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五十億の空白

作者: ごろー

もしかしたら明日死ねるかもしれないから、君にいちばん伝えたいことを話そう。僕がいったいぜんたいどうしてまだここに居られるのかと、そして、僕の昔話をね。

 



 自殺誘発を伴うウイルス性鬱病若しくはその他の精神疾患、略して自殺病(アポトーシス)。それが、この世界を蝕みはじめたのはいつの頃だったのだろう。


 自殺病原因ウイルスADVは西暦2057年に横浜市で起こった集団自殺のときに発見されて以来、すぐに日本全土に広まった。感染に歯止めは効かなかった。当初、このウイルスがどのルートで感染してゆくのか一切解らなかったんだ。ただ解っていたのは、それが人間にのみ感染する、ということだけ。


 勿論、自殺病に対する薬開発は難航した。そりゃあ、実験用マウスは人間じゃないから自殺病には感染しないしね。いろんな薬が開発されては効能や副作用が解らないといって捨てられていった。でも、それではなかなか研究が進まない。薬開発が本格的に始まって5年、もうその頃には日本の人口は8000万を切っていたのだけど、それに危機感を覚えたんだろうね、政府はとうとうある法律を出したんだ。


抗自殺病(アンチ・アポトーシス)薬開発に関する特例法』略して『AA特法』。政府はあろうことか、抗自殺病薬でマウスには無害と判明したものはすぐに臨床試験に入ってもいいと決めたんだ。そのお陰で、さらに薬開発は盛んになった。


 そんな中、ある学者がこんな事を言ったんだ。『人間にしか感染しないのならば、人間でなくしてしまえばいい』ってね。今から思えば、かなり非道いことだと思うんだけどねえ。


 おっと、話が逸れたね。…そしてそのすぐ後、その考えに基づいてある薬が開発された。その薬はマウスに一切害がなかったんだ。研究者達は大はしゃぎだったらしいよ、これは夢の薬だ、夢の薬を開発したんだ、って。その薬はプログラム細胞死、アポトーシスの原因物質であるカスパーゼをもじってカスバジンと名付けられた。皮肉な話だよね、これは自殺病を治すための薬のはずなのに。それはともかく、カスバジンはすぐに臨床試験に入った。そして初例として、アポトーシス孤児で重度の自殺病患者だったとある青年に投与されたんだ。


 結論から言うのなら、その青年は救われたのかもしれない。自殺寸前まで進行していた病が一夜にして完治したのだから。そりゃもう彼は喜んださ。もう一度生きる喜びを味わえたのだからね。


 でも、それは長くは続かなかった。いや、人の一生の長さからすれば相当長い時間だったのかもしれないね。ある時彼は気づいてしまったんだ。己が、人ではない何かになってしまったということを。彼は、10年たっても歳を取らなかったのさ。


 親しかった者…彼には孤児仲間、いや家族と言うべきか。まあ、彼にはそんな存在が幾人かいたのだけれど、彼等は皆、彼を遺して老いて死んでいってしまった。彼はそれを全て若い姿のまま見送った。


 想像して御覧よ。老いて、だけれども幸せそうに死んでゆく家族を、老うこともなくずっと若き日のままの己が看取る、その気持ちを。


 それは勿論、彼にとって苦痛でしかなかった。


 そして彼は絶望したんだ。何故、己は歳を取らないのかと。何故、己は家族と共にまとも(・・・)なさは暮らしを送ることができなかったのかと。日に日に絶望は深まっていった。そして、彼はあろうことか、また(・・)自殺を考える様になった。


 あれは冬の朝のことだった。今でもはっきり覚えているよ。彼はその日朝起きたベッドの上で、昨日の晩から用意していた劇薬を…ああ。


 …飲んだ。飲んだんだ、躊躇いもせずに、ね。


 それからすぐに薬の効果は現れた。激しい目眩に、頭が割れる様な頭痛。彼は朦朧とする意識の中で、「もうこれで死ねるんだ」と安堵に似た思いを抱いた。だけども。


 現実はそう優しくは無かった。次に彼が目を覚ましたのは天国でも地獄でもなかった。彼は、その日朝起きたままの、そのベッドの上にいたんだ。


 手首を切ったとしてもその傷口は直ぐに塞り、息を止めたって無駄。毒を飲んだところで、初めにやった通り苦痛が全身を駆け巡るだけ。気がつけば身体はもとのまま(・・・・・)の通り。何度も試した所為か、しまいには耐性までついてしまった。それほど。



 …彼は遂に死にすら見放されてしまったんだよ。


 元々歳は取れないから、絶対に老衰で死ぬことはないからね。



 とは言っても、彼が漸く全てを諦められたのは、自殺を考え出してから2年程たってからだった。それほどまでに、絶望は深かったのさ。


 そして、それから幾許かの年月が過ぎた。大きな戦争が三つも起きた。知っていた国は次々と滅びていった。気候が変わり、資源は枯渇し、人々は()の生活に戻ることを余儀無くされた。社会が変わった。暦も変わった。気付いた時には、もう随分と前に彼は自分の歳を、いったいどれだけの間生きたかを数えるのを辞めていた。


 だから今、僕が一体幾つなのか、細かいところはさっぱり分からないんだ。おっと、言ってなかったか。彼とはもちろん僕のことさ。まあ、君が漸くこの地球(ほし)に近づいてきているのだから、それ程長い間生きているんだなあとは思うのだけどね。…とは言っても、ははは、君には遠く及ばないや。


 まあ、君には元々それ位の寿命があることがわかっていただろうから、それ程苦にはならなかったのかもしれないね。ただ、ところがどっこい。僕はそういうワケにはいかなくてね。僕の場合は普通に死ねたところに、よくわからない永遠を無理矢理押し付けられたようなものだから。いつ終わるかわからないレースほど恐ろしいものはないのさ。


 おっと、話が好い加減ズレていたようだ。まあ、僕の話はもう殆どお終いだけどね。


 この地球(ほし)は、明日君に呑み込まれて終わる。その証拠に、君は日に日にこの地球(ほし)に近づいてきている。今、この地球(ほし)はとっても暑いんだ。ああ、とっくの昔にみんな死んださ。もちろんね。僕も初めは暑くて熱くて、そりゃあ死んじゃいそうだったよ。ま、死ねはしないんだけどね。言葉のアヤってことで。


 …ねぇ、僕は明日、ちゃんと死ねるのかな?もしかしたら、僕はずっとこのままかもしれない。君がついに死んで、僕が宇宙空間にぷかぷか浮いたままになったとしても、永遠にこのままかもしれない。…怖いよ。誰も居ないんだ。最後の頼みの綱の君さえも。音も聞こえないんだ。何にも、触れないんだ…


 唖々、そんなことは考えちゃあいけないよね、そう、いけないんだ。さよならは笑って言わなきゃいけないしね。


 じゃあ、最後の夜を迎える前にさ、最後になるかもしれないから君に、この言葉を贈るよ。















『これからもよろしく、太陽さん。

 これからはもう、この地球(ほし)で君が沈むことはないんだからね』






ここまで読んでくださり、ありがとうございました。

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