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ソルガル!!  作者: ファフニール
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5最低

5最低




翌朝、僕らは夜景のきれいなホテルを後にした。

僕はコージと違って同期したまま裸になるなんて度胸がないから、結局シャワーは浴びずじまい。でも人間と違って汗をかいたりするわけではないし、微生物が繁殖するわけでもないようで、つまり臭うわけでもなく、汚いわけでもない。

それでもコージは「不潔だ」と僕を評したが、絶対無理。

恥ずかしくて死んでしまうと思う。

駐車場に出るとさっそくわらわらと子鬼が湧いていたので、運動がてら、張り切って撃退する。二体の「役付き」を倒した僕らからすると「無印」の小鬼は物足りなくなっていた。

「取り寄せ」

コージは虚空から日本刀を呼び出すと、嬉々として小鬼たちを切り捨てていく。正直心臓に悪い。何せ胸が大きいのに、動きが男らしくがさつなので、動くたびによく弾むのだ。勘弁してほしい。僕はその魅力的な動きを見る度に、昨夜見たみずみずしく白い肌が脳裏に浮かんで赤面してしまう。

あれは男だと、頭の中では分かっているのに、だって、身体はまごうことなき美少女なんだもの。

『最低』

頭の中で、ソフィの声が聞こえた気がしたけど、たぶん気のせいだと思う。

僕らは小鬼たちを手早く片付けると車に乗り込み、地図を広げて行き先を決める事にした。


「コージ、これって」

「っち。まいったな」

そう言ってコージはアクセルをベタ踏みにする。赤いスポーツカーは猛スピードで対向車のない無人の道路を疾走する。

昨日と同じように、地図上には無数の青い点と、二つの赤い点が浮かび上がっている。ただし、その「役付き」を意味する赤い点が、お互いを目指して近づきつつあったのだ。

正直あまり嬉しい展開ではない。

昨日は比較的被害なく二つの「役付き」を倒したが、あれは二体一であったからだ。僕とコージが互いの短所を補い合って戦った結果。

二体二で対峙したとき、同じ様に容易に勝利できたとはとても思えない。

コージはいつにない真剣な表情で道路をにらみつけている。でも、赤い点同士の進行速度を見るに、とても間に合いそうにはなかった。

無理をしてでも昨日のうちにもう一体倒しておくべきだったかもしれない。おそらく二つの「役付き」の接触は、あらかじめ決められた「イベント」の進行であるのだろう。

僕らは、それにまんまと陥ったのだ。

残る敵はナイトとアーチャー。単純に名前から想像すれば、近接戦闘タイプと遠隔戦闘タイプ。なるほど。互いの短所を補う組み合わせだ。

しかし、これは見ようによっては幸運であると思える。なぜならせいぜい二体同時だ。もしも昨日の二体のうち、一体しか仕留めきれていなければ、勝負は三体一だったかもしれない。ゼロなら四体だ。

ポジティブに考えろ。

僕らはまだ、決定的に後手を踏んだわけじゃない。

コージは前を向いたまま黙っている。おしゃべりな彼が、心中なにを考えているのかはわからない。オンラインゲームにおいて、焦ったり失敗を取り返そうとするものは、より深い悪循環に嵌る事を、僕は経験からよく知っていた。コージが次に何をしゃべるのか。こんな時だけど、僕には興味があった。

後悔を口にするだろうか。失敗を詰るだろうか。僕に当たるかもしれない。それともすっぱり切り替えるだろうか。

でも、コージが発した言葉はとても意外で、僕の彼に対する印象を少し軌道修正させるものだった。

「コーイチ、お前なんでこのゲームやってる?」

「え?」僕はその意外な質問を怪訝に思って眉根を寄せる。

コージはまだ、すごい勢いで過ぎ去る前方の景色をじっと見つめたままだ。

「ただゲームが好きなだけか。何も考えていないのか。それとも」

そこでコージはハンドルを切る。

「どうしても叶えたい願いがあるのか」

コージの目は真剣だった。金髪の美少女の中に、僕は初めて生身の人間の息遣いを見た気がした。僕がその瞳に気圧されていると、先にコージが口を開いた。

「俺にはある。どうしても叶えたい。他の方法では絶対に叶えられない願いがある」

コーイチ、お前はどうだ、とその言葉は言外に僕に問いかける。

その瞳の前に、僕は自分の気持ちをはぐらかす事なんて出来なかったんだ。

「僕にも、あるよ」

そうか、そう言ってコージはブレーキを踏んだ。

僕らはいつの間にか目的地に着いていた。

ついさっき、二つの赤い点がぶつかったその場所に。

それはどうやら巨大なマンションだった。

地図が示すのは、その中央にある公園の様な広場。

「気合入れろよ」

コージはそうやって、虚空から日本刀を取り寄せた。

僕とコージが自分の願いについて語ったのは、この時が最初で、そして最後の時まで次はなかった。


マンションのエントランスはオートロックだったので、僕らはやむなく頑丈な扉を破壊して侵入した。スキルなしでもそのくらいは出来る腕力が、クレセントガールにはある。

エントランスを抜けると、そこはホテルのロビーのような、ソファや受付のあるホールになっていて、さらにそこを抜けると、初めて運動場一個分くらいの広場に出た。

そこに、無数の小鬼たちと、二体の「役付き」が待ち構えていた。

それはやはり三メートルくらいの大きさの黒い巨人だった。

ナイトと思しき巨人はソルジャーの様な鎧の身体をしていて、手には巨大な槍を握っている。リーチがソルジャーよりも長い。あれでは、「飛燕」は必ずしもアドヴァンテージを持たないだろう。だが、装甲はソルジャーよりも若干薄そうではある。勝機があるとすればそこだろうか。

もう一体は女性的なラインをした巨人で、装甲らしき外殻はない。アーチャーと、一目で分かる弦の張った黒い弓を握っている。矢筒はないが、遠距離担当と思ってまず間違いない。

「雑魚はかまうなよ」

「うん」

腰まで伸びる尾の様な金髪を棚引かせ、絶世の美少女が二体に向けて駆け出す。

それが戦いの始まりになった。

「『液化』『火炎弾』」

突っ込むコージを援護すべく、僕は足元のアスファルトを掬う。

「ミサイル!」

華奢な少女であるはずの僕の手の平から放たれたアスファルトの弾丸は、しかし爆発的なスピードを持って敵に迫る。

狙いは、アーチャー。

まずは飛び道具をなんとかすれば、距離をとってナイトを追い込む事が出来る。

しかし僕の目論見はあっさり覆された。

「な!?」

ナイトが弾丸の前に立ち塞がり、両腕をクロスしてガードしたのだ。

ソルジャーよりもかなり早い。

装甲が薄い分素早いのか。

その右腕から白い煙が立ち昇るが、装甲を破壊するには至っていない。すると後方に退いたアーチャーが弓を構え、なんとそのあたりにいた小鬼をむんずと掴んだ。

すると小鬼は一度どろどろになったかと思うと、その形状を羽のない無骨な矢へと変じた。

「ちょ」

アーチャーは小鬼だった矢を弓に番えると、弦を引き絞って打ち出す。

小鬼は矢の原料か!

とんでもない速度で飛来する黒い矢。

僕はすばやくその一撃を交わしたが、小鬼は僕を過ぎ去り、エントランスホールに突っ込む。すごい音がして、ホールは完膚なきまでに破壊されていた。

「なんて威力だよ」

コージが嫌そうに呟く。

本当に嫌になる。あれは多分僕らの火炎弾よりも威力がありそうだ。とてもじゃないけど喰らいたくはない。

「小鬼を先に倒す?」

「きりがないだろ?」

まぁそれはそうなんだけど。

仕方なく僕は、右手の平に液状化した火炎弾を引っさげる。まずはナイトの装甲を打ち破らないと、話は前に進まない。そしてソルジャーよりも装甲が薄そうなナイトなら、ソルジャーの鎧を破壊した僕の「レッドロープ」が十分通用するはずだ。

問題は。

「当たればだけど」

僕がクレセントガールの瞬発力で駆け出すと、ナイトがこちらをぎろりと睨む。ナイトはソルジャーと同様、気持ちの悪い一つ目だった。

「よそ見してんじゃねぇよ!」

コージはナイト目掛けて斬撃を飛ばした。

やむなく腕の装甲でそれを受けるナイト。さすがはコージ。僕はその隙に赤い縄をナイトの鎧に絡みつかせようする。

しかしその時。

絶妙のタイミングで黒い矢が僕に迫る。

「くそっ!」

僕は仕方なく、赤い縄を目の前に向けて放り投げる。

黒い矢は、赤い縄の爆発を受けて霧散した。

ほっとしたのも束の間、そこにナイトの槍が割り込んでくる。

「うそっ」

僕は身をよじってかわそうとするが、槍の穂先が胸から肩口に掛けて大きく引っかく。

「痛っ」

近未来の制服の様な服が引き裂かれ、白い乳房がこぼれ出たが、さすがにそれを気にしている余裕はない。肩口からは結構無視できない出血をしている。

「『飛燕』!」

「『火炎弾』!」

コージの剣がナイトをけん制し、僕の火炎弾が迫りくるアーチャーの矢を打ち落とした。

爆煙があがり、それに乗じて僕とコージは後方に下がる。

「大丈夫か」

「うん、かすっただけ」

「胸しまえ」

「はいはい」

僕はぼろきれになった服の裾同士を結びつけて、なんとか乳房を隠した。

でも布地で覆いきれないその輪郭は丸分かりだ。

「かえってエロいな」

放っとけ。

「しかし、やっぱり連携してくるか」

コージが忌々しげに舌打ちする。

予想できた事。だけど正直これはしんどい。

連携してくる影鬼が、ここまで厄介だとは、

その時、爆煙を突き抜けて黒い矢が飛んできた。

「ミサイル!」

僕はその矢をなんとかかわすと、反射的にアスファルトを掬って弾丸を放つ。

攻撃は、しかしナイトの槍の一振りで打ち払われた。僕は大きく弧を描いて後ろに飛ぶと、同じく後方に下がった金髪の少女に並ぶ。

「まいったな」

コージにはたぶん決定打がない。何らかの打開策を考えないと。僕がそう考えていると、コージはしかし悔しげに言ったのだった。

「こいつを使わないとだめか」

え、と僕が口を動かす前に、コージはウィンドゥを開くように呟く。

「スキル変更。『取り寄せ』『遠隔十歩』。コーイチ、これが俺の切り札。お前も今一番威力のあるスキル用意しといて」

そう言って、コージは白いきれいな指を目いっぱいに開き、ひどく場違いな愛らしい手の平を黒い巨人たちに向けて伸ばす。

何をするつもりかは分からない。だけど、僕はとりあえずスキルの変更を行う。

「スキル変更、『液化』『遠隔五歩』」

僕がそう言うと、コージは口の端をあげて笑った。

その表情は、やっぱりお前もなんか隠してやがったな、とそう言っているようだった。

アーチャーがきりきりと弓を引き絞り、今にもその矢を放とうというとき、しかしコージは少しも慌てた様子もなく、こう言ったのだった。

「『引き寄せ!』」

するとなんと、今にも放たれんとしていた矢がアーチャーの弓から消え去り、代わりにコージの手がそれをしっかりと握っていた。

敵の武器を奪い取るスキルか。

これは好機だ。

今この瞬間、ナイトを援護するものはいない。

僕は右手を空中に向けたまま、、左手を広場に立っている時計を頂く鉄塔にあてた。

そのまま鉄塔と、そして空気を液化する。

青い色を帯びて液化した空気と、どろどろになった鉄塔を混ぜ合わせる。

理科の実験で習ったこれが、今のところ僕のもっとも攻撃力の高い切り札だった。

「『遠隔五歩』『液体空気爆弾』!!」

空気は酸素を多く含み、そして酸素は強力な酸化剤だ。液体化された空気を炭や鉄粉などと混ぜ合わせたものは、だから立派な爆弾となる。

僕はこね合わせてスイカ大のボール上にした塊を、バスケのシュートをするようにぽんとナイトに向けて放った。僕の手の平から離れて五歩分は、塊は固体に戻る事はない。

僕は急いでスキルを入れ替えると、丁度ボールがナイトの頭上に指しかかろうというとき、それを指差して叫んだ。

「『火炎弾』『倍加』、シュート!!!」

巨大な炎の塊がナイトを襲い、そして、ナイトの頭上のボールが大爆発を起こす。

「うわ」

爆風で僕までもが吹き飛ばされ、仰向けに転がる。

やばい。今アーチャーに襲われたらひとたまりもない。

僕がそう思ってがばと顔を上げると、アーチャーの右腕がコージによって切り飛ばされていた。

「だから、とんでもねぇなお前は!」

コージがどこか呆れたような顔で僕を見ている。

とんでもないのはどっちだ。

あの瞬間。

僕がアーチャーに狙われる事を見越して、丸腰になったアーチャーに向けて突っ走っていたのだ。僕がナイトに何らかのダメージを与える事を信じて。

そうでなければナイトの槍は、無防備に間合いに入ったコージを貫いていたかもしれないのに。

僕はばねを使って起き上がると、華奢な少女の指を目いっぱいに突きつけて、白い煙を上げるナイトに向けて再び叫んだ。

「シュート!!!」

爆発が白い煙を上げるナイトを襲う。

巨人はたまらず倒れこみ、アーチャーもまたコージの剣によって右足を切り飛ばされていた。

この瞬間、勝負は僕らの勝利で決したのだった。


二体に止めを刺すと、四千のルナが僕らに支給された。

小鬼たちも煙の様に消えてなくなり、ゲームは次のステージに進むようだ。

「一旦、車に戻ろうぜ」

僕はその言葉に頷き、コージと連れ立って歩き始める。

「コージ」

「ん?」

「あのスキル、『引き寄せ』だけど」

そういうと、コージは不敵な笑みを浮かべる。

「対プレイヤースキルだね?」

武器を引き寄せる。それ自体は今回役に立ったが、あまりクエストで有効なスキルとは言えない。今回たまたま武器を持った敵が現れたが、今までの全体を見ればモンスターやメカニカルな敵が多く、人型の敵は初めてといってもいい。この先のことは分からないが、しかし少なくとも今回のクエストを見越して習得したスキルではあるまい。

コージは分かっているのだ。

たった一人しか勝利者が現れないこのゲームでは、いずれプレイヤー同士の戦いが必ずあるはずだということを。だから今のうちに対プレイヤースキルのことまで考えている。

僕は、そこまでして叶えたいコージの願いはなんなんだろう、それがこのとき初めて気になった。

「『地図表示』」

車に戻った僕らは、東京の地図を広げる。

そこにはこれまでになかった黄色い点が光っていた。

光っていたが・・・・。

「おい、どういうことだ」

「こ、コージ、これって」

その時、僕らの足元に黒い影がさした。

それは足元どころかマンション全体を覆いかねない巨大な影だった。

そして、地図が示していたのは、まさに僕らがいるこの場所。

「上だ!」

「ちょっ、なんだよあれ!」

コージの指摘も無理はない。上空から迫ってきていたのは、恐ろしく巨大な黒い鯨であった。

鯨は空中を悠々と泳ぎながら、確実にこっちの方へ迫っている。

「ど、どうしろっていうんだよ」

「うわぁぁぁぁぁぁぁぁぁ」

鯨は空を泳いでまっすぐ僕らの方に降りてきて、そして僕らはその口に、為すすべもなく飲み込まれたのだった。





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