
じゃあ次は、どの部屋にしようかな。
宝物だらけも入れるものがなくなっちゃいそうだから、あと二つぐらいかな。
適当な場所を探しに、てくてくと迷宮の中を歩くルーくん。
ふと立ち止まって、壁を見上げた。
「迷宮さん、宝箱の置き場所はこの壁の上なんてどうかな?」
『えっ、壁の上?』
ルーくんが指差すのは、ほんとに迷宮の壁の上。
コビットさんとスライムさんぐらいしか、とれないんじゃないかなぁ?
「ちょっと取るのが難しい宝箱って、もえるんだよね」
ルーくん、うきうきといった雰囲気で壁を見上げてる。
『じゃあ、とりあえず宝箱を作っちゃうね』
わたしはさっきと同じ感じでさくっと普通の宝箱を作ってみる。
うん、だんだん慣れてきた気がするの。
「よーしっ、がんばるぞー!」
ルーくん、ご機嫌に出来たてほやほやの宝箱を持ち上げて、どうにか壁の上に置けないか試しだす。
でもそれ、無理じゃないかなぁ?
わたしの迷宮の壁は、たぶん三メートル以上の高さはあるのですよ。
小柄なルーくんだと、ジャンプしても壁の上は手が届かない気がするの。
えいっとジャンプしても乗せれそうになくて、ルーくんは隣のコビットさんに目を留める。
「コビットさんなら、これ置ける?」
『こびー……』
「そっかー、無理かぁ」
ルーくん、頭をかいてちょっと不満げ。
でもそれよりも何よりも、ルーくん何気にコビットさんと会話が成立しちゃってる。
いつからだろう?
さっきからずっとナチュラルに会話してたから、スルーしちゃってました。
いつも迷宮に遊びに来てくれているからかな。
「宝箱って結構大きいよね」
『こびーこびこび』
『持ち上げようとすると、とっても大きいかもなのです』
『こびこび、こーび?』
「ゴーレムさんも、上のほうには届かないからなぁ」
ゴーレムさん、ルーくんよりも背は低いものね。
カジンくんか、ノーチェならどうかなぁ?
「カジンとノーチェは、また稼ぎにいっちゃってるから、当分戻ってこれないんだよね」
『そうすると、やっぱり無理せず、宝箱はどこかの床に置いておけばいいとおもうの』
無理に無茶な所に置こうとしなくても、宝箱は宝箱。
中身が素敵なら、置いてある場所はそんなにこだわらなくてもいいんじゃないかな?
さっき変わったところに一個は置いたし。
コビットさん達が作ってくれる薬草類は、とっても魅力的な宝物ですしね。
ちなみに、いまも温室ではソードさんとスライムさんが花壇の草むしりに精を出している。
春になると、薬草の育ち具合も良いのだけれど、雑草の生え具合もぐぐーっとアップなのですよ。
『ぷにぷに♪』
噂をすれば影。
スライムさんが、温室からこっちに来てくれた。
ソードさんも一緒だ。
『みんな、宝箱を上にのせれる方法、あるかなぁ?』
『ぷに!』
「え、簡単なの?」
『こびこび、ソード、こびっ!』
なんと、その手があったのです!
わたしは、ソードさんがえっへんと剣を構えるのに、こくこくと頷く。
そうして、スライムさんがぷにぷにっと分裂して重なって、さらにその上に宝箱を持ったルーくんが乗っかった。
そしてスライムさん、ルーくんを乗せたまま、ぐぐーっと縦に伸びた。
「おおー、すごいっ。上に届いた!」
ルーくんが嬉しそうに宝箱を壁の上に置く。
うん、すごい!
『あっ』
「わっ」
ぐらり。
宝箱を置いた瞬間、ルーくん、バランス崩したっ。
『あーーーーーーーーーーーーーっ!』
「ぎゃーーーーーーーーーーーーーーーーーーっ、って、痛くないし?!」
ぷにんっ♪
思いっきり落下したルーくんを、すかさずスライムさんがむにーんと広がってキャッチした。
まるでウォーターベットだ。
スライムさん、すごいっ。
「スライムさんマジありがとー。絶対、落ちたと思った!」
『ぷにぷに♪』
ぷにぷにんと、みんなして広がったスライムさんに乗っかる。
いいなー、わたしもぷにぷにしたいな。
そんな事を思いながら、あと一個だけ宝箱を作って、床にぽつんと置いてみる。
冒険者のみんな、喜んでくれるかな?




