私兵
----荒川 功樹 視点----
「おい、アラカワ」
相川さんの所に顔を出しに行った信吾と別れた後で、目的もないまま基地内を歩いていると急に声を掛けられた。声のしたほうを向くと妙に不機嫌そうな顔をした女性がこっちをみている。女性の周りには大きなケースに入れられた花がところ狭しに並んでいるところから考えて、ノアの職員向けに花を売っているPXの店員だろう。だが、俺の事を『アラカワ』と苗字で呼んでくる人には心辺りはない……。
「えっと、どなたですか?」
「フンッ、私だ。ユリヤだ」
ユリヤ? まさか大尉じゃないよな、どう考えても体の骨格すら違うぞ……。大体、あの人は顔の半分以上が機械化されいたし体だって動く度に微かに機械の駆動音がしていた。でも不機嫌そうに腕組みをしている姿は大尉に似ていなくもない。
「大尉ですか?」
「だからそうだと言っているだろうが。まぁいい、今日は店じまいするからちょっと付き合え。今後の予定について話がある」
そう言うなり大尉は店の片づけを始めた。もともとそんなに大きな店舗でもないのであっという間に片づけ終わった大尉は、シャッターを閉めた後で頭にプラトークと呼ばれるロシアンスカーフを被ってから俺のほうに振り返った。
「なにを呆けている?」
「あ、いや……。なんで花屋をやってるんですか?」
「お前が自由に生きろと言ったからだ」
そういえば、そんな事を言った覚えがある。たしか海上自衛軍に大尉達チェルノボグを一時的に引き渡した時に『これからは自由に生きてください!』と言った。もっとも、アレはべつにノアに亡命せずに好きな所に行ってくれって意味だったんだが。この人達なら混乱に紛れて一生姿を消す事だって出来そうだったしな。
「だから私は自由に生きている。いや、『我々は』というべきだな。ちなみに花屋は子供の頃に憧れていた職業だ」
「そうですか。それでやってみた感想は?」
「中々良いものだな。少なくとも、豚共からクソみたいな仕事をやらされるよりは何倍も素晴らしい。さて、ここで長々と立ち話をするわけにもいかないから場所を移すぞ」
俺の返事も待たずに歩き始めた大尉を慌てて追いかける。かなりの速足で歩く大尉の後ろを小走りでついていくと最近新たに増設された居住棟についた。中に入るとロシアから脱出する時に一緒だった人が武器の整備をしていたり、頭の上に置いたリンゴにナイフを投げて遊んでいた。
「ここは私達専用の居住棟だ。独自の諜報防止設備も整えているから自由に会話できるぞ」
「それはどうも。でもあれ以上の秘密はないですよ?」
「そうか? 叩けばいくらでも出てきそうだけどな。────、ここだ入れ」
大尉が立ち止まった場所はどうやら私室のようだった。促されるまま部屋に入ると意外と小物が置いてあるのに気が付いて驚く。なんというか勝手に抱いていたイメージでは刑務所の独房のような部屋だったのだが……。
「殆どの部下は私の部屋に入ると驚いていた。だが、私だって一般的な感性はある。刑務所のような部屋に好き好んで暮らそうとは思わんさ。適当に座って待っていろ茶をだしてやる」
もしかして大尉って意外と家庭的なのか? 今座っているソファーだって安物ではないと思う。なんというかちょっといいホテルの部屋って感じの空間だ。ぼんやりとそんな失礼な事を考えながら待っていると、いい香りのする紅茶が目の前に置かれた。
「飲め。よし、まずはお前が気になって仕方がない事から教えてやる。私の新しい体について知りたいのだろう?」
「はい」
「この体は今までの中途半端な生体機械ではなく完全な機械だ。元々はロボット技術用の試験モデルだったらしいが、私はそれに脳を移植した」
脳を移植って、冗談だろ? だってそんな技術は未だに理論段階だったはずだ。確かアリスが前にかみ砕いて教えてくれた限りでは今後しばらく………、それこそ50年くらいは実験すら行える状況ではないと言っていた。
「大尉、その技術はノアですら実用の目途が立っていないのでは?」
「あぁ、だから私が被験者になった。成功確率は0.006パーセント、結果は成功だ。医療部は喜んでいたぞ、私のおかげで研究が30年分進んだと」
「何を考えているんですか……。そんなのほぼ成功しない確率じゃないですか」
「フンッ、理由はそのうち教えてやる。ここからが重要な話だ、ミキからノアのPMC部門【TMN】に所属するように誘われた」
「それは良かったですね! 一応はエリート部隊です。恐らく今までの軍とは違ってそれなりの待遇を受けれるようになります」
マッチョの直属部隊なら無駄死にさせるようなアホみたいな命令もされないだろう。それにTMN所属部隊も元々は国連軍の特殊部隊だから大尉達も打ち解けやすいと思う。重要な話っていうのは恐らく、クレアさん達に紹介してくれって事だよな。もちろんそれくらいなら力になるつもりだけど、ぶっちゃけ一緒に飯を食って打ち解けやすくするくらいしか思い浮かばない。
「なにを言っている? 断ったに決まっているだろうが。我々チェルノボグは貴様の指揮下に入る」
「……………はい?」
「ロシア側との交渉で各地に取り残されていた残存兵力をすべて回収した。これによりチェルノボグ、正式名『試作型人工強化兵部隊・スィエールプ』213名は貴様の物になる」
「ちょっと、意味が…………」
「地球側時間で明日、正式にミキから国連に通達されることになる。喜べ、ミキですらノアの兵員は軍事部との合議制で自由にできないがお前は我々を好きに扱える。いわば最強の私兵集団だ」
「…………」
「もちろん南極侵攻作戦にも貴様の指揮下で参加する。それでな指揮官殿、国家や企業が核兵器を持ってはいけないと条約で決められているのは知っている。そこでだ、どちらにも属さない我々が戦術核兵器を所有するのは───」
大尉が何か物騒な事を言っているが、聞こえないふりをする。核兵器の他にも条約で禁止されている化学兵器を欲しがっているのも聞こえない。むしろチェルノボグもいらない。絶対になにかまずいことになりそうな予感がするのは俺の気のせいなのか? というかこれが重要な話だったのか────。
活動報告を更新いたしました! ご覧ください。 それと、今日から小旅行なので恐らくあると思われる修正は後日まとめて行います!!(`・ω・´)




