7マスターは頑張り屋さんです
7.マスターは頑張り屋さんです
青い空。
白い雲。
頬にそよぐ夏の風。
ここは地上150メートル!
天と地をつなぐ赤く塗られた鉄塔を、僕は二本の脚で駆け上がる。
変化系中位スキル接着。
物理法則に捕らわれず、ありとあらゆるものを任意に接着できる便利なスキルで、今日みたいなクエストに対しては絶大な効果があるスキルだけど、今日ばかりは自分の先見の明にうんざりする。
こんなスキルがあるから、コージに無理やり迎撃役に借り出されてしまったのだ。
「マジで後でなんかおごらせる」
僕は高所恐怖症ではない。
そして僕の操るカモシカのような美少女の優美な脚が履くスニーカーは、しっかりと鉄塔にくっついて離れる心配はない。
でもである。だからと言って。
「東京タワーをよじ登って戦うなんて、こんなのあるか~!」
叫んでみたけど、それで状況が変わるわけでもない。見下ろせばくらくらする風景を取りあえずはさておいて、僕は目先の敵に目を向ける。
空気を奮わせる不快な音を立てて、黒い一群がこちらに向かってくる。見ようによっては雨雲や光化学スモッグに見えなくもないそれは、しかし無数の飛行物の集合である。
それは巨大なクワガタたちだ。
ほとんど乗用車くらいありそうな凶悪な鋏を持った甲虫が、いずこからかこの東京タワーに次々と飛来してくる。
制限時間は今日の日暮れ。それまで東京タワーを守りきれれば、クエストクリア。
それまでの8時間、どうやら僕はここにこうしてへばりついていないといけない。
僕はげんなりしながら肩からたすき掛けしているポシェットからカプセルを一つ取り出す。それはちょうどガチャガチャの商品を包装する例の透明なカプセルのような奴で、まだ僕のポシェットの中にごろごろしている。これが僕の最近のお気に入り、中位スキル「カプセル化」である。
色々なものを日ごろからカプセルにしておくことが出来る上に、保存がきく。基本的には同期状態の僕が解除するまで永遠にカプセルの中に封じ込めておくことが出来るらしい。どういう原理になっているかは知らないが、どんなに重いものを入れようが、熱いものをいれようが、手にはなじみやすいカプセルの重みと感触しかない。まぁこのスキルの原理云々をいまさらどうこう言ってもしかたがないけど。
僕はカプセルを手に取ると向かい来る甲虫たちに狙いをつけて振りかぶる。カプセルはクレセントガールの腕力によって、迫り来る何十匹というクワガタに向けて放られ、500メートルは離れてそうな黒い集団に到達し、あっという間にその内の一匹に衝突する。堅い外殻がカプセルを弾く、乾いた高い音が聞こえた気がした。
「『リリース』!」
僕の言葉を受けて、スキル「カプセル化」が解かれる。
種明かしをすると、カプセルの中身は中位スキル「気化」で蒸気となった天ぷら油だ。母さんが油缶に溜めておいた使用済みの天ぷら油を使っているのでとってもエコロジー。変化スキル『気化』と『カプセル化』の複合スキル『スチームボール』。僕はそれを使って燃料蒸気をカプセルにしたのだ。
開放された燃料蒸気はすぐさま雲となってクワガタたちを覆い隠す。カプセル一個分の油は気化して膨張し、ちょっとした煙幕のようになった。だが、僕の目的は目くらましではない。
僕は人差し指を燃料蒸気に突きつけると、使い慣れたスキルを発動した。
「『火炎弾』!」
結論から言うと、初めて試してみた「燃料気化爆弾」の威力を、正直僕は見くびっていた。
漂う天ぷら油の雲に向けて、摂氏八百度の火の玉が放たれる。
火炎弾が雲に触れたところまでは僕にも見えた。
瞬間。
まるで地上に太陽が出現したようなとんでもない光量がまず煌いて、そしてコンマ数秒後に鉄塔を揺るがすほどの爆音が轟いた。炎の塊が燃え盛り、雲の中のすべてを焼き尽くす。燃料気化爆弾の恐ろしさはここにある。本来爆弾は一回爆発したらそれでお仕舞いだけど、燃料気化爆弾は長時間爆炎と爆発が続く。
熱風が五百メートルは離れた僕まで届き頬を灼く。スカートがばさばさと波打つ。接着スキルを使っていなかったら、僕は飛ばされて地上に落下していたかもしれない。小さなカプセルだし、何と言っても天ぷら油なので、威力はそんなにないと高をくくっていたが、地上で使えば家の一軒はふっとんでいたかもしれない。東京タワーがおびえる様に高い音で鳴っていた。
クワガタの群は粉みじんに砕け散っただろう。爆煙で何も見えないから確かめようがないが。
「無茶するんじゃねぇよ!」
頭上から聞きなれた美声が鋭く突きつけられた。金髪の美少女アリシアことコージが僕をなじっているんだ。本当だったら僕独りに迎撃役を押し付けたコージに言い返したいところだが、僕自身も威力にびびっていたので何も言えない。
僕は若干反省しながら上方の展望台に目を向ける。そこには三人の美女がいて、呆れたり面白がったり、怒ったりしていた。
「何でそんなこと思いつくんだよ」
呆れていたのは黒髪のショートカットの少女だった。健康的な褐色の肌が目にまぶしい。つい最近知り合ったクレセントガール、名前をオリビアと言う。
本名で呼び合うのは僕とコージくらい。大体のプレイヤーはキャラクターネームで自分のことを呼んでいる。女性の名前で呼ばれるなんて、僕はちょっとぞっとしないけどまぁ人それぞれだ。
オリビアは元気一杯スポーツ少女と言った出で立ちをしている。陸上部にいそうだ。皆と同じ制服を着ているのに、胸が薄いのでスマートな印象を受ける。やや太めの眉とつぶらな瞳を持ち、表情がよく変わる熱血漢だ。中の人はどうやら本物の空手家らしく、かなり本格的な徒手空拳戦闘を得意としている。言うまでもなく得意スキルは攻撃系だ。
その時、別方向からクワガタの一群が飛来した。僕らは爆発に驚いていて注意を怠っていたのだろう。かなり接近を許してしまっていた。やば。
「ま、コーイチばっかにやらせても面白くないからな」
黒髪の少女オリビアはそう言うと、低く腰を落として深く息を吐いた。
息吹という呼吸法だと、少女は以前僕に教えてくれた。
「スキル『オーラ』」
少女が「オーラ」を発動させる。「オーラ」は中位スキルで、プレイヤー本人の精神力を黄金色の光に変える変わったスキル。この「オーラ」で全身を覆うことで、プレイヤーは攻撃力や防御力が飛躍的に上がり、また「オーラ」の分、攻撃射程もやや広がる。先行したクワガタのうちの一匹が、およそ五十メートルの距離まで東京タワーに肉薄している。
一匹と侮るわけには行かない。何せその一匹が乗用車くらいの大きさなんだから。東京タワーを倒壊させたら僕らの負けだ。もっとも、そんなことになったらどれだけの被害が現実世界に及ぶか見当もつかない。僕らは絶対負けるわけにはいかないんだ。
オリビアは低い姿勢を保ったまま、右足を後ろに下げる。
同時に右ひじを後方に引き、小さく呟いた。
「『遠隔五十歩』中段突き」
気が付いた時にはオリビアの拳は虚空を打っていた。僕の様な素人には本気の空手家の突きを視認する事なんて出来ない。もしもいずれオリビアと戦う事になったら、僕は遠距離攻撃やトラップに終始するだろう。近接戦闘ではたちまち追い込まれてしまう。
オリビアが放った拳は無論素振りではない。
遠隔スキルは他のスキルの威力を射程以上の遠くにまで影響させるスキルだ。遠隔スキルを使ってただ正拳突きをしても何にもならないが、オーラをまとった拳は別だ。その威力は金色の波動となって無用心に近づいたクワガタに襲い掛かる。
おそらく硬質なはずの外殻に身をつつんだクワガタは、その一撃でばらばらになった。
「よし!さすがだ」
コージがそう褒めるが、オリビアは表情を変えない。一意専心。戦闘中のオリビアは普段とは別人だ。
「次」
そう言うとオリビアは低く構えた。
「私も何かしないと駄目よね」
そういうと、金髪を巻き髪にアップした妖艶な美女が微笑する。さっき僕とコージのやりとりを面白がってたのはこの人だ。
長身で抜群のスタイルをしている。コージをもはるかに凌ぐ胸が制服に押し込めきれないので、襟は第三ボタンくらいまで開いていて、艶美な谷間が丸見えです。まるで女教師の様な雰囲気を持つプレイヤーだが、中身は男のはず。でもすっかりクレセントガールになりきっていて時々怖い。
メアリというキャラクターネームのその美女は、武人の立ち方をするオリビアの方につかつか歩くと、なんといきなりそのお尻をなで上げた。
「な、な、何すんだよ、てめぇは!!!」
オリビアが抗議の声、というより悲鳴を上げる。咄嗟に放たれた一撃はしかししっかりガードされてしまう。
「だってぇ、しょうがないじゃない。オリビアが可愛いお尻してるんだもん」
「もんじゃねぇよ!気持ち悪いから俺に触るなっていつも言ってんだろうが!」
オリビアとメアリはもともとのフレンドだ。オリビアは嫌そうだが、二人はスキルの相性が良いのでクエストの事を考えると、仕方ないらしい。オリビアの一撃を防御した事からも分かるとおりメアリは防御系に特化している。攻撃が得意でないという欠点はあるものの、防御系統は治癒スキルも覚えるので、パーティーに一人いるととても心強い。
ただ、メアリは他のプレイヤーへのセクハラに目がない。それがなければいい人なのに。でもね、メアリさん。あなたも含めて、僕らの中身は男なんですけど。
そうこうしている内に、次々とクワガタたちが飛来してくる。構えるオリビアを制してメアリが片手をクワガタたちに向ける。
「スキル変更『散霧』『麻痺』」
その指の長い美しい手の平から白い霧があふれ出す。
「複合スキル『パラライズ・ミスト』」
風に乗って拡散する霧は発生系下位スキル「散霧」と防御系中位スキル『麻痺』の複合スキルだ。「散霧」は指向性を持たせられないのでただばら撒くだけになりがち。だけど、どうやらメアリは風が流れる方向を考慮に入れてそれをばら撒いた。
「散霧」は威力がぜんぜんない代わりにかなりの射程を持っている。風に乗ってどこまでも広がる霧に触れたクワガタの一匹が、突然羽を止めて、そして落下してしまう。下を見ると、遥か下方で地面にめり込むクワガタが見えた。足がぴくぴくしているかもしれない。見えないけど。
その後も東京タワーに群がるクワガタが次々と麻痺して落ちていく。攻撃力は高くない。しかしこのメアリ、恐ろしいスキルの使い手だ。
「えげつねぇな、お前は」
「あら、コーちゃんよりはましよ」
そう言ってメアリがこっちにウィンクしてくる。それは妖艶でとてもきれいだ。中身が男でなければだけど。
「うし、俺も出る」
そういうと、コージが一歩前に出る。
言うまでもなく、さっき僕に怒鳴りつけてぷりぷり怒っていたのはコージだ。コージは最近愛用してる二本の小太刀を腰の鞘から引き抜いた。
僕はまだ、戦闘においてコージ以上の使い手に出会った事がない。オリビアでさえ、コージとまともに戦えば勝てはしないだろう。コージが選んだのは移動形。近接戦闘においては最強の能力。
「スキル『空間断絶』『遠隔五十歩』」
コージが二本の小太刀を構えるその目の前に、突如数体のクワガタが無防備に現れる。
「複合スキル『縮地』」
空間を縮められ、強制的に瞬間移動させられたクワガタたちは、にやりと笑う剣豪の前で、まるでまな板の上の鯉だった。
「スキル変更『音速切り』『遠隔五十歩』、複合スキル『音越え』二刀」
ソニックブームをすら発生させる音よりも早い斬撃が、クワガタの群を、文字通り目にも留まらぬ速度で切り裂いた。
そのすさまじい威力にオリビアもまた目を見張る。
僕はじっとコージを見る。コージもまた僕を見る。コージはにやりと笑った。いずれ必ず雌雄を決するその時が来る。ソルガルの勝利者は一人だけなのだから。
その後も僕らは順調に撃退を続けた。というより僕の仕事量がはんぱない。何せ彼らはほとんど展望台にいて飛んでくるクワガタが東京タワーに接近したら適宜攻撃するだけだが、僕はといえば縦横無尽に東京タワーを駆け回り、撃破していかなくてはならない。「遠隔」スキルが届かない場所のクワガタは、他の三人ではどうしようもないからだ。
「ちょっと僕だけ働きすぎてない?」
『マスターは頑張り屋さんです。帰ったらよしよししてあげますね』
「・・・・・・ありがとう」
最近ソフィのスキンシップが激しくなってきた気がする。この間なんかじいちゃんがいない日を狙ってお風呂に入って来ようとしたので本気で困った。
『さぁ、マスター。あと二時間です。頑張ってください』
可愛い声でそう励まされるのは決して悪くはないのだけど、僕は複雑な思いでクワガタの群と対峙する。
「クエストクリア」
ポップアップが表示されたのは、まだ日の高い夏の日の午後五時のことだった。
「破壊神?」
「そう、知ってる?」
クエストクリア後、お互いの健闘を称え合っていた僕らに、メアリはそんな話題を振ってくる。唇がつややかで本当に妖艶という言葉がよく似合う。男だけどね。
「なんでもね、必要以上に街を破壊したがる爆弾魔らしいの。一緒にクエストしてるプレイヤーの静止も聞かずに、まるでそれ自体を愉しむみたいに街を破壊する。先週、製紙工場の爆発事故があったの知ってる?それもその破壊神の仕業らしいわ」
僕はそれを聞いてびっくりした。工場の爆発事故はテレビでも報道された大事件だったからだ。事故が起きたのは工場休業日の日曜でなければ、多くの人命が失われただろうと言われていたが。
「そんな奴が本当に?クレセントガールの中に?」
メアリは真剣な表情で頷いた。
「とにかく、かかわらない方がいいわ。そいつのキャラクターネームは、えとなんだったっけ?ねぇ、オリビア」
「おい、言うから。言うから胸を押し付けるんじゃない!このセクハラ魔人が!」
そう言ってオリビアが引っ付いてくるメアリを引っぺがす。大変そうだ。
「リリスだよ。リリスっていう赤髪のクレセントガールだって話だ。お前らも気を付けろよ」
「リリスねぇ・・・」
コージが眉を寄せて不快そうに呟く。僕だって無差別に街を破壊する人間に嫌悪感を抱く。でも、と思わなくもない。今まで僕も仕方がないといいながら、少しだけど街を壊したことがあった。その時、破壊欲のようなものを感じてなかったと本当に言えるだろうか。
リリス。同期を解除して家に帰った後もその名が僕の耳に響き続けていた。
僕と破壊神の邂逅は、しかし意外なほど早く実現することとなる。