14あなたの事がときどき分からなくなります
14あなたの事がときどき分からなくなります
更に数発の弾丸が闇から飛来する。コージはそれをまるで意に介することなく闇の奥へと向かい走り抜ける。
自動回避が上位スキルである所以だ。
クレセントガールの人間離れした身体能力は弾丸をかわすことすら不可能ではない。だけど、それを操る人間の僕らには、判断能力の限界というものがある。自動回避は広範囲攻撃などの回避不可能な攻撃以外はオートでかわしてくれる便利なスキルだ。よほど対策を練らないと、コージに一撃を当てるのは難しい。
絶え間なく続く銃弾は、一発たりともコージにかすりもしない。
闇の中から少女の声で舌打ちが聞こえた。
「そこか!」
迂闊、としか言いようがない。コージは二本の日本刀を抜刀し闇に向けて駆けようとして、そして大きく一歩下がった。
「?」
スキルが強制した緊急回避を、コージすら不可解に思ったコンマ数秒後、コージの進行方向に向けて炎の柱が迸った。
「熱っ」
ぎりぎりで熱線をかわしたコージの目の前を、恐ろしい温度に見える熱風が通り過ぎる。コージはさらに自分の意思で数歩退く。その隙に、闇の中で誰かが退く気配がした。
「ちっ」
狙撃者はまんまと逃げおおせたようだ。しかし依然僕らは炎の襲撃にさらされている。
「下か!」
コージがそう言った瞬間僕の足元から火炎が噴き出した!
「コーイチ!」
今の僕は液化している。こんな炎の一撃を食らったらひとたまりもない。
「ちょっ」
いくらなんでもこれはどうしようもない。スキルもカプセルも間に合いそうにない。
僕が目を瞑りせめてもの抵抗として両腕を眼前に交差させた瞬間、コージの剣閃が煌いた。
「『空間断絶』『遠隔五十歩』!!!!」
その一撃は、僕の足首から下と上との空間を瞬時断絶する。
「うぐっ」
とてつもない灼熱感!!
一瞬の後、僕の足首から下は蒸発して消えていた。しかし断絶した空間の壁は青い髪の美少女の肉体の、九割以上を無傷のままにしてくれた。僕はその場に倒れこむ。なんで僕はこうも簡単にいつも足を失うのか。
「っの野郎!『ものまね』『十倍がえし』、『因果鶯報』!!」
コージが凶悪な仕返しのスキルを発動させる。僕の足を焼いた炎とすら比べ物にならない大火炎が、下階に向けて放出される。
炎は床を焼くことなく、下階に向けて吸い込まれていく。悲鳴が聞こえて、下の階から人の気配が去った。どうやらスキルは「火炎放射」と「物質透過」と何らかの「遠隔」の複合スキルか。
「コーイチ!」
コージがあわてて僕に駆け寄る。
僕はその時には体の液化を解いている。足首から下は消し炭のようになっていた。アーマーはフィールドを減損されたのだろう。ジャケットが消失し、ブラウスも破れ、乳房のふくらみが露出していた。フィールドの損失はアーマーの状態に反映される。
「な、なるほど。これはわかりやすいね」
「馬鹿。はやく復元しろ」
「うん、っく」
僕はスキルを変更すると、まず両の足首を復元した。ずたずたになって白い骨まで露出した僕の足が欠陥だか筋肉を再生していく様は、食事中には絶対にお目にかかりたくない光景だった。ほんの数秒で可愛らしい小さな足は白い素肌につつまれ、ついで厚底の革靴に包まれた。脳髄を抉るような痛みが嘘のように消え去る。
上位スキルが解禁されて、この復元スキルを習得していないものはいないだろう。スキル解禁時に習得できた上位スキルは僕の場合二つだけだった。消費ルナがとてつもないのだ。多くても、今回の参加者の中では三つくらいが関の山だろう。おまけに上位スキルはスロットを二つも消費するので使い勝手もよくはない。
次に、僕はフィールドの復元を試みる。普通「復元」スキルの対象は自分のクレセントガールの肉体だけだが、「万物対象」スキルを持つ錬金術師ならフィールドの、つまりアーマーの修復も可能なはずだ。その証拠に、僕の足をつつむアーマーの一部である革靴はあっさりと復元されている。
僕が服の破れた部分に手をかざすと、予想通りアーマーは修復された。
「あぶなかった」
「油断しすぎだ、馬鹿」
コージが僕に怒気と心配の篭った声を掛ける。
「ごめん。下の奴は・・・・・どうなったかな?」
「さぁな。追撃がないところを見ると一旦引いたか。仕留めたとは思えないな」
「だよね」
金髪の美少女が差し出した手を取って、僕は身を起こす。地図表示スキルを発動させたが、案の定。壁に掛けられた館内地図に鎧石の反応はない。炎の襲撃者もまんまと逃げおおせたようだ。
「取り敢えずここを離れるか。ったく、今日はゆっくりするはずだったのに」
「エレベータは使えないよね。このまま、『どこでもプール』60階、降りようか」
後一基、エレベータは生き残っているが、僕が敵なら無防備に降下して来る密室の中に閉じ込められた獲物を逃がしはしない。
「・・・・それしかないか」
コージが気乗りしない風にそう言ったので僕は地面に手をかざす。
サンシャイン60に到着してたったの十時間で、僕らは逃亡を余儀なくされたのだった。
慎重に一階づつ降りていった僕らが地下にたどりつくのには、実に一時間もの時間がかかった。こんなことなら非常階段を駆け下りた方が早かったかもしれない。
時間のロスを嘆いても仕方ない。とりあえず僕らはステルスを発動させたハイブリッドカーで、逃げるように池袋のシンボルタワーを後にすることにした。
幸い、車は来たときと同じ様に駐車場の一角にそのまま停車していた。コージはやれやれと一言言ってそのドアに手を掛けようと車に近づく。
そこで初めて、僕は間抜けにもその可能性に気付いた。
「コージ!」
「?」
不思議そうにこちらを向くコージはすでに車のドアを開けていた。考えすぎか。僕がそう思った瞬間、コージは不快げに扉をにらむつける。
「て、手が離れない・・・・・?」
コージはまるでへたくそなパントマイムの俳優のように、ドアに手を掛けたまま、その手を引き離そうと懸命にひっぱったり押したりしている。
「接着」
変化系中位スキルと、「効果持続」の組み合わせか。
その時、コージが手を捕らえられた車に向けて、炎の一閃が襲い掛かる。やはり、トラップだ!
「コージ、ドアを壊せ!」
僕の意図に気付いたコージはすぐさま日本刀を繰り出す。
「『袈裟切り』『斬鉄』!」
強度補正された愛用の刀はあっさりと鋼鉄のドアをくりぬき、コージは地面を蹴りつける様に背後に飛ぶ。
炎の斬撃が車体を捉え、次の瞬間、それは映画で見る様な大爆発を起こした!
おそらく。
外装を透過させて、直接エンジンを狙ったんだ。
コージはその爆風を姿勢を低くしてやり過ごし、そして銃弾の音が響いた。
「ぐあっ」
「コージ!!」
体勢を崩したコージを、どうやら弾丸が捉えたようだ。僕はあわててコージに向けて駆け寄る、が、炎の一撃が僕に向けて大きく弧を描く。
「こ、のっ」
地味に防御が難しい技だ。僕は瞬転スキルを使って後ろに下がるしかなかった。炎が巻き上がるその奥に、やけに露出度の高い黄金の甲冑を着た、赤茶けたドレッドヘアの少女が見える。少女はにやりと笑い、そして更に一撃を放つ。
まずい。後方に下がった僕はコージと完全に引き離された。手負いのコージ独りで、果たして銃撃の使い手を倒す事が出来るか。
「人の心配できる、身分じゃないと思うけど?」
色黒の少女は、ピンク色のぼってりとした唇で僕に向けてそう言って笑った。ふぅ、と僕は溜息を吐く。まったくその通りだ。
コージ、こんなとこで終わらないよな。
僕は金色の甲冑の少女に意識を集中するべく目線を向ける。
ソフィよりも少しだけ背が低いらしい少女は、胸元がばっくり開いた金色の鎧で身を包み、肩には大げさな肩当てが付いているくせに、下半身にはミニスカートしか穿いてない。まったくもって、不条理な格好だけど、僕はだんだんとソルガルのファッションセンスには慣れっこになってきていた。
「『皇帝』?」
僕が呟くと、少女は否定とも肯定ともとれる微笑を浮かべる。少女はそのまま無言で、僕に向けて手の平をかざした。
瞬時。
僕の右肩のあたりに熱量を感じる。
慌てて後ろに倒れこむように避けると、今の今まで僕がいた場所を、赤い炎の尾が通り過ぎた。
僕はそのまま後ずさる。
正直言って僕らの相性は最悪だ。
彼女の攻撃は僕に届くのに、僕には彼女の間合いを越える決定打はない。僕が彼女のアーマーを破壊するためには、大分近づく必要があるんだ。
おまけに、僕のデフォルトスキル「錬金」は炎の様な現象を防御するのに少しも使えない。「錬金」はあらゆる物質を質量を同じくする別の物質に置換できるスキルだ。だが、である。炎は物質ではない。現象だ。もっと正確に言えば電子の放出だ。
彼女の間合いは、おそらく遠隔五十歩かそれ以上だ。物質も通過できるから物陰に隠れることもできない。
僕は仕方なく、そのまま無策に後方に逃げ続けた。コージからは距離が開くばかりだ。炎の少女は、意図的に僕をコージから遠ざけていることは分かったが、どうにもならず、僕は後ろに下がり続けた。
サンシャイン60の駐車場は広い。広いが、しかし無限ではない。僕の後方、およそ十メートルも下がれば、そこはもう行き止まりの壁だった。
僕はここで覚悟を決め、ポシェットから一つのカプセルを取り出す。甲冑の少女が怪訝そうに眉根を寄せる。
「ふふん。切り札ってわけ?」
子供の様な話し方をするな、と僕は思った。僕だって中学生だけど、僕より更に小さな子供のような声の響かせ方だった。
僕はカプセルを甲冑の少女に向けて放り投げる。少女は警戒するように一歩下がる、が。別にそれでどうこうしようってわけじゃないんだよ。
「『解除』」
僕がカプセル化を解除したと同時に、カプセル内からはどす黒い煙が噴出した。「気化」と「カプセル化」の複合スキル、「スチームボール」で作り出した煙幕だ。
「なんだよ、こんな、目くらましか!がっかりだ!」
何とでも言え。今は何より距離を取ることが最優先。僕は煙幕が僕と少女を隔離している隙に、スキルを発動させ、そして、その時爆発音がとどろいた。
「!?」
爆風は容易に煙幕を消し去り、まだ完全に晴れ渡っていないとは言え、甲冑の少女はその視界に、明らかに狼狽した表情の青い髪の学者服の少女を捕らえたことだろう。唇の端がにやりと歪む。
「馬鹿だな。考えなかったの?僕とルーのどちらかが、エレベータで爆弾を送った犯人だって。この場合、とても残念なことに、僕が爆弾魔だったんだよ。煙幕なんて、爆風で吹き飛ばせる。残念だな。本当に張り合いがなかった」
そう言うと少女は、その手を高々と上げる。炎の斬撃が、青い髪の少女を肩口からばっさりと焼き切った!
そういう風に、見えたんだろう、皇帝?
ドレッドヘアの少女は驚愕に目を見開いていた。
「何?空間に皹?」
僕はにやりと笑った。あせりの色が濃い少女の声が言ったとおり、青い髪の少女が笑うその景色に、まるで空間がひび割れたように亀裂が入っている。
だが、それはもっと単純にこうも言えるはずだ。
鏡に皹が入ったようだと。
「鏡!?」
遅い。
まんまと僕の鏡像に目を奪われていた少女の前に、僕は死角から飛び出した。
種明かしは拍子抜けするほど簡単だ。煙幕は僕の姿を隠すためのものじゃない。僕が、駐車場の壁面を鏡に「錬金」する、その様子を隠すためのものだったんだ。
「くそ!」
皇帝は慌ててその身を翻す。でも、どう考えても僕のほうが早い。僕はポシェットからカプセルを取り出し、その中身を少女に向けてぶちまける。
「ひゃ、なんだ!」
冷たい液体に声を上げる皇帝。僕はその隙に、右手で少女の右のふとももに触れた。
「『錬金』、たんぱく質を金へ」
「!?」
スキル「錬金」は必ず何を何に錬金するかを明確に口に出さなくてはならない。そして広域スキルとの組み合わせは、クレセントガールに対しては使えない。効果範囲内にいる、僕の肉体も影響を受けてしまうからだ。こうして、触れながら使うのが一番リスクが少ない。少女のむき出しの太ももが黄金に置換され、関節の皮膚が黄金と化して少女の動きを封じる。アーマーは物理攻撃を防御することに関して発揮されるが、スキルの妨害をすることはできない。もっとも皇帝は「スキル耐性」を持つ為、スキルは威力を半減される。本来であれば、「錬金」は彼女の筋肉繊維までを黄金に変えただろう。
「くあっ」
その場に倒れこむ少女。僕はそれを見届けると、後方に向けて大きく下がる。仕込みはこれで終わり。勝負も決着だ。僕の勝利で。
僕が止めを刺さずに下がったことを皇帝はいぶかしんでいる様だった。皇帝は自分に掛かっている液体の正体に気づいていないに違いない。ガソリンなどと違い、匂いのきつい液体ではないから。
僕は皇帝に向けて人差し指を向ける。
脚を封じられ逃げようがない少女に向けて、僕はスキルを発動させた。
「『火炎弾』」
炎の塊が少女を襲う。少女はそれを両腕を眼前でクロスさせることでガードしようとする。普通の火炎弾であれば、少女のアーマーを破壊することは出来ないだろう。なにせ皇帝のアーマーは鎧装。最強度を誇るのだ。だが、仮に、皇帝がその身に浴びているのが、おそろしい爆発力を持った化学物質だったらどうだろう。ガソリンや、火薬なんか目じゃないくらいの、そう例えば。
ニトログリセリンだったら。
爆発を、僕は直接には見ていない。なぜなら地面を液化させ、その中に逃げのびたからだ。炎が、少女にちらと触れた瞬間。あ、これはやばいな、と直感した僕は即座に足元のコンクリートを液体へと変えた。
次の瞬間。
爆音が頭上で轟いた。
断続的に響くその音は、まるで空襲でも始まったかのような凄まじさだった。僕はまったく失念していたけど、ここは駐車場だ。満車にはほど遠いとはいえ、そこそこの台数の車が止まっているその只中で、ダイナマイトが炸裂したらどうなるか。僕は考えてしかるべきだった。
その後の恐ろしい爆音は鳴り止まず、僕はただただコージの無事を祈った。さすがにこれでリタイアでは目も当てられない。
ようやく爆音が止んだ頃、僕はのそりと身体を起こした。その光景に、僕は唖然とした。
金色の甲冑の少女がいた辺りは地面と天井に大穴が開いていた。周囲には燃え盛る数台の自動車がもくもくと煙を上げていて、天井を支える支柱が一本、ぐにゃりと曲がっている。
『おとなしい方なのか過激な方なのか、あなたの事がときどき分からなくなります』
頭の中に響くソフィの言葉が耳に痛かった。
僕が慎重に爆心地に進むと、一人の少女がのびている。
完全にアーマーを破壊され、白い素肌を露出させた少女が目を回していた。ふっくらと膨らんだ胸元に、黄色い光の塊が浮いている。目立った外傷はないように見える。これほどの爆発でアーマーが破壊されただけで済むんだから、やはり鎧装の防御力はすごい。
美少女の裸体にどきどきしながら僕がそれを拾い上げた瞬間、少女の姿が光に包まれて消えた。「鎧石」を奪われたので、リタイアしたんだろう。
僕はほう、とため息をついて手のひらの中の「鎧石」を見る。金色に光る石。それは目だって仕方がなかった。予定は完全にご破算だ。これから残り丸二日。僕らはこれを守り通さなくてはならない。
「やったな」
背後から声がかかった。振り向くと、そこには踊り子の姿をした金髪の美少女の姿があった。
「コージ!ごめん、無事でよかった!」
コージはにこりと笑うと僕の方へ歩いてくる。僕はそのしぐさに違和感を感じて首をひねる。怒っているんだろうか。
「ごめん、本当にごめん!もっと今後は後先考えます」
僕の台詞にコージはまたにこりを笑った。
「いやいい。そんなことより、それ、ちょっと見せてくれないか?」
そう言ってコージが僕の手の中の鎧石を指差す。僕はどこか拍子抜けしながら、それをコージに向かって差し出す。
「ありがとう、ソフィ」
「!?」
僕は反射的にコージを蹴りつけていた。いやコージの姿をした何かを。コージは決して僕のことをソフィなどとは呼ばない。僕をそう呼ぶのは、例えばスキル「検索」などで、僕のプレイヤーネームだけを知るような、つまり敵だけだ!
「まいったな」
コージの顔をした誰かがそう言って唇をぐにゃりと曲げた。そのまま自嘲気味に笑う。「追いつかれた」
その胸を貫通して日本刀が生え出していた。背後には、やはりコージが立っていた。
「強いな、お前ら」
コージが続けざまにもう一撃を放つと、ほとんど裸になった黒褐色の髪の美少女が、そのスレンダーな肢体をその場に投げ出した。何らかのスキルでコージに化けていた、おそらく銃士の少女は、すでにコージとの戦闘でアーマーの大半を破壊されていたらしかった。
「残念」
その胸元に、黄色い球体が浮かび上がる。コージがそれをその手に取ると、少女の姿が光に包まれて消えた。僕たちの勝利が決した瞬間だった。金髪の踊り子はそれを数瞬見つめて、そして僕を見てにこりと笑った。
「コーイチ」
それは背筋がぞっとするような、素敵な笑顔だった。
「夜が明けるまで説教されるのと、この場で切り捨てられるのどっちがいい?」
よく見ると、コージの髪が少し焦げているような気がする。踊り子の衣装って、そんなに、ほとんど胸が飛び出しそうなくらい露出してたっけ?
コージのちっとも笑っていない目を見返すこともできずに、僕は小さく「説教でお願いします」とつぶやいたのだった。
<キャラクターデータ>
◆ルー
クラス銃士(スロット3)
銃撃(D)自動迎撃(D)
接着(1)液化(1)誘導(2)ブーメラン(1)取り寄せ(1)複製(2)偽装(1)ものまね(2)
◆シェリー
クラス皇帝(スロット6)
スキル耐性(D)物質透過(D)
百歩神剣(2)絶対防御壁(2)捜索(1)検索(2)時限爆弾(1)効果持続(1)接着(1)