初期
「初めて人を殺した時の感想は?」
男は上質なソファに深く腰掛け回答を待っている。
僕が始めて人を殺したのは中学生の時だった。
まだ、世界が荒廃しきっていなかった世界。世界がまだ七つの大陸に分かれていたころ。人が人であった頃。
初めて殺したときの感想は実のところあまりない。何も全てを忘れてしまっているわけではない。
拳銃から勢いよく飛び出た弾丸は一寸の狂いもなく母の眉間を打ち抜いたし、その時点で母は人間では無かった。あれほど鮮やかな紅色はかつて見たことがなかった。
それと同時に僕の肩を襲った強力な激痛も今となっては懐かしい。
「あの時はどうだった?誰かを殺して生き残った感想は?」男は再度質問を投げかけてくる。
十年も前になる。
有名テーマパークで母親と次のアトラクションを何にするかで悩んでいた時だ。
ジェットコースターに腹の中を無造作にかき回されあまり気分が優れていなかった僕とは違い母はまるで昔の若さを取り戻していくかのように活気に満ち溢れていた。
そんな時だ。少し離れた場所から耳の鼓膜を破るほどの爆音とともに黒煙が柱を立てた。
それを皮切りにテーマパーク内では至る場所で同じ現象が相次いぎ悲鳴とともに怒号が入り交じる。人々は何が起来ているのかを始めは理解できなかった。中には少し派手なイベントと勘違いしている馬鹿な女子高生もいた。爆発が起きた少しあとどこから音もなく現れたこの世の闇を露わにしたしたかのような黒服に身を包み顔にはピエロの仮面を被った人物がきれいにそろった足並みでゆっくりと近づいてきた。男か女かすらも解らない。年齢、身分、国籍、素顔すべてが謎の集団。着こなしている服装と同じく闇に包まれている。
黒服の連中は皆一様に右手を背中に回し決して見せようとはしなかった。
一人の男がそのどこまでも広がる闇の間を全速で走り抜けようとした。男は黒服の間を通り抜けたことに安堵の表情を浮かべる。激しい閃光が彼の背から発せられる
黒服は制止の声も上げずに、背中に回していた右手に握られている友達何人かが所持している玩具のような銃で背中に一発綺麗な穴を空けて見せた。
九ミリの弾丸が迷うことなく抜ける。まるでシャンパンが勢いよく溢れ出るかのように男からは血液が溢れ出ている。
爆発が起きた時と同じように悲鳴と怒号が再度辺り一面を満たす。
それでやっとこの現状を理解した。皆一様に一目散に逃げることが生存への道と判断した。それが間違いと気づくのは三分の一ほどの無機物が生産されてからだ。
一つの死体は頭部から入った弾丸が綺麗な花を咲かせている。
辺りには鮮やかな血の濃い色が満たす。照りつける太陽の光に血が反射してより鮮やかになる。黒服たちが老若男女、それぞれの死体を慈悲もなく中央に積み上げていく。
仮面の内側から不鮮明な声で指示が飛ぶ。死体の周りを囲むように座れと・・・
抵抗するものは誰一人としていなかった。
瞬く間に夢の世界は恐怖と絶望を内包した籠となった。
そんな時だ。
このテーマパークのシンボルとも言える中世ヨーロッパの豪華な城をイメージして造られた建造物の中央モニターから一人の男が姿を現す。
こちらもまた黒のスーツに上等な革靴、僕たちの目の前に居る黒服と違うところがあるとすればピエロの仮面を身に着けていないことだ。整った顔立ち一瞬俳優かと勘違いしてしまう美貌、金髪にサングラス。これだけでは、町のチンピラと変わらないがこの男にはそのイメージはあまりに不格好だった。
「やぁ諸君。この爆発とそこにいる黒服の彼らはほんの少しの余興だ。この程度であまり騒がないでくれ。君たちにはこれから本番を見て頂くとともに、このショーの主役になって頂きたい」
それを合図に目の前の黒服が歩み寄ってきたかと思うと一人の女性の腕を持ち上げ立ち上がらせた。
母だった。
母の目からは血液がろ過された涙が流れている。そんな母の目には死にたくないという文字が浮かび上がっていた。生への執着。
「母さんっ!待って!どうするつもりだよ‼」
少し気に障ったのか黒服の一人から腹に蹴りが飛んできた。昼に食べたファーストフードが胃から吐き出しそうになったのを寸でのところで飲み込む。
非力な僕は漫画の中に出てくる主人公のように目の前の悪を罰することはできなかった。
母はもう何かを叫ぶこともやめてしまった。もう全てを諦めていた。目からは精気が欠けていた。いっそ一思いにやってくれと目には浮かんでいる。先ほどまでの死にたくないという感情は消失していた。
黒服は決められているかのような手順でアタッシュケースの中から注射器を取り出す。中にはいかにもといった感じの緑色の液体が半分ほど容器を満たしている。
それを抵抗の無くなった母の首筋にゆっくりと刺す。まるで予防接種でもしているかのようだった。
母の体から力が抜け地面に倒れ伏す。
またもや、黒服の一同はそろった足並みで一歩また一歩と下がっていった。
力なく倒れ伏した母がスッと立ち上がる。体のいたるところが紫の斑点が浮かび上がって、その瞳はどこに焦点を合わせているのかすら解らないほどに虚ろだった。
こんなことが起きるなんて映画やアニメの中の出来事だと思っていた。この後の出来事はすぐに理解できた。
ゆっくりと母が先ほどまで勘違いしていた女子高生のもとまで歩み寄る。女子高生はもう何が何だかといった様子だ。歯がカチカチと音を立てる。逃げることも悲鳴を上げることなくその生命活動は停止し事切れた。
停止するだけならばまだ良かった。あろうことか生き人を喰らうその怪物はもう一匹生産される羽目になってしまった。
この光景を黒服は満足げに眺めている。仮面の下からは涙が頬を伝っている。もう自分たちが成すべきことことは何もない。黒服も母がとったように生への執着を辞め、眉間に銃口を押さえつけトリガーをひく。
これで逃げ切れる。
幸い、二匹の怪物は各々が仲間を増やすことに夢中になっている。一人また一人と悪魔が第二の生を受ける。
グレゴールは毒虫に変身してもなお、親、妹、家族の事を思い続けた。だが目の前の悪魔は思考を有していない。どうやら生き人を喰らうことが人生のようだ。
黒服が大事そうに握りしめ、生の幕切れに使用した拳銃を素早く拾い上げ悪魔の体へと銃口を向ける。
一発・・二発・・・三発。非力な僕の腕では反動を抑えられず銃口が一発撃つたびに青い空を仰ぎ、両腕が吹っ飛んでしまうのではないかと錯覚してしまうほどの激痛が腕から全身へと流れる。
偶然か必然か、僕の撃った弾丸は見事に母の腕、腹、足に命中したが母は捕食の手を辞めない。
流れる激痛を意識から隔離する。こんな芸当ができたのは火事場の馬鹿力だと今でも思う。そうして再び三発母に向けて発砲を繰り返す。




