15めっ、ですよ
15めっ、ですよ
二つの鎧石を手に入れた僕たちは、これでクリア条件を満たしたことになる。このまま残り丸二日間何事もなければ、の話であるが。
僕らの居場所は「地図表示」スキルや「索敵」スキル「検索」スキルなどの、知覚スキルで筒抜けになっている。
これから丸二日、正確には49時間と30分を、僕とコージは逃げ切らなくてはならない。空が白み始めるころ、コージの長すぎる説教を聴きながら、僕は漠然とそんなことを考えていた。
「聞いてるのか?コーイチ」
「聞いてます聞いてます」
僕が地下駐車場でニトログリセリンを炸裂させたせいで危うくリタイアしかけたコージは、その後池袋の地下道を駅に向かって歩き、明治通りを雑司が谷方面へ向けて歩いている間、ずっと絶え間ない説教を僕に垂れている。気持ちはわかるがいささか長すぎはしないか。とは思うが口には出せない。
「ってことだ。分かったらもうあんなことするんじゃないぞ」
「はい!」
ようやく終わったらしい説教に僕がいい返事をすると、コージはかえって胡散臭げな視線をよこした。
『今回ばかりはコージ様が正しいですよ』
反省してるよ。
『めっ、ですよ』
どうせならこういうかわいい説教がいいな。
「まぁいい。地図出してみて」
僕は言われるままに東京都の地図を開くと、スキル「地図表示」を発動させる。三日間のクエストの一日目が終了し、地図上には現在13の黄色い点が散らばっている。うち二つは僕たちが所持している分だ。
「思ったよりペースが早い」
黄色い点はお互いを忌避するようにルートを変えながら、そのほとんどが一点を目指して移動していた。すでに鎧石を所持しているプレイヤーは、それが既に必要数を満たしているプレイヤーであれば、友好な関係を築けるかもしれない。お互いがお互いを倒す意味がないから。だが集団プレイヤー達は必要数が足りてない場合がほとんどのはずで、彼らと鉢合わせをすると非常にまずい。
クレセントガール自身の性能はほとんど変わらない以上、数人に囲まれれば勝てる可能性はかなり低くなる。
スキルによっては覆せるかもしれないが、向こうだってスキルは使ってくるんだ。やはり勝てると思わないほうがいい。
そうした思惑が複雑に交じり合った結果、僕ら二人を含めた黄色い点はどうやら新宿を目指して移動していた。複雑に入り組んだ街並みは隠れるには有利であるし、すでに三日後を待つだけでいい仲間を集める為にも、人が集まっているところに行く必要はある。離れたところにぽつんと点がひとつだけ、ということになればまず真っ先に狙われるに違いないからだ。
僕らも新宿までは、意外にも誰にも邪魔されることなくたどり着くことが出来た。この時点で時刻は二日目の午後2時。残り時間は43時間となっていた。
ここからが、どうやらこのサバイバルクエストの本番になると言えそうだ。僕らはとりあえず新宿歌舞伎町のあたりをふらふらしてみることにした。
黄色い点が比較的新宿駅周辺に集まろうとしていたので、それよりは少し距離をとって、事態の推移を見守ろうと考えたからだ。
いかがわしい雑居ビル群は僕らの姿を多少は隠してくれるだろう。地図表示を発動させたまま、僕たちは息を殺してさまよった。
そして午後三時頃。それは突然に始まったんだ。
轟音が轟く。僕らがあわてて音源の方を見れば、それは天に向かってそびえる新宿エルタワーだった。
正確には、新宿エルタワーが半ばほどから倒壊する音だった。
「無茶苦茶やってやがる」
コージは苦虫を噛み潰したような顔をする。
だが、これも予想できたことだ。上位スキルの破壊力は凄まじい。僕が容易にニトログリセリンを錬金できる様に、何らかの凄まじい爆発物やスキルを作り出せるプレイヤーはいくらでもいるだろう。
突如、エルタワーのあたりから火柱が上がる。歌舞伎町からあのあたりまでは2キロは離れていると思う。ここから目視できるくらいだから、それはすさまじい火炎の塊なのだろう。
「あれ、なんだと思う?」
「さぁ」
地図上のエルタワーの辺りに、黄色い点が一気に三つ増えた。これでリタイアしたのは全部で16人になったことになる。
この段階で僕らには当然ながら二つの選択肢がある。
1.エルタワーに近づく
2.エルタワーから離れる
大抵の黄色い点はどうやらエルタワーから離れることを選んだようだ。蜘蛛の子を散らしたように新宿の街中に拡散する。そしてそれを燻りだそうとでもするように、ビル群がつぎつぎと爆発した。
敵はそもそも黄色い点をめがけて、新宿中を破壊するつもりらしかった。
「リリスかな?」
「どうだかな」
あの破壊衝動丸出しの破壊神ならこれくらいのことはするだろう。しかしおそらくこれらの爆撃は目くらましのようなもの。さすがにこんな爆発に巻き込まれてリタイアするプレイヤーはいないだろう。だが現に三人のプレイヤーが離脱している。
だとすれば、爆発に乗じてプレイヤー狩りをしている実行部隊がいるはずだ。
そう考えていた矢先、僕らの目の前で新宿プリンスホテルが派手な音を立てて爆撃された。間違いない。爆撃は空からだ。
反射的に頭上を見ると、そこには白い翼をはためかす天馬に乗った甲冑の少女の姿がある。クラス「戦乙女」か!
「コーイチ、右だ!」
その時コージの声が鋭く放たれる。僕は反射的に左側へ倒れこむように転がった。僕がいた辺りを何かが通り過ぎ、ビルの壁面に当たって、そして大爆発を起こした。
ビルの一階フロアが抉れた様に露出する。スキルか、それとも爆発物か。判断する余裕が僕にはない。
「影を見ろ!」
コージが日本刀を抜きながらそう言う。僕が目を凝らすと、アスファルトの上に踊る人の影だけが見えた。
「ステルス!!」
突然投げつけられた爆発物の持ち主はどうやらこの影の主だ。「ステルス」スキルでその姿を隠し、頭上からの派手な爆撃に紛れてプライヤーを襲っているのか。たぶんそれがこいつらの手口。
「集団プレイヤー?」
「たぶんな」
同じ手口が新宿中で行われているに違いない。まるで戦時中の空襲のように、つぎつぎと新宿のビル群が炎上する。
僕はポシェットからカプセルを取り出してスキルを発動させる。
「『合成』」
本来、「合成」スキルは、スキルで生み出されものには適応されないが、「万物対象」をデフォルトに持つ錬金術師にならそれが出来る。
その中身ごと合成された二つのカプセルを、僕は影に向かって放り投げた。
あわてて後ろに下がる影。
悪いけど、そんなもので逃げ切れるもんじゃない。
「『解除』」
カプセルが解除されるとその中から、おびただしい量の液体が雨となって降り注いだ。
流石にすべてはよけきれない影。
中空で、人の形に液体が留まる。
液体はあっという間に硬化を初め、ほんの数秒後には地面と影とを完全に繋ぎ止めていた。
「くそっ」
ホームセンターで買ったエポキシ系接着剤の、A液とB液をそれぞれ別々のカプセルに入れておいた。
それぞれをカプセル化するときにスキル「接着」も発動させた、接着爆弾とも言える力作である。
影が身をよじって脱出しようとするが、氷のオブジェのようになった接着剤の塊がその自由を奪い容易には脱出させない。
それでもほんの数秒で、クレセントガールの腕力なら脱出ができるだろう。
そのほんの数秒間をコージが見逃してくれたらだけど。
「『ものまね』」
コージが踊り子のデフォルトスキルを発動させると、その手のひらの中に爆弾が出現した。それはついさっき影がこちらに放り投げた何かを「ものまね」したものだろう。スキルだったのか。
「『時限爆弾』と『自動発動』の複合スキルってわけか」
なるほど。接触した瞬間に爆発する様に「自動発動」を組み込んだのか。コージは無造作にそれを身動きの取れない影に向かって放り投げる。爆弾が影に接触しようとした瞬間、
投げつけられた何かが爆弾を地面に弾き飛ばした。
接触したにもかかわらず、爆弾は爆発しなかった。
「三人目!?」
雑居ビルの隙間から現れたのは、一枚の布を器用に体に巻きつけた、ギリシャの哲学者のような格好をした少女だった。服の裾からいろいろ大事な部分が見えそうで、非常に恥ずかしい格好だ。長い髪をアップにまとめ、メガネをかけている。たぶん「賢者」なのだろう。
その隙に影は自力で接着剤の柱を破壊する。
「ステルス」を解き、現れた姿は、異様に露出度の高い忍者のような出で立ち。お約束の網目状の衣装が大きな白い乳房をエロティックに強調している。「暗殺者」か。
「賢者」が爆弾を止めたのは「スキル無効化」のスキルだろう。防御は万全、上からは「戦乙女」に爆弾で狙われ、「暗殺者」の攻撃にさらされる。
「あきらめたほうがいいと思うよ」
………そして四人目。
現れたのはコージと同じ、踊り子の衣装をまとった少女だった。
「君たち勝ち逃げ組が徒党を組もうとしたように、メンバーが多い集団組も力を合わせようという雰囲気になったわけ。分け前が少なくはなるけど、狩は人数多いほうが効率いいでしょ?悪いけど完全に多勢に無勢。僕らは20人からの巨大グループになっている。無駄な抵抗はよしたほうがいいよ」
そう言って踊り子が酷薄に笑う。二十人………。
絶句する僕を楽しそうに見る踊り子。
コージに目をやると、渋い表情で踊り子を睨み付けている。たぶん必死に考えているはずだ、打開策を。
何か。何かないか。
一対一なら、あるいは二対二ならなんとかなるだろう。僕らは決して弱いプレイヤーではない。しかし四対二、あるいは二十対二で、果たしてまともな勝負になるのだろうか。
「まぁ、なるべく痛くない方法でアーマーを破壊してやるよ」
少女はそう言って左手を僕らのほうへ向け、そして次の瞬間、そのはるか頭上で爆音が轟いた。
完全に不意をつかれた戦乙女が何者かの爆撃を受けたようだ。
炎に包まれた天馬が地面へと落下してくる。
「くっ」
賢者がその落下点に走りより、地面に向けて手を当てる。おそらくは液化スキルを使うつもりか。
だが、その賢者に向けてまた巨大な炎の塊が迫る。
「くそっ」
仕方なく「スキル無効化」でそれを相殺する賢者。どうやらスキルであるらしい炎の固まりは消えうせるがその間に戦乙女は地面へ激突してしまう。
「リール!」
賢者がおそらくは戦乙女のものらしい名前を呼ぶ。甲冑のほとんどを破壊され、白い肌をあちこち露出させ、乳房など完全にまろびださせながらも、少女は何とか立ち上がったようだ。
流石は鎧装。かなりの強度である。
「なんだか苦戦してるじゃないか」
そう言って、何者かが僕らの頭上から声を掛ける。
黒いエナメルのブーツにフリルの付いたミニスカート。胸を強調するやはり黒いビスチェに肘までを覆うエナメルの手袋。つばの大きな帽子を被った少女は、赤い髪に、深く暗い目をしていた。
「リリス!」
破壊神と呼ばれる少女は、不敵に笑って地面に降りたつ。
「どういうつもりだ?」
コージのいぶかしげな視線に、しかし気を悪くした風でもなくリリスはくすりと笑った。
「昨日の敵は何とやら。あと俺はね、嫌いなんだよね」
そう言って両手を弾む胸の前であわせ、何らかのスキルを発動させる。
「大人数で少数派をいたぶろうってやつがさ!」
おそらくは魔術師!しかも超攻撃的スキル構成の!
雷をまとった炎の鳥が、肩で息をするような戦乙女に向けて突っ込む。すかさず、賢者がその前に現れてスキルを相殺しようとするが、その目の前ふっと炎の鳥が消えてしまう。
いぶかしむ賢者。
僕とコージにだけは破壊神の真意が理解できた。
「……3、4、5秒。じゃあな」
瞬間!
鳥が消えた空間が突然に大爆発を起こす。
わけがわからないという表情で爆発に巻き込まれる賢者。
その薄い衣装のアーマーは、その一撃で跡形もなく破壊され、アスファルトの地面に転がった少女の裸の胸の上に黄色い宝玉が出現する。満足げに微笑むリリス。
「上出来だ。ルシア」
リリスの目線の先。
そこでは不憫な戦乙女が、やはりアーマーを破壊され胸元に宝玉を出現させていた。
「お安い御用ですよ、リリス」
爆発に乗じて、戦乙女は銀髪のツインテールをした雪のような肌の美少女によってリタイアさせられていた。
「そ、そんな……」
「ちっ、退くぞ、ジェニファー」
踊り子と暗殺者は瞬転でさっていった。
リリスはそれを気にした風もなく見送ると、僕に向き合って言った。
「ソフィ。俺より派手に爆撃するなんて、許せないと思わないか?」
「そうだね」
僕はそんなリリスのものいいがおかしくなってくすりと笑ってしまった。
「よし。手を貸せ。思い上がった馬鹿どもを残らずふっとばしやる」
怪訝そうに眉をひそめるコージとにこにこするルシアを背景に、僕はリリスが差し出したその手を握手したのだった。