サンドラ・ツェレンスカヤ
----サンドラ・ツェレンスカヤ 視点----
目の前のスクリーンには、先ほど投下したジャミング弾に混ぜていた小型カメラからの映像が映っている。ノア側があんな飛行型生物を投入してくるなんてさすがに予想外だ。恐らく絶対防衛ラインに配備しておいた早期警戒用の潜水艦が撃沈されたのも同じような生物を使用されたせいだろう。
「あの生物は一体?」
戦闘が始まってからずっと不安そうにしていたダリヤがまるで独り言のようにつぶやいた。
「ドラゴン……、古い神話に登場する想像上の生物。まぁ、今は目の前に存在してるわ」
「ノアが開発したと?」
「どうかしら? 平和主義者を気取ってる美紀が生命を弄ぶようなマネはしないと思うわ。可能性が高いのは功樹だけど、潜入している『ストーカー』からの報告では彼は人間以外の生物には優しいはずよ。となれば……、アレは初めから存在していたってことね」
「どういう意味ですか?」
「平行世界、異世界、別世界、いろいろな呼び方はあるけど私たちが存在している場所とは別の所から持ってきたのだと思うわ。少し前にアラカワ粒子の研究をしていたでしょ? 異世界への転移に成功しただけだと思っていたけど、自由に行き来できるレベルまで達していると考える方が辻褄があうわ。とりあえず海戦は諦める事にして、全兵力で上陸部隊を叩くわよ」
「はい」
正直なところ少々マズイ。こちらの優位性を失った状態で南極要塞だけでは負けはしないが勝てないかもしれない。許容範囲以上の損害を出した場合、今後の計画に支障がでる。いっその事、大規模破壊兵器を使用して……。いえ、駄目だわ。現状で使用してしまえば合衆国への抑えが利かなくなってしまう。
「…………。EUから借りている兵を切り捨てようかしら」
上陸部隊を叩くのを老化抑制剤の代金替わりとして受け取ったEUの兵士にやらせて、こちら側の上級職員を全員地下施設に収容してしまえばこちらも生物兵器を使用できる。EU側は文句を言ってくるだろうがどうせ薬を買うのに私が必要だから強くはでれない。肝心なのは私に付き添ってくれる人間を守れればいいのだ。
「ダリヤ、地上にいる上級職員を全員収容して。それと指示を変えて悪いけど、上陸部隊を叩くのはEUと傭兵たちで十分だわ。地上にいる防衛部隊が戦闘不能になった時点でこちらも生物兵器を投入するわよ」
「わかりました」
「それと、合衆国にいるこちら側の人間……、そうねあの陸軍の中将はなんといったかしら? そうそう、オリバーだったわ。オリバー中将に連絡をとりたいわ」
「はい」
まったく、あれだけの金を渡しているのだから少しくらい役に立ってもらわないとね。椅子に腰かけながら煙草に火を付けていると手元の端末に不機嫌そうなオリバー中将が表示された。
『要件はなんだね? 暗号化されている回線とはいえ君と連絡していることがばれたら大変な事になる』
「お久しぶりです。お元気でしたか?」
『聞こえなかったかね? 要件は?』
「まぁ、せっかちですね。要件はそちらの技術部で管理している攻撃衛星、『ピースメーカー』を貸してください」
『は?』
「聞こえませんでしたか? 『ピースメーカー』を貸せと言っているんです」
中将は目を剥きながら顔を真っ赤にしている。これだから軍人は嫌いだわ。どうせ次の言葉は『何を考えている!?』とでも怒鳴るのでしょう。
『何を考えている!?』
「勝利を」
現状でそれ以外に何を考えるというのかしら? それともいちいち考えを口をに出さなければ行動できないほど低能だなのだろうか?
『き、君は自分の言っていることが───』
「わかっています。いいですか中将、もしここで私たちが負ければ貴方との関係も公にされます。そうなったら困るでしょう? ですから完全に勝利できるように協力をお願いしているのです。なにも中将のコードで衛星を起動させろなんて言いません。こちら側からハッキングするので起動から攻撃までの数分間だけ緊急停止コードを打ち込まないで欲しいだけです」
『それなら、大丈夫かもしれんが。しかしだね───』
「ご協力に感謝します。使用中に緊急停止コードが入力されたら今の会話を全世界に向けて公表いたしますのであしからず。それでは」
『ちょ、ちょっと待ちたまえ! 博士! はか───』
グダグダとうるさい通信を切ってからこちらを見ている職員に頷くと彼女は衛星へのハッキングを始めた。重さ5トンのウラン製の槍をロケットエンジンで地球上の目標に射出する攻撃衛星『ピースメーカー』なら、ノア艦隊の旗艦だと思われるあの非常識に大きな船にも致命的な損傷を与える事ができる筈だ。もっとも私の計算だとピースメーカーには合衆国が誇称しているほどの威力はないはずだ、それでも船の一隻くらいはどうにでもなる。
「コード解析、終了しました」
「目標はノアの旗艦。目標を捕捉次第、即時発射」
「了解。……発射します」
やはり会話は無駄がないのが一番ね、オリバー中将にも彼女を見習ってほしいわ。さて、どの程度の損傷を与えられるかしら? なるべくなら大破してくれると嬉しいけれど。
「弾着まで3、2、1、今」
弾着の瞬間、思わず言葉を失ってしまった……。まるで旗艦を覆いつくすように紫色の薄いドームが形成されたと思ったらピースメーカーからの攻撃を無傷で防いだのだ。
「高出力のエネルギー防壁!? 冗談でしょ? 12000キロ、マッハ9.5で衝突してくるウランの塊なのよ! 一体どれだけのエネルギーを使用したの!? 次弾の発射急いで、二度も使えないわよあんなもの」
「了解、発射します」
身を乗り出してスクリーンを見つめる。冗談じゃない、あんな高出力のエネルギー障壁が使えるなんて想定すらしていなかった。あんなものをすでに実戦に配備してるんて、ノアの技術力は一体どうなっているの?
「弾着まで3、2、1、今。なお衛星の回線が外部から遮断されました。以後の衛星攻撃は不可能です」
「……嘘でしょ、また展開したの!?」
スクリーンには先ほどと変わらない光景が映し出されている。これ以上の攻撃は無駄ね、ちょうど回線も遮断されたことだし別の方法を考えないと……。それにしても、一体どんな魔法を使えばあれだけのエネルギー出力を稼げるのよ。一般的な常識を排除すれば可能性として高いのは異世界の物質かしら? こちらの偵察衛星でノア艦隊の周囲をスキャンするべきね。計測機がエラーを起こせば私の考えが当たってるはず。しかし興味深いわ、魔法と科学のハイブリットなんて。だけど観測されてない物質を使うのは、あなた達だけじゃないのよ───。
初めてのサンドラ回。本来なら功樹と一緒の回に出る予定でしたが、短くしてでも初登場記念で単独出演。なんとなく美紀ににているのはご愛敬。
次はいよいよ功樹、上陸! (たぶん長い。張りきったせいで初期のころみたいに、1万文字近くなりそう。すいません(´・ω・`)




