ある種族の記録
3話目です。
2102年現在、人類が確認出来ている最も遠い天体は『MACS0647-JD』と名付けられている。地球からの距離は約322億光年、宇宙望遠鏡を持ってしても辛うじてその姿を垣間見えるだけに過ぎない。
その更に向こう側……地球から1280億光年離れた銀河には地球と環境が似た星があり確かに知的生命体が存在していた。便宜上『アダム』と名付けるが、そのアダムで人類と同じ『炭素系生物』が誕生してから82億年後、アダム人達は試行錯誤を繰り返しながらではあるが『外宇宙』へと足を踏み出した。
新たな物質や新たな天体を発見し、未知の脅威と戦いながら自分達と同じ『知的生命体』を探し続けた。彼らの目的は自分達の種の保存と衰退を始めていた文明への活力を与えるためだった。
そして、探し始めてから2800年後……アダム人達は自分達の星から1280億光年離れた恒星系の第3惑星に『知的生命体』が生まれる可能性を発見した。彼らがその惑星を訪れた時、その星には未だ知的生命体は誕生していなかったがやがて誕生することを信じて、その星の衛星の裏側に自分達の存在を証明する為の建造物を残す事に決めた。また誕生した生物達が、自力で衛星まで辿り着いた時に容易く分かるように『文字』を使わずに『絵』を使用して建物の入り口を開ける方法を示しておいた。
『お前達は孤独では無い。遠く離れた銀河系には仲間がいる』
アダム人達はそう伝えようとした……、もしかしたら彼ら自身が『孤独』だったのかもしれない。彼らが出発してから3000年近くたっても同じレベルの『生物』は見つける事が出来なかったのだ。建造物が完成した後、アダム人達は更に考える。
『この恒星系は出来たばかりで、小惑星や岩石塊が多い。その内の1つでも第3惑星に直撃するような事になれば……』
未だ見ぬ我が子を守るような気持ちで彼らは衛星の軌道を変更する事を決めた。第3惑星の盾になるように衛星を『移動』させてから周回軌道を安定させ、裏側の地殻を厚くして隕石の直撃にも耐えられるようにした。
更に恒星に向かって飛来する小惑星や隕石を食い止めるために、第6惑星……後に『土星』と名付けられる星の2番目に大きい衛星に管理基地を築いて、第6惑星の周りに飛来した隕石群が輪を形成するように重力を操作した。そして、最後に建造物に人工生命体の『管理者』を残してアダム人達は去っていった。
----荒川功樹 視点----
目の前の『イヴ』と名乗った女性の話を聞いて俺は考える。道理で月が地球にとって都合の良い周回軌道を取っているわけだ、月が絶対に裏側を見せないのも納得できた。今までの説明を聞くにイヴが『管理者』であるのに間違いは無いが、じゃあアダム人達はいつか地球と交流をする為に戻ってくるのか? それならば地球に知らせて対応を考えないといけない。勿論、国連とかが主体にたって交流するのだろうが、俺はその事を質問してみる。
「いえ、それはありません」
どういう事だ、そこまで地球の環境を整えて置きながらどうして交流しないんだ? イヴは悲しそうな顔で続ける……。
「アダム人達は、6億年程前に滅びました」
マジかよ……1000億光年以上を旅する事が可能な種族が滅びるなんて理解できない。いったい何が起きたんだ? 大規模な戦争でも起こったのだろうか?
「なぜ滅んだのですか?」
「今からご説明します。ですが、全てを話し終えたら2つお願いを聞いて欲しいのです」
俺は自分に出来る事であるなら願いを聞き届ける約束をして続きを促す。そしてイヴの口から語られたアダム人の歴史は俺達にとっては信じられない内容だった。
「地球からアダム星への帰還途中に、外宇宙探査船団は数百年前にアダムから送られて来た通信を受け取りました。『恒星が超新星爆発の兆候を示している。船団は本星への帰還を中止し所定のポイントで移民船団と合流せよ』受け取った通信には、そう指示されていたので探査船団はそのポイントへと進路を変更しました」
恒星間航行が出来る移民船を配備できるなんて凄まじい科学力だったんだな。しかも話を聞いた限りでは、1000年単位でも運用が可能な都市機能を有した船のようだ。
「ポイントに到着した探査船団はその場所で待っている筈の同胞の船を捜しました。ですが予定では数万隻が集結しているその場所には、たった『1隻』のボロボロになった移民船しか居なかったのです。その移民船の内部にも生き残りは殆ど居ませんでした。辛うじて残っていた航宙日誌には、恒星が予測より早く超新星爆発を引き起こしたので脱出が間に合わなかったと記録されていました。
運良く爆発の衝撃から逃げ延びた他の移民船も居たようですが、急造の船の為に『別次元航行』……地球人に分かりやすく説明すると『短距離ワープ』の事です。その別次元航行の最中に耐え切る事が出来ずに脱落して行方不明になったそうです」
帰る場所も、同胞も失った探査船団の乗組員達はどんな気持ちだったのだろうか? やっと発見した地球の事を誇らしげに伝えようとした矢先に起きた悲劇。俺には想像出来ない。
「移民船の生き残りを収容した調査船団は、地球へと引き返す事を決断します。4万人程度まで激減したアダム人達は地球を新天地にする事を選んだのです。やがて誕生する可能性があった地球人と共存する為に、地球と距離が近かった火星に基地を築く事にしました。
あなた方が過去に火星を無人機で調査した時に水が存在した証拠を見つけたでしょう? あれはアダム人達が地球から運んだ水の名残です。火星のテラフォーミング計画は上手く行くかに思えましたが……、ここで再びアダム人達に苦難が襲い掛かります」
そのまま地球を占領すれば良かったのに、わざわざ火星をテラフォーミングしてまで住み分けを行おうとしたのか。本当に別種族を大切にして守ろうとしていたんだな……同じ種族なのに肌の違いだけで差別している人類が馬鹿みたいだ。
「アダム人達は太陽系の外延部に、『高次元通路』が発生しているのを確認したのです。この高次元通路は分かりやすく言うと『移動するブラックホール』のようなモノです。予てからその存在は確認していましたが、実際に遭遇する確率は極小の筈でした。ましてや生命体が誕生する可能性がある惑星の近くで発生するとなると、もはや計算不能なレベルの話になります。
アダム人達は必死に打開策を見つけようとしました、計算が正しければ、自分達の使っている恒星間航行用の船を通路付近で動力を暴走させて自爆させれば吹き飛ばせる可能性はある。だが彼らはどこに行けば良いのか? 火星はテラフォーミングが終了していないので住む事は出来ない、地球に住み着けば生態系を破壊して生命体の誕生を阻害する事になりかねない。究極の2択を迫られる事になったのです」
ここまで教えられたら、誰だって滅んだ原因の予想はつく。イヴ以外のこの場に居るメンバーの顔が険しくなっている……、俺も同じような顔をしているだろうな。
「種としての数が少なくなり文明自体も衰退を辿り続ける自分達アダム人。未だ誕生はしていないが高確率で生まれてくる新しい種。その2つを天秤に掛けた時、彼らは新しい種の『未来』を選択しました。そして管理者である私に、やがてココへ来る筈の生命体への『伝言』を残して同胞の後を追ったのです。
ですが皆さんそのような暗い顔をしないで下さい、アダム人達は悲壮感にくれながら旅立ったわけではありません。むしろ地球を守る事が出来て誇りだったと思います、現実に地球人である皆さんはココに辿り着きました。彼らの死は意味のある物だったのです」
今、俺達が地球で暮らしていられるのも彼らの力添えがあったからなんだな。本当に立派な種族だったと思う、自分達の代わりに別の種の未来を選択するなんて人類には恐らく無理だ。
そしてそんな偉大な先達者からの『伝言』とはどういう内容だろう? 俺がそれを受け取っていいのだろうか、目線で母さんとオッサンの両方に確認を取ると、頷いてくれた。俺は話が始まってから初めて口を開く。
「伝言を教えてもらえませんか?」
「分かりました。地球人の代表にアダム人の代表として、伝言をお伝えします。これから流す映像と同時に私が通訳しますね」
イヴは椅子から立ち上がると、手元の空間を操作している素振りを見せた。そしてイブの前に青い髪の男性が映る画面が突然表示され映像が流れ出す。
『初めまして、我々の事はそこに居るイヴから説明を受けた筈だ。この映像を見ているという事は自力でその衛星まで辿りつけるほど文明が発達したという事だね、本当に嬉しく思っている。
キミ達がこの映像を見ているのは何万年・何億年後かは分からないが、忘れないで欲しい……我々は確かに存在していた。我々は終に見つける事が出来なかったが、この広い宇宙には必ず他の種族が存在している。キミ達は孤独ではないんだ。そして出来る事なら時間が掛かっても我々の夢を継いで欲しい……どこかに存在している別の種族との平和的な交流を実現してくれ。そしてそれこそが必ず訪れる衰退への唯一の防衛策でもある。
我々が記録した航宙記録も渡しておくから役立ててくれたら幸いだ。もう時間がないな、最後に1つだけ伝えておきたい。いつか外宇宙に足を踏み出す後輩達に栄光あれ』
凄いな、もう全てが人類とレベルが違いすぎる。『高等種族』っていうのはアダム人のような種族の事を指すのだろう、オッサンに至っては感動して泣いている。俺もちょっと目が熱くなっているのが分かる。これはなんとしてでもイヴのお願いを聞いてあげたい……。
「それでイヴさんのお願いとはなんですか?」
俺が問いかけると母さんに似た微笑を浮かべながら、イヴは自分の願いを伝えてきた。
「1つは『アダム人の願いを可能な限り引き継いで欲しい』という事です。もう1つは、所有者である荒川功樹君に対してお願いです。私の『管理者としての権限を停止して欲しい』のです」
1つ目は理解できるが、権限の停止とはどういう事だ? なぜそんな事をする必要があるんだ。人類もある程度発達したし地球に来れば良いじゃないか。
「私は帰りたいのです。アダム人が暮らしていたあの星に」
でももう、その星は無いのだろう。なぜ今更帰る必要がある? 俺が考えていると母さんがイヴに質問をしていた。
「イヴさん、でも貴女の故郷はもう……」
「はい理解しています。それにココにある船で辿り着けるかも分かりませんし、いつ着くかも分かりません。それでも少しでも故郷に近づきたいのですよ」
人工生命体とはいえ、最後のアダム人である彼女が故郷に帰りたいと言うなら俺は止めることが出来ない。『権限を停止する』と伝えたらイヴはとても嬉しそうな顔でお礼を言ってきた。
6億年以上もたった1人でこの場所を守ってきたのだ……これから自由に生きても誰も責めたりはしないだろ。俺が感傷に浸っていると、イヴは帰る支度をしながら俺に問いかけてきた。
「それで、この場所なんですけどどうします? ぶっちゃけもう要らないと思うんですよー」
おい! さっきまでの薄幸美人的な雰囲気は何処いったんだよ!? なんで髪の毛を手でクルクルしながら聞いて来るんだ……地球にいるちょっとアレな女の子と変わらんぞ。
「僕も要りませんけど」
「ですよねー、こんな辺鄙な所貰っても困るーってやつ? どうせなら気前良く恒星間航行船を置いてけば良かったのにね」
ああ、どうしよう。テンションの変化についていけない、助けを求めるようにオッサンを見るが俺と同じで混乱しているようだ。母さんの方をみると……居ない。 おい! どこいった?
「イヴちゃん、コレなに?」
「それー? それは別次元を覗ける装置で、地球でいうところの潜望鏡とかそんなやつ。そういえばミキちゃん前に『アラカワ粒子』だっけ? そんなん開発したよねー、それの凄い版」
「貰っていい?」
「良いよ良いよ、それ私からしたら骨董品だし使わないもん。あ、でも一応ココにある物の起動コマンドは功樹君の権限に変わってるからー使うときは彼の許可が必要だよ」
なんで女子っぽく会話しながらお土産漁ってるんだよ!? しかもなにがミキちゃんだよ……イヴとか6億歳のオバ
「それ以上考えたら、真空にほうりだすからねー」
考えを読むのを止めろ! 俺は頭が痛くなってきたので警備隊の人と一緒に、部屋の隅のほうに座りながら母さんが満足するのをひたすら待つ。この場所をどうするかが問題だよな、イヴが言うように『辺鄙だから困る』というわけではなく、『人類には早すぎる』と言う面で困る。
同じ種族の枠組みの中で国毎でいがみ合っている俺達にはこの月面基地を知らせるには時期尚早すぎる。もっと、『地球人』としての自覚を持ってからの方がいいんじゃないか? そんな事を考えているとイヴが話しかけてくる。
「そうだねー、私もそう思うよ。ここからずっと人類を見守ってきたけど、まだ私達の技術は渡すべきじゃない。きっと戦争が起きて滅んじゃうよ? ココを破棄してもまだ『タイタン』や冥王星の奥の方には、建設した基地が残っているからそっちでいいと思うなー」
「じゃそうします。イヴさんが帰る時にココを破棄してください。皆さんもそれで良いですね」
「うん、どうせ俺達が見たことを報告したって信用はされないしね。それにコウキ君や女史と違って頭が悪い俺達でも、この場所の危険性は理解できる。いつか受け取る技術に見合うレベルになるまではそっとしておいた方がいい」
その後、オッサン達とスーツに着いている記録装置のデータの消去方法を相談しながら母さんを待っていると、やっと満足したようだ。つまりはイヴが故郷に向けて帰る時間だ……、1人乗りシャトルのような物に乗り込む前にイヴが振り返り俺に言葉を掛けてきた。
「ココに来た地球人が功樹君で良かったよー。もっとガメツイ人だったら大変な事になったかもね」
そんな事はない買いかぶり過ぎだ。俺だってそれなりに欲はある……だが楽をしてまで過分な力を欲しようとは思わない。そう伝えると最初見たときと同じ表情でクスクスと笑っていた。
「でもね功樹君。勘違いしてるかもしれないけど功樹君が今まで作ってきた物は、今の文明レベルでは十分にオーバースペックだよ? 私知ってるんだ、この前なんて人工のブラックホールを作ったでしょ? あれは私達の技術では『虚数爆弾』って言って最終兵器扱いだったんだよ」
へっ!? そんなモンつくった覚えは……あれか? 心当たりといえば、信吾と2人で弁当を暖める時に『粒子衝突させたら熱出るらしいぜ! 弁当暖まるんじゃね?』っていうノリだけでやった時にそんな物騒なモンが出来上がっていたのか?
「だからー、ちゃんと自重しながらこれからも文明の発展を頑張ってね。いつかまた会えるといいね!」
そうしてイヴは俺の唇に軽く『キス』をしてからシャトルに乗り込んだ。なにしやがるアイツは!? 嬉しいけど!
「それは私の権限を解いてくれたお礼だよー。じゃバイバイ♪」
文句を付ける暇もなくシャトルは目の前から加速して消えて行った。俺達も帰るか……、俺がココから出ると同時にこの遺跡は崩壊して地下深くに埋まるので掘り返すのは実質不可能になるとの事だ。再びスーツを装着して入ってきた道を戻っていると、母さんが俺に通信を送ってくる。
「こうちゃん、後から『虚数爆弾』について詳しく教えてね」
正直かなり面倒なので適当に誤魔化そうと思っていたら、ボソッと『アリスちゃん……』と脅しの言葉を囁いてきたので諦めて教える事を約束する。 そういえばアリスは兎も角として相川さんに今回の話をしたら、参加できなかった悔しさで倒れるんじゃないだろうか? 俺はその姿を想像しながらスーツのカメラ越しに無限に広がる宇宙を眺めた。
実は夏休みのお話は未だ続きます! もう暫くお付き合い下さい。




