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束の間の雑談

ゆっくりと不定期に復活です(`・ω・´)

────美紀 視点────



「まさかピースメーカーを使ってくるなんてね」


 合衆国が誇る防衛戦略衛星───、とは名ばかりの完全に攻撃衛星として機能しているピースメーカー。恐らく外部からのハッキングでコントロールを奪ったのだろうけど、立て続けに2発も撃ってきたところをみると発射コントロール権をもった内通者が合衆国内にいるようね。どうせ前に随分とちょっかいをかけてきていた陸軍の技術中将あたりだろう。後日そのあたりから合衆国政府を突っついてみようかしら?

 

 それにしてもウルスナ帝国の防御システムも笑えないレベルのシロモノだったわ。まさかピースメーカーの直撃から艦を無傷で守るなんて、もしあのときウルスナ帝国と全面戦争になっていたらと思うとゾッとする。思わず身震いをすると同じように顔を青くしたエリスさんが端末を確認しながら口を開いた。


「ウルスナの術者から連絡です。起動した百合の盾の再構築を開始、現在魔力を充填中なので再使用まで30分程かかるとのことです。ピースメーカーからの攻撃が2度で済んだのは幸運でしたね」


「ピースメーカのコントロールは正常に回復しているようですから、たった30分であの防御システムが再び使えるなら問題ありません。……それにしても、プログラム上の計算では百合の盾を破壊するのは地球にある兵器では不可能とは知ってはいましたがここまでとは思わなかったわね」


「同感です。術を展開するための媒体が国宝といわれているのも納得です。いくらG-88世界の情勢が安定しているとはいえ旗艦に防衛の要である百合の盾を貸し出して搭載させてくれたヴィクトリア陛下には頭が上がりません」


 目の前のスクリーンにはジャミング攻撃から立ち直ったノアの艦隊が映っている。特に目を引く損傷も無いようで相変わらず旗艦マーメイドを中心した円形陣を組んで悠然と航行を続けていた。その様子を眺めていると、珍しく焦った様子の修一さんから通信が入った。


『聞こえるか? ジャミング攻撃を受けて通信が一時的に麻痺していた。復旧中に凄まじい音が聞こえたんだが一体なにが起きた? そちらで状況を確認しているか』


「もちろんよ。ジャミング弾の着弾とほぼ同時に合衆国のピースメーカーがハッキングを受けて乗っ取られたの。ピースメーカーから射出されたウラン製の槍が推定速度12000キロでマーメイドめがけて突っ込んできたみたいね。もっともウルスナ帝国の誇る国土防衛魔法の『百合の盾』が起動したおかげで無傷みたいだけど。一応こちらからの情報をそっちのメイン端末に送っておくわ」


 修一さんの質問に答えながら喉の奥で笑いをこらえる。合衆国が数年前に国土防衛戦略の一環として世界に公表した『ピースメーカー』───、ウルスナ帝国の国土防衛魔法『百合の盾』───、はたしてどちらが本当の『防衛』なのかしらね。


『了解、今受信中だ。ところで今後の対応だがどうする? こちらとしては潜水艦部隊が撤退したのは何かの罠だと踏んでいるが、同時にチャンスでもあると考える。このまま南極基地に繋がっている氷棚に突入して橋頭保の確保に移りたい。やつらも自分の基地の近くであんな攻撃衛星は使えないだろうしな』


「作戦についてはそちらに一任します。今回は転移ゲートを使っているから普通の軍事作戦と違うわ、極論を言えばゲートを開くまで本隊はどんな事があっても無傷で温存できるの。ある程度の作戦変更ならこちらで対処できるから軍事部が最善と思う行動をして」


『ではこのまま予定通りに氷棚に突入する。ただし敵の南極基地の周辺で妙な動きがある。万が一、橋頭保の確保に失敗した場合は作戦を中止して攻撃開始地点まで撤退する』


 そう告げて敬礼をした修一さんがスクリーンから消えると再びノアの艦隊が映し出された。冷えて香りが飛んだ紅茶を口に含んでからエリスさんに質問する。


「本隊の準備は?」


「第1上陸部隊がすでにゲート前に待機中。第1部隊が橋頭保を確保後、続いて主力としてTMN直属部隊とロシアの国家維持部隊が護衛するメルカヴァとウルスナ両軍が上陸を開始。なおこの部隊には功樹君とチェルノボグも含まれます。さらに予備戦力の第2部隊もいつでも投入できるように手配済みです」


「アリスちゃんとコンちゃんの様子は?」


「…………現在、0式スーツ内部にて待機中。バイタル数値をみるかぎり眠っているようです」


 無理もないわ。最終調整とその後の検査続きで2人とも疲れているものギリギリまで寝かせておいた方がいいわね。本当はいかせたくないけど……、なぜか功樹も含めて3人でどうしても南極に行ってサンドラ博士に聞かなければいけないことがあると言い張った。帰ったら必ず理由を話すと言っていたけど、あの子が隠している秘密もおしえてくれるのかしらね? まぁ、そこはあまり期待しないでおきましょうか。


「アリスちゃん達は寝かせておいていいです。問題は───」


「功樹君とチェルノボグの動向ですね?」


「えぇ、なにか掴めたのかしら?」


「はっきりしたことは何も。チェルノボグの宿舎には独自のセキュリティー態勢が敷かれています。また情報端末に至ってはすべて外部と物理的に遮断されているので外部からの侵入は不可能です。それに付け加え宿舎内部への侵入もチェルノボグ側にすべて察知されており一度も成功していません。彼らはシフト制で完全に外部からの侵入を警戒しています」


 エリスさんの報告に溜息が漏れそうになるのを慌てて堪える。彼女はよく頑張ってくれている。修一さんも国連軍で特殊工作任務の経験がある人員を割いて手伝ってくれているが、どうやっても未だにチェルノボグ側のセキュリティーを突破できていない。

 

 もちろん敵対する可能性を考慮して強気に出る事はできる。しかしユリア大尉は脳に負担のかかるアリスちゃんの為に、医療データの取集が目的の『脳をまるごと移植する』という成功確率が0.006パーセントという極めて危険な実験に自身を検体として提供してくれた。他にもG-88世界では危険地域の探索や有事の際の緊急出動などを率先して行ってくれている。つまり宿舎内部で功樹と何をやっているのか? という点以外では極めて友好的でありそして信頼できる部隊なのだ。


「仕方ないわね……。それにしても接収した試作機なんてなんに使うつもりなのかしら」


「失礼ですが、接収した試作機というのは?」


「そちらに、軍事部に情報を送った筈ですが届いていませんか? 技術部が開発した試験機X-55のことです」


 私の言葉にエリスさんが不思議そうな顔をしている。彼女は最高執行部所属の私の所に出向しているだけで本来の所属は軍事部の所属なのだ。だから軍事部に情報を送った場合自動的に彼女にも情報が入るものだと考えていたのだが違うのだろうか?


「申し訳ありません。その、隊長から軍事部の戦時規定の説明を受けているとおもうのですが……」


 修一さんから? そういえばあの人と最後に会話したのはさっきの通信以外だといつだったかしら。一週間くらい前に功樹とアリスちゃんにコンちゃんを含めたメンバーで食事した時には確かいたような……。いや、いなかったような……。


「軍事部の規定では戦時体制に移行するのと同時に、各部署に出向している人員には機密漏洩防止の為にクラス2以上の情報は報告されません。恐らくその試作機はクラス2以上を指定されているのではないでしょうか」


 困った私の表情を読み取ったエリスさんはさりげなく戦時規定を教えてくれる。そういえばそんな事を言われたような気がするが、まさか執行部に出向してきているエリスさんにも適用されているのは驚きだった。これは完全に私の確認不足ね。取返しのつかないことになる前に気づけて良かった。


「確かにX-55はクラス2以上の機密指定を受けていたと思います。私の確認不足でした。それでX-55の事は知っていますか?」


「いえ知りません。技術部が開発した新型機のようですが」


「高高度を飛ぶステルス試験機です。カーマン・ラインのさらに上を飛べます」


 ところでエリスさんは姓をドーントレスというだけあってやはり元々は空軍出身者なのかしら? 彼女を含めてTMN直属部隊のメンバーは国連軍に入る前の記録は抹消されているため私には判断がつかない。


「申し訳ありません。私は陸軍情報部隊の出身でして空の事についてはあまり詳しくありません」


「構いません。説明すると通常の航空機が飛ぶのは高度1万5千メートルから2万メートルまでの対流圏と呼ばれている場所です。エリスさんが乗ったことのある高高度偵察機の上限高度はせいぜいが2万5千ちょっとくらいだと思います。そのさらに上、高度5万メートル圏内が成層圏と呼ばれる場所です、成層圏は聞いた事ありますか?」


「はい」


「そのさらに上、高度8万5千メートル圏内が中間圏と呼ばれる場所です。カーマン・ラインというのはそこからまだ上の高度10万メートル、つまり地上から100キロのラインの事をいいます」


「……あの、それは宇宙空間ということですか?」


「そうですね、定義の仕方にもよりますがカーマン・ラインから上は宇宙空間という認識で間違いありません。そして、試験機X-55は高度13万メートルをロケットエンジンを使用する事によって時速10000キロ、マッハ8以上で飛ぶステルス機です」


「偵察衛星やスペースデブリレーダーには探知されないのですか?」


「ステルス機のためデブリレーダーには探知はされません。衛星からも光学迷彩を展開してるため見つけるのはほぼ不可能です。ただ重大な欠点があります」


 普段なら楽しいはずの制作物の説明がある事実を思い出して尻すぼみで止まってしまった。そうアレにはとんでもない欠点があるのだ……。苦虫を噛み潰したような表情になっているだろう私の顔を見たエリスさんが、なぜか顔を青くして質問してきた。


「も、もしかして乗組員に回復不可能な致命的なダメージが?」


「え? いや違います! 私はそんな欠陥品をつくりません。問題は機体が特殊すぎて着陸装置を付けられない所にあります、つまりは離陸したら乗組員を途中で射出して燃料切れで墜落させるしかありません。そしてX-55はとっても、とっても高価なんです! 簡単にいうと功樹が使っていた第8世代型パワースーツがフル装備で1ダース揃えられるくらいの値段になります。まぁ、量産すればコストも下がりますが実験データを取る以外に使い道がないために1機しか作りませんでした」


 そうなのだ……。ひたすら性能だけを強化した結果、X-55はノアの年間予算の約3パーセントを占める功樹専用機だったサタナキアの12倍の価値があるほど高価な使い捨てステルス機になってしまった。あの機体をなにかに使うなんて胃が痛くなりそうね……、使用するために作ったのに使わないなんて本末転倒ではあるけれど。


「ダース? ダース!? 財務部からよく許可がおりましたね」


「軍事部の人員以外は基本的に研究者上がりの人間ですから、新しい物に対する探究心にお金は惜しみません……。ただアリス型陸上戦艦をほぼ作り直した、改装アリス型水陸両用戦艦の完成を急いだせいで今年どころか再来年まで技術部の予算はカツカツです。そこにきて功樹がノアの衛星ネット放送権を無償でロシア側に渡しましたし、向こうから提示されたダイヤの採掘事業権も断りました。正直にいうと次世代科学研究所から新金属開発部が移籍してくれていなかったら大変な事になっていました。G-88世界はともかくとして、いま地球側のノアは金属開発部の売り上げで生きています」


 そしてさらに私を悩ますのがその金属開発部がどうやら功樹とチェルノボグにかなりの協力をしている事だ。すでにチェルノボグ隊員の一部は新型高硬度金属を使用した体を使用している。実際のところどの部署も換金するために余剰品を取り合うのに必死なのだが、功樹の所には優先的に余剰品が割り振られている。


 むしろ余剰品という名目の正規生産品なのではないだろうか? だが販売用の生産品はしっかりと納期に間に合っているようだし品質の劣化もなければ購入された資材の着服もない。あの子が手にしている余剰品とやらの資材は一体どこから入手しているか……。功樹達が行っているそんな謎の錬金術の方法を考えていると声にでていたのだろうか、エリスさんが新しい紅茶を差し出しながら口を開いた。


「これは噂ですが、G-88世界でドラゴン族が妙な行動をしていると耳にしました」


「妙な行動?」


「メルカヴァ皇国内にある簡易の対空レーダーに大型の飛翔体が探知されたそうです。付近を飛ぶ機体とドラゴンは予定表になかったので魔物警報が発令され、近くの航空基地からスクランブル機が迎撃に向かいました。ところが空域についてみるとドラゴン族の一団がノアのマークとコードが書いてあるコンテナを輸送している最中だったそうです。迎撃機のパイロットは目視でコードを確認後に帰投したと聞きました」


「予定表にない行動……。天候によってはあるでしょうけど、ちなみに記載されていたコードを使っている部署はどこですか。まさか金属開発部?」


「それが天候不良で輸送が遅延していた医療部のコンテナだそうですよ。それともう一つ、これは私も確認を取りましたがリンクドブル帝国を覚えていますか?」


「えぇ、あのドルネとかいう馬鹿に国を乗っ取られかけてた」


「はい。そのリンクドブル帝国の港にノアのC型輸送船が大型コンテナを満載して2日間ほど停泊していました。通常の輸送経路と違うので調べてみましたが魔物警報がでて退避していたそうです。ちなみにその警報は誤報でした」


「コンテナのコードは?」


「G-88世界政治部が要請した貧困層支援物資でした、中身は食料及び医薬品等で問題はなにもありません。輸送されたコンテナ数は32個できちんと要請された量が期日通りに届いています。ただしC型輸送船は満載状態なら35個のコンテナが乗るはずなんです」


「つまりリンクドブルの港に停泊中に追加で3つのコンテナを積み込んでいざ届いてみたらそのコンテナはどこかに消えたと?」


「そうなります。ただし船に積み込んだ時に32個ではバランスが悪いために通常とは違う積み方をしていたから満載状態に見えたのではないかと船長は言っていましたね」


 予定にない医療部のコンテナ……、どこかに消えた政治部のコンテナ……。確かに一つ一つは何も問題はない、輸送が遅延することも誤報が原因で退避するのもG-88ではよくあることだ。それにG-88に本部がある医療部も政治部も完全に予算が別に組まれているから金属開発部に協力する意味なんてない。


 しかしだなんだろうこの違和感は───。それはエリスさんが艦隊が氷棚に到着するのを知らせるまでずっと心に引っ掛かり続けた。




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