プロローグ 誕生
真っ白な光に包まれてるとても暖かい空間、気持ちよくてふわふわしてとても安らぐ空間。そんな所に俺はいた……。あまりの気持ち良さとまどろみ感に脳みそが溶けそうだったがある事を思い出した。
「そうだ、俺……事故ったんだ」
勤めていた会社から久しぶりの休み、本当に久しぶり、八ヶ月ぶりに連休を貰った(上司に泣きながら休みをくれないと自殺して毎晩枕元にたってやると脅した)ので心の休息がてらツーリングに出かけたのだった。
そして事故を起こした。最後の瞬間は夜の峠で小雨が降る中スリップしてバイクごとガードレールに突っ込む記憶しかない。事故を起こした理由としては時間的に今夜の内に次の街に着かないと連休中に終われないというだけで悪天候の中、夜間のツーリングを強行したためである。
もう馬鹿じゃないのか?と自分で思うほどあきれた理由だった。
ここで問題なのが、果たして俺は死んだのか、植物状態なのか……。
「声はでる……」
なにげに呟いた俺の声は白い空間に消えていった。声がでるということは死んでないのか?なら植物状態なのか?
いやそれならば、そもそも思考ができないのではないか?思考ができず自発呼吸すらままならなくて脳波が平坦だから植物状態になっていると誰かに聞いた覚えがある。間違ってるかもしれないけど……。
なら、ココはドコだ?
落ち着け俺。超落ち着け。死んでいようが植物状態だろが俺は俺……。だから心配なんてしな……ん? うーーん?ん?
「俺、って誰?」
どうもー俺です。あれからしばらくたったんですけど、考えることを放棄しました。いやだってさ事故の瞬間とそれに関係する記憶はあるのだけどそれ以外の記憶はないんだもの! 俺の名前も顔も家族の名前も恋人の名前も思い出せない。
恋人についてはなんとなーくPCの中にいたような記憶があるが常識的に考えてPCに人が入れるはずがないから記憶の混乱なんだと思う。しかし、個人を特定するための情報以外はきちんと覚えている。たとえば1+1=2というような基本的数学から大学で習うような高等数学まで。
なぜか英語はあまり思い出せないのにスラスラでてくるロシア語には多少驚いた。他にも一般常識からかなり専門的な一分野の知識まで付いていた。どうやら俺は研究者かそれに近い仕事についていた様だ。まぁ、今となってはどうでも良いことなのかもしれないが……。
しかし、普通なら名前も家族も忘れてしまったのなら悲しいと感じるのだろうが、感情の振れ幅が小さくなっているせいかなにも感じない。そのせいか極端な不安も感じないから安心して日々、この暖かくて気持ちいい空間でまどろんでいる。
「クソっ! またか!!」
ぼうっとしていると突然周囲が揺れだす。この空間にいるようになってからしばらくして解ったのだがこの空間は不定期に揺れる。最初こそ揺れているかどうかどうかわからないくらい微弱な揺れだったのだがここ最近は酷い。しばらく耐えていると収まるのだが最近頻度が多くなってきているような気がする。
「まさかこの空間の崩壊が近いのか?」
自分でゾッとする考えを口にする。嫌だ、ここから出たくない……。こんな居心地の所からドコにも行きたくない無い! という気持ちと、とうとう終わりか……。なんだかんだあっという間だったなー。という矛盾する二つの気持ちが交錯する。
「まぁ。自業自得で事故を起こした割には上等な休暇だったよな……」
そんな事を言った瞬間急に白い空間が更に白く、目を開けていられないような光に包まれた。
終わり……か……
そして視界が弾けた。
「おめでとうございます! 元気な男の子ですよ」
始まりだった!!
3月4日、編集完了