13おまじないです
13おまじないです
さて、サバイバルクエストとはどんなクエストだろう。
ソルガルからのメールの内容をそのまま反芻すれば、①期間は三日、②鎧石を一つ以上集めるという、それだけのことではあるのだけれど、この三日というのが案外曲者だ。もし鎧石を手に入れても、三日の間に奪われてしまっては元も子もない。ましてや、鎧石は誰でも初めから習得している下位スキル「索敵」で見つかってしまう。おそらく「地図表示」でも見つけ出すことが出来るだろう。今となっては「地図表示」に必要なルナは微々たるものだ。僕は習得済みだが未修得なら絶対に覚えるだろう。クレセントガール自身は「索敵」や「地図表示」では表示されないので、鎧石を手に入れるのはなるべく後半の方がいい。とは言え結局取りそびれても後が大変だから、加減が難しい。
そして今回はパーティー戦になるだろうことが予想できる。一対一ならそれぞれの性能にはそう大差はないんだから、徒党を組めばそれだけ奪取が容易になる。もちろんあまり大きな集団だと、鎧石を必要数集める事が大変になり、終盤、仲間割れになる可能性もある。それを考え、僕は今回コージと二人だけでクエストに臨むことにした。悪いけどオリビアたちには声をかけなかった。向こうからも何もなかった所をみると、同じように考えているのかもしれない。
もっともそれほど大きな集団は作れないだろうというのが僕の見解だ。なんといっても一晩しかないんだから。それも見越して、告知から実施までが異様に短いのかもしれない。
とは言え鎧石を手に入れると、集中的に狙われる危険性が高い。三、四人のパーティーでも二人しかいない僕とコージには十分な脅威だ。また、感知スキルの中位以上にはクレセントガールを感知するスキルもあるから、対集団パーティー用の対策は絶対に必要だ。勿論逃げる為の。
今回コージお得意の自動車は移動手段としては没寸前だった。何せ街中を車が走っていれば、それだけで妖しいから。人間がいない位相差世界ではカムフラージュになるほかの車がないんだ(あったとしたらそれは敵だ)。だがコージがどこからか、走行音がほとんどしないというハイブリッドカーを入手してきて問題は解決した。入手経路は聞かないことにした。コージはこの為に中位スキル「ステルス」を習得すると言う。
このくらいのことをメールで決めて、大筋を相談しあった。①まず一日目は地図表示を見ながら様子を見る。②二日目から動き出す。ターゲットを決め、尾行する。③三日目満を持して襲撃、という感じをベストな流れだと考えた。もっともこの通り上手くいくことなんてまずないだろうけど。
豊島区はここから近いから、八時半にコージが車で迎えに来ることになった。僕はおやすみとメールを打ってから、PCの電源を落とした。
本格的な対プレイヤー戦が始まることについて、戸惑いがないわけでもない。リリスの言葉は僕の耳に貼りついてはなれない。姉ちゃんを助けたいって言う僕の願いがどんな願いにも優先するなんてことは、きっとないんだ。
でも、それでも。
僕の前に立ちふさがる奴らは皆姉ちゃんを殺そうとする敵だ。
そのくらいの考えで行こう。
たとえそれがメアリやオリビアでも僕は倒す。それがあの両足を失った少年リリスでも、もう一度倒す。
誰だろうとそれは変わらない。
最終的に立ちふさがるのがコージだとしても。
「眠れないのですか?」
ベッドに横になって天井を見つめる僕を、隣で丸くなっていたソフィが見咎めた。最近は同衾することを止めることが億劫になってきて特に何も言ってない。この状態になれてきたというのもある。我ながら成長したもんだ。
「ううん、もう寝るよ」
そう言って目を閉じる。明日からのこと。一ヵ月後のこと。姉ちゃんのこと。色んなことがぐるぐるになって僕の頭の中を駆け巡る。
眠れないな、これじゃ。
僕がそう思っていると、僕の額に柔らかくて暖かい感触がふんわりと押し付けられる。僕はがばっと身を起こす。
僕のおでこに口付けたソフィはふふふといたずらっぽく笑って言った。
「おまじないです。よく眠れるように」
僕は真っ赤になってソフィと逆の方を向いてしまう。すると、僕の背中にソフィがぴとと貼りついて来る。抗議の言葉を発するべきだった。でも、なぜかこの日はそれが出来なかった。
「難しい顔をしています。今はほら、目を閉じて」
僕は言われるままに目を瞑り、そして背中に感じるソフィのぬくもりにだけ意識を向ける。するとほどなくして睡魔が僕の意識をまどろみの中に連れ去った。それが例えゲームを円滑に進める為のプログラムだとしても、僕を気遣う誰かのぬくもりは、ここにはいない母さんや姉ちゃんのものに思えたのかもしれない。
「よう」
「おはよう」
僕はやや奇抜ではあるけれどそれなりにはありそうな、古い私立の女子大の制服のような格好の美少女の姿でコージを待った。
八時三十分きっかり、コージは家の前に現れた。それは去年の十二月に発売されてテレビで話題になったから僕でも知ってる最新車で、絶対レンタカーではないなということにも驚いたけど、コージの格好にも驚いた。
「すごい格好だね」
「お前は、何か普通だな。そういうのも、まぁいいけど」
そういうコージの格好は、大きな谷間が胸当てに持ち上げられ、ビキニのような際どい下穿きにそれを覆う薄いヴェールってこれは。
「『踊り子』を選んだの?」
「似合うだろ」
そう言ってコージはその場でくるりと回る。揺れる長い金髪にその衣装はとてもよく似合っていた。やはりティーバックなので白いお尻が丸見えだ。蜂のようにくびれた腰にソフィよりも大きな胸。これで中身が男でさえなければ。
『もう一緒に寝てさしあげません』
ごめんなさい。
僕が心中で平謝りしてるとコージが運転席に乗り込んだ。
「乗れよ。行こうぜ」
コージが車のエンジンを掛ける。ボタンを押したらエンジンがかかるってどんなエスエフだよ。車がとても静かなことにも驚いた。エンジン音がぜんぜんしない。これなら確かにステルスをしていれば見つからないだろう。
「すごいね」
「まぁ、最新型だからな」
踊り子が自慢げに胸を反らせたが、たぶんお前の車じゃないだろ、それ。走らせていると途中でポップアップウィンドゥがあいた。時刻は九時丁度を指していた。
「クエストスタート」
サバイバルクエスト「鎧石を手に入れろ!」
1.クエスト種別対戦イベント
2.制限時間72時間
3.出現する敵なし
4.報酬286,000ルナ¥9,000,000.
5.勝利条件鎧石の取得
プレイヤーは他のプレイヤーのアーマーが破壊されたことで出現する鎧石を一つ以上取得した状態で72時間後のクエスト終了を迎えなくてはならない。
敗北条件アーマーを破壊された場合、またはクレセントガールが消耗限界を超えた場合
「お」
そう言ってコージがステルスを発動させる。これで車体は視覚から隠されたはずだ。こうしてどこか締まらない感じで、サバイバルクエストは幕を開けた。
「この辺でいいか」
コージは池袋のサンシャイン60まで車を走らせると、その地下駐車場に新型車を入れた。ステルスを発動させているせいか、ゲートは閉まらなかった。
「よかった。壊すと悪いからな」
今更という気はするけどね。
エレベータで一気に最上階まで上った。地上六十階はさすがに高い。ぐんぐんと地面を引き離す。
ちん、という音がしてエレベータが止まった。最上階は展望台になっているようだ。
「ここ、目立たない?」
「丸一日過ごすんだぜ?景色がいいほうがいいだろう?」
コージはよくわからない理由を言うと何基か設えられた望遠鏡を覗く。僕は短くため息を吐くと、出入り口の方に歩く。
「なにするんだ?」
「トラップ。一応」
僕は短く答えると、対プレイヤー用に考えたトラップを、エレベータの出口のところと、一応非常口の前に仕掛けた。
「わざわざこんな所に来る物好きいないと思うぜ」
僕ら二人以外にね。
豊島区を一望しながら「索敵」スキルを発動してだらだらと過ごしていた僕たちは、午後一時四十分、つまりスキル開始四時間四十分後に、見下ろした豊島区の一地点で、黄色い光が点滅するのを見る。
「豊島園のほうか」
コージはそう言うと僕に、地図を広げるように促す。僕は豊島区の地図を広げ、地図表示を発動させた。
「やっぱり」
目視と同じ場所に、黄色い点が表示された。
「少し様子を見よう」
コージがそう言って地図上の黄色い点をじっと見る。僕もそれに倣って息も吐かぬほどの集中力でそれを見つめた。
緊張する。
その黄色い点はつまり、誰かのアーマーが破壊され、クエストをリタイアしたことを意味する。まだクエストが開始してから四時間と四十分しか経っていない。制限時間約六十七時間を残して、誰かが動き出したのだ。
これは僕やコージの予想よりも大分早い。
ごくりと生唾を飲む錯覚を起こす。
「!?」
「・・・・・・」
十分後、光の点は二つになりやがて程なく三つになった。
それきり、光の数は変わらなくなった。
「どう思う?」
僕は地図に目を向けたままコージに尋ねた。三つの光の点は移動を始める。豊島園のほうから大塚の方へ移動しているようだ。
「よほど腕の立つ奴がいるのじゃない限り、相当の人数だな。想定外っちゃあ想定外。少なくとも五、六人ってとこか?」
三人構成だったのだろうパーティーを無傷で退け鎧石を奪ったんだ。僕もコージの意見に賛成だ。開始四時間と少しで行動に出たことも人数が多いとなれば頷ける。だが。
「ここからが大変だな」
その通り。鎧石を持っている以上その動きは把握される。手に入れた石を守りつつ、新たな石を手に入れなくてならない。でも、僕だったらあいつらには絶対に近寄らないから、石を持ったまま奴らは狩を続ける必要がある。
「人数が多い分焦りが出たかな」
コージは移動する三つの点を見ながら言った。僕とコージは、まだ動かない。
日が暮れた。サンシャイン60を囲む池袋の街はいつまでも煌々と明るい。地図上の光の点は三つ以上増えない。新大塚の辺りで夜を凌ぐつもりのようだ。クレセントガールに睡眠は不要だけど、ずっと集中してるのは疲れる。交代で寝よう。そんなことを話している時だった。
ずっと一階で静止していたエレベータが上階に向かって上がり始めたのは。
「何!?」
「いるじゃないか、物好き!」
僕はそう言って跳ね起きる。コージは虚空から日本刀を取り出す。そう言えば踊り子になってからのコージの戦い方を、僕はまだ知らない。
あっという間にエレベータはここまで上がってきた。扉が開いたら僕のトラップを発動させるつもりで目で合図を送ると、コージがそっと頷いた。
ちん、と音がして扉が開く。トラップを発動させようとして、そして僕は思わず叫んだ。
「爆弾!」
エレベータの中に入っていたのは数十個の爆弾だった。カチと音がしてそれらが一斉に爆裂する。
物凄い熱量が炸裂する予感がした。狭い展望台では逃げ場がない。それが僕以外であればの話だけど。
「『どこでもプール』!」
我ながらどうだろうと言うネーミングのスキルを発動させて、僕は地面に手を突く。たちまちに材質はよくわからない床が、半径十メートルほど一瞬で液化する。
「液化」と「広域」の複合スキルだ。
「ぬお!?」
自重で床の中に吸い込まれる僕とコージ。ごめん、説明してる暇がない。
僕らはそのままコンクリートの中を潜って59階まで降りる。そこは白いテーブルクロスが延々と続く、レストランだった。
頭上で、すさまじい爆音がして、ビルが揺れた。
ほっとするのもつかの間、コージが僕の頭を床に押し付ける。
「ふに」
情けない声を出すのと、頭上を何かが通り過ぎたのは同時だった。
「何?」
「わからん」
そう言って踊り子は虚空からチャクラムを呼び出した。コージの十八番「パトリオット」か。確かにあれなら、何が飛んで来ようが打ち落とせるが・・・・。
「コージ!僕は大丈夫!」
金髪の踊り子にそう言うと、コージはしばしだけ何かを考えてスキルを変更した。「自動回避」がデフォルトで備わっている踊り子にとって、この場面で「パトリオット」は必要ないんだ。僕の為のスキルなら、僕には必要ない。
程なく。
タンタン、という音が複数して何かが風を切ってくる。コージはそれをスキルでかわし、僕は。
この身で受けた。
「コーイチ!」
コージがあわてて駆け寄るが、僕はけろりとしている。何かがめり込んだ胸元に手を突っ込み、そのまま体の中をまさぐる。
自身を液化した僕にはあらゆる物理攻撃は通用しないのだ。
「先に言え!」
ごめんごめん。
僕の体から出てきたのはビスだった。二センチくらいのネジが切ってあるビスでおおよそ攻撃に使えるようなものではないけど。
「『銃撃』?」
「たぶんな」
弾丸くらいの大きさのものなら音速で射出することが出来る攻撃スキル。弾丸は強度補正を受ける。闇の奥からこちらを狙ってくる相手は、おそらくはその使い手。
「コージ」
「なんだ?」
僕はにやりと笑って言ってやった。
「予定変更?」
コージは細く丸い肩を竦めながら答えた。
「仕方ない。プランBで行くぞ」
そんなプランははじめて聞いたけど、僕らの初日は高みの見物から、襲撃者の撃退へとその予定を大きく変えたのだった。