とある傭兵の記録
不定期ながら土曜日に更新していましたが、来週6月15日、22日は出張で家にいないのでお休みです。6月29日の投稿分は予約済みです。よろしくお願いいたします。(早く帰ってきたら投稿します)
───名もなき傭兵───
ちくしょう……、一体何がどうなっていやがる。金が良いからと勧められるままに斡旋業者の口車に乗せられたのが運の尽きだ。
確かに最初の内は良かった。目隠しをされたまま輸送機に装備ごと押し込まれ着いた先が南極だったのは驚いたが飯も金払いもたっぷりと弾んでもえた。
もっとも金は地下にいるモグラ達が南極基地と呼んでいるこの施設内でしか使えなかったが、それでも必要な物はなんでも手に入ったしEUや合衆国政府の要人が支援しているだけあって最新の装備も渡り鳥の傭兵には信じられないくらい十分に回してもらえた。
「だからといってこれはねぇよ。まぁ、貰ってる給料分くらいは戦ってやるが……」
「おい、貴様! 文句をいう暇があるなら正面ゲートの防衛に行ってこい! 突破されるぞ」
EUから派遣されている正規軍の士官が怒鳴っているが顔色はすっかり青褪めている。それもそうだろうな俺は傭兵だがアイツは正規軍、それも書類上は無許可離隊中になっている。ここで負けるか捕まるかすれば軍法会議だ。
「俺達も捕まれば戦争犯罪で裁かれるけどな。なぁ、相棒?」
「あぁ? 知るかよボケ。というかお前誰だよ、勝手に相棒呼ばわりしてんじゃねぇぞ、殺すぞ」
ゲートに向かう中で隣を走る男に問いかけるとその男は嫌そうな顔をしながら毒づく。つれないねぇ、これからあの化け物達と一緒に戦う相棒だっていうのにな。それにしてもノアのやつらは羨ましい。
俺のご主人様である新世界は非合法の武装集団なのにヤツらは国連から認められた合法的な武力集団とは一体どこで差がついたのか。オマケに頭の悪い傭兵にはさっぱりと理解できない物理方式と生物を武器に戦ってくる。
「相棒、設置型ビームタレットは効果が薄いそうだな?」
「クソが、だから相棒じゃねぇよ……。そうだビーム兵器はデカい水の壁で完全に無力化されてる。それとな、防壁代わりに使ってた氷の渓谷も消えちまったぞ」
「はぁ? 溶けた……ってわけじゃないよな」
「俺が知るかよ。だが無くなったはマジだ、ノアは平原になった渓谷跡地を水の壁を使いなら進軍してきている。司令部からの連絡だと水の後ろには馬鹿みたいに巨大なムカデとクモ女がいるとよ」
「巨大ムカデは映像で観た。5メートルくらいあったなよなアレ」
「おう、だが流石に装甲貫通弾ならぶち殺せるだろ」
相棒は随分と楽観的が俺にはあのムカデが装甲貫通弾を使ってもそう簡単に殺せるとは思えん。監視装置からの映像をみるからにノアのパワースーツはムカデの後ろに隠れるようにして移動している。もしかしたらパワースーツよりも装甲が厚いのかもしれん……。それにクモ女だと? あの空を飛ぶ恐竜モドキを含めていつからノアはビックリ動物園になったんだよ。
「傭兵! ゲートにムカデが取り付いた! 侵入してくる」
EU所属のパワースーツが俺達に怒鳴りつける。正規軍のやつらは戦場で怒鳴らないと死ぬ病気でも患っているのか? うるさいことこの上ない。それじゃまぁ仕事を始めますかね。安全装置解除してっと───。
「きたぞ!」
「いらっしゃいませ」
顔を覗かせたムカデ相手に呟きながらまず一発。強化外骨格の冷却装置に直接つないでいる20ミリレールガンのお味は如何かな。次弾装填のグリーンランプを確認してからすぐさま二発目を発砲……。さてさて、効果のほどは。
「想像はしてたが、やっぱ効かないよな。おっと相棒! お前は前に出すぎだ」
通常の7.62ミリの軍用ライフルを振り回しながらムカデを攻撃していた相棒を、腕についているワイヤーフックで引っ掛けてこっちに引きずり戻す。一瞬後には相棒が居た場所に謎の液体が降り注ぎ床から煙が上がった。
「なるほど、あの口から分泌している液体を使ってゲートに穴をあけたのか。ついでに黒い外皮は20ミリレールガン程度じゃ直撃でも損傷は無しと」
「す、すまねぇ相棒……。助かった」
「気にすんな。それよりもだ相棒、あそこにあるタンクを撃てるか?」
「おう」
「あれ撃ってくれや。俺のデカいのじゃ吹き飛ばしちまう」
相棒にゲート横に設置してあるパワースーツの緊急冷却に使う液体窒素タンクを狙撃するように指示を出す。それに了解した相棒が狙い撃ったタンクからは、勢いよく液体窒素が噴出して巨大ムカデの外皮を氷結させる。頃合いをみてレールガンを発砲……、三発目、これで残弾は二発。
「ふむ、極度に冷却すると外皮が脆くなるようだな。効果はありそうだがエネルギー防壁で防がれたか」
「おいおい、ノアは船だけじゃなくて個人携帯すら可能のエネルギー防壁を使用してんのか?」
「そうみたいだ。というより俺達みたいな歩兵組にはお手上げだぞこりゃ。武装が通用しない」
「逃げるか?」
逃げてもいいが給料分の仕事しないで逃げるのは性に合わない。ムカデが無理ならその後ろに控えてるクモ女だ、下半身は無理でも妙に色っぽい人型の上半身なら撃ち抜けるだろ。って、クモ女の背中になんか乗ってるぞおい!
「相棒、お前さっきムカデとクモ女の話しかしてなかったよな? なんでクモ女の背中にデカいカマキリが乗ってるんだよ!」
「知らんわ! 大方アレもノアの生物兵器だろ。というかあのカマキリこっち見てるぞ!」
「マジかよ……、勘弁してくれよ。おっ? あのスーツは───」
カマキリの化け物の登場に気をとられたが、いつのまにか溶かされてかなりの大きさに広がっていたゲートの向こう側に荒川功樹が装着している0式スーツとやらが見える。距離はおよそ1800メートル、パワースーツなら余裕の距離だが火器管制アシストの無い強化外骨格では微妙な距離だ。
「相棒、0式を狙撃する。二発撃ったら逃げ出すから俺のケツを頼む」
「まかせろ」
前方でパワースーツ対カマキリの戦いが始まったが気にしない。カマキリの鎌でスーツが装備しているライフルが簡単にバラバラにされているのも気にしない。スコープを覗きこみ、全てのパワースーツの弱点である関節部分を狙う……。深呼吸をして引き金にゆっくりと力を込めた時、0式スーツがこちらを振り返った。
「気づかれた? 電波探知をしていないこの距離で? だが遅い」
たかが距離1800メートル。だが、発砲と同時に着弾するはずの弾頭はありえない機動性を見せつけた0式に躱される。しかしその体勢なら次は確実に命中する……。最後の弾を撃つのと同時にレールガンをパージ、脱兎のごとく後ろに向かって走り出す。
「相棒! 最後のヤツ当たったか!?」
「…………」
「おい、なにボケっとしてんだ撤退するんだよ!」
「アイツ、弾きやがった」
「は?」
「腕に仕込んでたナイフで弾いたんだよ」
ハハッ、躱しきれないと踏んでナイフで弾くとはな。あの一瞬で狙撃場所から着弾点と弾速を計算して最適な角度を割り出したのかよ、そんなプログラムをわざわざ積んでるわけがないから自前の脳味噌で計算したか? 一体どんな計算速度をしてんだよ。
「しっかし、レールガンを弾けるナイフか。俺にも一本作ってもらえないものかねぇ」
「そっちかよ! お前アホなんじゃねぇのか? あんな化け物みたいなことするやつが存在してたまるか」
「そんなことボヤいても実際にいるんだからしょうがない。それよりもこの階層はもう駄目だ。一つ下に降りて程よく戦って降伏するぞ」
南極基地は大深度地下施設だ。地上から地下10階までは上層区間として俺達のような傭兵が防衛しているが、10階から下はEUと合衆国からの精鋭達が守りについている。つまり俺達は捨て石だ……。実際にどの程度まで深いのかは知らないが最深部にいるモグラ達、新世界の幹部要員のように頑丈な防護扉で守られてはいないから徹底抗戦するだけ無駄だ。俺は無駄死にする予定はない、降伏した後に上手くいけば混乱に紛れて脱出できるかもしれん。しかしその場合に相棒をどうするかな。
「なんだよ、急に黙り込んで俺の事を見つめやがって」
「いや、降伏後に逃げ出すプランを考えていたんだが相棒の事を持て余してる」
「本人を前にして言う事かよ! というかなんでお前は逃げ出せると思ってるんだよボケ」
「あぁ、それな。ほらこういうことだ」
俺が強化外骨格のヘルメットを外して見せると相棒が酷く驚いた顔をしている。まぁ、それもそのはずで大抵の傭兵は俺の顔をみると驚く。
「お前、アジア人……。いや日本人なのか?」
「おう、俺は日本人だ。改めてよろしくな相棒」
普通、日本人が傭兵になることはめったにない。俺自身も随分と長いこと傭兵なんて商売をやっているが日本人を見たことは1度だけだ。もっともその日本人はだいぶ頭のおかしいやつで正規の軍事教育なんてされてない、ただのミリタリーオタクがライフルを握っただけという傭兵というにも烏滸がましいやつだった。
「なんで日本人が傭兵なんてやってるんだよ。しかもお前、さっきの戦い方を見るにそれなりに優秀な兵士だったんじゃないのか?」
「色々とあったんだ。んで、自衛軍をクビになった」
「クビにって……、元の所属は?」
「傭兵の過去はデリケートなのを知らないのか? まぁ、いいけどよ。クビになる前は日本国陸上自衛軍、中央即応集団所属の第1空挺団にいた」
「…………、おっ、お前! 元といえ空挺レンジャーかよ?」
「イエース。アイアム、レンジャー」
「なんでそんなエリートが傭兵なんてやってるんだよ! いくらでも再就職できだろうが」
「いや、不名誉除隊だから無理」
隣でわめく相棒をいなしながら通路に落ちていたライフルを拾い上げる。どうやら問題はなそうだ、マガジンを取り出して確認すると弾もフル装填されている。なぜコレを捨てたんだろうか? レールガンをパージして武装していない俺にはありがたいから貰っておくがな。
「なぁ、相棒。俺も質問なんだがお前は傭兵になる前にどこにいたんだ?」
「SASだ」
「おぉ、イギリス陸軍特殊空挺部隊って事はジョンブル野郎か。ステッキはどうした? 忘れてきたのか」
「うるせぇ、不名誉除隊のくせに」
「はいはい、悪かったよ。お前はなんで辞めたんだ?」
「………金がいる。女房が病気なんだよ」
世知辛いねぇ、どこまでいっても結局は金が必要か。しっかしなぁ、嘘だとしてもコイツを切り捨てて1人だけで脱出するのも寝覚めが悪くなったな。どうにかしてコイツを連れて逃げ出さねぇとな、確かノアにはアイツがいたような気がするんだがなぁ。まっ、ちょっくら頑張ってみるかね。降伏して逃げ出すために─────。
意外に有能な二人組(`・ω・´)
 




