迷宮14)みんなで栽培頑張ろう!
はらはらと白いものが舞い散る中、ルーくんが迷宮に遊びに来た。
きっと寒いのに、嬉しいなぁ。
「汝は迷宮に仇名すものか否か」
「えー、それ毎回なのか~?」
ケロケロさんの問いかけに、ルーくんが苦笑する。
うんうん、毎回なんだよね。
迷宮に何かが訪れたら、ほぼ自動で問いかけるみたい。
『ごめんケロ。言葉が勝手に出ちゃうケロ』
「ううん、いいよいいよ。気にしない。僕は迷宮さんの敵じゃないよ」
ルーくんが笑いながら答えたから、わたしはすすーっと迷宮の入り口を開いた。
わたしの予想通り、ルーくんはケロケロさんとも話せてて、その内迷宮のみんなとも話せるようになるのかなーって思う。
ルーくんは以前とは比べ物にならないぐらいしっかりとした足取りで、すぐに最奥の女神像の部屋にたどり着いた。
『ルーくん、ほんと迷わなくなったね』
「なんとなく、迷宮さんがいる場所が分かるんだよな。ほかの所だとからっきし駄目だけど」
三十部屋以上に増えたわたしの迷宮は、普通の冒険者でも迷うレベルになっている。
なのに四部屋でも迷っていたルーくんが迷わなくなったのは、迷宮七不思議かも。
ルーくんが女神像の前で革の鞄を開けると、ミニミニスライムさんがぴょこんと飛び出した。
『フェアリアちゃん、完治おめでとうですよ』
「スライムさん凄いよな。フェアリアに刻まれた魔族の紋章がすっかり消えちゃったんだ」
『ぷにぷに♪』
ミニミニスライムさん、ぷにんと弾んで迷宮で待っていたスライムさんと合体した。
久しぶりに一匹に戻れたスライムさんは、ぷにぷにーっと鳴きながらんーっと伸びをした。
わたしも釣られてんーっと伸びをしかけて、慌ててやめた。
いけないいけない、わたしが伸びーっとしたら、また迷宮がぐらんぐらん揺れちゃう所でした。
「それでさ、迷宮さんにお願いがあるんだけど」
『なになに?』
「フェアリアとみんなで迷宮さんのところにきてもいいかな?」
『もちろんですよ~。元気になったフェアリアちゃんにわたしもあってみたいのですよ。でもみんなって何人ぐらいなのかな?』
「んーと、僕とフェアリアと、あと妹と、カジンとノーチェも誘えばくるかな」
『了解です。コビットさんと薬草を沢山用意して待っていますよ』
ルーくんと妹さんと、フェアリアちゃんとカジンくんにノーチェくん、合計五名ね。
薬草をたっぷりとプレゼントしてあげたい。
宝箱一個に入る分だと、五人で分けたら少なくなっちゃうかしら。
「そうそう、薬草といえば、以前コビットさんから貰ったお花、覚えてる?」
『白いお花かな?』
コビットさんがあげた小花は、白くて中心がほんのり淡くピンクがかっていて愛らしかった。
「うん、そう。あの花ね、花瓶に入れておいてもずっと枯れなかったから、庭に植えてみたんだ」
『枯れなかったの? 確かコビットさん、根っこごとあげたわけじゃなかったよねぇ?』
『こびこびー?』
首を傾げるわたしに、コビットさんもこびーっと首を傾げた。
「花瓶の中にね、花の茎から根っこが生えてたんだ。だから庭に植え替えたら、すっごく一杯増えた!」
『今も咲いているのです?』
「うん。真冬に咲く花って珍しいから、母さん凄く喜んでる。香りも良いから、家中に飾ってるんだ」
『そうなのですね。温室花壇の白い小花もずっと咲き誇っているのですよ』
温室花壇に意識を向けると、白い小花は雪と共に迷宮の地面を彩っている。
わたしに香りはわからないけれど、そんなにいい香りなら、迷宮中に植えてみてもらおうかな?
迷宮だからって、魔物うじゃうじゃ、おどろおどろしていなくたって、いいですよね。
「あ、やっぱり迷宮さんのところの草花は枯れないんだね。僕ね、今日はコビットさんのお手伝いに来たんだ」
いいながらルーくんは鞄からスコップと厚手の手袋を取り出した。
「いつも貰ってばかりだからさ。ね?」
『こびこび☆』
『ルーくん、コビットさんがやったーって喜んでる!』
「ぴょんぴょん飛び跳ねてるね。さっそくやるか」
『あ、ルーくん、温室はそちらではないですよ。こちらです~』
ルーくん、思いっきり真逆のほうへ歩き出したから、わたしは慌ててレンガを動かした。
「あっれー? 迷宮の中なら迷わないと思ったのにな。迷宮さんのところにしか行かれないんだね」
ちょこっと恥ずかしそうにしながら、ルーくんはわたしの誘導にしたがってコビットさんと共に温室に向かう。
わたしも女神像から、ルーくんの隣の壁に意識を移動した。
温室の中では、今日も小鳥さんたちが赤い木の実をついばんでいた。
小鳥さんたち、真冬でもころっころしてるよね。
前世の記憶ですと、換羽期に羽が生え変わって、冬に備えているイメージだった。
でも迷宮に遊びに来る小鳥さん達は、いつでもころころ。
羽が生え変わった雰囲気もなく、脂肪たっぷりで暖かそうなのですよ。
たぶん赤い実のせいかな?
ずっと枯れずにこの雪の中でも実っているのだから、きっと赤い木の実も普通の木の実じゃないと思う。
「雪に埋もれても、枯れる気配ないのな。コビットさんのお手入れ流石だね」
『こびこびっ、こびー☆』
ルーくんに褒められたコビットさんは、その場でくるくるっと回って踊ってご機嫌だ。
わたしも嬉しい。
『コビットさん、わたしは土を耕すね。小鳥の給水器の隣辺りでいいかな?』
『こび、こーびこび』
『そこじゃないほうがいい? 階段の横ね。了解です』
わたしはむむーんと意識を集中して、階段横の土をぽこぽこっとさせる。
コビットさんのように細やかなお手入れはできないけれど、土を耕すのは出来るのですよ。
……何度か失敗して、ぼっこんって、大きな穴とかあけちゃったことは見なかったことにします。
「そっか、迷宮さんが耕せるなら、僕は雑草をむしるね。周りの草花が枯れないと、雑草も枯れないのな」
ルーくんが花壇を覗き込みながらうんうんと頷く。
そう、コビットさんが愛情こめて育てている草花は枯れ辛いのですよ。
そして、そんなコビットさんの愛情の欠片を受け取ってしまうのか、雑草もなんだかんだ枯れないのです。
コビットさんとソードさんがこまめに抜いてくれているんだけど、気がつくと生えているのですよね。
「なんかコビットさんの花壇って不思議だよね。土から虫が出てこない」
『それは、わたしが虫が苦手なせいかな~?』
「えっ、迷宮さん虫苦手だったの? 迷宮と巨大な虫って、結構セットなのに」
『うぅ……やっぱり、普通はセットなのかなぁ?』
「この間カジンとノーチェと行った地下ダンジョンだと、一メートルぐらいのでかいムカデが……」
『いーーーやぁあああっ、ききたくないぃいいいいいいっ』
「あぁあっ、迷宮さん落ちついて落ち着いてっ」
わたしの叫びに呼応して、迷宮全体が小刻みに揺れた。
ごめんねルーくん。
でもわたし、ほんっとうに虫はだめ。
一メートルを超えるムカデなんて、想像もしたくないっ。
「迷宮さん泣いてる? ごめんね?」
『……ううん、わたしが聞いたのですし、ルーくんは悪くないのですよ』
うぅっ。
わたしが聞いたんだものね、他の迷宮の事。
まさかそんな大きな虫がいるとは思わなかったの。
ビジュアル的には、迷宮と巨大な虫ってとっても似合うと思うんだけれどね。
あっ、またちょっと想像しちゃって鳥肌が。
ほんとに迷宮に鳥肌が出るわけじゃないけど、気持ち的にね。
「きっと、地下にしかいないから、迷宮さんの迷宮は大丈夫だよ。ね?」
いいながら、ルーくんはわたしの意識がある壁を撫でさすった。
ルーくん、優しいなぁ。
しばらくわたしは土をぽこぽこして、その土をゴーレムさんとソードさんが整えて、階段の隣にも花壇ができた。
ルーくんが抜いてくれた雑草は、スライムさんがごっくん!
雑草なんか食べて大丈夫かなって思って聞いてみたら、大丈夫なんだって。
そういえば、初めてあったときはわたしの迷宮の壁をもぐもぐしていたものね。
意外と美味しいそうな。
コビットさんが花壇の上に、パラパラっと何かの種を撒く。
コビットさんは、どこから種を持ってくるんだろう?
『こびこーび、こびっ☆』
『秘密なのー? ふふっ、いつか教えてね』
『こびこび☆』
――数日後。
新しい花壇には、炎を灯したような花が生えた。




