邂逅
お久しぶりです。もろもろの調整に手間取ってしまい更新が止まっておりました。心よりお詫び申し上げます。
書籍版の特設サイトができました。『オーバーラップ 異世界に転生したんだけど俺、天才って勘違いされてない?』で検索してみてください。活動報告にリンクも張っておきます。
----荒川功樹 視点---- ~18時間前~
衝撃と同時に周りの音が聞こえなくなったが、どうやら俺は無事に82階から川の中に飛び込めたようだ。流石にノア製じゃないスーツでも軍用モデルなら無稼動状態でもしっかり衝撃は吸収してくれるみたいだ。問題はこれからどうするかだが……、渡された銃はベルトに挟んで置くか?
このままスーツをパージして外に出てもロシア製の拳銃なら軽く水抜きすれば撃てると思う。むしろ撃てなければ困る。後はマッチョに教わった市街地での逃走心得を思い出して実行だ。
「確か、民間人が多数いる場所では不用意に銃を抜かない。抜いたら民間人は驚いて騒ぎになる、騒ぎになったら追っ手にばれる。後はなるべく挙動不審にならない……だったか? 追っ手は不審な動きをしているやつに目をつける」
大丈夫だ、きっと逃げ切れるはず。さっさと安全な場所に行って救出部隊を呼ばないと俺もアントンさんも死んでしまう。よし、行くか! 自分自身を叱咤してからスーツの緊急パージ装置を起動させると、ハッチが勢いよく外側に弾け飛んで水が流入してくる!
流石に8月とはいえ水は冷たい。それを堪えながら息を止めたまま流れ込んでくる水の勢いが収まるのを待ってスーツの外にでる。上を見るとぼんやりと水面にモスクワ市街の光が差し込んでいる。
確か中佐が水深は15メートルと言っていたから俺の息が続く間に水面まで出れると思う。必死に足をバタつかせながら水面にむかって泳ぐが水を吸った服が重たい……、やっとの思いで水面に顔を出して軽く溺れながら川に繋がる水路まで泳ぎ陸に上がる梯子を掴んだ。
「はぁ、はぁ、死ぬかと思った。こんなの二度とやりたくねぇ」
水が入って痛くなった鼻を押さえつつ梯子を上がって歩道にでると、50代くらいのオバサンがこちらを不審そうにみているのが分かった。とっさに苦笑いをしながら訛りがでないようにロシア語で弁解する。
「酔っ払って川に落ちちまったよ。流石に夜は寒いな」
俺の言葉を聞いたオバサンは不審そうな表情から呆れたような顔をして俺に話しかけてくる。
「川になにかが落ちる大きな音が聞こえたから様子見にきたけど、アンタ酔ってる状態で川なんか入ったら死ぬよ? それにまだ子供じゃないの、早く家にかえって寝なさいな」
どこか母さんの様な口調で話しかけてくるオバサンに謝ってから手を振って別れ、深夜の市街地を見渡す。最後に時間を確認したのが午前1時少し過ぎだったから今は2時くらいか?
人影も疎らな夜のモスクワは逃げ切るにはうってつけのようだ。取り敢えずアントンさんに渡されたメモの住所に行って、金と新しい服を手に入れてからタクシーを拾って人が多い場所にいこう。それから駅に向かって現金でチケットを買って───、そんな事を考えながら横断歩道の前で信号が青になるのを待っていると個人端末を操作しながら歩いてきた男の人が隣に並んだ。
信号が青になり道路を横断していると男が端末を操作しながら独り言のように口をひらいた。
「こっちを向くな。渡りきったら左に曲がれ、そこから20メートル先を右に曲がって真っ直ぐ歩け。3本目の路地を右だ」
それだけ言って男は足早に道路を渡りきり、右に曲がって俺から離れていった。今の男は味方なのか? もし新世界の人間なら今この場で俺を捕まえるはずだよな。アントンさんの元同僚で良いのか判断に困るが、マッチョの心得に現地人の味方をつけろっていうのがあった気がする。
今の俺には選択肢は殆どない……、ここは賭けてみるか。俺は指示通りに左に曲がり20メートル歩いてから右に曲がったが、そこはスラムとは言えないまでもかなりヤバそうな雰囲気を醸し出している一角だった。
「これはマズかったかな……」
内心の不安を隠すように余裕そうな感じでそのまま足を踏み入れ、指示通りに3本目の路地に入るとそこには際どい格好をした女性が数人立っていた。その中で扉に寄りかかってタバコを吸っていた女性が俺の姿を確認すると、背中を預けていた扉を開けて中に入るように顎で示す。その仕草につられるように黙って建物に入ると口にタバコを咥えた女性も一緒に入ってくる。
「一番奥の部屋でボスが待ってる。アンタ何したわけ? 殺されるんじゃないの」
「この世界でもっとも危険なテロ組織を敵に回しただけ」
「ふんっ、なにそれ格好つけてるの? 馬鹿みたい」
根元まで吸ったタバコを壁にこすり付けて消している女性に皮肉を言われながら廊下を歩く。一番奥の部屋までくると俺達の話声に反応したのか扉が開き、中からアントンさんと同じようなのスキンヘッドが出てきて懐から札束をだして女性に渡した。
「スヴェトラーナ、ご苦労だった。今日はもう上がっていいぞ……、それとこの事は忘れろ。そのほうが身のためだ」
そういってスヴェトラーナさんを追い払ったスキンヘッドは俺をみるとニコリと笑って話し掛けてきた。
「随分濡れているようですね。直ぐに新しい服を手配致しますので、ボスとの面会はそれからという事で……。まずはこちらに」
どうやら完全に味方のようだが、やけに丁重な話し方と普段は絶対にしないであろう、ぎこちない笑みのせいで俺は妙にこみ上げてくる笑いを堪えながら笑顔で礼を言いつつ指示に従う事にした。
----ユリヤ 視点----
「大尉、アラカワが到着しました。今は別室で着替えさせています」
きたか。ホテルから脱出して26分、まずまずの時間だな。報告してきた部下に視線を向けて彼の状態を質問する。
「彼の状態はどうなっている? 傷を負っていたり極度の興奮状態にあるのか」
「いえ、全くありません。至って正常な状態だと思われます。むしろ私の姿を見て笑っていましたので、恐らく彼を助けた我々がどのような存在なのかもある程度予想していると思われます」
噂どおりか。たかだか15……いや誕生日を迎えたから16か? その程度の子供がテロの標的になってギリギリの状態で脱出してから30分も経たずに通常の精神状態を取り戻すとはな。確かに化け物といわれても仕方が無い。ならば後はさっさと彼をつれて日本に亡命するだけだ。アラカワと交換なら日本政府も強大な権力を持っているミキも文句はいえないだろう。
「脱出用の輸送機の準備は?」
「既に市外にある極秘飛行場で待機してあります。我々が到着しだい直ぐに離陸できる態勢をとっており、日本の領空にさえ入ってしまえば護衛機も飛来するでしょう……しかし」
「なんだ?」
「本当に脱出の際にモスクワ管区のレーダー基地を爆破するのですか? 基地にいるのは味方です。私はやはり───」
「最初に我々を裏切ったのは祖国のほうだ。我々を無実の罪で謀殺しようとした! ならば祖国はその代償を支払うべきだ」
私だって味方を殺すことになるのは理解している。だが政府上層部に浸透しているはずの新世界側に気取られず脱出する方法はそれしかない。それに失敗はしたが祖国は生き抜くために我々を殺そうとしたのも事実だ。
ならば今度は我々が生き抜くために祖国を犠牲にしても文句は言わせない。口に咥えた葉巻を噛みながら一人考えていると、ノックの音が聞こえアラカワが部屋に入ってきた。
「失礼します」
急遽調達した黒のスーツに身を包んだアラカワは、恐らく私の部下から渡された皮製のホルスターを腰に下げている。銃把を見る限り我々が潜入の時に使う小型の拳銃のようだが、別の班が既に接触していたのか?
「よく来たな。我々がだれかわかるか?」
「アントンさんの元同僚……、チェルノボグですよね。そして貴女はユリヤ大尉ではないですか」
コイツ───。私のこの姿をみて女だと判断したのか? 確かに髪は伸ばしているが『人間』とは到底呼べないような体を見ても驚いていない。強化兵士計画に検体として参加した私は副作用の影響で生身の部分は全身を合わせても18パーセントしかない。残りは鉄と潤滑油で出来ている機械だ……。
「お前は……、私が怖くないのか?」
「いえ別に、あ、いや訂正します。怖くないですが少し驚きました」
「そうか、まぁいい。今後の予定を説明する。15分後に迎えの車が来る、それに乗って市外の飛行場まで行き輸送機に搭乗。ホッカイドウまで飛行した後、ワッカナイ空港に強行着陸する。恐らく日本の自衛軍が緊急出動して来ると推測できるが、お前の身柄を引き渡すのは我々の亡命が受け入れられてからだ。まぁハッキリ言えば人質だが悪く思うな」
「亡命する人数は?」
「14名だ」
私の言葉にアラカワは不思議そうに首を傾げている。一体何を考えているのかは分からないが、もうすぐ迎えが来る時間だ。この件についての質問や変更を認めるつもりはないと命令しようとした時、彼が口を開いた。
「おかしいですね。数が合いませんよ? 僕はホテルでボーイに扮したそちらの隊員から18名の亡命を希望するといわれました。でも大尉は14名だといいますが、負傷者でもでましたか?」
やはりホテルでも別の班が接触していたようだな。彼に銃を渡したのもそいつらのようだが、生憎とこちらは分断されていて班同士の連絡がつかない状況だ。所定の集合場所を回って残存している部下を回収する手もあるが、あまり派手に動き回ると現状安全な我々も再び捕まる恐れがある。
『隊内規則:確実に逃げ切れる味方を優先させよ』、取り残される部下達には悪いが今回はこれを適用させてもらおう。無事に脱出できたら助けにきてやる。
「それは別の班だ。悪いが我々に潜伏している部下を拾っていく余裕はない」
「困りましたね。僕はアントンさんから大尉を含めて皆さんを出来る限り助けるように頼まれていますし、個人的にアントンさんをホテルに置いたまま逃げるのは心苦しいです」
「悪いがそれはできない。私にも今助けられる部下を無事に日本につれていくという重大な任務がある。アントン達を助けたいのなら帰ってからノアの即応隊でも呼ぶといい」
「そうですか。ところで大尉の体をみると工作員というよりは戦闘員だと思うのですが……」
「そうだ、我々には極秘裏にだが『スィエールプ』という戦闘部隊が存在している。むしろメインが戦闘部隊で工作部隊というのは隠れ蓑に過ぎん。もういいか? これ以上の質問は受け付けん、抵抗しても無理やり拘束してつれていくだけだ。黙って付いて来い」
若干イラつきながらアラカワの腕を掴もうと近づくと、彼は腰につけているホルスターから意外と素早く拳銃を抜き出すと初弾を装填してトリガーに指を掛けた。日本人は一部の特殊な職業を除いて銃を触る機会なんてないはずだが、ノアで護身用の訓練でも受けたのか? だが素人が潜入用の小型拳銃を撃ったところで当たると思わんし、この距離ならヤツが銃を構える前に懐に踏み込める……。
聞き分けの無い子供には御仕置きが必要だな。タイミングを図っているとアラカワがピクリと動いた! それに合わせて右足を踏み出したが慌てて懐に突っ込むのを止めて思わず大声を上げる。
「ばか者が! 我々の仲間が渡したのならそれには実弾が入っているのだぞ!?」
「やっぱりこうすると流石に動けませんか。まぁ無理に抑えようとして指に力が入ったら僕の頭が吹き飛びますから当たり前ですよね」
何を思ったのかアラカワは自分の頭に拳銃を押し付けて笑いながら喋っている。気が狂ったのか? いや目は冷静に私を見据えている。クソ、こうなると動きが取れん───。
「大尉、10分でいいですから僕の話を聞いてください。もしそれで僕が話す内容に不満があるなら諦めて一緒に輸送機に乗ります」
「分かった、だがその前に銃を降ろせ。今のお前なら不意の物音に驚いて自分の頭を吹き飛ばしかねない」
「分かりました。ですが、降ろしたのと同時に殴るの止めてくださいね? 僕は大尉が思ってるよりも貧弱ですからその体で殴られたら一瞬でトマトケチャップみたいになります。そんな事になったら母は絶対に亡命を受け入れませんよ」
コイツ、我々が交換条件としてコイツ自身を一番必要としてるのを逆手にとったのか。内心の怒りを押さえ込みながら時計を確認すると午前2時40分丁度を指していた。よろしいそこまで言うなら10分だけ話を聞いてやろう、午前3時までにここを出ればどうにかなる。
「10分だけだ。話せ」
「はい。前提条件として、もし僕が死亡しても大尉達が生き残れた場合は日本に亡命か最悪ノアで受け入れるように母に伝えます。ちなみにこの約束は必ず守らせます。次に僕は絶対に大尉達チェルノボグを裏切りません、嘘も吐きません、そして……なにがあっても最後まで行動を共にします。それを踏まえて続きを聞いてください」
ふん、皆そう言って我々を裏切ったのだ。戦友も祖国も守るべき国民すら皆がな……。
「僕を囮にしてモスクワに展開している新世界を誘引、殲滅します。ですがこれには大尉達の全面的な協力が必要です」
自分を囮にするだと? コイツは一体何をいっているんだ、それにこの目はなんだ? まるで吸い込まれるような純粋な目は。私はこんな目をした人間を今だかつて見たことが無い───。
この日、本来なら出会う事が無いはずの二人が邂逅を果たした。一人は天才と呼ばれ堂々と表の世界を歩く少年。一人は裏の世界で暗躍する部隊を率いる女性。彼等の活躍は後にドーントレス姉妹がノアの資料庫に残した回顧録が発見されるまで、実に200年以上の長きに渡り歴史の謎とされてきた。
本書ではその回顧録の一節を紹介したいと思う。『私達がわかる事は唯一つだけ。功樹君はユリヤ大尉達の事を殆ど話さなかったけど彼等の間には絶対的な信頼関係があった。友人とも恋人とも違う、あえて表現するなら戦友かしらね』
クリユアス・斉藤・メルカヴァ 著 『ノアとは何か?』より一部抜粋
最終回の雰囲気が出てますが余裕で続きます(`・ω・´) 最後の著者名に注目! どこかで見たことがあるような……。
活動報告を更新しました。ぜひご覧下さい。




