2クエストが開始されました
2クエストが開始されました
<ソルガル!を遊ぶ上でのご注意>
この度はソルガル!をご希望いただきありがとうございます。
ご利用に際して、以下の注意事項にご留意ください。
ご利用方法を誤ると、お客様の健康を著しく損なう危険性もありますので、本文は必ずお読みください。
1.ソルガル!について
ソルガル!はあなた方が現実と信じる三次元で展開されるMMORPGです。あなたの他に複数のプレイヤーが存在しますので、マナーには十分配慮しましょう。
2.ソルガル!においては、あなたとクレセントガールの機体とを同期させ、存在を重ね合わせた状態でプレイしていただきます。あなたの肉体がきえてなくなったわけではありません。同期を解除しますと元の状態に戻りますのでご安心ください。同期の解除は①クレセントガールに命じる②クレセントガールの機体が消耗限界を超えるのいずれかの場合に起こります。またクエスト中は同期の解除はできませんのでお気をつけください。
3.ソルガル!の展開範囲は現在東京都区内となっています。クエストによっては、自家用車や公共交通機関での移動をおすすめします。
4.クレセントガールと同期している間、あなたは三次元世界とほんの少し位相のずれた世界に移動しています。これを便宜上位相差空間と呼びます。ほとんど三次元世界と変わりませんが、あらゆる人間が存在しない世界となっておりますのでご注意ください。その際、位相差空間で行われた器物等の破壊は三次元世界にも反映されます。各自のモラルの範囲で行動してください。
5.さあ、ゲームを開始しましょう。クレセントガールに操作ウィンドゥを開くように命じてください。
僕は窓から外を覗いてみた。日曜の真昼間なのに、誰一人歩道をあるいてはいなかった。その時窓ガラスに僕の姿が映りこむ。
青い髪をした、とんでもない美少女、それが今の僕だ。
手足は長く鶴の首みたいに細いのに、胸には見るだけで赤面するくらいの膨らみがある。腰もほそくて頼りなげで、未来的なデザインの制服みたいな服装が、身体の凹凸を強調していて困る。ぎりぎりの短さのスカートからは白い太ももが覗いていて、駅の階段上がるときとか大変そうだ。
まつげが長くて大きな瞳がくりくりと動く。
僕は自分が置かれたとんでもない状況に、ただ仰天するばかりだった。知らない間に、人類の科学ってこんなに進歩していたのだろうか?
僕は少女の艶やかな唇を借りて、「ウィンドゥを開いて」と呟いてみた。頭の中で了解しました、と返事がし、程なくして目の前の何もない空間に映し出された<ソルガル!を遊ぶ上でのご注意>と題された文書の立体映像が消え、変わりにパソコンのそれにそっくりなウィンドウが空中に浮かび上がって、僕は少女の声で思わず「おお」と言った。
浮かび上がったウインドゥには「スキル」「クエスト」の二つのタブがあった。
試しにスキルタブを指でクリックすると、「スキル一覧」が表示される。
まず、「空きスキルスロット1」という表記があり、その下に、攻撃スキル、防御スキル、移動スキル、発生スキル、変化スキル、知覚スキル、複合スキルという七つの表示があった。攻撃スキルのタブをクリックすると、その一覧が表示された。今はまだ「ソバット」というスキルしかない。青色の「ソバット」の表示に指を当てると、ポップアップウィンドゥが開いて、「このスキルを装備しますか?」とYES/NOで聞いてきたので、YESの表示をクリックする。
「空きスキルスロット0」と表示が変わり、その下に「ソバット」と表示される。
これで僕はソバットというスキルが使えるということなのだろうか。
『その通りです、マスター。特に操作の説明は必要ないようですね。安心しました。次にクエストタブをクリックしてみてください』
頭の中で考えたことも駄々漏れなのか。気をつけなきゃ。
『問題ありません。今マスターが私の胸の感触を思い出し、次いで女性の裸体を思い浮かべたことについてソフィに軽蔑の意思はありません』
うるさいな。考えまいとすると逆に考えちゃうの!恥ずかしいからやめてください。
僕は何が何だかわからないなりに事態を把握しなくちゃという気持ちがあったのと、今までゲームや小説や漫画の中にしか登場しなかった、SF的な状況に自分が置かれていることに次第に興奮し始めていた。どきどきしながらクエストタブをクリックすると、「クエスト一覧」が表示される。
覧内には一つだけクエストの表示があった。
「強制クエスト侵略者の尖兵を撃退せよ!」
表示をクリックすると、ウィンドゥが開いた。
「世界は突然の侵略者の危機にある!クレセントガールの力が必要だ。まずは偵察の為に現れた尖兵たちを撃退してくれ!これは君にしか頼めない。幸運を祈る!」という安っぽい依頼内容が表示されていて、その下にいくつかの項目があった。
1.クエスト種別撃退イベント(一定数の敵を倒すかボス敵を弱らせる)
2.制限時間180分
3.出現する敵スカウトチーフスカウト
4.報酬1250ルナ¥28,000.-
5.勝利条件チーフスカウトを一定以上消耗させるまたは破壊する
6.敗北条件制限時間が経過してしまうクレセントガールの消耗限界を越えてしまう
つまりこういうことだろうか。僕はもう僕そのものといってもいい、この女の子の体を使って、ゲームでいつもやっているみたいに敵キャラを倒さなくてはならない。なぐったり蹴ったりして?
『その通りです。マスター』
「体力とか、MPとかの表示がないようだけど。」
『スキルに使用制限はありません。また、アンドロイドであるソフィは疲れるということがありません。破壊され、行動不可能になるまで戦えます。同期を解除すると戦闘中の損傷は復元されます。ただし』
クエスト中は同期の解除はできませんのでお気をつけください、ってことね。
ちなみに僕はそれほど運動に自信がある方じゃない。サッカーとか野球とか嫌いじゃないけど、部活やってる奴みたいにうまいわけじゃない。せいぜい体育の時間でやるくらい。格闘技なんてやったことないし、体育でやる柔道はぜんぜんセンスがないって柔道部の奴に言われた。
こんな僕にそんなことできるだろうか。
第1、僕は今、そういう気分になれる状況じゃないんだ。
「ごめん」と僕は小さく言った。さっきまでの興奮が嘘みたいに冷めていくのを感じる。「今姉ちゃんが大変なときでそれどころじゃないんだ。同期だっけ?元に戻してもらっていいかな」
いつもの僕なら、おっかなびっくりながらでも、この異常な状況を楽しんだかもしれない。ゲーム、好きだから。でも今は無理。姉ちゃんに悪いよ。
頭の中の女の子はしばらく黙っていたがやがて言いづらそうに声を発した。
『申し訳ありません、マスター。このクエストは強制クエストで不参加という選択権がありません。クエストは自動で開始されます』
なんだって!
「困るよ。こ、心の準備だって出来てない。い、いつ始まるのクエストは?」
僕がどもりながらそういうと、再び言いづらそうな声が頭の中に響いた。
『たった今、クエストが開始されました』
その声と同時に、僕の目の前に「クエストスタート」という文字が浮かび上がった。
そして、僕の部屋の窓ガラスがけたたましい音ともに割れたのだった。
スカウト、とクエスト内容の出現する敵の項に書いてあった敵キャラは、どこかで見たようなフォルムのいかにも雑魚キャラだった。
まぁ最初のクエストの最初の敵だ。だれでも簡単に倒せるやつじゃないと困る。
一眼レフカメラみたいな胴体をしていて、しきりに動くカメラのファインダがどうやら眼の役割をしているらしい。あちこちにチューブやランプがついている機械的な形をしたスカウトには、六本のメタリックな脚がついていて、しきりにがちゃがちゃいっている。カメラとかの残骸で出来た蜘蛛ってところだろうか。大きさは僕が抱えるくらい。中型犬くらいか。
窓ガラスを割って入ってきたスカウトはしばらくその辺りをカメラの目で見回していたけど、やがて僕の姿を目に止めた。
もちろんそのカメラには青い髪をした美少女が写っているんだろうけど。
突然スカウトが僕に向かって飛び掛ってくる。びびりまくった僕は思わず大きく飛びのいた。
「ぶ、武器とかないの、武器とか!」
『現在は所有しておりません』
「ど、どうやって手に入れるの?」
『正規のルートで購入されるのは非常に困難と聞いておりますので、海外サイトなどで取り寄せるのがよいかと思います』
「自分で調達するのかよ!
どんなRPGだよ!
僕はパニックに陥ってる間に壁際まで追い込まれた。
どうしよう。
スカウトには牙とかは生えてないけど、足の先はナイフみたいに尖っていて痛そうだ。などと考えていると、案の定スカウトは六本ある足の先を突き刺すように飛び掛ってきた。
『武器はありません。ですがマスター』
僕は思わずスカウトを手で振り払う。
いや振り払ったつもりだった。
『ソフィのスペックは、現時点で武器を必要とはしません』
少女の細腕の一撃で、スカウトは破壊されて爆発した。
呆然とする僕。幸い爆発で怪我ややけどをしたりはしていないようだ。
なんて腕力だ。それほど力を込めたつもりもなかったのに。僕は一週間前にサイトでみたクレセントガールの説明を思い出す。
あなたは選ばれたソルボーイズの一人として、クレセントガールズの身体を借りてクエストを攻略していかなくてはなりません。クレセントガールズは人間よりもとても強力なアンドロイドですが、恐ろしい侵略者たちの前ではさすがに劣勢です。
劣勢?どこが。
しかしそんな僕の考えは、破壊された窓の方を見ると覆された。窓の外の見慣れたはずの景色には何百というスカウトが張り付いていたのだから。
『さぁ外に出ましょう。制限時間は限られています』
頭の中でソフィの声がする。ウインドゥの左隅に現れた時計の表示が刻々と減っていく。僕はほほを引きつらせてやや声を荒げる。もっともかわいい女の子の声だからぜんぜん怖くない。
「多すぎるよ!いきなりクエスト始まっちゃうし!この体が強いのはわかったけど、どうすればいいの!」
そこで、頭の中の少女は自信たっぷりに断言した。
『スキルです。スキルを使うんです!』
そして僕の装備スキルが表示される。
空きスロット0ソバット
「無理だろ!ただの蹴りじゃん!」
しかしソフィは少しも気にした風もなく言葉を続けた。
『スキルはクエスト中でも変更できます。発生スキル「火炎弾」を選択してください』
僕は半信半疑ながら、ソフィの言うままにスキルを変更する。
空きスロット0火炎弾
『指先を敵に向け、「シュート」と唱えてください。「シュート」はすべての放出型のスキルに共通するコマンドワードです』
恥ずかしいとか言ってられない。そんなこと言い始めたら、超ミニのスカート穿いた女の子の格好してる以上の恥ずかしさなんてないし。
僕は自分にそう言い聞かせると、白い指先を隣の家の屋根の上でがちゃがちゃいってるスカウト達に向けて伸ばし、小さくつぶやくように口にした。
「シュート」
すると僕の指先が急激に熱を持ち、次の瞬間には赤い炎の塊がスカウトたちめがけて飛んでいった!
ものすごい音がして、屋根の上の十数体のスカウトが爆発する。ついでにお隣の屋根に大穴が開いた。
位相差空間で行われた器物等の破壊は三次元世界にも反映されます。各自のモラルの範囲で行動してください
ごめんなさい。僕は心の中でお隣さんに謝った。今度菓子折りでも持っていこう。
ここにきて、ついに僕は自分に起こっている状況が、絶対に現代科学で実現できるはずがないと認めないわけにはいかなかった。もっとも、遅すぎたくらいだけど。
女の子の体になってしまう現象。位相差空間。わらわら出てきた敵キャラ。そして異常な腕力と指先からでた炎の塊。
こんなこと、どんな科学でだってできるはずがない。
その時、僕の頭にひらめくものがあった。
どんな科学でだってできるはずがないってことは、どんな科学でもできないことが出来るってことにならないだろうか。
例えば。
例えば原因不明の病気で眠り続けるお姉ちゃんを助けることだって出来るかもしれない!
「ソフィ!回復スキルとかってのはいつか習得するの?」
僕はソフィにそう尋ねる。頭の中で声が聞こえる。
『存在します。守秘義務で系統や習得方法はお教えできませんが』
よし!十分だ。スキルを鍛えて回復スキルを身につけよう。事情を話すことはできないけど、母さんにはなんとか説明して神戸にいき、そこで同期して・・・・・、同期?
クレセントガールと同期している間、あなたは三次元世界とほんの少し位相のずれた世界に移動しています。これを便宜上位相差空間と呼びます。ほとんど三次元世界と変わりませんが、あらゆる人間が存在しない世界となっておりますのでご注意ください。
「駄目じゃん。」
僕は高揚した気持ちが急速にさめていくのを感じた。誰もいない世界で超能力が使えて、それでどうやって姉ちゃんを治せるっていうんだ。
再び絶望に沈もうとした僕の心に、しかしソフィが語りかけてくる。
『ですから、マスター。早く部屋を出てください。クエストをクリアするのです』
僕はその無神経な言葉に怒りを覚える。
「うるさいな!それどころじゃないんだよ!君は僕にゲームをやらせるのが仕事なのかもしれないけど、僕には姉ちゃんのほうが大事なんだ!」
僕は思わず叫んでしまった。ソフィの言ってることが、ゲームのキャラクター故のシステム的発言だと思ったから。
けれどもソフィは説き伏せるように言葉を続けた。
『そうではありません、マスター。早くゲームをクリアし勝利者となることをお勧めしているのです。お忘れですか?ゲームの勝利者となることで得られる報酬を』
「あ」
僕はそれに思い至らなかった自分の間抜けさ加減に驚いた。
もしあなたが勝利者となれば、きっとあらゆる願いが叶うことでしょう。
あらゆる願い。
僕の願いは、一週間よりもっと前だったら何だっただろうか。お金だったのか。もっと別のものだったのか。いずれにしろ、今の僕の願いは一つしかない。
「姉ちゃんを、助けられる?」
僕が自分でも驚くほど、ほとんど鳴きそうな声でそうつぶやくと、ソフィは短く、しかし心なしかやさしい声音で答えたのだった。
『可能です』
僕はいそいで階段を駆け下りた。
それから1時間ほどが経過した。その間かなりの数のスカウトを火炎弾や素手の攻撃で破壊した。初めはおっかなびっくりだったけど、次第にだんだんと慣れてきたみたいだ。
僕のゲーマーとしての勘がそろそろだな、と感じていた。
このクエストの達成条件はスカウトを何体破壊せよ、とかではない。
あくまでチーフスカウト、つまりボスキャラの撃退ないし破壊だ。
僕はここまででかなりの自信をつけていた。ソフィのスペックはとても高いし、スキルの扱いにも慣れてきた。スカウトに毛が生えたようなボスキャラなんかに負けるはずがない。
だから、マンションの影からそいつが出てきたとき、僕は内心で自分の思い上がりを反省するしかなかった。
チーフスカウトは、五階建てのマンションと同じくらいの高さがあったのだから。
「でかいよ!」
僕が思わず叫ぶと、チーフスカウトの巨大なカメラが僕を捕らえた。
僕は舌打ちしながら指をチーフスカウトに向ける。
「シュート!!」
よく考えたら、もしこの攻撃でこんなに巨大なスカウトが爆発したら大惨事になるところだった。でもこの時の僕にはそんなことを考えている余裕はなかったのだ。
僕の指先が熱を帯び、弾かれるように火炎弾が飛び出す。炎の弾丸はチーフスカウトの外装に到達して、弾けた。
それだけだった。
チーフスカウトは少しも堪えた風もなく、僕に向かって巨大な鋼鉄の脚を振り下ろす。
「ちょっと!!」
あわててよける僕。
聞いてないぞ、火炎弾が効かないなんて。
『本来メタル属性の敵には火炎は効きにくいのです。スカウトは弱いので十分火炎弾で破壊できますが』
頭の中で申し訳なさそうにソフィが謝る。
僕はあわてて言葉を返す。
そうだった。全部聞こえちゃんだった。
「違うんだ、ソフィに言ったわけじゃないんだ。ただびっくりしただけ。気にしないで。それと」僕はそこで一度目を伏せる「さっきはごめん」
え、とソフィが言った気がしたが僕はその時にはもう走り出しいていた。姉ちゃんを救う。その為には少しだって止まってるわけにはいかない。決して、恥ずかしくなったわけではないよ。
僕はなんとかチーフスカウトの攻撃を避けながら対策を考える。
すばやく振り下ろされる脚を避けた後、隙があれば殴ったり蹴ったりしてみたけどびくともしない。さすがにその瞬間は動きが止まるけどそれだけだ。
殴った手の方が痛いのも初めてだった。
スカウトは枕を殴ったくらいの感触しかなかったのに。
疲れない体というのはありがたいけど、いつまでも避けてはいられない。
制限時間だってある。
僕はスキルのことを思い立ち、スキルウインドゥを開いてみる。他に、他に役に立ちそうなスキルはないだろうか。
攻撃スキル・・・『ソバット』敵単体にまわし蹴りを放つ
これはいい。
防御スキル・・・『ガード』敵の攻撃のダメージを軽減する
これも今は必要ない。
移動スキル・・・『瞬転5歩』一瞬間に5歩分移動する
攻撃だ。攻撃できるスキルがほしい。
変化スキル・・・『硬度4』触れたものを鉄程度の硬さにする
これ、かな。
僕はスキルを硬度4に変更すると、その辺に落ちていた棒切れを拾い上げた。チーフスカウトに破壊された看板か何かの破片のようだ。
「硬度4」僕がそう唱えると、棒切れは途端にその質感を変えた。
どうやら「鉄程度の硬さになった」らしい。僕はそれを振り上げると、ちょうど振り下ろされてきたチーフスカウトの脚に思い切りたたきつけた。
「えいっ!」
かなりのスピードで衝突する棒切れとチーフスカウトの脚。そして棒切れはかきん、という金属質の音を立てて、あっけなく曲がって折れた。
「まじかよっ」
僕は手にした棒切れをその場に捨てる。役立たず。チーフスカウトの方が固いじゃないか。僕はあわててその場を転げるように避けるが、その際鋼鉄の脚が僕のふとももを掠めた。
「痛っ!」
僕は地面を蹴って距離を取る。痛い。むちゃくちゃ痛い。
小学校のころ自転車でこけて、肘を四針縫ったけど、そのときくらい痛い。
華奢な女の子の太ももを見ると、ぱっくりと皮膚が裂け、赤い液体が流れ出している。ソフィにも赤い血が流れているんだ。
僕は痛みをこらえながら何とか立ち上がってその場を離れようとする。でも脚が痛くて思ったように走れない。
チーフスカウトはその巨大なカメラで僕を視界に納めた。
まずい。背筋がぞくりとして血の気が引いた。あの攻撃を胴体に食らったら、ソフィと言えど破壊されてしまうだろう。この時、はじめて僕に恐怖がこみ上げてくる。だめだ。怖がってる場合じゃない。僕は姉ちゃんを助けたいんだ。考えろ、何か考えるんだ。
しかしそう都合よくアイデアが出てくるわけもなく、その鉄よりも硬い凶悪な脚が徐々に僕に迫ってくる。
ん?
チーフスカウトの方が鉄より固い?
「ソフィ」僕はひらめくものがあって頭の中に呼びかける。「このスキルって敵キャラにも使えるの?」
ソフィは僕の質問に端的に答えた。
『無生物であれば適用されます』
僕はおもわずガッツポーズを作る。
勝機を知って、愛らしい少女の口元に笑みの形が作られた。
僕は緊張を打ち消すために大きく深呼吸をすると、きっとチーフスカウトをにらみつけた。失敗したら終わりだ。でもきっと失敗しない!
「スキル変更、瞬転5歩!」
僕は移動スキルを発動し、すばやくチーフスカウトの足元に潜り込んだ。足が痛くて自分ではこれ以上動けない。でももうたぶん、動かなくすむ。
「スキル変更、硬度4!」
ここで再び変化スキルを発動する。対象は棒切れじゃない。この。
「お前の脚だ。硬度4!!」
僕はチーフスカウトの脚に手を触れると、その脚の硬度を鉄程度の硬さに変える。そうだ。恐ろしく硬いその脚を鉄程度の硬さに。そして。
「スキル変更、ソバット!!」
ここにきて、ようやく日の目を見た攻撃スキル。
「ソバット」僕がそう叫ぶと、まるで僕の体じゃないみたいに下半身が動き、自動で強力な回し蹴りを繰り出した。
轟音がした。
それはスカウトの爆発にも負けない音。
短いスカートから伸びる華奢な少女の脚から繰り出された一撃は、見事にチーフスカウトの六本の脚のうちの一本を破壊していた。
僕はバランスを失って倒れこんできた、チーフスカウトの腹にしめたとばかりに右手を当てる。
「スキル変更、硬度4!」
そして。
「スキル変更、ソバット!!」
またもや巨大な轟音を立てて、見事なモーションで繰り出された回し蹴りがチーフスカウトの胴体を強襲する。
「ソバット!!!」
とどめに繰り出された一撃がチーフスカウトの胴体の内部の何かを破壊する直前、僕の目の前にポップアップウィンドゥが開かれた。
タイムアップ
みれば時計表示の時間がゼロになっている。いつの間にか三時間が経過したのだ。
「そんなぁ!」
しかし僕の抗議の声など少しも聞こえた風ではなく、巨大なチーフスカウトはどんな原理になってるのかずぶずぶとアスファルトの地面に沈み込んでいく。
僕は脚の痛みも忘れて呆然と立ち尽くす。
あれだけ苦労して、やっとのことで敵を倒してクエスト失敗?
僕がその場にへたりこむのと、もう一度ポップアップウィンドゥが開いたのは同時だった。
クエストクリア!!!チーフスカウトを撃退しました!!
へ?
あ、そうか。そういうこと。
僕はその場にどさりと倒れこむ。クリア条件は撃退もしくは破壊。破壊は出来なかったけど、一定のダメージを与えて撃退は出来たということだ。
地面に倒れこんだ僕の体は、でももう少女の体ではなくて、青い髪の美少女は目を細めて僕を見下ろしていた。クエストが終わり、同期が解除されたのだ。
「おめでとうございます、マスター」
僕はすっかり傷が塞がった美しい少女のふとももからあわてて目をそらして、そしてこぼれんばかりの彼女の笑顔を見ながら、先は長いなぁとため息をついた。
空は、抜けるような青空だった。
「クエスト侵略者の尖兵を撃退せよ!」クリア
チーフスカウトの撃退に成功しました!
報酬1250ルナ¥28,000.-
新しいスキルの習得が可能になりました!