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ソルガル!!  作者: ファフニール
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17怖い顔をしていますね

17怖い顔をしていますね


 神戸に行っていた父さんが帰ってきたのは、サバイバルクエストが終了した次の日だった。

 どちらかが姉ちゃんを見てなくてはいけないという理由で、母さんは帰ってこなかった。

 父さんはあまり姉ちゃんの話をしなかった。

 すでに僕の口座にソルガルの報酬として数千万円の貯金があることなんてちっとも知らない父さんは、僕にこづかいを渡し(五千円だった)、次の日の朝にはスウェーデンに発っていった。

 僕と父さんの会話は終始ちっとも噛み合わなかった。

 父さんはなるべく僕に姉ちゃんの話をしたくはなかったし、僕は僕で父さんの知らないところで姉ちゃんの為に戦っていることを教えるわけにもいかない。

 母さんから電話があって少しだけ話した。

 母さんはまるで希望なんて何一つない人の様に疲れた声をしていた。

 ほんの少し会ってなかっただけなのに、父さんと母さんと僕との間には大きな隙間が出来てしまったみたいだ。

 でもそれも仕方ない。

 父さんにも母さんにも、姉ちゃんを助けることはできない。

 夏休みが終わるころ、姉ちゃんはまだ肌もつやつやで、呼吸だってしているし、心臓だって動いていても、お腹を開かれて臓器を取り出される。

 それをなんとかできるのは、僕だけなんだ。


 ソルガルからのメールは父さんが発ったその日の午後に届いた。内容は以下のようなものだった。


<勇敢なるソルボーイの皆様へ>

こんにちは!

いつもソルガル!を楽しんでいただいてありがとうございます。

ソルガル!もついに佳境に差し掛かってきました。最後の勝利者が選ばれる日も近い!

今日はソルガル!から皆様に重要な告知がありますのでメッセージをお送りしました。告知の内容は主に以下の二点です。


1.「ウェポン」について

 皆様が入手した「鎧石」。それは「クラス」の力を秘めた強力なフィールドを備えたアイテムです。

 「鎧石」はクエスト中に「フォージ」と唱えることで武器化することができます。こうして出来上がった武器を、「アーマー」に対して「ウェポン」と呼びます。

 「ウェポン」は基本的に、「鎧石」、つまり「アーマー」の性質を受け継ぎます。

 耐久値とスキルの効果が付与されます。

 例えば、「戦士」の「鎧石」を「フォージ」すると、ウォーリアアクスという斧になります。戦士は鎧装なので、ウォーリアアクスの耐久値はAです。戦士には「怪力無双」「硬度12」というデフォルトスキルがありますから、ウォーリアアクスはこれを受け継ぐことになり、振るうものに怪力を与え、硬度が地球上ではありえない12になります。

 「ウエポン」の特性とスキルの効果は複合することはできません。ただしウエポンに「スキル無効化」をかけるなど、スキルの対象とすることは可能です。

 「ウェポン」の耐久値がゼロになると、「鎧石」が破砕し、如何なるスキルでも修復することはできません。「ウェポン」の耐久値は「鎧石」の状態では少しづつ回復しますので、耐久値が減損してきたら、無理せず「鎧石」に戻しましょう。

 「ウェポン」は物理的衝撃や温度変化によって、つまり一般的な鉄製武器と同じように、耐久値が減損します。また形状は固定ですので、プレイヤーの任意には選べません(刀剣練成スキルを持つ「侍」の「鎧石」だけは、刀状であれば、形状を自由に変えられます)。

 この先、クエスト中に入手した「鎧石」も「フォージ」することは可能です。一度に「フォージ」出来る「鎧石」の数に制限はありません。


2.ファイナルクエストについて

 

八月二十一日午前九時、ファイナルクエストが始まります。強制クエストであり、「鎧石」を持つすべてのプレイヤーだけに参加資格があります。

「鎧石」を持っていない方は、ファイナルクエストまでに「鎧石」を少なくともひとつ以上確保してください。

前回のサバイバルクエストで「アーマー」を破壊された方々がすべてリタイアになるわけではありません。「鎧石」を手に入れれば、まだまだチャンスはあります。

ファイナルクエストは十日間のクエストであり、ソルガル!の最後のクエストです。各自入念な準備を整えてください。

尚、これ以降のクエストはすべて、他プレイヤーへの攻撃が可能な「ロワイヤルモード」となります。参加する他のプレイヤーが消耗限界を超えても、クエスト失敗となることはありません。

 ファイナルクエストはトーナメント形式の勝ち残り戦となります。勝敗は「相手のクレセントガールが消耗限界を超えること」で決しますので、文字通りの勝ち残りとなり、敗者復活などの措置はありません。

 時間制限はありませんので、参加者の数や試合時間によっては、十日間よりも早く終わる場合も、またそれ以上に日数がかかる場合もあります。

 予備時間を含めた十日間とお考えください。

 場所は東京ドームとし、当日は特設会場が設けられます。

 

 それでは、いよいよ最後の戦いです。

 各自の健闘に期待します。



 分かってはいたが、ソルガルの開発者、いや、僕らにソルガルを配布した神の様な誰かは相当に性格が悪い。


『尚、これ以降のクエストはすべて、他プレイヤーへの攻撃が可能な「ロワイヤルモード」となります』


とんでもない。

 「鎧石」を持っているプレイヤーだってひとつでも多くの「鎧石」が欲しいし、この先を考えればスキルポイントはいくつあっても足りない。

 「鎧石」を持ってないプレイヤーにとってはこれが最後のチャンスだ。死に物狂いで「アーマー」の破壊にかかるだろう。

 プレイヤーは、ファイナルクエストまでにさらに人数を減らすだろう。

 ここから先が、本当の意味でのサバイバルとなる。

 もうコージにも頼れない。

 いや、ここまでくれば、前回のように徒党を組むものもいないだろう。

 全員が敵だ。

 いよいよソルガルは、たった一人の勝利者を導く為に動き出したんだ。

 いよいよだ。

 そう思うと指先がしびれる。

 僕の勝利には、姉ちゃんの命がかかっているんだ。

 もう一度、家族が一緒になって暮らせる、幸せな時間がかかっているんだ。

 絶対に負けられない。

 リリスにも、オリビアにも、ミリアにも。

 そして、コージにも。

 僕の前に立てば、それは即ち倒すべき敵だ。

 「マスター、怖い顔をしていますね」

 違うよ、ソフィ。

 これはそんなんじゃないんだ。

 絶対に負けられない。

 男の子が、そう決めたときの顔なんだよ。



 「じいちゃ~ん!」

 僕は家の中をじいちゃんを探して歩き回った。

 もちろんそんなに馬鹿でかい屋敷というわけじゃないんだ。

 リビングとキッチンと風呂とトイレを見ただけだ。

 いくら大丈夫だろうと、十日間のクエストの前だ。

 じいちゃんに一言言っておいた方がいいだろうと、探しているのに、じいちゃんはいないようだ。

 今日はゲートボールの日でもないのに。

 「じいちゃん?」

 僕は何気なく、じいちゃんの部屋の襖をあけた。

 がらがらっと音がして、立て付けの悪い引き戸が開く。

 和室の中に、じいちゃんはいないようだ。

 おかしいな、そう思って部屋を出ようとしたとき、僕はそれを見てしまった。

 そんなもの、見なければよかったのに、一度視界に入ってしまったそれは、僕の目を引き付けて離しはしなかった。

 それはゲートボールのクラブではなかったし、料理好きのじいちゃんが趣味で集めてる包丁でもなかった。

 それは誰がどうみても、鞘に納まった日本刀だった。

 鼓膜が空気の振動を拾うことをやめたように、世界から音が消えた。

 視界は広がりを失い、ただ僕と日本刀だけが空間に存在するみたいだった。

 僕はのろのろと歩く。

 そういえばじいちゃんの部屋に入るのは小学校以来かもしれない。

 よく片付いた部屋の中を、僕はまっすぐに歩く。

 すっと、文机に立掛けられていた日本刀の柄に触れる。ひんやりとした感触がある。

 見覚えがあった。

 でも、日本刀なんて全部同じに見えるのではないか。

 じいちゃんに日本刀の趣味が、もしかしたらあったのかもしれない。

 そんなことを脳の片隅で考えながら、でも僕は答えを確信していた。

 柄を結ぶ紐を解き、日本刀の柄を掴んで刀身を引き抜こうとすると、それは何の抵抗もなくぐにゃりとゆがんだ。

 芯のない鉛筆のように簡単にまがった。

 柄が落ちて、鞘が倒れ、その場に水がびしゃりと撒かれた。

 もしも鉄で出来た刀身が水になってしまったら、こんな風になるのかもしれなかった。

 「見て、しまったのですね」

 突然声がかけられて僕はびくりと震える。

 押入れががらりと開いた。

 そこにいたのはとても見知った顔だった。

 見慣れた制服のような服装に完璧なスタイル。

 でも、その表情は見たこともないくらい柔和でやわらかかった。

 「アリシアさん………なんですね?」

 少女はにこりと笑い、僕はコージの正体を確信した。

 じいちゃんの名前は孝次という。

 僕の名前、孝一が戦争で死んだじいちゃんの兄さんからとった名前であることを、僕はこのとき初めて思い出したんだ。

 「仕方ありません。ほとんどのものは新しく買ったマンションに移したのに、無用心にそんなものを置いておいてしまったマスターが悪いのです。

 私はこのことをマスター、孝次様に伝えに行こうと思います。

 ………おそらく、マスターは戻らないでしょう。お一人でも大丈夫ですか?」

 アリシアの問いに、僕はこくりと頷いた。

 金髪の少女は満足そうに微笑むと、僕に背を向けて去ろうとする。僕はその背に向けて語りかける。

 「アリシア。じいちゃんは僕がソフィだってこと、とっくにしってたんだよね?」

 知らないはずがない。

 なぜならコージは、僕の家の前まで車で迎えに来ていたんだから。

 「そうです」

 「じゃあ、なんで僕に、教えてくれなかったの?」

 沈黙が室内に空気を押し込めているみたいに息苦しい。でも僕は聞かないわけにはいかない。

 ひょっとしたら僕も、とっくにそのことに気がついていたのかもしれなかった。

 「じいちゃんの願いは、姉ちゃんを助けることじゃないの?」

 沈黙は、僕の声を再び吸い取って肥大した。

 息苦しさはいよいよ耐え切れないくらいになる。

 お腹が圧迫されて苦しい。

 心臓が脈打って破裂しそうだ。

 コージと同じ姿をした少女が沈黙を破って短く答えたのはだから、ほんの数秒後のことであったかもしれないけど、僕にとっては数時間にも感じられた。

 「そうです。マスターの願いは別にあります」

 僕はその場に膝をつく。

 ついに耐え切れなくなった痛みが、僕の心臓を止めてしまったのだろうか。

 そのまますたすたとアリシアは去っていく。

 僕は一人残される。

 涙が、ほほを伝って落ち、畳にぶつかってはじけた。

 「なんでなんだよ」

 嗚咽は、僕にそれ以上の言葉を続けさせなかった。




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