職場見学
----荒川修一 視点----
タタン! タタタン! パパパパ……
俺は、収まりつつある銃声を赤い照明が薄暗く灯っている指揮車の中で聴いていた。そろそろ全ての施設の制圧が終わる頃だろう、一服する為に戦闘服のポケットからタバコを取り出し火を付ける。
「フゥ……」
立ち上る紫煙を眺めながら、俺は今日ここに来た理由を思い出していた。そもそもの発端は今年の1月に発効された『アラカワ条約』に起因する。この条約は世界各国が『アラカワ コウキ』の邪魔をしないで自由に生活させ、どうにかして自国に取り込む為の策を練る準備期間。
他に大義名分があろうとこれが事実だ……。美紀は素直に喜んでいたが俺はどうしても美紀の様に喜べなかった。結果として予想通りに条約に反対する反乱分子が各所で功樹に対する武力行使に出ることになった。
「功樹には、指一本触れさせんがな」
タバコのフィルターを噛み潰しながら、俺はそう声に出す。今制圧している奴らは反乱分子の中でも最大規模の連中だ。功樹を『悪魔の子』と認定するカルト宗教の団体が資金提供をしているらしい、この団体の信者の中には政府の重要なポジションに付いている人間も居るらしくソイツから功樹に関する情報が漏れている。こいつ等を潰せば暫くは安全だろう……、俺も家に居られる時間が増えるかもしれない。そう考えていた時、指揮車の中に部下が入ってきた。
「報告します。現在、A班が建物全体を掌握。C、D班も残敵の掃討に移っています」
情報担当官であるエリスが俺にそう報告してきた。ふむ……、やはり順調に推移しているようだ。だがB班は何をしているんだ?
「エリス、B班はどうしている?」
そう俺が問いかけると、エリスは腕につけている情報端末の操作を始めた。そして俺の方に視線を向けず呆れた声で
「私の名前はクレアです。エリスは双子の姉です」
と言って来た。指揮車の中になんとも言えない微妙な空気が流れる……。そうかクレアか、功樹が懐いている方がクレアでそうじゃない方がエリスと覚えておく事にしよう。
「それでクレア、B班の現在位置は?」
「B班は現在、建物内で発見した地下通路を捜索中。仕掛けられたトラップを解除しながら先に進んでいます」
B班の隊長はルイスだった筈だ……、アイツなら大丈夫だと思うが嫌な予感がする。予備をだすか?
「C班の一部と、指揮車を警備しているF班からも人員を出してB班を追わせろ」
「直ぐに手配します」
取りあえずはこれで様子を見るしかない……、だがチリチリするような不安感が拭えない。更に4本のタバコを吸った所でB班から通信が入った。
「こちらB班! 地下通路で敵多数と接触、交戦中。被害甚大、増援を! 増援をお願いします」
くそっ! 嫌な予感ほど当たるものだ……。どうする? すぐに退却させるべきか、更に増援を送るべきか。迷っている時間はない、ならば両方だ。
「B班を至急退却させろ。それから全ての班に最低限の人員を残して、それ以外はB班の増援に向かうよう伝えろ」
横でクレアが冷静な表情で情報を整理している。俺も落ち着かなければ……。指揮官は現場に出る事はできない、部下の危機でも指を咥えて見ている事しかできない状況だ。感情に任せてディスプレイを殴りつけたい欲求に駆られるが、ひたすら押さえつける。今は待つ、少しでも状況が良くなる事を願いながら腕を組んでいると通信が入ってきた。
「こちらA班、撤退中のB班を回収。増援と合わせて兵力を再編成後、再度制圧に向かいます」
よし、無駄な損失は抑えられた。後は残敵を掃討するだけだ……。しかし何故この場面でここまで抵抗するのか? 状況自体はこちらに有利の筈だ、相手には降伏するしか選択肢はない。何かあるのか? その時俺の疑問を解決する通信が舞い込んできた。
「こちらA班! 通路の奥でミサイルサイロを発見、発射準備に入っています!」
ミサイルだと!? これか! これの為に抵抗していたのか。何処に撃ち込むつもりなのかは分からんが絶対に阻止しなければ!
「全力で発射を阻止せよ。また可能ならば、コントロール室を制圧し情報を奪取しろ」
俺はそう怒鳴ると椅子に座り直し目をつぶる……、頼む上手くやってくれ。普段は信じてもいない神にそう祈る。
「コントロール室の制圧に成功、情報が私の端末に送信されています。現在、目標を解析中です」
クレアが事務的に報告してくる。後はミサイル本体の制圧だけか、どうやら上手く行きそうだな。俺は多少安心し報告を待つ……。
「発射阻止失敗! 繰り返す、発射阻止失敗! ミサイルは現在、ロケットブースターを点火中」
「情報解析終了、種類は弾道ミサイル。目標は日本、次世代科学研究所です」
最悪の報告が同時に入る。『次世代科学研究所』だと? そこには今日、美紀と功樹が行っているはずだ。俺は慌てて指揮車の外にでる。
目に映ったのは、空を切り裂いて飛んでいくミサイルの姿だった……。
----荒川功樹 視点----
「じゃあみんな、準備はいい?中に入ったら、係りの人の言う事をちゃんと聞いてね」
母さんの声に反応して「はい」「フヒ!」という声が聞こえる。週末、俺は今母さんと一緒に『次世代科学研究所』に来ていた。理由は斉藤君が言った
「ねぇ荒川君、ボクどうしても開発段階のパワースーツが見たい」
という一言だった。試験で騒動があったせいで、その時はあまり考えないで安請け合いしてしまったが、後日どうしようかと結構悩んだ。結局いつもの様に母さんに相談してどうにかしてもらおうと思ったら、意外とあっさり許可が出た。母さん曰く
「お友達と約束したんでしょ?ならしょうがないわね」
なんて言っていたが、「しょうがないわね」の一言で済むものなのか? まぁ、ありがたいから良いけど……。許可が出たことを斉藤君に教えると興奮した様子で喜んでくれた。ついでという訳では無いがアリスちゃんも誘ってみたら一緒に行きたいとのことだったので今回の職場見学になった訳だ。
「こちらで個人端末を預けて下さい」
警備員の人がにこやかに言ってきた。あー、機密保持とかの問題か。俺がそう1人で納得していると案の定、警備員の人が
「保安上の理由で全員にお願いしています」
と話していた。特に拒否する理由も無いので素直に従う……。母さんは職員の扱いらしく外してはいない。
「キミが功樹君かい?」
端末を渡した時に警備員の人が話しかけてきた。
「そうですよ」
俺がそう答えると、俺の事を褒める、褒める。どうやら母さんが自慢の息子だと色々な人に話しまくっているようだ、恥ずかしい気持ちになりながら聞き流していると、奥のほうから白衣を着た男の人が出てきた。
「ようこそ皆さん。案内役を務める尾崎です」
尾崎さんか、優しそうな感じがする人だ。今日1日よろしくお願いします。皆でそう言いながら研究所の中に入った。中に入ると、まず最初に目に付くのが最新鋭の機械類……。さすが『次世代科学研究所』と呼ばれる場所だ、斉藤君だけではなくアリスちゃんまでテンションが上がっている。部署を紹介してもらっている時、奥からいかにも研究者ですといった感じの人が出てきた。
[ここは子供が来る場所ではない。なにをしに来たのだ?]
お、おぉぉぉ!? ロシア語だ! これはアリスちゃんにちょっといい所を見せるチャンス。俺はそう思い、なるべく訛りが出ないように心がけながら返答した。
[申し訳ありません、僕達は見学に来た技術学院の生徒です。母のアラカワが勤めているので許可されました]
すると少し驚いた様子をみせた後、探るような目で
[では、キミがコウキ君かな?ロシア語を理解できるとは驚きだ。私はニコライという、よろしく]
よっしゃ、ちゃんと意思の疎通ができた。アリスちゃんの方を横目でみると感心した様子でこちらを見ている。斉藤君は……なにかの生産ラインを眺めていた。おい、ちょっとはコッチに興味示せよ! 警戒を解いたニコライさんは自分の研究を紹介してくれるそうだ。
ふむ、どうやら難病の新薬についての研究らしいな。アリスちゃんが尾崎さんに通訳されながら熱心に聞いている。しかし斉藤君、なにをそんなに眺めているんだ? 気になった俺は隣に立って確認してみる。あー、これはパワースーツの部品か。母さんが家に持ってきた物にもこんなのがあったな。そんな事を思い出しながら眺めているとニコライさんが
[しかし、コウキ君が私の祖国の言葉を話せるとはな。アラカワ女史が自慢していたが身内贔屓だと思っていたよ、本当に語学まで堪能とは恐れ入った]
まさか前世で覚えました。なんて言えるわけも無く適当に苦笑いしかできない……。そんな時母さんが他の研究者の人に呼ばれていた、なにかの研究成果の確認をしたいらしい。母さんは俺たちの方を向いて
「少し席を外すわね。尾崎さんとニコライさんの指示に従って見学してて」
そう言いながら別の場所に向かっていった。更に他の部署を見学する……。人口臓器研究、航空機開発部、面白い所では新金属の開発まで行っている部署があった。兵器開発部では限定的だが新兵器を見せてもらえた上、斉藤君の食いつきぶりに気をよくした責任者の人が試作型のパワースーツを斉藤君に装着させてくれ今は試験場内を元気に走り回っている。
「フヒ……、フヒヒヒヒヒヒ!」
テンションがMAX状態の斉藤君は、控え目に言ってもキモイ。アリスちゃんどころかその場にいる人間全員がかなり引いている……、どうしようかと思い始めた時いきなり動きが止まった。そうかバッテリー切れか。若干疲れた表情で研究者の人が斉藤君を回収しに行った。次の部署を見て回る前に俺達は昼食をとる事になり、皆で食堂へと移動した。
「どうかな、この研究所は?」
昼食を食べながら尾崎さんがそう問いかける。
「とても興味深いです。私は特に薬品の研究部門が気になりました。私も将来はこういう所で働きたいです」
それを聴いたニコライさんは上機嫌で笑いながら、こんな美人な子と働けるなら大歓迎だと言っている。
「ボクは兵器部が面白かったです! 初めて軍用のスーツを装着できて感激でした」
豚丼を食べていた斉藤君がとても嬉しそうに話している。そういえば斉藤君がこんなに楽しそうにしているのは初めて見る、今日は本当にここに来てよかった。
「功樹君はどうだい? 何処が面白かったかな」
「僕は、新金属の開発部ですね。新しい金属、特にモース硬度が高い金属を開発しているのが興味深かったです」
尾崎さんに問われたので答えると、なぜか皆微妙な顔をしていた。口に出さなくてもわかるぞ、『うわー微妙……。なんかどう言っていいかよく分からない微妙な部署押してきたな』とか思ってるだろ。
いやすごいだろ! 地球に存在しないような金属を作っている部署だぞ。なにが悪いんだよ……。まったくロマンが分からない人達だな。ん? 向こうの席に居る人たちがコッチを見ながら目をキラキラさせている。あ! さっき会った金属開発部の人達だ。大丈夫ですよ! 俺は皆さんの研究の偉大さを理解しています、どうかこれからも頑張ってください。
「さて、そろそろ行こうか」
食事を終えたのを確認してから尾崎さんはそう言って、俺たちの案内を続けた。
「ここは、地球環境を研究する部署だよ」
尾崎さんに変わって責任者の人が説明してくれる。なるほど……、無人機で大気の汚染の計測や南極でボーリング検査して太古の地球環境を研究しているのか、良いなこういうの。生物がどのように進化してきたのか? そういう謎を解き明かそうとしているのか。俺が質問しようとした瞬間、ドアをブチ破る勢いで部屋に入って来た人がいた。
「緊急事態です」
スキンヘッドが開口一番そう言った。なんでココにコイツがいるのか? そんな疑問を消し飛ばす事を喋り始めた。
「東欧の国から弾道ミサイルが発射されました。目標はここ『次世代科学研究所』です」
は?え、何。なんでここにミサイルが降って来るの? アリスちゃんも、他にいる人間も顔が青くなっている。俺もパニックになりそうなるがスキンヘッドに質問する。
「どうすればいいですか?」
「残念ながら、衛星軌道上での迎撃には失敗しました。今から屋外に避難しても被害半径から出る事は適いません、出来る事は頑丈な地下などでやり過ごすしか方法が無いです」
絶望的な意見を述べてくる……。地下になんか行っても結局研究所ごと吹き飛ぶじゃん。どうしよう、マジでどうしよう。よし落ち着け俺、こういう時は母さんに相談だ。あの天才ならどうにかしてくれるはず! 俺は母さんに助けてコールをしようとして、気付いた。
今、端末持ってねーじゃん!!!
ここに入る時に預けたのを忘れていた。やばい、本格的に詰む。なにか方法は無いものかと考えていると、部屋の端に据え置き型の端末が置いてあるのが目に入った。アレを使って母さんに通信を送ろう、俺はそう思い端末の前まで走っていった。
幸い電源は点いたままだ。ディスプレイには何かの数値が表示されていたが、今は非常事態だ。研究内容が消えても誰も文句は言わないだろう、俺は通信画面にする為に取り合えず操作する……。
だがいくら操作してもデスクトップ画面にもどらない! CtrlFか? なんだこれ普通の端末じゃないのかよ。焦れば焦るほど画面には良く分からない数値が羅列されていく、そして唐突に『Error』の文字が出たきり動かなくなってしまった。終わった……。ここで死ぬのかよ、そう考えた時スキンヘッドが
「弾道ミサイルの破壊を確認」
はぁぁぁぁぁぁ!? え、何が起きたの。周りでは歓声が上がっている、アリスちゃんなんか俺に抱きついてきた。おっぱいが柔らかい……。そうじゃなくて今どういう状況になってんだよ! なんでニコライさんは
[凄いな、あの短時間でここまで出来るのか]
なんて関心している。斉藤君や尾崎さんも
「荒川君ってやっぱり天才だったんだ……凄いよ」
「流石、荒川女史が自慢するだけあるね。君の頭脳には本当に頭が下がるよ」
いや、俺なんか勘違いされてない? 適当に端末弄って母さんに連絡取ろうとしてただけなんだよ。え? 謙遜なんかじゃないって、マジだから。だからいいから誰か今の状況を教えてくれ!!! なんだよなんで俺こんな勘違いされてんの?
----尾崎 視点----
弾道ミサイルの直撃が避けられない事態だと判明した時、功樹君は部屋の隅に置いてある無人機のコントロール端末に走り寄っていった。あんなもの使って何をする気だ? 私は功樹君を連れて無駄と知りつつ地下に避難しようとして、警備のスキンヘッドの人間に止められた。
「彼に考えがあるようだ」
そう言って見守るべきだと主張したのだ。私は彼が必死の顔で何をしているのか端末に繋がった壁にある大型スクリーンで理解した。
「無人機の航路を変更している?」
まさか、そんな事をして何になるのだ。大気圏外から落下してくるミサイルに対して、5メートルに満たない測定用の無人機を衝突させるつもりなのか? ありえない……、そんな事は不可能だ。しかしだ、目の前にいるのはあの『荒川美紀』の息子だ。
もし彼が『東欧の国から発射されたミサイル』という言葉で、落下してくる予測軌道と速度を精確に予測・計算できれば可能かもしれない。だが実際なら高度なミサイル防衛技術がないと絶対に不可能だ。彼が自分の頭脳だけでそれを行って成功させるなんて零に近い可能性しかない。
私は祈るような気持ちでスクリーンに映る無人機の光点を目で追っていた……。そして唐突に光は消えた。
「弾道ミサイルの破壊を確認」
その言葉を聞いても私はしばらく理解できなかった。冗談だろう、彼は零に近い可能性を引き当てたのだ。音速の20倍以上で落下してくるミサイルに無人機を衝突させたのだ……。彼は人類が機械に頼ってやっと出来る事を自分の力だけで成し遂げた。
『天才』この言葉は彼にこそ相応しい物だと思う。彼は偶然だ、なんて謙遜しているがそれも彼の美点の1つだろう。『荒川美紀』すら認める『荒川功樹』、彼はこの先どのような偉業を成し遂げるのか……。私の興味は尽きない。
----荒川修一 視点----
「弾道ミサイルの破壊を確認。どうやら御子息が無人機を衝突させるという荒技を使ったようです」
クレアの報告に安心する。しかし、功樹のヤツ昔から思っていたがやる事が毎回派手だな。どうやったら無人機で弾道ミサイルを撃墜できるんだよ。くそっ! 尻拭いを息子にさせてしまったが、まだ俺にもやる事がある。
「制圧は全て完了しているな?」
「はい、現在は捕虜の移送準備に入っています」
俺の息子に手を出した事を後悔させてやる……。絶対に首謀者を割り出して、地獄の果てまででも追いかけてやるからな覚悟しろ。
「私もお手伝いします」
そんな事を言っているとクレアがボソッと呟いた。「私も、アラカワ ファミリーの1人ですから」笑いながらクレアは続ける。
「そんな事を言っても息子を婿にはやらんぞ」
俺はそう言って、顔を真っ赤にしているクレアを置いて指揮車から外に出た。綺麗な空を見つめていると、背後でクレアが撃鉄を起こす音が聞こえたのだった……。
視点変更が多いとの事だったのでなるべく少なく。背後の描写が分かり難いとの事なので、なるべく詳しく。セリフが少ないと言われたので、なるべく多く。好きな事を書いたほうが良いよと言われたので、好きな事書いて。
これでどうだ(`・ω・´)
今回は功樹というよりパパが意外と頑張ってる回です。それとやっと言えました、タイトルの「俺なんか勘違いされてない?」ここまでが長かったですね。