19私だってあのくらい
19 私だってあのくらい
ファイナルクエスト。
それは文字通りソルガルの最後のクエストだ。
たった一人の勝利者を決めるためのクエスト。平たく言えばこれまでのすべてのクエストはこの最後のトーナメントの為にあったのだろう。
思えばルナの獲得、スキルの習得、クラス、ウェポンの入手、これらすべてがそろってはじめて、僕らは本当の戦いが出来るのかもしれない。
それはつまり突然現れた「観客」と関係があるのだろう。これまでは座興。これから先が、やっと見るに値する見世物なのだとか言う。
不思議と、その発想に僕は不快感を感じない。
東京ドームに入ってから、僕は仕組まれた仕掛けの裏側を見せられるような、どこかしらけた感じを受けていた。それはこれまでもおそらくはうすうすは感じていたかもしれない、自分が鳥かごの中の鳥なのではないか、人形師が操る人形なのではないかという疑念を、あっけらかんと示されたような感じだった。ひどいネタばれのような感じだった。でも僕は、それが不思議とどうでもよいものになっていた。
それはオンラインゲームに共通する感性かもしれない。与えられたものをただ享受するだけの僕ら。
ただ、それが僕にとって、姉ちゃんの命がかかった負けられないゲームだと言うだけの話だ。
最初に闘技場に上がったのは、僕もよくしるルシアだった。「受刑者」クラスのツインテールの美少女は、白い肌に食い込む扇情的なボンテージ衣装で壇上に上がる。虫も殺さないような笑顔にだまされてはいけない。恐ろしいトラップで、新宿の街を蹂躙したプレイヤー達を葬ったのは、このいたいけな少女なのだから。
対するのは、フェイというキャラクターネームのプレイヤーだった。赤銅色の髪を三つ編みにした、目元がきつい美少女で、白いふくらみを隠す気もないような胸当てとビキニのような軽鎧が特徴的だ。
「闘士」クラスだと僕はあたりをつける。
デフォルトスキルは攻撃力や防御力を高める特殊なフィールド、オーラを発生させ、かつ手に触れた物体にまでそのオーラを広げることが出来る「オーラマスター」と「遠隔五十歩」。ばりばりの近接戦闘タイプだが、ウェポンの特性ではどう化けるか読めない。
ルシアは、僕の知る限りカウンタータイプのトリックスターだ。隠しだまはいくつかあるのだろうが、もっとも警戒すべきは、攻撃が十倍の威力で返される複合スキル「やまびこ」だろう。
「やまびこ」はそう簡単に攻略できるスキルではない。フェイがどう戦うか。それはもし僕がルシアとぶつかったときの攻略のヒントとなるだろうか。
「第一試合を始める前に、この特設リングについてご説明いたします!」
リングの上で長い脚を披露する美女デザイアが、マイクを片手に何やら話し出した。本当にレオタードが似合う女性だ。張り詰めた肌が遠めにも魅力的だ。
『私だってあのくらい』
何でソフィは張り合おうとするの?
「リングの外縁は特殊なフィールドで包まれており、一旦二人の選手が中に入れば、どちらかが消耗限界を超えるまで、決して開くことはありません。見た目には透明の不可侵の壁があるとお考えください。
瞬転スキルなどを用いても、クレセントガールがリング外に出ることは出来ません。ただし、取り寄せなどの外部から何かを引き込むスキルは有効です。
フィールドは破壊不可能オブジェクトです。如何なる力をもっても破壊することはできません。
あらゆる衝撃はフィールド内で完結しますから、爆撃など威力の高いスキルを用いるときは自爆にご注意ください。
リングはご覧の通り、セラミックで出来たいっぺん五十センチの石版を敷き詰めて出来ています。リングは正方形で、一辺は約五十メートル、つまり二千五百平方メートルの大きさがあります。
石版やその下の地面にはスキル等を用いて干渉可能です。次の試合までには自動で復元されます。
ただし、フィールドは上空や地底に向けても展開されていますので、五十メートルよりも高くは飛べませんし、もぐれません。ご注意ください。
以上でご説明は終わりです。
両選手は舞台中央にお進みください」
デザイアの声を受け、ルシアとフェイが壇上を進む。
二人が舞台中央に陣取るデザイアをはさむ形で対峙すると、デザイアは会場に向けて花が綻ぶ様ににこりと笑った。
「ちなみに私は破壊不可能ですので、お構いなく。では、始めてください!!!」
その瞬間会場から割れんばかりの歓声が響く。
何を叫んでいるのかはまるで分からない。
外国語だとかスラングだとかいうのではない。
ただ、分からないなにごとかの音が、観客席から響いている。僕はその轟音に戦慄した。それはすべてのプレイヤーが同じだったのかもしれない。
最初に我にかえったのは、やはりリング上の二人だった。
「お手柔らかに」とツインテールの少女が微笑むと、フェイというプレイヤーは不敵に笑った。
「悪いけど、勝つのは僕だ。僕の願いを叶えさせてもらう」
思いのほか幼いその声音に、ルシアもまたくすりと笑ったのだった。
「『フォージ』」
その呪文を発したのはルシアだった。ファイナルクエストで始めて、鎧石が武器化される。
ルシアは両の手のひらにひとつづつ鎧石を持っていた。その二つが、まばゆい光を発して武器化する。
右手に持った石は光り輝く純白の槍となった。もち手の辺りに翼の意匠があしらわれた美しい槍だ。槍の穂先は光そのものとなって噴出している。
まず間違いなく、「戦乙女」の鎧石だった。
左手に持った石は、びっしりと緑色の鱗を生やした竜の顎のような槍となった。その刀身は炎をくゆらせている。「竜騎士」の鎧石に違いない。
二つのクラスの特徴は、どちらも空とぶ使い魔をデフォルトスキルとしている点にある。
それを現すように、二本の異形の槍は、ルシアの手を離れて宙に浮いた。
ふわりと浮いたまま、相手を見据えてたたずむ槍。
それはどうやら使い魔のように、ルシアの意のままに動くらしかった。
「『ヴァルキリースピア』『ドラグーンランス』」
ルシアはそう呟くと、槍を滞空させたまま両の手を前に突き出した。
「やまびこ」だ。
「ふぅん、考えたな」
いつの間にか僕の隣に来ていた、魔女の姿をしたリリスが面白そうに言った。
僕もまた、ルシアの戦法に感心していた。
敵のスキルは「やまびこ」で反射し、近接戦闘では二本の槍が追い詰める。
攻防を兼ね備えたなかなかの戦略といえる。
「遠隔」を持つとは言え、本来近接戦闘が得意な闘士にはきつい相手かもしれない。
しかし対するフェイは不敵な笑みを崩すことがない。
「欲張りだな、二つもなんて」
そう言って、右手に握った鎧石に力を込める。
「『フォージ』」
三つ編みの少女がそう呟くと、掌中の鎧石がまばゆく光る。
次の瞬間、現れたそれに、僕は唖然としてしまった。
それは一言で言えば盾を備えた移動式砲台だった。人の頭がすっぽり入りそうな径の大砲には車輪が付いていて、自由に動かせるようになっている。
大砲には半ばから壁のような盾が生えていて、どちらかと言えば壁から砲門が覗いているようにも見える。
「砲撃主」の鎧石、なのだろうか。
フェイは無造作に砲身に跨る。
黒い大筒に少女が跨る姿は、卑猥な何かに見えなくもない。
「『オーラマスター』」
そして少女がデフォルトスキルを発動させる。するとうっすらと光の粒子が少女と移動式砲台を包み込み、ほどなくして砲台がひとりでに動き始めた。
オーラにこんな使い方があったのか!
砲台は今やフェイの意のままに動く自律した戦車となっていた。それに拍車をかけるように少女は微笑みながら呟く。
「『絶対防御』」
砲台が、無敵の盾をも備えた瞬間だった。
「さぁ、始めよっか」
無邪気に笑う少女が跨る砲門から、オーラによって威力を高められた砲撃が発される。
「っく」
ルシアはそれを「やまびこ」で返す。
しかし、十倍の威力を備えるそれは、あっさりと絶対防御の前に砕け散った。
「あは」
フェイは戦車の車輪を回しルシアに接近する。
思いのほか早いその動きに、ルシアはあわてて距離を稼ぐ。
「行け」
二本の槍がフェイに向けて襲い掛かる。
狙いは、絶対防御壁を展開する正面ではなく、その後方。だが。
「『瞬転百歩』」
一瞬間に、ルシアはその間合いを一気につめられる。
目の前に出現する砲門。
「!?」
「どーん」
そんなものでは表現できない爆音が至近距離からルシアを捕らえる。「やまびこ」で反射するも、爆風を防ぎきれるものではない。
「くっ」
後方に弾かれるルシア。
セラミックの石版の上をすべる様に転がる。
ボンテージにつつまれた肢体の、色々きわどいところが見えそうになる。
少女はツインテールをその手で梳きながら、きっとフェイを見つめた。
「やるね。よく考えてる」
「余裕かましてるけど、大丈夫なの?」
フェイは不敵な笑みを崩さない。
「さて、どう見る?」
隣に立つリリスが聞いてくる。そう言えばコージの姿を見ない。控え室にいるのだろうか。
「互角………じゃないよね」
「持久戦になる、けど。このままじゃあの子がジリ貧ね」
金髪のメアリが僕の言葉をつないだ。
現時点で二人はノーダメージ。
しかし、常に「やまびこ」でめいっぱいスロットを使っていないといけないルシアに対し、攻撃力と防御力の双方に優れ機動力まであるフェイは、状況に応じてスキルを発動することが出来る。
ルシアは今のところそのウェポンをまったく活かしきれていなかった。
これは教訓でもある。
ウェポンをなるべく攻撃の主体として扱い、スキルスロットに遊びを作ることが重要だ。
余裕がないルシアは「やまびこ」を解くこともできない。
「そらそらそら」
休まず砲撃を繰り返すフェイ。
十倍に返される攻撃もものともしない。
二本の槍はオーラで弾かれるかかわされるかして外され、砲撃によって地面に叩き付けられたり、転がされたりするルシアは地味にダメージを蓄積させていく。
四時間が過ぎるころ、ルシアの集中力は傍目にも限界で、その衣装も徐々に消耗し、肌の露出がぎりぎり大事な部分を覆えていない。ふらふらとするルシア。
お尻はそのほとんどが見えてしまったなけなしの布切れが残るだけ。乳房を締め付ける革布のベルトも、ぶつりと切れて谷間が露になっている。
「しぶといよ。さっさと死ねば?」
もうルシアの勝ちはないと言えそうだった。このままじりじりとアーマーを削られ、ついにはとどめを刺されるのだろうか。フェイの声にも焦りが見えないではない。
これほどの消耗戦になるとは考えていなかったのだろう。
フェイの勝ちは揺るぎなさそうだが、常に二本の槍をさばかなくてはいけない彼も、それほど余裕があるわけではないのだ。
現にアーマーの一部は欠損し、片方の乳房が丸見えになっている。だが、その消耗はルシアの非ではない。
このままルシアが負けるのか。
僕がそう思っていると、隣のリリスがにたりと笑った。
「動くぞ」
僕は即座にルシアに目をやった。
しかし、雪のような白い肌の少女は、ただ今までどおりに目の前に手をかざすだけで、少しも動く気配はない。
痺れを切らしたのは、むしろフェイの方だった。
「お前、もういいよ。『瞬転百歩』!!」
瞬間的に、戦車はルシアの背後にまわる。それを身をひねってかわそうとするルシアだが、とても間に合うものではない。
砲門がルシアを完全に捕らえた。
僕だってそう思ったんだ。
「馬鹿が」
うれしそうに呟くリリスの声。
それは何かが思い通りにいった人、特有の興奮に裏付けられた声だった。
砲撃と、ルシアの間に割り込んだ何かがあった。
それは、光り輝く槍?
「壊されるだけだよ。無駄だ!」
しかしそれは的外れの予言だった。
砲撃は槍に当たるとぎらりと凶悪な光を発し、槍の穂先が向いたフェイの方向に向けて放たれる。
その威力は、まるで十倍もに増幅されたような。
「なん、だって!?」
そして反射された砲撃の先、フェイの後方には、二本目の槍が待ち構えていた。
「ふぅ」
とルシアが一つく。
まるですでに勝負が決したように。
「なかなか、隙を見せないから冷や冷やしました。あなたの敗因は、最後に一度だけ、先にスキルを使ったこと。後手にスキルを使う以上、僕には攻め込むことは出来なかったのに」
そういうことか。
始めから、二本の槍は戦闘の為の武器ではなかったんだ。
ウェポンのスキルに複合することは出来ないけど、ウェポンにスキルをかけることは出来る。
この場合、二本の槍には始めから「やまびこ」が掛けられていた。だからいつまでもルシアは、愚直に「やまびこ」ばかりを使っていたんだ。
「そ、そんな」
「ばいばい」
十倍の十倍、つまり百倍化された砲撃が無防備な背後からフェイを捕らえる。
轟音と火柱があがり、皮肉にも、ルシアはフェイの絶対防御壁に守られて無傷だった。
煙が晴れた後、そこには跡形も残ってはいない。
破壊神も形無しのみごとは殲滅だった。
「本当に、外見に似合わずえげつないな」
『マスターはご存じなさそうですが、自分のことを棚に上げるという慣用句があるそうです』
最近ソフィの嫌味がひねりを利かせてきた気がする。
「ずいぶん時間がかかりましたね」
こちらに向かってにこりと微笑むルシアに、リリスはそっと手を振った。
「勝者、ルシア!!」
闘士の鎧石を片手にリングを降りてくる少女は、満面の笑みを浮かべていた。