12私、綺麗でしょうか
12私、綺麗でしょうか
「うん。そうか。うん」
リビングで、じいちゃんが電話口に話しているのを、僕はじっと聞いていた。じいちゃんはずっと聞き役になっていたから、僕にはその内容まではわからない。けれどじいちゃんの口調から、病状がよくなっているようにはとても思えない。
「お前も気を落とすなよ。幸彦さんは・・・・そうか。来週な。一週間だけ?まぁ無理もないよ。うん、そうだな。わかった。孝一には俺からよく言っとく。じゃあ」
がちゃと受話器が置かれる音がする。リリスとの対決から二日、姉ちゃんが倒れてから二週間が経過した。二週間、姉ちゃんは目を覚まさない。
「孝一」
階下から僕を呼ぶじいちゃんの声がする。心配そうに僕を見つめるソフィに、うまく笑顔を向けることも出来ずに、僕は階段を下りた。
じいちゃんの説明は簡潔だった。
まだ姉ちゃんが目を覚まさないこと。来週一週間だけ父さんが帰国するが、うちには寄れず、神戸で姉ちゃんを看病すること。これはじいちゃんの見解だけど、母さんが相当まいってるので、父さんは母さんを休ませるつもりであるのだろうことを、本当に簡潔に話した。
そう言えばじいちゃんは定年するまで大きなコンピュータの会社に勤めていたはずだ。こういう説明はとても明瞭でわかりやすい。
最後にじいちゃんはその一言を発した。あんまり簡潔すぎて僕がその内容を理解するのには大分時間が必要だった。あまり簡潔なのも、だから考え物かもしれない。
「夏休みが終わるまでに、姉ちゃんが目を覚まさない場合、脳死判定の検査をやるそうだ」
僕の脳みそがそれこそ停止している間も、じいちゃんはたんたんと言葉をつむぐ。
「じいちゃんもよくはしらないが、脳死と判定するのにはいくつかの判定基準があるらしい。脳死はわかるか?心臓は動いてるけど脳が死んでしまっていて、回復する見込みがないから、それはもう死んだことにしようという、そういう仕組みだ。じいちゃんの若いころにはなかった。
美沙はほとんどの検査でほぼ脳死状態と判断される状態だそうだ。最後の検査は自発呼吸がないことを確認すること。一度呼吸器を外して呼吸してないことを確認する。脳にダメージが出るからな、本当に最後の検査らしい。この検査をするってことは、もう、脳死ってことがほぼ確実だってことだそうだ」
のうし?
もちろん僕はその言葉の意味を知っていた。今日日の中学生はそのくらい学校で習う。脳死判定の意義についてディスカッションをやらされたりもした。どうして僕はあの時真剣に議論しなかったのだろう。姉ちゃんが今、その瀬戸際にいるというのに。
涙が流れていることに、僕はしばらく気づかなかった。本当に悲しいとき、涙は自然にこぼれてくるんだって事を僕ははじめて知った。小学校のときそれまで飼っていたビーグル犬のビンゴが死んだとき、これ以上悲しいことはないってそう思ったけど、僕はそのとき以上に打ちのめされていた。
それでもじいちゃんは告げるべきことを告げるために言葉を続ける。喉の奥が痛くて目の奥があつい。
「美沙は優しい子だった。ドナーカードを知ってるな。そう。美沙は母さんの許可をもらってあれに登録していた。脳死と判定されれば、臓器を待つ病気の誰かの為に美沙から内臓が取り出される。じいちゃんにはわからんよ。それが誰かのためになることなのは、まぁわかるが」
そこでじいちゃんは一瞬ぞっとするほど険しい顔をした。僕はこのときじいちゃんは臓器移植に反対なんだな。それでこんな顔をしてるんだなと思った。
それから僕はひとしきり泣いた。
わけがわからなかった。
なんで姉ちゃんがこんな目に遭ってるんだろう。どうしてこんなことが僕の平凡な家庭に起こってるんだろう。なんで姉ちゃんの内臓を取り出すんだろう。なんで姉ちゃんを死んだことにするんだろう。
「今日はもう遅い。お前は寝なさい」
僕がようやく少し落ち着くと、じいちゃんがそう促してくれた。僕はお休みを言って二階に上がった。
「マスター」
眉根を寄せて心配そうに僕を見るソフィ。僕は何も考えられなくなって、その胸に顔をうずめて泣いた。ソフィはやさしく抱擁してくれる。リリスの言葉を思い出した。
『何でいまさら、こんなものが俺のところにくるんだ?俺が両足を切ったことなんてどうとでもなるとでも言うように、何でこんな。何でだ』
『だいたいなんで俺だったんだ。原因不明の病気で、脚を切られた。原因不明って何だ。馬鹿にしてんのか?』
『勝利者は、俺であるべきだ』
僕が勝つ。そう、かたく決意した。
それから三日間、がむしゃらにクエストをこなした。僕はきっと鬼気迫る表情をしていたかもしれない。
「お。気合入ってるな」
でも、そんな僕を見たコージはそういっただけだった。
三日目のその日、ソルガルからメッセージが届いた。僕は焦る心を押し殺して、そのメッセージを開いた。
<勇敢なるソルボーイの皆様へ>
こんにちは!
いつもソルガル!を楽しんでいただいてありがとうございます。
今日はソルガル!から皆様に重要な告知がありますのでメッセージをお送りしました。告知の内容は主に以下の三点です。
1.上位スキルの解禁
ついに!上位スキルが解禁されました。上位スキルは中位とくらべても比較にならないほどの威力を持つ強力なスキルです。ただし、装備するためにスキルスロットを二つ使用しますのでご注意ください。これまでと同様派生したスキルのみしか原則拾得できませんが、デフォルトスキルはその限りではありません。デフォルトスキルについては2のクラスシステムの実装についてご参照ください。
2.クラスシステムの実装
新スキルシステムとしてクラスシステムが実装されました!
ソルボーイの皆さんはそれぞれのクレセントガールを「クラス」という職業に就かせることができます。
「クラス」にはそれぞれ「アーマー」という防具が付与されます。「アーマー」には「衣装」「武装」「鎧装」の三種類があり、それぞれにC~Aの「耐久値」が設定されています。
またアーマーにはそれぞれ「追加スロット」がありクレセントガールのスロットに加算できます。
「追加スロット」とは別に「デフォルトスキル」というものが「アーマー」には備わっています。これは装備解除不可能なスキルです。スキルスロットに装備されたスキルと同様に扱われ、複合スキルも可能です。
「衣装」「武装」「鎧装」の順に「耐久値」はC、B、A。「追加スロット」は3、2、1。そしてデフォルトスキルは上位2、上位1中位1、中位です。
「衣装」アーマーは耐久値は心もとないものの、スキルの運用という面では他の追随を許しません。また「鎧装」アーマーは耐久値は万全ですがスキルの習得に工夫が必要です。「武装」はその間を取った「アーマー」となります。
「耐久値」がゼロになると「アーマー」が破壊されます。破壊された「アーマー」は「鎧石」となって保存され、一般のクエストでは保管されますが、後述の「サバイバルクエスト」においては他のソルボーイに奪取されてしまいますのでご注意ください。
また「アーマー」は特殊なフィールドを形成して防御力としています。実際の形状と耐久値に相関関係はありませんが、フィールドが破損すると、その分「アーマー」が視覚的に破壊されます。フィールドは目視できませんので、「アーマー」の破壊を目安としてください。
以下に全21のクラスを記載します。
クラスカテゴリー耐久値追加スロットデフォルトスキル
踊り子衣装C3ものまね自動回避
魔術師衣装C3隕石召喚火鳥招雷
賢者衣装C3言霊五秒スキル無効化
受刑者衣装C3吸収十倍返し
医聖衣装C3復元ウイルス
錬金術師衣装C3万物対象錬金
呪術師衣装C3眼力着火幻影
皇帝鎧装A1スキル耐性物質透過
戦乙女鎧装A1使い魔(天馬)光剣
砲撃主鎧装A1砲撃城壁
侍鎧装A1斬鉄刀剣練成
戦士鎧装A1怪力無双硬度12
竜騎士鎧装A1使い魔(飛竜)火炎放射
求道者鎧装A1オーラカウンター
神官戦士武装B2絶対防御壁治癒
銃士武装B2銃撃自動迎撃
獣人武装B2雄たけび獣化
暗殺者武装B2影縫いステルス
悪魔武装B2空間開闢重力倍加
天使武装B2光線浮遊
闘士武装B2オーラマスター遠隔五十歩
3.サバイバルクエストの解禁
サバイバルクエストが解禁されました。サバイバルクエストは現存するソルボーイズすべてが参加となる強制クエストです。東京23区のいずれかの区が指定されフィールドとなります。
クエストの目的は「鎧石」の奪取です。制限時間である三日以内に一つ以上の「鎧石」を集めてください。方法は以下の二つがあります。
1他のクレセントガールの「アーマー」を破壊する
つまり少なくとも一人以上のクレセントガールの「アーマー」の耐久値をゼロにして、破壊してください。クレセントガールを破壊した場合も「鎧石」は残ります。「鎧石」は破壊不可能オブジェクトです。あらゆる物理的方法、あるいはスキルを用いても破壊することは出来ません。また「鎧石」は下位知覚スキル「索敵」に黄色い点として表示されます。
2他のクレセントガールから「鎧石」を奪う
他のクレセントガールが手に入れた「鎧石」を奪った場合も、制限時間経過後クエストクリアとみなされます。
「鎧石」はクエスト終了時「追加アーマー」として登録され、「クラス」に変化が起こります。追加できる「鎧石」は一つだけですのでご注意ください。
尚、上位スキルの解禁に伴い、サバイバルクエスト中の被害は相当のものになることが予想されます。ソルガル!は人命に被害が出ないように最大限の配慮を行いますが、構造物等の破壊は実害となりますので、各人のモラルの範囲で行動してください。
サバイバルクエストは以下の日時、場所で開催されます。
日時:明日九時より
場所:豊島区
「明日ぁ!」
僕はびっくりして思わず叫ぶ。いくらなんでも急すぎないか。文句を言っても仕方がないけど、じゃあ今日中に説明にあった「クラス」や上位スキルの習得を終えないといけないわけ?
僕は一瞬めまいがしたけど、気を取り直して気を引き締めた。姉ちゃんを助けるためには、とにかく勝たなきゃ仕方がないんだから。
長いメッセージを読み終わると、最後にURLの記載があった。マイページ内の新しいページのアドレスみたいだった。
クリックすると、「クラス設定画面」とある。どうやらここでソフィの「クラス」を設定しろということらしい。
画面中央には、現在の制服姿のソフィがデフォルメで表示されている。六頭身くらいのかわいらしいアニメ絵のソフィだ。それは初めのクレセントガール選択のときの画面に似ていた。
「なんだか恥ずかしいですね」
それと同じ格好をしたソフィがその言葉どおり、恥ずかしそうに画面を見つめるのがめちゃくちゃ可愛かった。
何はともあれ、すべてはここからだ。
デフォルトスキルという常時発動スキルがある以上、「クラス」を選定してから、自分で習得する上位スキルを選ぶべきだ。覗いてみると、上位の消費ルナは中位よりはるかに高い。間違っても習得スキルがデフォルトスキルと被るなんて無駄な真似は出来ない。
まずは「衣装」「武装」「鎧装」のどれを選ぶかだけど、「鎧装」は外していいだろう。デフォルトに上位が一つもないのはいくらなんでも不利すぎる。耐久値が高いのは魅力だが、ジリ貧になればいずれ削られ負けするだろうことが目に見える。オリビアのような近接戦闘にスキル以上の自信がある人ならいいかもしれないが、僕には絶対に向かない。
次に「武装」か「衣装」かだけど、これがすごく悩む。「耐久値」というのはどうやらサバイバルクエスト内では最大HPのことだ。それが一番低い「衣装」アーマーは下手したら一撃死するくらいかもしれない。であれば武装の方がいいだろうか。でもなんだか中途半端な気もする。
そう思って、僕は何気なく「クラス」天使をクリックする。画面表示内のソフィの姿が変化する。ちっこいソフィが、白いレースのような形状をした純白の鎧に身を包む。背中には大きな白い翼。頭の上には光輪で、まさに天使だ。耐久値B、追加スロット2、デフォルトスキルは上位の光線と下位の浮遊。やはりどこか中途半端な感じがする。
「う~ん」
僕がこれは違うかな、と思っていると、後ろから肩を叩かれた。
「どうでしょう、マスター」
振り返るとそこには、天使の衣装に身を包んだソフィの姿があって・・・・・・
「って、えええええええええええ!」
そこには恥らうようにほほ染めるソフィの姿があった。なんで現実のソフィに反映させる必要があるんだよ。
「イメージを捕らえやすいようにでしょうか」
いや、そうかもしれないけど。
現実のソフィは美しいの一言に尽きた。
短めの青いさらさらした髪の毛の上に輝く光輪をいただく様は天使というより女神だ。豊満なボディラインに合わせて作られた白い革鎧は、細かい精緻なレースがふんだんに使われていて、ウェディングドレスのようだ。でもなぜ革鎧は首や肩口や胸元を露出しているのだろう。しっかり守ったらどうなんだろう。おかげで胸が鎧に窮屈そうに持ち上げられていて、谷間がばっちり強調されている。ワンピースのような形状の革鎧はミニスカートのように股下でその役目を終えているので、白い編み上げのブーツとスカートの間には裸の足がとてもまぶしい。
肘まであるロンググローブもレースがあしらわれててとてもきれいだ。極めつけは背中に伸びた一対の白鳥のような羽。あまりの優雅さに目がくらみそう。
「私、綺麗でしょうか」
上目遣いで僕に尋ねるソフィに僕はぶんぶんと首を縦に振った。きれいすぎます。本当にありがとうございます。
「では、こちらになさいますか?」
いや、そういうわけじゃないんだ、ソフィ。膨れつらしないで。かわいいけど、でも、そういう見た目とかでは選ばないんだ。
第一。
「これ、要は僕が着るんだよね」
かなりげんなりした気持ちになった。
その後もいくつかのアーマーを見てみたが、どれも想像を絶する出来栄えだった。
例えば踊り子。衣装アーマーだが、谷間を強調する胸当てと際どいティーバックの下穿き、それを覆う薄布のヴェールという下着の様な衣装で、全然アーマーでもなんでもない。僕が見た中で全アーマー中最高の露出度を誇る。
「こういうのがお好きですか?」
白いおなかに縦に入ったお臍がとても魅力的で、思わずこれでいいんじゃないかと思ってしまった。だめだめ。ちゃんと選ばないと。
「ちょっと胸が窮屈かな」
そう言ってカップを持ち上げるソフィ。お願いだから僕を誘惑しないでね。
次に医聖。白いナース服の腰元をベルトで止め、体のラインを強調したミニスカートの衣装だ。うん。僕がナース服とか言ってる時点でこれ、医聖でも何でもないよね?
「マスターお顔が赤いですよ。お熱があるんじゃないかいら」
ソフィ。のりのりで僕のおでこにおでこを当てようとしない。
といった具合で、いろいろ見てみた結果、僕は「錬金術師」を選んだ。
スカラー帽に胸元をブローチの付いたスカーフで止めたブラウスの上にジャケットを羽織り、プリーツのミニスカートに黒い靴下、厚底の革靴という錬金術師というより私立の学校の制服みたいな衣装アーマーだ。スカートがちょっと短すぎるけど、露出度も低いし、格好も一番まともだったと思うが、何よりデフォルトスキルに目を奪われた。
「万物対象」「錬金」
万物対象は、基本的に生物には無効だった変化形スキルの対象をあらゆる事象に拡大するスキルだ。変化系以外のスキルを習得している人には無用の長物だけど、僕のような変化系特化にはこれ以上のスキルはない。たとえば、クレセントガールと地面を直接接着したり、僕自身を液化することもできるだろう。自身を液化すれば、物理攻撃はほぼ無効に出来ると思う。
次に錬金だ。
これは一般的な科学では考えられないが、質量が同じであれば触れたものをまったく別の物質に置換できるというソルガルならではのスキルだ。カプセル化と組み合わせればとても応用の効くスキルになる。大量の鉛を手に入れないと。
もちろん問題もある。「衣装」を選んだ以上、耐久値には期待できない。先手必勝で確実に、遠距離から相手の耐久値を奪う攻撃手段を考えないといけない。
「まぁ、それはこれからだね」
僕はそうつぶやくと「本当にこのクラスでいいですか?」というお決まりの文句に「はい」をクリックして答えた。
「クラス」が設定されました、というポップアップの後、ソフィの姿がもとの制服姿に戻る。
よかった。明日から「踊り子」を選んだ人はどうやってクレセントガールを隠すのだろうといらない心配をしていたからだ。
「もっと、大胆な格好でもよかったのに」
ソフィの呟きが聞こえないふりをして、僕は上位スキルの習得画面を開いたのだった。