アリスちゃんの研究
----荒川功樹 視点----
「研究課題どうしよう……」
弾道ミサイルで吹き飛ばされそうになってから暫くして、3人でいつものように学院の学食で食事をしているとアリスちゃんはそうポツリと言った。
「ボクは決まったよ」
親子丼を貪り食っていた斉藤君が無駄に元気良くアリスちゃんに答える。そういえば先日、先生からそんな事言われたな。確か、1人に付き1件の研究を行って定期的に報告するんじゃなかったかな。俺は関係ないけど……。前に研究所で見た新金属の研究をやってみたかったが、アレをするには資金も設備も足りない。そもそも、学院長に研究について相談したら必死な顔で『必要ない!』って言われてしまった。しかし、アリスちゃんの研究か、
「薬学とか得意だったよね?ならそれにしたら」
俺がそう言うとなぜか、ジッとこちらを見つめてくる。いや、そんな見つめられると変な気持ちになってしまうんだけど。とりあえずどうしたらいいか分からずに目線を逸らすと
「手伝ってくれる?」
そんな小動物のような目で見られたら断れるわけないじゃいですか! 大丈夫。俺も手伝うし、斉藤君も全力で手伝ってくれるよ。そういうとアリスちゃんは嬉しそうな顔をしてプリントに自分の研究内容を書き込んでいた。 まぁ、なぜか斉藤君は涙目になりながら『ボクの研究の時間が』って言いながらプルプル震えてたが、きっとアリスちゃんを手伝えるのが嬉しかったんだろう。実際、お礼を言われたら鼻の下を伸ばしながら喜んでたしな。放課後、俺達はアリスちゃんの研究室に移動して実際にどんな事をするのかを相談することにした。
「私はとりあえず、抗生剤とかを少し改良してみようと思うの」
ふむ、今在る物の改良か……。それならば意外と簡単に出来そうな気がする。だが、どうやって効き目を判断するんだ? まさか都合良く風邪に罹ったとしても母さんじゃあるまいし、そんなホイホイ自分の体に新薬を注射するわけにもいかない。斉藤君辺りならお願いすれば被験者になってくれそうではあるが……。まさか自分で試すつもりか? いやだめだろ! 俺はその辺の所を質問する。
「被験者とかはどうするの? 斉藤君じゃ無理がない?」
「フヒ!?な、なんでボクがやることになってるの……。アリスちゃんの為なら頑張るけどさ」
アリスちゃんは『あ……』なんて言って固まっている。そして斉藤君、いくら好印象を受けてポイントアップを狙うのでも体を張るのは良くないと思うぞ。
「荒川君のお母さんとかなら、専門の研究所に置いてあるサンプルに試せないかな?」
んー、母さんか。頼んだらどうにかしてくれそうだな……。というか斉藤君で試すわけにもいかない、友人を亡くすのも嫌だし。俺が、『それで構わないよ』と答えるとアリスちゃんは嬉しそうに喜んでくれた。やっぱり可愛い子に喜んで貰えると嬉しいな。
なんて思っていたら。待っていたのは悪夢だった……。
その日から毎日放課後になると、アリスちゃんの研究室で新しい研究をする事になったのは良い。だが、想定外だった事が一つある。
「斉藤君、コレ次は何するんだっけ?」
「確か、そこにある紙で濃度を測る筈だよ。フヒ!? どうしよう、これ焦げちゃった」
アリスちゃんは人使いが荒い、それもとんでもなく酷使する。それについて文句を言いたいがあの潤んだ瞳で『ごめんなさい』なんて言われると強く言う事もできるはずなく、今日も本人の手足の変わりに必死に言われたこと進める。実際アリスちゃん自身も凄く頑張っているので、すこしでも良い所を見せたい俺たちは黙々と作業を進める。
「荒川君……」
斉藤君が深刻そうな顔をしながら、俺の方に寄って来る。ものすごく嫌な予感がプンプンするがとり合えずどうしたか聞く
「分量間違えて、2倍入れちゃった」
どうするか……。やり直すとなると、とんでもない複雑な作業工程をもう一度最初から始める事になる。2倍くらいならどうにかなるだろう。
「斉藤君、なにも無かった。いいね? 疲れてるだけだよ」
俺が真顔で言うと、斉藤君も自分に言い聞かせるように俺の言葉を繰り返しながら作業に戻っていった。さて、俺は分離作業に入ろう。ここまでくればもう少しで今日の作業が終わる……。
「荒川君、荒川君!!」
俺を呼ぶ声が聞こえたような気がして、ハッと目を覚ます。どうやら少し眠っていたようだ……、時計を見ると20分以上たっていたことに気付く。まずい、非常にマズイぞ。俺は慌てて止まっている分離機を覗くと絶句しそうになった、そこには何かよくわからない物体が鎮座していたのだ。作業が無駄になった事に絶望していると、俺の肩を叩く人がいる。振り返ると斉藤君が真顔で
「何もなかったよ。いいよね、何も起きなかった」
と呪文を唱えるように俺に訴えてくる。そうだ……別に何も起きていない、俺はその言葉を繰り返しながら作業を続ける。さらにこの後3回ほど『何も起きていない』事が起こったが、どうにかアリスちゃんに言われた作業を終えることができた。2人で疲れて座りこんでいるとちょうどアリスちゃんが別の研究室から部屋に帰ってきた。
「ごめんね! ここじゃ使えないものがあったから、混ぜる薬品を向こうで作ってきたの。ところで頼んだのはもう出来てる?」
こちらで担当した当初とは違う物体になった薬品を渡すと、アリスちゃんは大事そうに抱きしめて
「本当にありがとう。これでやっと試作品が出来るよ!」
と言って喜んでくれた。テンションが上がっているアリスちゃんとは別に、俺達はどうしようもない後ろめたさを隠せないまま調合作業を見守る。
「斉藤君、アレ効果あると思う?」
「絶対に無いと思うよ」
それでも今更言い出すわけにもいかないので男同士の約束として今回の件は秘密にする事になった。薬品が完成して上機嫌のアリスちゃんから
「これを荒川君のお母さんに渡して、なんでもいいからサンプルに試してって伝えてね」
と預かったアンプルを持ち帰りながら、俺はどうしようもない脱力感に襲われていた。
----荒川美紀 視点----
昨日の夜に功樹から渡されたアンプルを持って、私はウイルス研究所に来ていた。功樹からは学院で友人達と共同で作った抗ウイルス薬だと説明を受けている。とり合えずサンプルに対して試してみてくれと言われたのだが、なんのサンプルに試して良いのか分からない。
「あの子の事だから、普通のサンプルではないはず」
私は手始めにセーフティーレベル3クラスから使用していく事にした。だが、効果は得られない。私は暫し考えてレベル4クラスのサンプルに使用する。
「天然痘でもエボラウイルスでもないか……」
一体どのサンプルで使用すれば効果がでるのだ? レベル1クラスから総当りで調べて行きたいが生憎そんな量はこのアンプルには入っていない。まさか失敗作か? 学院で使用できるレベルの機材では失敗と言う事もあるだろう、だがこの前逢った功樹の友人達はとても優秀な子ばかりだった。
そして、ふと私の中にある考えが浮かんだ。そして同時に興奮もした、もし私の考えが当たっていたら教科書が書き換わる事になる。
「荒川女史、危険です! アレは人類では扱えない代物ですよ!?」
この研究所で働いている研究者が私を止めようとするが、そんな事を聞く気なんかない。私は地下8階にある厚さ2メートルの特殊な扉で保護され、もしもの場合は中にいる人間ごと焼却処分する特殊な隔離部屋に入った。そして、慎重にサンプルを取り出しアンプルの中身を使用する。
「まさか……、本当に効果があるなんて」
今目の前で起きている事が信じられない。残り少ない中身を全て使って何回も確認したが結果はすべて同じだった。すぐにWHOに連絡しなければ……、それに学院にも連絡して研究記録の提供をお願いしよう。
私が試してアンプルの効果が得られたのは、地球上でたった1種類だけレベル5クラス指定を受けている『欧州の悲劇』の原因となったウイルスだった。
----アリス・アルフォード 視点----
大変な事になった! 私達が作った薬品があの『欧州の悲劇』に効果がある事が分かったのだ。そのせいで昨日から学院にある私の研究室は閉鎖されてしまっている。だが、良いこともあった。普段は寡黙で厳しくて、私が薬学を研究する切っ掛けになった尊敬する父がとても褒めてくれたことだった。私を抱きしめながら
「よくやった。父さんの自慢の娘だよ」
と言ってくた。たしか父の御爺さんは『欧州の悲劇』で亡くなっていたはず。そのせいで父は研究者になったと前に話していた事があったので、私は父の研究を奪ったのじゃないかと心配になり父に質問をすると
「何を言っている。私に出来なかった事をお前が成したんだ、胸を張りなさい」
私は嬉しくて嬉しくて、つい父の胸で泣いてしまった。荒川君と斉藤君にもお礼を言ったのだが
「「本当に、なにもしてないから!」」
と2人とも私に功績を譲ろうとする。そんな事は出来ない! と私が言っても何故か、私に目を合わせないで苦笑いをしている。結局、私はせめて共同研究者として2人の名前を公表するしか功に報いれなかった……。
いつか彼らに恩返しが出来る日が来るだろうか? その時はどんな事があっても彼らの力になろう、私はそう決めたのだった。
2102年、WHOが公式声明で『欧州の悲劇』の治療薬を発表。なお開発者は、国際科学技術学院に在籍する「アリス・アルフォード」「斉藤信吾」「荒川功樹」の3名である。
斉藤君と功樹以外が盛大に勘違いする回です。そういえば、ある育毛剤も元々は心臓病の薬を開発したのに別の効果がでた物が基本になっているそうですね。