偽りの蓮
長い間、この世界は植物なしで成り立ってきた。すべては人々の無関心な態度が原因だ。
パン屋でアルバイトをする普通の青年・サトウは、一輪の蓮とその庭師に出会う。彼の退屈な日常は、これで変わるのだろうか?
植物。自然界が与えてくれた最高の贈り物。バイトに急ぎながら、遅刻を恐れて走っていると、ふと木を一瞥しただけで、目の前のすべてが消え去った。その瞬間から、私と向かいの木だけが存在する世界になる。これは古代からの現象で、人間が本来どうあるべきかを示している。なんて無邪気な茂みになって、日差しを浴びていたい。
「佐藤!木をじろじろ見るのはやめて、さっさと客にパンを渡しなさい!」
その声で意識がはっきりした。現実に戻されたのだ。目の前には若い女性が立っていて、怖がったように私を見つめていた。私はどれくらい立っていたんだ?十分?それとも三十分くらい?差し出した手は震えていて、その上には小銭が乗っていた。どうやら代金を受け取ろうとしていたみたいだ。なんて恥ずかしい!
「す、すみません!どうぞ、お客様のパンです!」
慌てて包装された焼きたてのパンを差し出すと、女性は急いで立ち去った。自分がどれだけ不気味な目で立ち尽くしていたのか分からない。ゾッとする!想像するだけで怖い!おじいさん、戻してくれてありがとう。でも、常連客を怖がらせてしまったに違いない。
「佐藤、生物学や植物に興味があるのは分かるけど、仕事のことを忘れちゃいけないよ。お客様のために焼いているパンがあるんだ。実を求めたいなら、責任を持って取り組むんだよ。」
「はあ…あなたはいつも正しくて賢いですね。」
穏やかな夕暮れの街並みは、神経を使う仕事の後の新鮮な空気のようだった。だらだらと歩きながら、足にはもうほとんど力が残っていなかった。地元の店で買った安物のタバコとライターを取り出して火をつけ、家々や空を見渡した。どこを見ても、植物の姿は消え去っていた。それも当然だ。私たちの世界では、人々は虚栄心が強くなり、周囲の世界よりも自分の気まぐれを優先している。
「ねえ、最近たくさん工場が建てられたって聞いた?」
「それだけじゃないわ。近くの庭園を守ろうと活動していた最後の団体も最近潰されたって。」
中年の女性たちの会話を聞いて、私だけじゃないんだと分かった。噂では、国際的な経済危機が「自然」という概念に終止符を打ったと言われている。これらの話には真実も含まれているが、空想や人々の貧弱な想像力も混ざっている。
突然、どんどん大きくなるクラクションの音が聞こえた。何かが近づいているようだ。私の視界には何もなかった。
道路、短い白いセンターラインしかない。音のする方を見ると、高速で車が迫ってきており、運転手は止まる気配がなかった。
私は歩道に飛びのくしかなかった。対向車線の車に轢かれるとは思わなかった。純粋な自己防衛本能だ。
ドーン!
視界は暗くなり、まるで電球が消えたかのようだった。徐々に聞こえてくる音で目が覚めた。ぼんやりした視界で、心配そうに覗き込む通行人たちが見えた。誰かが救急車を呼んでくれたようだ。意識を失っていたのは五秒くらいだろうか。こんな状態でよく考えられるものだ。
ゆっくり立ち上がると、痛みは感じなかった。どうやら運転手が間に合ってブレーキを踏み、無事だったようだ。服の埃をはたき、顔を上げると、有名な公園の近くにいることに気づいた。疲れ切ったため息をつきながら、私は入り口へ向かった。人生で最悪の日だ!
周りを見渡すと、誰もいなかった。それも良い。静けさと落ち着きこそが、健康的な生活に最も必要なものだから。
小さな池のそばに座った。そこには一輪のハスが孤独に咲き、その周りにはしぼんだ仲間たちがいた。リュックを横に置き、またタバコに火をつけると、罪悪感が一層強まった。
「女の子の前でまるで変質者みたいに振る舞ったくせに、こんな偽善的なことをしてる。孤独な花の前でタバコを吸うなんて…」
指で軽く叩くと、灰になった部分が煙となって空中に広がった。
「本当にどうでもいいのか?」
その時、後ろから猫の唸り声が聞こえた。私は軽く首を肩に寄せ、慎重に音の方へ顔を向けた。見る間もなく、猫が私の顔に飛びかかり、鋭い爪でしっかりと掴んできた。
「くそっ!離せ!」
猫をしっかり掴み、腕を空高く伸ばそうとした。しかし、引き離そうとすればするほど、猫は爪を深く立て、痛みが増すばかりだった。
「ロータス!離しなさい!」
命令口調の女性の声が聞こえた。猫は私の顔から飛び降り、引っかき傷を残した。そして、見下ろすようにして立っている女性がいた。整った顔立ちの女性で、園芸用の作業着を着て、髪は少し乱れていた。目の下にはくまがあり、顔は汚れていた。彼女はまったく身だしなみを気にしていないようだった。
「あなたがこの猫の飼い主ですか?ちゃんと見ていてくださいよ。」
「見てる?あなたみたいな奴の顔を傷つける方がいいわ。池の状態は最悪なのに、あなたはそこでタバコを吸ってるのよ!」
「あなたたちはみんな最悪だ!」
見知らぬ女性は涙を流しながら、猫を胸に抱きしめてテラスの下へ走り去った。しばらくは特に気にしていなかったが、胸の奥に重い塊ができたようで、息が少し苦しくなった。
リュックから紙切れと鉛筆を取り出し、彼女に宛てたメモを書いた。
「自分の行為を謝りたいです!ここで働いているわけではないのは分かっていますが、もしかしたら池の手伝いができるかもしれません?」
それは読めば読むほど滑稽に見えた。またこのメモに偽りを込めてしまったような気がした。彼女のところに行って謝罪し、妥協案を提案できるのに…それをしなかった。
「読んでくれるといいな。」
近くの石でメモの半分を押さえ、夕焼けの中、公園を去るしかなかった。次の日を待ちながら。
———
汚い机にうつ伏せになって、私は泣き止めずにいた。「ニャー」という声と、温かい毛が肌に擦れる感触で、はっと飛び起きて自分のペットを抱きしめようとしたけど、彼がくわえているメモに気づいた。
「何これ?」
頭の中にそう浮かんだ。
メモは猫のよだれで濡れていて、もちろん気持ち悪かった。でも、野良猫じゃないし。
文字に驚いたわけじゃない。偽りの匂いがした。でも、他に誰が助けを申し出てくれてる?思い出すのが辛い。だから勇気を振り絞って承諾することにし、連絡方法を確認して、簡潔に返事を書いた。
「わかった。池で2時間おきに交代ね。」
猫の口元に紙を差し出して、私はこの公園の管理組合が提供してくれた小さな小屋へと戻った。
中は汚くて手入れが行き届いていなかった。道具が至る所に置かれていて、電球は数秒おきにチカチカしていた。
長く疲れたため息をついて、私はきしむベッドに倒れ込んだ。天井を見つめながら、前に園長と交わした会話を思い出した。今でも心が痛むし、この花を巡る出来事の全てが金のためだなんて、信じられない気持ちでいっぱいだ。
「えっと… まあ… 分かってくれよ、アオキさん… 人々はこのハスが好きなんだ。ちょっとしたことで――」
私は机を強く叩いて園長の言葉を遮った。
「あの人たちは最低よ! だからこそ私が守ってるんじゃない! どうしてそれが分からないの!?」
怒りが込み上げてきた。全てを壊したくなった。このデブの顔をもう二度と見たくなかった。
「…すまない。だが、これがうちの商売なんだ。このハスだけが、この公園を支えているんだよ。」
内なる怒りが限界に達した。私は机の上にあったペンを掴み、その男に向かって投げつけた。いや、本当はその腕を貫きたかった。
振り返って、私はその部屋を出て行った。
公園に戻っても、特に何かに驚かされることはなかった。ただ、観光客や一般の人々が大群になって、池に願いをかけながらコインを投げている光景だけが目に飛び込んできた。
私はその群衆に向かって走った。
「何をしてるんですか!? すぐにやめてください!」
人をかき分けて押しのけると、濁った沼色の水が見えた。
「い、嫌だ… どれだけコインを投げ入れたんですか?」
私の問いに誰も答えなかった。皆、聞こえないふりをするように背を向けただけだ。
後ろから誰かが私の肩に手を触れ、私を引きずって群衆から引き離した。
「ごめんね、アオキ。でも、君には何もできないよ。」
「でもここは私の管轄よ!」
私は、同じ庭師の制服を着た赤毛の女性に向かって大声で叫んだ。
「この公園に所有物なんてないのよ。君はただの庭師に過ぎない。」
私は無意識に両手を足の間に挟み込み、地面に強く押し付けた。涙が地面に染みを作り、唇を噛みしめたら血が出た。
その時、人間がどれほど恐ろしいものか、私は思い知った。
これはただの夢だった。私の記憶を再生する、ただの夢。
*女性の視点なので、全て女性形でお願いします。
———
地下鉄。眠そうな会社員たちが、自分が何に足を踏み入れたか分かっていながら、それでも仕事に向かいたがらずにいる。そしてまた俺は、何の返事の見込みもなく、公園に戻ってきた。
朝は誰もいなくて、その点ではいつも通り運がいい。でも運はいつか尽きるものだから、もうこれ以上軽んじるのはやめにしよう。
驚いたことに、昨日の猫が待っていて、口に紙切れをくわえていた。もしかしたら、やっと返事がもらえたのかもしれない。でもまだあいつに近づくのは怖かったから、この捕食者から身を守るために両手を構えた。そう、捕食者なんだ。
「今度は俺に飛びかかってくるなよ!もし飛びかかったら、お前はこの池の一部になるぞ!」
猫は俺の脅しを聞いたけど、まったく気にしていなかった。多分、何を言ってるのか分かってすらいないんだろう。
返事を読んで、少し笑った。そして退屈で仕方なく、2時間も座って過ごすことになった。誰も来なかったから、いったい誰から池を守ればいいんだ?せめて枯れた花を片付けて、水に浮かぶゴミを除いておいた。これでこのハスはまるで守護者のようだ!
この三日間、俺とアオキは紙切れでやりとりをしていた。彼女との会話は面白くて、かなり親しくなった。公園のあちこちに物を隠し合って、見つけるのが難しいようにした。でもお互いの姿は見えなかった。たまに遠くから彼女を見かけることはあったけど。一番面白いのは、彼女が日を追うごとにどんどん美しくなっていったことだ。まるで俺たちのハスのように。
次の日、どしゃ降りの雨の中で、公園には誰もいなかった。俺たちのハスは枯れてしまい、毎日一緒に過ごしてきた猫もどこにも見つからなかった。公園中を探し回ってアオキを呼んだけど、返事は誰もしなかった。
落ち込んだまま、かつて小さな命が溢れていた池の前で立ち尽くした。まるで俺たちみたいに。
「……じいさん。もしかしたら、お前は間違ってたかもしれない。俺は自分の努力の成果を得られなかったんだ。」
俺が花に対して何か間違ったことをしたから、彼女は怒ったんだろうか?それとも何かあったのか?何も分からない。それが悲しい……
そしてその時、背後からあの聞き覚えのある女性の声が聞こえた。
「……どんなものでも、この世界では死んだ後も生き続けるものよ。しっかりと世話をされ、今もなお覚えられ続けている限りはね。」
———
年が経った。サトウは、ついに心から願っていたことを成し遂げた。蓮が池中に広がって隙間なく埋め尽くしただけでなく、彼は庭師としての仕事も手に入れたのだ。
年経っても、私たちはまだ一度も鉢合わせしていないし、この先もおそらくないだろう。でも、この世界にまだ希望が残っていることを、私は嬉しく思う。
———
彼女は消えたけど、猫はまだこの池の一部であり続けていた。
私は外国人で、今は日本語がよくわからないので翻訳機を使いました。もし読みづらかったら、本当にごめんなさい((T_T))




