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駆け引きと綱渡り

 今更ですが、このお話の舞台は異世界であり『フィクション』ですので実際の人物・組織等には一切関係がありません。むしろ作者は大学の語学講義でロシア語を専攻したくらいロシアが大好きです。


 今回のサブタイトルは『ku☆ワ☆ma』様のコメントを参考にさせていただきました!! 

----荒川功樹 視点----


 飛行機の座席に座りながら紙コップに入ったコーヒーを飲み、いまどき珍しい紙媒体の新聞を広げて今日のニュースを眺める。ここ最近は忙しかったから、こういったほっとする時間は随分と久しぶりに感じる。

 これで窓の外に見えるロシア空軍の戦闘機と目の前に座っている強面のオッサンが居なければ最高なんだけどな。そんな事を考えていると、機内アナウンスの声が聞こえてきた。


『まもなく、当機は臨時着陸先であるモスクワ管区空軍基地に着陸いたします。一部のお客様がお降りになってから15分程で離陸いたします』


 アナウンスを聞き流しながら更に新聞を読んでいると、目の前のオッサンが『んんっ』と咳払いをしてきたので渋々ながら新聞を畳んでシートベルトを付け直す事にした。しかしアレだな……スキンヘッドさん、もといアントンさんと俺の分の航空券を個人端末で手配して飛行機に乗るまで2時間しかなかったのに、よくこいつ等はこの飛行に乗れたよな。

 しかも離陸してロシアの領空に入った瞬間には丁重にも護衛の戦闘機まで飛んできてやがる。おかげでアントンさんはせっかく美人のお姉さんがもってきたコーヒーも飲まずにずっとピリピリしてる。


「それでずっと無言ですが……、今のアナウンスで降りると言っていた『一部』というのは僕達ですよね? ロシア政府は民間人に観光の案内をしてくれるのですか」


 離陸してからこいつ等が座ってきても一切構わずに沈黙を通していた俺がいきなりロシア語で話しかけると、目の前のオッサン達は素人の俺にも理解できるくらいに動揺している。フハハ!! ざまぁみろ。日本からここまで4時間以上もずっと威圧しやがって、おかげで俺は生まれて初めて経験する純粋な空の旅を楽しめなかったじゃないか。

 それにな、普段暮らしているのは『箱根基地』だぞ? 殺人鬼みたいな顔のコートさんや魔女の母さん達がいる魔窟で暮らしている俺には、あんた等の強面なんか煩わしいだけで大した事なんかない。


「我々は貴方の護衛です。地上で待っている上司から今後の説明があると思います」


「説明? 僕は正規の手続きを踏んで貴国に入国しようとしている訳ですが……、なぜ当初の目的地ではなく空軍基地で降ろされた挙句に拘束されるのですかね」


「こ、拘束なんてとんでもない! 我国は貴方の身になにかあれば世界の損失と考えて、万全な安全態勢を整えようとしているだけです」


「まぁ、いいです。ただし一歩間違えれば外交問題になるという事だけは覚えておいてください」


 俺はきっぱりと『外交問題』という事を伝えてから狼狽しているオッサン達を無視して目を瞑る。隣に座っているアントンさんも、俺が事前に交渉事は母さんやクレアさんの真似をするので強気にでるという事を説明してあるので無言のままだ。母さん曰く、交渉というのは主導権を握った方が圧倒的に有利らしい。そこで俺が飛行中の4時間をかけて考えたのは『外交問題』という言葉で相手の動きを封じるという事だ。これでオッサン達は説明なしで強制的に俺達をどこかに連れて行くことは出来ない……筈だ、多分だけど。

 しかし、腹減ったな。急いでたから昼飯も食ってないしこのままだと夕飯も食べれなさそうだから遠まわしに要求してみようか? むこうの都合で空港以外に降ろすんだから飯くらい食わせてくれるだろ。


「アントンさん、お腹減りましたね。そういえばロシアではニシン料理が有名だそうですが、普段はどうやって食べるんですか?」


「ん? あぁ、マリネとかウハーっていうスープだね。結構美味しいよ」


「そうですか、食べてみたいですね」


 会話をしながらオッサン達の様子を窺うと小声で『夕食の用意を』とコソコソ相談している。よしよし、どうやら地上に降りたら食事が取れそうだな。問題は食事に毒を混ぜられる可能性だが……、俺を殺す必要は無いだろうしアントンさんも名目上は護衛になってるから消せない筈だ。

 むしろそんな事をしたら確実に外交問題になるし、車の中で調べたのとアントンさんに聞く限りではこっちの世界で『あの事件』は起きて無いから暗殺に使う『ポロニウム』とかいう放射性物質の心配も無いだろう。

 というか、メルカヴァ王国とかで俺の食事をクレアさんが摘み食いしてたのを見たことがあったけどアレって味見じゃなくて『毒見』だったんだろうな、今更ながらどれだけクレアさんにお世話になってるかを考えさせられる。


「功樹君、着陸するみたいだよ」


 アントンさんが離れていく戦闘機を指差しながら俺に知らせてくる。よっしゃ、それじゃわざわざ俺を頼ってくれた大切な同士の為に頑張りますかね。俺は地上で待っている筈のオッサン達の上司を想像しながら、紙コップの中に入っていたコーヒーの残りを全部飲み干して気合を入れなおした。



■■■



 地上に降りると比較的温かい風が吹いていた。よく勘違いされているがロシアは別に年中極寒の地という訳ではなくモスクワの夏場の平均気温は22℃、シベリアでも短い夏の間は20℃程度まで温かくなる。腕に着けている端末上での現在の気温は24℃と表示されていたので、今日は平均的な気温よりも少し高いようだ。

 俺が気持ちの良い空気を胸いっぱいに吸い込んでいると一緒に飛行機から降りてきたオッサンが話し掛けてきた。


「車が待っておりますので、こちらへどうぞ」


 促されるままに基地の隅にある格納庫まで歩いていくと、黒塗りの高級車と同じ色の大型四輪駆動車がとまっていた。オッサンは高級車の方に近づいて後部座席のドアをあけると俺達に乗り込むように目で催促してくる。ここまで来て車に乗らないという選択肢はない。

 なるべく余裕たっぷりに見えるようにオッサンに会釈してから車に乗り込むと、中にはスーツを着た初老の男性と紺色の軍服を着たオッサンが座っていて俺が席に着くのと同時に挨拶をしてきた。


「初めましてアラカワさん、私は諜報局のヤコフ・タルコフスキー中佐です。隣の彼は外務省から派遣されているユーリ・パムフィロワです」


「初めまして中佐、荒川功樹です。ご存知かと思いますが同行者の彼はアントン・ボルトキエヴィッチ、元は貴国の極秘部隊の隊員です」


 自己紹介ついでにアントンさんという軽めのジャブで様子をみる。中佐は一瞬だけ表情を曇らせたがユーリさんは特にアクションを起こしていない。やはり母さんみたいには中々出来ないもんだな、俺には貫禄というかそういうモノがないから余計に上手くいかないのだろう。


「それで今日はどういったご用件で我国を訪れたのですか?」


 中佐がまるでアントンさんの経歴を聞かなかったように俺の来訪目的を質問してくる。まずは第一の関門だな、クレアさん曰く『じっくり交渉したいときは表向きの用件』で『速やかに目的を達成したいのなら直球で』と言っていた。今回はあくまでアントンさんの上司の救出が目的だ、時間的にも余裕がないし直球で行く事にしよう。


「そちらで拘束されているアントンさんの元上司を受け渡していただきたいのです」


「失礼ながらなんのお話か分かりません。それにもし実際にその人物を拘束していたとしてアラカワさんになんのご関係があるのでしょうか? こう言ってはなんですが、いくら貴方でも内政干渉になりますが」


「この際そういった内政干渉などいう腹の探りあいは止めにしましょう。実際、あなた方にしても僕をこうしてこの車に『拘束』している現状を他国に知られたら問題になりますよ?」


 俺が『拘束されている』という言葉を出した瞬間、ユーリさんがピクリと眉を動かした。まぁそうだろうな……、この状況が拘束なのかどうかは俺が決める事なのだ。『そんな人間はいませんからお引取り下さい』と強制送還しても良いが、俺が後で『ロシア国内で拘束された!!』と騒ぎ立てた場合に困るのは向こうだ。


「もし仮に本当にその人物が拘束されているとしてですが……、我国は法治国家であるのでその人物はなんらかの罪を犯した事になります。アラカワさんは、いえノアは犯罪者を釈放しろというのですか?」


 ここで『ノア』の名前を出してくるのかよ。俺が何処まで本気で言っているのかを試しているのか、それとも母さんの意思が入っているのかを確認したいのか? 相手の意図が分からんが口ごもる訳に行かない。考えろ、穏便に済ます為にはどう答えれば良い?


「まさか、そんな事は言ってません。ただ拘束されたのは今日の朝と聞いています。もしかしたらなんらかの手違いや情報の伝達ミスでそのような事になった可能性はありませんか? その場合、間違いとはいえ一度拘束されたからには今までの仕事はやりにくいでしょう。ですので『よければ僕達の所にきませんか』といういわばスカウトのつもりです」


「なるほど、そういう訳ですか」


「はい。それに特殊な仕事ですから、引き抜く為には中佐やユーリさんのような方の許可が必要と考えまして訪問させていただきました。もちろん優秀な方を引き抜く訳ですから……ある程度の『対価』も用意しています」


 どうだ? 中佐の反応を見る限りは問題のない回答ができたと思うが相変わらずユーリさんが黙っているのが気がかりだ。そのままお互いに無言だったが、その沈黙を破るようにアントンさんが自分の個人端末を俺に差し出してくる。

 画面には簡易テキストが表示されていて『功樹君の予測どおりの場所で例のモノが発見された』と書かれていた。よし、これで本格的な交渉に移れる。俺はアントンさんに軽く頷いてから中佐に話しかける事にした。


「中佐、もし宜しければその該当する人物が本当に拘束されているか、また本当になんらかの犯罪行為をおかしたのかを確認して貰いたいのですが……」


「分かりました。本来ならば拒否する所ですがアラカワさんのお願いとなれば断れませんね。至急確認をさせますが少々時間が掛かると思います。よろしければその間にお食事などはいかがですか?」


「それは嬉しいお誘いです。恥ずかしながら仕事の都合で昼食を取っていないのでぜひご一緒させて下さい」


 なにが、『アラカワさんのお願いとなれば断れませんね』だよ。対価の話をしてからの対応の変わり具合を考慮すると、間違いなくこいつ等は最初からアントンさんの上司に心当たりがあっただろ!! 指摘してやりたいがそんな事をしたら折角の交渉が全部無駄になる。

 今更ながら母さんがなんで交渉事が終わった後に鬼の形相になっているかが理解できた。いつもは難しい話をして疲れたからと思っていたが単純にイラついてたぽいな。クレアさんもマッチョから聞く分には交渉が終わった後は練施設に篭って部下の人をボコボコにしているらしいし……、相当ストレスを感じているんだろう。


「そういえば護衛の任務についていた我国の最新鋭機をご覧になったと思いますが、専門家としてのご意見どうですか? なにか感じたところなどはありましたか」


 食事を取る場所に向かう為に動き出した車の中で中佐が俺に質問してきた。アレって最新鋭だったのか……、前にノア島で飛行試験をしてたノアの戦闘機の方が遥かに機動性と攻撃力が上そうだったけど、もはや俺の目から見てもSFのUFOかよって思うくらい馬鹿げてたから比べては駄目か。


「僕は専門家ではないですが、そうですねぇ……有人機だと見受けられましたが無人機には出来ないのですか? 例えば地上からコントロールできればある程度の危険な任務でもパイロットのストレスが軽減されると思います。それにコストにさえ見合う目標であれば全ての武装を使い切った後でも体当たり攻撃が可能です。あくまでパワースーツと違って精密操作が必要とされない航空機の利点を生かすべきだと思います」


「た、体当たりですか」


 そんなに驚く事でもないだろ、なにも有人機でやれって言っているわけではないぞ? 無人機だから高価なミサイル扱いをしろって言っているんだ。この時代に航空機同士の戦いになんてまず起きない、だったら戦闘機は『ミサイルを運ぶ機械』にしたほうが効率がいいんだよ。

 実際ノアでは戦闘機はほぼ無人化されているし4~5年以内には一部の指揮官用高スペック機以外のパワースーツも無人化される予定だ。母さんにいたっては、俺が前世で観たロボットアニメにでてくる主人公機のスペックを冗談交じりに教えたら本気で造るつもりでいるようだが無理だろうな。いや、無理であってほしい……そもそも反物質エンジン搭載の地上・宇宙兼用機なんて何に使うんだよ。


「到着しました」


 最近マッドサイエンティストの匂いがしてきた母さんの新兵器開発に冷や汗を流しているとどうやら目的地に到着したようだ。スモークガラス越しに見る限りでは地下駐車場なのか? 何台かの民間用の車も止まっている。護衛用の車に乗っていたと思われるオッサン達が車のドアを開けてエレベーターの前まで案内をしてくれた。


「君たちはここまででいい」


 中佐が一緒にエレベーターに乗ろうしたオッサンをその場に留める。ふむ、なるべく良い対価を引き出す為に威圧するのをやめるつもりか。良い判断だと思うが俺は意外と根に持つタイプだから今更止めたところで意味はないぞ。内心でどうにか意趣返しできないかと考えながら中佐の動きに注目していると30階のボタンを押していた。


「本来の部屋は83階ですが、防犯上80階層以上は30階の警備ルームを通らないと上がれないようになっています」


 なるほど、安全と同時に俺たちが勝手に逃げれないようにしているのか。実際、箱根基地でも母さんが居る地下フロアには別のエレベータを経由しないと行けないようになっているから考える事はどこでも一緒だな。中佐の言葉どおりに30階で一度乗り継いで83階にあがると高級ホテルを思わせる内装の廊下が広がっていた。


「こちらです。最上級のスイートを用意しましたがお気に召されるといいのですが」


「突然の訪問にも関わらず、このような場所を用意していただけるだけで光栄ですよ」


 足元から伝わってくる柔らかい絨毯の感触を楽しみながら廊下を進んでいると、進行方向の部屋から美人の従業員さんがカーゴを押しながら出てきた。

 美人さんはそのまま俺達に会釈をしながら通り過ぎようとしていたようだが、壁側に寄った時にカーゴのバランスを崩してしまったのか乗せていたものを落としてしまった。それを見たアントンさんが駆け寄って拾うのを手伝っている。


「キミ、大丈夫かい?」


「もうしわけありません!! 直ぐに片付けますので大丈夫です。それよりもお客様のお召し物が汚れては大変です」


 美人さんは拾うのを手伝っているアントンさんを慌てて止めると必死に立たせようとしている。そして立ち上がったアントンさんの上着を手で払って綺麗にしているのだが俺は気付いてしまった。

 中佐とユーリさんが使えない従業員を睨んでいるなかで、美人さんが背中を向けて二人から丁度手元が隠れた瞬間───、彼女がアントンさんの上着の内ポケットに小さな拳銃を滑り込ませたのだ。


「失礼いたしました」


 丸腰の俺達に銃を渡してきたという事は味方なのだろう。用が済んだらしい美人さんはささっと落ちたものを拾ってから礼をして去っていくが、アントンさんも彼女も表情一つ変えずに自然な動きで受け渡しを行っていた。まるでスパイ映画を見ている気分だった。これが熟練の工作員の実力なのかよ、むしろ俺の表情で気付かれていないかのほうが心配になるレベルだったぞ。呆然としたまま廊下を進むと突き当たりの部屋で中佐が止まり扉を開けてくれた。


「さぁ、どうぞ。直ぐに食事を運ばせますので座ってお待ち下さい」


 言われるままに室内に入り用意してある広いテーブルの椅子に座ると、俺の前に中佐が座りアントンさんの前にユーリさんが座った。さてどうするか?

 このまま食事が来るまで黙っていても仕方が無いが、かといってこちら側から切り出すのもどうかと思う。内心で話しかける切っ掛けを考えていると意外にも中佐が個人端末を見ながら話し掛けてきた。


「アラカワさん詳しくはまだ調査中ですが、どうやら該当の人物の拘束は一部の暴走が原因のようです。確固たる証拠がないまま拘束した可能性がありそうです」


「そうですか、それは良かった。こちらとしてもスカウトにきた人物が犯罪をおかすような方ではないと思いたいです」


 はいはい、分かってる分かってる。ようは俺が提示する対価によって『なにも無かった』事になるって意味だろ。そろそろ対価を提示する時だな───、俺が中佐に提示できるのは『ノアの放送権』とアントンさんの昔の仲間に大至急調べてもらった『アレ』の二つだが……どちらにしようか。無難に放送権にしておくべきか?


「中佐、もし無実が証明され本人がスカウトに応じてくれた場合ですが───」


 俺が中佐に話しかけた時、間の悪い事に食事が運ばれてきた事を知らせるノックの音が部屋に鳴り響いた。中佐が返事と共に椅子から立ち上がると扉のロックを外して従業員を中に入れる。

 ボーイの格好をした男性が俺達が座っているテーブルに料理と食器を運んでくるが、俺の前に置かれたナイフの刃に微妙な汚れのようなモノが付いていた。よく見ると至近距離の俺にしか見えないくらい薄い文字が書いてある。


『亡命希望、18名』


 アンタも本物の従業員じゃないのかよ!? いや待て、さすがにちょっとおかしくないか。アントンさんは昔の職場は横の繋がりは希薄だと言っていたがそれは事実だと思う。工作員なんて他国で捕まったらそれで最後だから情報の遮断という面から考えても横の繋がりなんて無いほうがいい。

 にも関わらずさっきの美人さんと目の前のボーイが元上司を救いに来た俺達に接触してくるという事は、何か異変が起きてるとしか思えない……。考えろ、一体この国でなにが起きている? デカい政変でも起きたのか、それとも面倒な権力闘争でも勃発したのか。必死に母さんより出来の悪い自分の脳味噌を振り絞って答えを出そうとしていると、料理を前にした中佐が笑顔で俺とアントンさんに話しかけてくる。


「ささ、アラカワさんどうぞ召し上がってください。アントン少尉補も久しぶりの祖国の味だろう」


 そうか、アントンさんは少尉補だったのか……詳しくは知らないがロシア軍の階級は微妙に複雑で面倒だった筈だ。中佐にお礼を言ってからナイフの文字を消す為にメインのマスを使った料理を切り分けようとすると、アントンさんが幾分か慌てた声で俺を止めてきた。


「功樹君! 先に俺が……」


 大丈夫です少尉補殿、ご心配には及びません! 事実、腕につけている端末には簡易型とはいえ空気中の汚染濃度を計測する装置が組みこまれているがそれに何も反応はない。研究室に篭る際に使う機能がこんな所で役立つ日がくるとはなんとも皮肉だ。


「折角、夕食を用意してもらったのに失礼ですよアントンさん。それに中佐達が僕に何かをするメリットはありません」


「しかし……」


「本当に大丈夫ですよ。ほらこんなに美味しいですから」


 マナーは悪いだろうがアントンさんを安心させる為に大きな塊を口にいれてゆっくりと咀嚼して飲み込む。あっ、いい事を思いついた! 丁度良いタイミングだからさっきのオッサン達の仕返しをしてやろう。中佐とユーリさんがどんな反応をするか楽しみだ、さぞかし驚いてくれると思う。


「それに、もし食事に混ぜるとしたら通常使用される毒では直ぐに検出されてしまいます。もし使用するなら『ポロニウム』でしょうが、研究者である僕は何らかの対抗措置をとっている可能性があるのでそれも可能性が低いでしょうね」


「ぽ、ポロ?」


 俺の言葉にアントンさんは意味が分からない顔をしているが、中佐は凄まじい形相をしながらアントンさんを睨んでいて今まで表情一つ変えなかったユーリさんも険しい顔をしながらナプキンで口を拭いているのが分かった。やっぱこっちの世界でも似たような計画はあったんだな。内心でちょっとした嫌がらせが成功したのを確認する。


「中佐、そんな怖い顔で彼を睨まないであげてください。少尉補であった彼がポロニウムの事を知ってる筈がないでしょう? それにその件の実行方法や使用方法はもっと遥か上の上層部が管理している筈です。僕には『中佐』である貴方が知っていることに逆に驚きました。随分と高度な情報閲覧レベルをお持ちのようですね」


「っ!! 確かに私は特例的に通常よりは高位の権限をもっています……」


 マジか!? そんな簡単に認めるってどんだけ慌てたんだよ。俺が言った事は半分以上がブラフだぞ? むしろ今の発言的にこの人の階級は『中佐』じゃなくてもっと上の階級だ。どうやらこっちからしたら嫌がらせの一言だが上手い具合に食い込んだらしいな。なら、ついでで悪いがこの雰囲気のまま交渉の主導権をとらせてもらうとするか。


「まぁポロニウム云々は一旦おいて、先程の続きですが……もし無実が証明されスカウトに応じてくれた場合に本人だけではなく、その『部下』の方達も望むのであれば全員引取りたいと考えています」


「……全員ですか」


「はい。もちろん優秀な人材を引き抜く訳ですから、対価として貴国に有益なモノを提供いたします」


 当初の予定とは違うが、恐らくさっきのボーイも元上司の部下か何かだろうからここまできたついでに助ける。理由は初めて他人に本格的に頼られて嬉しいという気持ちだがそれは誰にも伝える事の無い俺だけの秘密だ。

 それに上手くいけば偶然にも直接見る事になった高レベルの技能を持つ工作員たちが味方になってくれる筈だ。無視するのは簡単だがそのままにするのには余りにも魅力的過ぎる。


「なるほど確かに我国としては優秀な人間が大量に抜けるのは痛手ですし、万が一にも軍事機密が漏洩するの避けなければなりません。しかしながらアラカワさんが我国に提供してくれる情報の内容によっては……、『特別』にその許可が下りる可能性もあります」


「なるほど『特例措置』ですか、そうなっていただけると有り難いですね」


 一旦言葉を切ってから良い感じの温度になった魚介類のスープ『ウハー』をスプーンで飲む。想像では魚特有の臭みがありそうだったが実物は透き通った綺麗な色のスープで味も旨い。なによりも具材が沢山入っているので育ち盛りの俺の腹に溜まってくれる。

 中に入っている魚を噛み締めていると、俺が提示する対価の内容を聞きたくてしょうがないといった様子の中佐が目で続きを催促してくる。少しは落ち着けよ、そんなんだと母さんみたいなのが相手の場合に足元を見られるぞ? 俺もまだ考えが纏っていないんだからもう少し待て。


「それで、その提供していただけるモノというのは?」


 魚を飲み込んで水で口の中を切り替えているとついに我慢できなくなった中佐が質問してきた。ここが勝負どころだな……ここから暫くはどんな小さなミスも許されない、俺はもったいぶるような口調を意識しながら口を開いた。


「北緯71度39分・東経111度11分……」


「はい?」


「貴国の領内、北緯71度39分・東経111度11分の地点に大規模なダイヤモンド鉱山が存在しています。鑑賞目的の宝石には適しませんが、採掘されるダイヤの硬度は通常の2倍近くあるので工業用には最適かと思われます」


「い、一体アラカワさんは何を言っているのですかっ!? ダイヤモンド鉱山ですって!?」


「こちらがその資料になります。数時間前にアントンさんの友人たちが現地に入って地質の調査をしてくれました。比較的浅い所の岩石にもダイヤが確認されたので露天掘りでも採掘可能のようです」


 差し出したマイクロメモリーをひったくる様に掴み取った中佐は興奮した様子で自分の端末に差し込んでいる。隣に座っているユーリさんも先程までの余裕は微塵も感じられないどころか、身を乗り出して中佐の端末に注目しだした。

 俺が渡した資料には前世でいうところの『ポピガイ・クレーター』の簡単な調査内容が書かれている。死ぬ前の世界ではユーラシア大陸最大のクレーターと言われていたが、こちらの世界ではかなり小さいのが衝突したのか巨大なクレーターは存在しておらず衛星写真からもその存在は分からなかった。その為に地質調査もされずに未発見ままだったのだろう。

 

 だが、万が一の可能性にかけて空港に向かう車の中でアントンさんにどうにか調査できないかお願いしておいたところ、予想通りにダイヤモンドの鉱脈が発見されたのだ。むしろ転生したこの世界の異常さを考えるとそもそも衝突なんか起きておらず、別世界との整合性を取る為に『鉱脈が作られた』可能性も否定できない……まぁその辺の難しい理論は母さんに任せる事にするがな。そんな事を考えていると、意外にも短時間で立ち直ったユーリさんが初めて口をひらいた。


「仮にこの資料が本物だったとして我国の領内にある物は遠からず自力で見つけられた筈だ。それを対価として差し出されても我々の得るものは少ないと思うが?」


 そんな事は分かっているさ。こっちだって他国の地質を勝手に調査したり、急に増えた亡命希望者を引き渡してもらう為にギリギリのラインを攻めているんだ。渡した資料はあくまでお二人さんと上層部の動揺と混乱を引き出す為の手札であって今から提示するのが本当の対価だ。


「勿論理解しています、その資料に書かれている内容は料理でいうところの前菜に過ぎません。僕が対価としてお支払いするのはロシア国内におけるノアの『無償放送権』です」


 今度こそあんぐりと大きな口をあけて動きを止めた中佐とユーリさんの表情を眺めながら、俺は満面の笑みを浮かべて水の入ったグラスを持ち上げた───。

 二部構成と言ったが、アレは嘘だ!! 

 ごめんなさい思ったより長くなってしまって今回の投稿分でも半分程度です。(´・ω・`)


 次回からやっと主人公以外の視点も出てきますのでご期待下さい。

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