迷宮12)贈りもの
夕日に照らされた迷宮の影が、長く長く村へ延びる。
そろそろ秋になるのかな。
日が暮れるのが早くなってきた気がする。
訪れる冒険者達の衣類も厚手のものに変わってきているしね。
コビットさんの温室は季節関係なく花が咲いて、木の実も生っているけれど。
チチチッ、チチチッ。
すっかり迷宮に居つくようになった小鳥さん達が、美味しそうに木の実をついばむ。
コビットさんが育てている木だから、普通の木じゃないような気がするのだけれど、小鳥さん達は毎日本当に美味しそうに食べている。
『こびこび~☆』
『うんうん、そろそろ温室も増築したいよね』
スライムさんが雑草をぷちぷちっと食べて処理してくれているし、温室をもうちょっと広くしてもコビットさんの負担にならない気がする。
わたしの迷宮が大きくなったからか、レンガを動かすのが以前よりもずっと楽になった。
いまなら、温室を広げてもレンガですぐに隠せると思う。
『こびっ☆』
『そうね、さくっと増築しちゃいましょ~』
わたしは、いつも通りむむーっと意識を温室に集中する。
ぽこぽこと地面から生まれるレンガが、そうっと静かに組み立てられていく。
ほら、以前目一杯派手に増築して大きな音を立てちゃいましたからね。
冒険者が来てくれるのは迷宮パワー的に嬉しいのだけれど、急に来られると焦るのです。
うん、増築もしやすくなったね?
六畳一間程度だった温室は、約二倍の広さになった。
いま育っている草花や木々は、もう結構いっぱいいっぱいだったから、もうちょっと増築してもいいかも。
『コビットさん、どうする~? もう少し、広くしたほうがいいかな?』
『こびこび、こびー☆』
『そっかー、このぐらいでいいのね? じゃあ、また大きくしたくなったらいってね』
『こびこび☆』
コビットさんは広くなった温室で、クルクルと踊りながらお手入れをしはじめた。
とっても楽しそうだ。
『こびこびっ!』
『うん、ルーくんが来るのね? こんな時間は珍しいね』
コビットさんが言ったとおり、ルーくんの気配が近づいてくる。
「迷宮さーん!」
『ルーくん、いらっしゃい』
わたしは村から駆け寄ってきたルーくんを迷宮に迎え入れた。
ルーくんは今日もどこかでお仕事をしてきたのかな。
王都に行っていたときみたいに、装備がしっかりしてる。
『フェアリアちゃんの具合はどう?』
「スライムさんのおかげで順調だよ。魔族の印も薄まってきてるんだ」
『良かったねぇ。スライムさん、もっといっぱい薬草を食べていいですよ』
『ぷにぷに♪』
ミニミニスライムさんの本体とも言うべき迷宮のスライムさんは、コビットさんが育てた薬草をもりもり食べている。
ルーくんがフェアリアちゃんのところへミニミニスライムさんを連れて行ってから、ずっと食欲増進だ。
たぶん、フェアリアちゃんを回復させるのに、沢山のエネルギーが必要なんだと思う。
「今日はね、迷宮さんにプレゼントがあるんだ」
『わ、どんなのだろ~?』
「フェアリアを助けてくれたから」
ルーくんは言いながら、女神像にネックレスをかけてくれた。
懐中時計なのかな?
ペンダントトップが小さな時計みたいになっている。
でも普通の時計と違って、短針と長針が隅っこのほうに小さくあって、あとは歯車が見えている。
「僕とお揃いなんだ」
ルーくんが腰のベルトについていた鎖を引っ張ると、ポケットの中から同じデザインの時計が出てきた。
『素敵なプレゼントをありがとう。変わった時計だね?』
「これ、時計じゃないんだ」
『じゃあ、何を計っているんだろう。動いてるよね』
カチコチ、カチコチ。
規則正しくリズムを刻む。
けれど本当に時計ではないみたい。
長針と短針は、それぞれ違う動きをしているから。
この世界の時計は、わたしの前世と変わらない。
一時から十二時までを現す文字が文字盤に刻まれていて、長針と短針、そして秒針が時を刻んでる。
でもこの二つの時計のようなアイテムは、羅針盤と時計を合わせたような、不思議なデザイン。
よくよく覗き込むと、歯車の奥に小さな光がともっているのが見えた。
「何かは僕も知らないんだよね。小さな頃住んでた家で見つけたんだ。この二つ以外に見たことなくて。だから一つを迷宮さんに」
『そんな特別なものを、いいのかな?』
「うん、いいよ。迷宮さんに持っていてもらいたいんだ」
ふふっと笑って、ルーくんは不思議な時計――羅針盤時計と名付けましょうか、それをポケットに仕舞い込む。
フェアリアちゃんにあげなくていいのかな?
とっても嬉しいんだけど、気後れしちゃう。
『こびこび~☆』
コビットさんが、ぽんっとわたし達の前に現れた。
手には変わった草を持っている。
『あら、コビットさん、いつもとは違う薬草ね』
『こびっ☆』
コビットさんが、えっへんと胸を張る。
どんな効果があるのかな。
いつもの薬草と違って葉っぱがコロンとしていて、厚みがあるよね。
色も淡い紫で、ちょっと可愛い。
「これ、毒消しじゃないか? しかも猛毒も消せるタイプ!」
『えっ、そんなにすごい薬草なの? コビットさん、すごいっ』
パチパチパチパチ。
両手があったらわたし、拍手してたよ。
『こびっ、こびっ、こびっ!』
『ソードさんもお手伝いしてくれたの? ありがとう』
『こび~』
とことこと女神像に寄ってきたソードさんも、嬉しそうに胸を張る。
コビットさんと違ってソードさんは普通のダンジョン妖精みたいだったから、少し意外だ。
ソードさん、戦闘好きだけど、冒険者と戦わせないようにしているのよね。
戦いたいのに戦えないのはストレス貯まるよね。
でも、魔物がいる迷宮として目をつけられちゃうといろいろと困る事になりそうだから、ずっと我慢してもらってる。
なのにコビットさんのお手伝いをしてくれていたなんて。
ソードさん、いい子だなぁ。
ふふっと笑った瞬間、ゾクリとした感覚に襲われた。
『っ!』
ルーくん以外、全員、振り返った。
「えっ、みんなどうしたの? そっちに何かある?」
ルーくんだけはきょとんとして首をかしげている。
『……気のせい、かな』
『こびこび~☆』
『ぷーにぷに♪』
『こびっ、こびっ』
『みんなも、気のせいだーって言ってるわ』
「急にみんな振り返るから、びくっとしちゃった」
『驚かしてごめんね。あ、ほら、そろそろ日が暮れるでしょう? 帰宅大丈夫かな?』
「そうだね、そろそろ帰らないとお母さんが心配するかも。また明日も遊びに来るね」
『うんうん、急いで帰ってね。もうすぐ、完全に日が落ちちゃうからね』
わたしはルーくんをせっつくように、迷宮のレンガを動かして誘導する。
早くルーくんをここから引き離したかった。
ルーくんの姿が村へ向かって見えなくなると、わたしは意識を集中する。
出口と入り口を塞ぎ、誰も入ってこられないように。
ゴーレムさんも女神像の所に来てくれた。
『みんな、気づいたよね?』
『俺、気ヅイタ。俺、迷宮守ル』
ルーくんには気のせいだって言ったけれど。
でも、気のせいじゃない。
絶対、何かがわたし達を見ていた。
なんだろう。
誰だろう。
人ではないと思う。
悪意の塊みたいな、とても嫌な気配がしたのです。
だから、ルーくんを急いで返したのだけれど……。
わたしは、意識を迷宮の上のほうへ持っていく。
意識を強く集中しながら、迷宮の周囲を、草原を、じっと見回す。
『こびー……』
『コビットさんにも見えないのね。じゃあ、見つけられないかな』
コビットさんは、感覚がわたしよりも鋭い。
迷宮に近づく人々に最初に気づけるのは、いつだってコビットさんだ。
そのコビットさんで駄目なら、わたしじゃ見つけられないと思う。
わたし達が見つめる中で、太陽はゆっくりと草原の向こうの山間に消えてゆき、オレンジ色の空は紫から藍色へとグラデーションを描いてゆく。
そのまま空が全て深い藍色に染まるまで、ずっと迷宮の周囲に意識を凝らしていたけれど、何も捕らえることは出来なかった。
あきらめて、意識を女神像の中に戻す。
……何事もなければよいのだけれど。
ルーくんがくれた羅針盤懐中時計を見つめ、わたしは溜息をついた。