10深刻なレベルに達しています
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「デュエルスタート」
合図のポップアップが消えるより早く、僕はポシェットの中からカプセルを取り出す。胸元に光り輝く宝石が出現する。
リリスにとって確実に不利な事実がひとつだけある。
それは彼が有名すぎたということ。
リリスという存在をオリビアから聞いたあと、僕は爆弾魔というイメージから想定できる限りのスキルを思い描き、その対策を考えていた。
確実にいずれぶつかる相手と思っていたからだが、それがこんなに早い事とは考えても見なかった。だけどそれで対策が不十分になったわけではない。
僕には臨機応変に対応できるよう作り出した、カプセルがある。その内のいくつかは対爆弾魔用とも言うべきアイデアから作られている。十分に対抗できる、僕はそう信じて疑っていなかったが、それでも冷たいものが背中を伝う。いや伝った錯覚を起こす。
僕を不安がらせるのは何よりあの目だ。まるで、自分以外のすべてを地獄に引きずり込もうとでもいうような、深い夜の井戸のような目。
僕はそれを振り払うように目の前の敵を見据えた。
「まずは小手調べかな」
そう言って、赤い髪の美少女は右手を虚空に向ける。するとその手の平の中に大きな時計があしらわれた、ダイナマイトの様な形状をした爆弾が現れる。
やはり、と僕は思った。中位スキル「時限爆弾」だ。それを素のままに発動している。本人の言葉どおり小手調べというところだろう。
時限爆弾はその名の通り、強力な爆弾を生み出す能力だ。五~十秒のタイムラグの後、車一台くらいなら一発で破壊できる爆発を起こす。
ただ、火気を伴わない方法で起爆時間までに破壊されれば爆発しない。リリスは生み出した爆弾をそっと僕の方に放ってみせる。
これでどうこうできるとは思ってないだろう。あくまで僕の出方を見る気だ。ここでこの爆弾を破壊するのは簡単だ。でも僕には思いついたことがあって手元のカプセルを解除した。
「スキル『散霧』」
あらかじめ用意しておいた下位の発生スキルでカプセルの中身をばら撒く。それは墨汁だった。何の変哲もないただの墨汁。
でも、僕がもしも爆弾魔だったら、これに勝るいやがらせはない。
「ちっ」
やはりというべきか。リリスはいまいましげに舌打ちした。僕に向かって放られた爆弾。その影に、墨汁の霧に濡れて浮かび上がったもうひとつの爆弾があったのだ。
「『ソバット』」
僕は下位の攻撃スキルで、その二つを同時に破壊した。爆発は起こらない。
「やるじゃないか。何でわかった?俺の『スリーパー』?」
それが名前なのだろう。「時限爆弾」と「ステルス」の中位複合スキル。「ステルス」はスキルや物体を視覚から隠す能力。つまりこの場合は見えない時限爆弾だ。
「僕が君だったら、そうするだろうって思っただけだ」
そう答えると、赤髪の美少女は眉をあげて驚いたような表情を作り、そして次に妖艶に笑った。
「へぇ」
それは何か値踏みされるような居心地の悪い声だった。
「おもしろい」
そう言うと、リリスはウィンドゥを開ける動作をする。
「化かしあいといこうじゃないか」
すばやくスキルを切り替えると、僕に向かって数発の爆弾を投げてよこす。
「!?」
目視で三つ。
霧に濡れてもどうやら個数は増えない。時限爆弾はほぼ無限に爆弾を生み出す事が出来るスキル。でも実際には一つの爆弾が爆発するまでに作り出せる数はせいぜい四つくらい。とんで来ているのはみっつだが、それがリリスの限界かどうかはわからない。
時限爆弾三つ。街中で爆発すれば地中の水道管くらいは露出するくらいの大爆発となる。なるほど、破壊神などと呼ばれるわけだ。僕は渾身の速度でウィンドゥを開き、スキルを変更する。
「『液化』」
僕は溶かしたアスファルトを弾丸として投げつけてこれらを打ち落とした。その直後、僕に向けて高速で接近する何か。
「使い魔!」
それは鳥だった。大鷲が、僕に向けてまっすぐに向かってくる。発生系特化とは予測していたが、「使い魔(鷲)」まで。そしておそらくはこれも複合スキル。
「『ハミングバード』」
赤髪の美少女がにやりと笑いながら言う。鳥の形をした追跡時限爆弾というわけだ。破壊された爆弾の影に隠れて出てきた鳥爆弾を僕は何とか身をよじってかわす。
「『瞬転十歩』」
僕はやっとの思いで「液化」とともにスロットに装備しておいたもうひとつのスキルを発動する。
瞬時に十歩分移動する青髪のアンドロイドの身体。鳥は僕を見失い、アスファルトの地面に思い切り突っ込む。
そして大爆発。
風圧が僕の髪とスカートを舞い上げるが、かまわず前を凝視する。片時もあいつから目を離すわけにはいかない。
すると爆風を切り裂いて、やはり一羽の鷲が飛来してくる。追撃か。
僕はやはり瞬転十歩でその一撃をかわして、そして気づいた。鷲が、そのくちばしに爆弾を咥えている事を。
鳥はフェイク。
僕がそう認識するのと、鷲が僕に向けて爆弾を放ったのは同時だった。
到底かわせる距離ではない。
スキルの発動も間に合わない。
「コーイチ!」
視界の隅でオリビアが叫ぶ。
そしてリリスの口元が勝利を確信してゆがんだのを見て、僕はポシェットからカプセルを放り出した。
やはり視界の隅でコージがにやりと笑うのが見えた。
そうだ。
そう簡単にはやられてやらない。
カプセルが僕の眼前で起爆寸前の時限爆弾に肉薄すると、僕はカプセル化を解除する。たちまちに白い煙が噴出して僕と爆弾の間に立ち込める。
それを見てオリビアが呟く。
「煙玉?」
ではない。
その証拠に、とっくに爆発していいはずの爆弾は白い煙の中沈黙したままだ。
「何だ、それ?」
怪訝そうなリリス。即座に僕に向けて鳥爆弾を飛ばしてくる。瞬転で避け、液化したアスファルトをたたき付ける。
リリスはその間に白い煙が晴れた自身の爆弾があった場所に駆け寄る。その場にそっと手を触れ、得心したように頷いた。
「液体窒素か!」
そこに残っていたのは氷付けになって地面に貼り付く時限爆弾だった。
金髪の美少女が微笑む気配がする。
僕は爆弾を使う破壊神のうわさを聞いたとき、スパイ映画でみた爆弾処理のことをすぐに思いついた。
映画では爆弾を発見すると液体窒素で凍結させており、同じ方法が通用すると思ったからだ。
でも、十四歳の中学生が液体窒素を購入するのはほぼ不可能だった。お祖父ちゃんにねだっても、こればかりは買ってくれないだろう。
仕方なく、僕はコージの発案で、同期したまま大学の研究室に忍び込み、保管されていた液体窒素をカプセル化して持ち帰ったわけだ。大学の方々ごめんなさい。
「そんな方法で防がれるなんてな」
半ば感心した様に微笑むリリス。
僕は、リリスにもそんな表情が出来るのだという事実に思考を止めそうになる。でもこれは勝負だ。この隙を逃すわけにはいかない。
「火炎弾」
僕の指先から放たれた火球がリリスに襲い掛かる。それを飛んでかわすリリス。その着地点に向けてスキル変更した僕はアスファルトの弾丸をふりかぶる。
「ふん」
リリスがそういうのと、彼が背にしたビルの壁面が頭上で破砕したのは同時だった。おそらく鳥爆弾。それを使ってビルを破壊したのだ。
あ、と思ったときにはもう遅い。僕の手を離れた弾丸は、降りしきるコンクリートの雨によって遮られ、低く身を屈めたリリスにまでは届かない。
「甘い!が面白い!」
喜色満面の笑みを浮かべる暗い瞳をした少女は、スキルを変更し、たった今破壊したビルに向けて四つほどの時限爆弾を放り投げる。
「火炎弾!」
その炎を受けて、誘爆する爆弾たち。
オフィスビルだったろうか。
五階建てほどのそのビルが、轟音と共に崩れ落ちる。
「噂通りと言えばそうだけど」
「何考えてやがるんだ!」
エミリとオリビアの声が聞こえる。
「噂?」
ここに黒髪の長身美女、コージのライバルセシルの声が重なる。
「知らないのかお前?」
瓦礫を避けながらコージがセシルに近づく。
「あいつの噂」
「ぜんぜん」
呆れた様なコージの溜息が聞こえた。
僕はと言えばこの爆破で完全にリリスを見失っていた。まずい。僕は全神経を集中して次の攻撃に備える。爆弾を見落としたらアウトだ。
これまでの攻撃は完全に僕を爆破するつもりで繰り出されていた。
彼には、良心の呵責というものがないのか。例えば破壊されたビルで働いていた人は、クエスト終了後どうなるのだろう。
調整力とやらが働いて無傷でいるのだろうか。だが、事故にもっともらしい理由がつくだけで、破壊と言う事実はそのまま人間に影響する可能性だってある。
だが僕にはこれ以上被害を出させない、などという崇高な決意を持つ余裕がなかった。僕は彼の目を見てまた、感じてもいたのだ。
彼にもまた、決して諦められない願いがあるって。
土埃の中、リリスが僕の後方に現れたのは、時間にすればほんの数秒後のことだったろう。その時間を僕は、一日先秋の思いで待っていたのだ。
「『ハミングバード』」
土埃を突っ切り爆弾を加えた鳥が飛来する。同じ手か!
僕がそう判断し、とっさに液化した弾丸を投げつけようとすると、鳥がその場に爆弾を落としてしまう。
「ちっ」
リリスの舌打ちが聞こえる。操作を誤ったか。使い魔の操作には集中力が必要だ。爆弾が爆発する気配もない。リリスが爆弾を消したのだろう。これは好機だ。
ポケットに手を突っ込んだ僕は目当てのカプセルを三つばかり取り出す。
破壊を止めさせる余裕はない。
だが、決して方法がないわけではない。
三つのカプセルを振りかぶりながら、僕は一歩前に足を踏み出し、そして。
自分の見立ての甘さを心底から後悔した。
僕の、華奢な少女の両足が、突如爆発してずたずたに引き裂かれたのだ。
「!?」
「なんでだ!」
周囲がざわめく。
僕にだって何がなんだか分からないのだ。
コージやオリビアにもさっぱりだろう。
後方に飛ばされ、ほとんど千切れかけた両足を投げ出す青髪の少女。
皆悲痛な顔で僕を見る。
それはそうだろう。
麻痺した神経は、この時になってようやく僕に痛みを伝えたのだった。
『マスター!!』
「うわぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!」
恥も外聞もなくその場で泣き叫びながら恐怖で慄く僕を、嬉しそうににやにや見ながら近づいてくるリリス。
痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い
痛みのこと意外は考えられない。
もうすぐにでもこの痛みから解放されたい。
「あはははははは。いい声だ。いいよ、お前やっぱり。その顔。いい顔だ。痛いかい?痛いんだろうな。勝てると思ってた?油断してた?俺が失敗したってそう思った?あはははははは」
「コーイチ!自分の宝石を自分で壊せ!」
僕はその声に促されるままに自分の宝石を掴み、そしてゆっくりとその手を離した。僕は無残な姿になった下半身になるべく視線を向けないように上体を起こし、きっと前を見る。
『マスター!精神にかかる負荷が深刻なレベルに達しています。コージ様のすすめに従うべきです!』
脳内で、ソフィが警告する。その声はどこか泣き出しそうだ。ごめん、ソフィ。僕はつまらない人間だけど、でも僕はあの時に決めたんだ。あの鯨の体内で、黒い魔王の幻覚に打ちのめされたとき、確かに決めたんだ。
僕は負けない。
姉ちゃんを助けるって、そう決めたんだ。
僕はゲームだけしか取り柄のないただの子供だけど、でも。
これがゲームだというならまだ負けていない。
それはきっと勝てるという僕のプライドと自身だった。
義務と決意だった。
それはほんの短い間だけ、僕に足の痛みを忘れさせる。
膝から下をほとんど欠損し、ふとももが無残に裂け血に濡れているというのに、僕は決意を秘めた目でリリスを睨み付けた。
リリスはそんな僕の目を見て、そして笑った。
「それだ。それでいい。お前はやっぱり俺と似てる。いや、同じだ。」
何が同じだと言うのだろう。リリスはおかしそうに笑う。
「ご褒美に教えてやろう。さっきお前の両足を吹き飛ばしたのは俺のとっておき『タイムマイン』。「時限爆弾」と「未来視五秒」の複合スキルだ。爆発の威力を五秒後の未来に送る事が出来る。あの時、ハミングバードの落とした爆弾は消えたんじゃない。五秒後の未来に向けて爆発したんだよ」
リリスは余裕たっぷりにそう言うと、爆弾を具現化し僕に投げつけようと構える。とどめの一撃のつもりだろう。
「残念だけど。これでさよならだ」
だがもう、僕が見ていたのはそんなリリスではなかった。
僕の足を吹き飛ばした、その未来を爆破するという爆弾が空中に舞い上げた、三つのカプセルがゆっくりと重力に引かれて落ちてくる様子だった。カプセルは爆発の影響を受けない。絶対に破壊できないのだ。
「解除」
僕が決意に満ちた、しかし力ない声でそう呟くと、カプセルの中身がぶちまけられる。それはまるで雨の様に僕らに、僕とリリスに向けて降り注いだ。
「なんだ、これ?」
その匂いを鼻に嗅ぎ付け、少女がその美しい顔を歪ませる。鼻につく揮発性の匂い。それは、石油ファンヒーターに使用する灯油の匂いだった。
「てめぇ」
そう言ってリリスがその手の平から爆弾を消す。それは未来爆弾じゃないんだろう?消さざるを得ない。これが僕の用意していた爆弾封じの最終策。
この距離で灯油にまみれた二人の少女。僕が爆撃されれば、すぐさま引火する火炎からのがれる術はリリスにもない。これでリリスの爆撃は当面回避された。だがもちろん、これで僕にとって事態が優位になったわけでは必ずしもない。
「あんまり好きじゃないんだ。殴ったり蹴ったりは」
そう、溜息を吐きながら、リリスは僕に向かって歩いてくる。その様は完全に無防備だ。実際、両足を失ったクレセントガールにどんな攻撃手段が残されているだろう。ましてや火炎弾などのスキルは、僕にとっても封じ手となっている。この期に及んで、立ち上がりもせず、まして火気を使わずに相手を倒せるような都合のいいスキルなどない。
そう、思っているな、リリス。
「お前は爆破してやりたかったよ」
そう言ってリリスは僕の胸倉を掴んで拳を握る。両足を失った少女をぶん殴ろうと言うのだからとんでもないやつだ。
「もういい。負けでいいからやめろ!」
こちらに向けて走ってこようとするオリビアを、しかしコージが止める。
「何するんだ!勝負なんてもう、どうでもいいだろ?」
「諦めてないのよ」
自身もずたぼろのメアリが、哀れなほど悲痛な僕を見ながら言う。
「コーイチは、何も」
コージの目がまっすぐに僕を見る。分かってるよ、コージ。僕はこんなとこで負けはしない。最後に残るのは、僕とコージだ。
僕は最後の力を込めてポシェットからそれを拾い上げた。それは一つのカプセル。一つきりの、本当のとっておき。
「・・・・・・・やってみろよ」
リリスがカプセルを見てそう言う。はったりだと、そう思っているのかもしれない。あるいは爆発物で相打ちに持ち込むつもりかと。
悪いけどどちらでもない。カプセルの中身は爆弾。でも、ただの爆弾じゃない。
「解除・・・・・・『音響爆弾』」
その瞬間、爆音が至近距離で炸裂した。
思わず目を見開くリリス。
僕の鼓膜も、この一発で多分弾け飛んだはずだ。とてつもない痛みが脳天を直撃する。カプセルの中身の正体は、車のタイヤに思い切りドライバーを突きたてた時の、その破裂の衝撃をカプセル化したものだ。火や気体をカプセル化できるのだから、音をカプセル化できるのも道理である。音とは空気の物理的な振動なのだから。でもこれが結構難しくて、耳栓しながらやってみたけど結局一個しか成功しなかった。
それが今切り札となった。
リリスは目を見開き、だらしなく口を半開きにしたまま停止している。気絶したか、思考が混乱しているのだろう、無理もない。僕もそうと知っていなかったら同じ状態になっていただろう。ただその威力を知っていたから、衝撃を予期できていたから、辛うじて意識を保っているに過ぎない。リリスは僕の胸元から手を離し、僕は地面に落下していく。落ちながら僕は、最後の力でリリスの胸元から宝石を奪った。
「勝者ソフィ」
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僕は糸の切れた操り人形みたいに落下する。正直、このまま地面にたたきつけられるのはしんどいなぁとそう思っていたのに、衝撃が僕を襲うことはなかった。
「がんばった。お前、がんばったよ」
僕は泣きそうな顔をしたコージにふわりと抱きとめられながら、やがて意識を失った。