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ソルガル!!  作者: ファフニール
16/20

16マスターはいつもそう

16マスターはいつもそう



新宿の街、その上空で、突如爆撃音がとどろいた。

思い思いの能力で、はるか空の高みから爆弾を降らせていた四人のクレセントガールズが次々と、地上から迎撃されたのだ。

「怖い怖い」

言葉とは裏腹に、リリスは楽しそうに唇の端を持ち上げた。

この迎撃はリリスの能力ではない。

無害そうにやはり微笑む雪の様な白い肌をしたツインテールの美少女、ルシアが目立ちそうなビルに仕掛けておいたカウンタースキルの威力だった。

敵、つまり少数のプレイヤーを多人数で襲う集団プレイヤーの手口は、大まかに言うと次のようなものだ。


1.上空からとにかく目立つビルを爆撃する

2.驚いて飛び出してきたプレイヤーを地上部隊が数で圧倒して倒す


卑劣と言えば卑劣だが、新宿にほとんどのプレイヤーが集まる今の状況でもっとも効率のよいスタイルだろう。

あの踊り子の言葉を信じるなら、敵は二十人からの大人数になっている。狩の成功率は恐ろしく高いだろう。反面、彼らには最低でも二十個以上の鎧石が必要になるわけだ。

そこで、ルシアが仕掛けたのがカウンタースキルだった。僕も同じ様なトラップは考えていたけど、ルシアのそれは徹底されていた。

ルシアが選んだクラスは、その外見から受ける印象に不似合いな「受刑者」だった。全身を黒い革のベルトで縛ったボンテージ衣装で、女性の丸みが強調されている。ところどころからはみ出した白い肌が物凄く卑猥だ。

デフォルトスキルは「吸収」「十倍返し」、追加スキルスロットは3の衣装だから、ルシアのスロットは今5となっているはずだ。

ルシアのカウンタースキルは、デフォルトの「十倍返し」に「効果永続(2)」「反射(1)」「狙撃(2)」というスロットをフルにつかった豪勢なもので、彼女はそれを「やまびこ」と呼び、ここぞというビルの屋上に仕掛けたのだ。

例えば、「光線」スキルをデフォルトに持つ天使クラスのプレイヤーは、たぶん「光線」を「十倍化」した殺人光線を郵便局に向けて発射し、それを十倍の威力に跳ね返されて焼き尽くされた。

何らかの爆弾を都庁に向けて放った竜騎士クラスのプレイヤーは、やはりその爆撃を十倍にして返され消し飛んだ。

因果応報、自業自得とは言え、それは必殺のスキルを十倍に返され、しかも狙撃が付与される為に回避が不可能と言う恐ろしいトラップだった。

ルシアはトラップを仕掛けるだけで、指一本動かさずに四対ものプレイヤーを再起不能にしたのだ。

僕らはそうして集まった鎧石を新宿の各地にばらまき、やはりルシアがトラップを掛けてまわる。

「効果永続(2)」「自動発動(1)」「麻痺(1)」「アラート(1)」

こうしてうっかり鎧石に手を触れ、哀れにも麻痺状態で僕たちに発見されたプレイヤーは、為すすべなくゲームオーバーとなったのだ。

さて、リリスとルシアが最初に撃退したプレイヤーが二人、上空からの爆撃でトラップにかかったのが四人、鎧石に触れてコージに切られるかリリスに爆破されるかしたのが三人、上空で仲間が爆撃されたのに驚いて、僕たちに奇襲を受けてリタイアしたのが五人で、この時点で僕らは全部で十四人のプレイヤーを撃破した事になる。

踊り子の言っていた事が正しいとすれば残る敵は六人前後。

依然として向こうが優位となる数字ではある。

この頃になると、上空からの爆撃は止められ、鎧石のトラップも見破られて、スキル無効化されてから取り出されるようになってしまっていたので、ルシアはそれらを回収して回った。

二十対四が六対四まで改善されたのは大したものだけど、まだ勝機が堅い数字とは言えない。

そこで僕らは次の段階に進む事にした。

新宿の街を放棄したのだ。

「気が晴れた」

清々したという様な顔をして後部座席に乗るリリスに、コージが運転席から苦い顔をする。

「まさかお前を俺の車に乗せる日がくるなんてな」

「そう言うなよ」

そう言っておかしそうに笑うリリス。ちなみに、「俺の車」とは「俺が運転する車」という意味で、これはコージの車ではない。

はっきり言って、これ以上危険を冒して集団プレイヤーを排除する必要がなかった。彼らにはもう、他プレイヤー狩りをする余力はない。というより、人数が激減した彼らは、これまで虐げた少数のプレイヤー達に逆リンチを受けるかもしれないし、僕らにはそれに混ざる趣味はない。

発案したのはコージで、リリスは渋っていたが、コージが車の運転をすることであっさり折れた。

「ちなみに教えとく。セシルはリタイアしたよ」

後部座席から掛けられたリリスの言葉に僕の表情が凍りつく。コージはまっすぐに前方を見詰める。

敗れたとはいえ、コージと互角の勝負をしたセシルがリタイアしたと言う。

リリスの言うリタイアは、たぶんサバイバルクエストからの離脱だけを意味しない。

クレセントガールが消耗限界を越えた、つまり完全に破壊され、二度と同期が出来なくなった、事実上のリタイアなのだろう。

「真剣勝負だった。悔いはなさそうだった」

どんな状況で、リリスがセシルの最後を見ることになったのかはわからない。しかしその目には真実を告げる人の真摯さが写っていた。

「そうか」

コージは短くそう言っただけだった。

僕はふと、オリビアやメアリはどうなっただろうかと思った。

二人とも実力はあるが、集団プレイヤーのプレイヤー狩りに巻き込まれていたとしたら、まず助からなかっただろう。

そこまで考えて、僕はそれに意味がないことを思い出した。

ほかのプレイヤーを気遣うことに、意味なんてまったくないんだ。

ソルガルの勝利者はたった一人なんだから。



僕たちが新宿を出たのがすでに午後七時を回っていた。

車はそのまま当てもなく走り、渋谷方面を抜けて品川の方へ走る。

何せ渋滞も信号すらないのでめちゃくちゃ早い。

ルシアは「検索」スキルで常に他プライヤーを検索し続けたが、午後九時、車がレインボーブリッジに差し掛かるまで、僕たちに向かってくるプレイヤーはいなかった。

いや、いないはずだった。

七色のイルミネーションで輝く長大な橋、その真ん中あたりに車が差し掛かったとき、突如ルシアが叫んだ。

「直上に敵!数は四だ!鎧石を八個持っています」

間違いない。集団プレイヤーの生き残りだ。十中八九僕たちを追って新宿から来たのだろう。

「ふぅん。なんで今まで気づかなかった?」

リリスが楽しそうに頬をゆがめる。

「スキルだろ?ステルスとスキル無効化とか複合すれば、検索も何とかなるんじゃないか?」

「なるほど」

コージの答えに、僕は素直に相槌を打つ。

まぁいいや、とリリスは言った。

「ルシア、とりあえず『やまびこ』を準備。最後にもう一暴れといこうか。ソフィ、天井を開けろ」

リリスの考えに思い当たり、僕は車の天井を液化してぐにゃりと広げた。丁度前の座席から後部のシートの背もたれくらいまでの天井がばっくりと開く。

そのまま東京の星空を背景に、天を舞う巨大な竜が目に入る。

「使い魔(飛竜)」と「十倍化」あたりの複合スキルだろうか。

その背に、四人のクレセントガールが乗っていることは間違いない。

攻撃はしてこない。

それはルシアの能力を警戒してのことだろうか。

リリスはお構いなしに、両の手を豊かな胸の前で合わせながら、スキルを発動させる。

「火鳥招雷」と「十倍化」の複合スキル。

「『ニーズヘグ』」

巨大な炎と雷の鳥が上空へ向けて放たれる。

鳥は竜へ向けてまっすぐに飛び、そして強固な壁にぶち当たった様にひしゃげて消えた。

スキル無効化ではない。

もしそうなら竜もまた消えている。

「『絶対防御壁』か」

リリスが楽しげにつぶやく。

それとおそらく「広域」との複合か。

僕がそう思っていると、竜の影から顔を出した少女がいた。それは、あのとき僕らが逃がしたあの踊り子だった。

「『ものまね』」

リリスのスキルがまねされる。

災厄の鳥はしかし「やまびこ」を構えるルシアではなく、なんと車がまさに渡ろうとしているその道の前方、つまりレインボーブリッジに向けて放たれていた。

「やば」

ルシアが思わず口元を押さえた瞬間、巨鳥がコンクリートの虹へと突っ込む!

同時に上空から雨あられと爆発物が落下した。

まさかレインボーブリッジを…

「狙いは橋か!」

気づくのが遅かった。

恐ろしく頑丈なはずの橋はしかし、想定外の衝撃を受けて五メートルほどが欠落する。

「くそっ」

その腹の辺りを抉られた様になくした

コージが急ブレーキを掛けるがとても間に合わない。

突如進むべき道を失った車が、もうあと数メートルで、欠落した大穴に飛び込んでしまう。

海中に落ちればまだいい。

でも勢いの付いた車はおそらく、そのまま虹の橋の断面に激突し、木っ端微塵に破壊されるだろう。

「『錬金』『広域』。鉄を水へ!!」

僕はあわてて、車の車体を水へと変える。

おそらくコージの刀も水になってしまっただろうけど、非常事態と諦めてもらおう。

ばしゃっと車体とフレーム、エンジンが水へと変わる。

燃え盛る火炎を抱えた水の塊から、僕を含めた四人が慣性によって前方に投げ出される。

水と混じったガソリンが、後方で爆発を起こす。

「『液化』『広域』!」

「『ものまね』」

僕のスキルをコージが真似る。

あわや激突しそうになった、鉄筋コンクリートでできたレインボーブリッジの断面はどろりとした液体にかわり、僕ら四人はその中にどぷりと飲み込まれる。

頭上で生じる爆発。

僕たちが突っ込んだ虹の橋に向けて、その真上から、爆発物が雨あられと振り落とされたに違いなかった。

液化したコンクリートの中を、重力にしたがって海へと落下する僕ら。

コンクリートを抜けると、僕のすぐとなりを台場の海へと落下するリリスがにんまりと笑った。

「『飛翔』」

スキルを展開したリリスが僕の手を取る。

僕はリリスに引き上げられて、ぽっかりと半ばに大穴をあけた巨大なつり橋を見下ろした。

どぼんどぼんと遥か下で水音が聞こえる。

コージとルシアは海中へと無事落下したようだった。

見上げると、僕らより更に上、上空二百メートルくらいの場所に、竜は更に高度を上げていた。

その時うっかり(誓ってうっかり)、リリスの黒いミニスカートの中からなまめかしい太ももと純白の下着が見えて焦った。

「見るなよ?」

「見ないよ!」

リリスが唇をまげてにやりとわらう。

『マスターはいつもそう。他の女の子のことばかり見て』

誤解を招く発言は止めてね、ソフィ。

さて、スキル「絶対防御」は問答無用であらゆる攻撃をガードする障壁を作り出すスキルだ。欠点は一面しか防御できない事。

クレセントガールが両の手を突き出したその面だけ、何物も通さない強固な壁となる。

逆に言えば、両腕を使用せざるを得ない少女にとって、それ以外の面はがら空きになるんだ。

片腕をリリスに吊られる格好の僕は、ポシェットからカプセルを一つ取り出す。

「『倍化』」

スキルを掛けられたカプセルは、メロンくらいの大きさの球体になる。

僕はソフィの腕力でそれを飛翔する巨大な竜に向けて放り投げた。

「リリス、霧が広がったら爆撃して」

「了解」

魔女の格好をした赤髪の少女が、おかしそうに笑った。

「『解除』」

その瞬間、小さなカプセルに閉じ込められていた黒い霧が拡散する。

あっという間に広がった黒い霧の中に、まんまと閉じ込められる竜と四人のプレイヤー。

その中では、絶対防御壁が展開されているかもしれない。

竜が一キロ四方に広がった黒い霧から抜け出す前に、赤い炎の鳥が霧に向かって飛ぶ。

「リリス!下に向かって急いで飛んで!!」

東京タワーでクワガタの群を消し飛ばした「燃料蒸気爆弾」。

 「錬金」を覚えた僕が、より高温で燃えるナフサを「気化」して作った改訂版だ。

 正直、どれほどの威力になるか想像がつかない。

 リリスが高速で眼下に飛翔し始めた瞬間、炎の鳥が黒い霧に突っ込む。

 恐ろしい光量が背後でスパークする。

 これは、やばくないか。

 リリスはその威力を認めたのか、橋を通り過ぎても飛翔のスピードを緩めず、海の中へと突っ込んだ。

 どぽん、という派手な音を立てて水柱を立てた僕ら。

 だが頭上では、それどことではない爆音が連続的に轟いていた。

 何と言っても「燃料蒸気爆弾」の恐ろしいところは、爆撃が連続して起こることだ。

 雷雲の中で絶えず稲妻が爆発を起こしているように、太陽内部で常に水素が爆発しているように、燃料蒸気の黒い霧の中では、ナフサが、ナパームの様な爆発を連続して起こしているはずだ。

 「ぷはっ」

 海の上に顔を出した僕たちが見たものは、煌々と赤黒く燃える、酷く不吉な空だった。

 「すげぇ」

 リリスがそれを見て素直に感嘆している。

 「お前、またやったな?」

 少しはなれたところで、やはり海上へ顔を出したコージがジト目で僕をにらんだ。

 うぅ。視線が痛い。

 「ソフィさんて、リリスが気に入るだけのことはありますよね」

 にっこり笑うルシアの天使のような微笑が、なんだかとっても痛かった。

 「で?どうだルシア?」

 どうやら「検索」スキルを発動させていたらしいツインテールの美少女に、リリスが声を掛ける。

 「う~ん、どうやったのか分かりませんが、二人、逃がしましたね。あの爆撃の中で確実にリタイアに出来たのは二人だけです」

 「ふぅん。反応は?」

 「ここから離れていきます。さすがに二人で破壊神を二人も相手にしたくはないでしょう?」

 「僕は、その……」

 「お前は何もいえないだろ」

 「……はい」

 申し開きもございません。

 「まぁ、いいや」

 すっかり興味を失ったらしいリリスは、それきりその話題を打ち切った。

 

 僕らの予想を裏切り、残り一日のクエスト時間は静かなものだった。

 だいたい銘々が必要な鎧石を手に入れ、戦闘の必要がなくなったんだ。

 そのまま平穏に、三日目の午前九時を迎えた僕たちはクエストをクリアした。

 僕たちは知らなかった。

 けれど感覚的には分かっていたんだ。

 この時点で残り四十名を切ったプレイヤー達の最後の戦いが、もう間近に迫っている事を。

 ソルガルは、まもなく最終楽章の演奏を始めるのだ。

 たった一人の勝利者を導くために。






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