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8/11

「この病院では、正気が壊れる」 第8話 ——踏み込んだ先

その夜。



眠れなかった。



臭いが、消えない。



病院を出ても、


鼻の奥に残り続けている。



——近い。



何かに、


近づきすぎている。




翌日。



病棟に入った瞬間、


臭いが強くなった。



昨日までとは違う。



濃度が、違う。




ナースステーション。



黒田がいる。



その姿を見た瞬間、


確信した。



——聞くなら、今だ。




「……黒田さん」




「何だ」




「少し、いいですか」




沈黙。




「……来い」




案内されたのは、


見慣れない扉だった。




重い扉。




黒田が無言で開ける。




その瞬間。




臭いが、“変わった”。




いや——




“濃くなった”。




思わず、息が止まる。




獣のような臭い。



湿った空気。



そして——



逃げ場のない、こもった異臭。




「……っ」




「初めてか」




黒田が言う。




言葉が出ない。




「ここは保護室だ」




淡々とした声。




並ぶ扉。




小さな窓。




中を、覗く。




狭い空間だった。




最低限の設備しかない。




床は簡素で、


生活のためのものが、わずかにあるだけだった。




排泄のための場所も、


簡単に区切られているだけだった。




——ここで過ごす。




その現実が、


じわじわと理解できてしまう。




「……ここで生活してるんですか」




「そうだ」




あまりにも、あっさりした答え。




そのとき。




奥から、


鈍い音が響いた。




——ゴン。




何かを叩く音。




空間全体に、反響する。




「……誰ですか」




黒田は、少しだけ間を置いて言った。




「長いこと、ここにいるやつだ」




「……どんな人なんですか」




「問題を起こした」




短い答え。




「危険な部類だ」




それ以上は言わない。




そのとき。




臭いが、


一気に強くなる。




頭が、軋む。




視界が、歪む。




その一瞬。




——見える。




同じ空間。




別の人間。




押さえつけられている。




叫び。




そして——




静止。




繰り返し。



繰り返し。



繰り返し。




「……っ!!」




現実に戻る。




呼吸が荒い。




そのとき。




「……お前」




声。




奥の扉の向こう。




人影。




「見えてるな」




心臓が跳ねる。




「……何が」




声が震える。




沈黙。




そして。




「同じだ」




低い声。




「お前も」




「ここに来る」




意味が分からない。




だが——




理解したくなかった。




「……何を言ってるんですか」




影は、わずかに動く。




こちらを見ている。




「順番だ」




その言葉が、


異様に重く響く。




「ここに来るやつは、みんな同じだ」




「最初は“見る側”」




「次は——」




「“やる側”になる」




息が止まる。




そのとき。




黒田が一歩前に出る。




「喋りすぎだ」




冷たい声。




沈黙。




それ以上、声はしなかった。




「……行くぞ」




黒田が言う。




振り返る。




もう一度だけ、


奥を見る。




そこには、


ただ“影”があった。




扉を出る。




臭いが、わずかに薄れる。




だが、


消えない。




「……どう思った」




黒田が聞く。




答えられない。




ただ一つだけ、


はっきりしたことがある。




——この場所は、“終点”じゃない。




——“途中”だ。




そして。




——自分も、その流れの中にいる。



最後まで読んでいただきありがとうございます。


違和感は、最初はほんの小さなものです。

ですが、それを見過ごしたときに

何が起きるのかは、誰にもわかりません。


ここから先、少しずつ状況が変わっていきます。


もし感じたことがあれば、

一言でも感想をいただけると嬉しいです。


X「こころの余白|無理しない 人間関係」で発信しています


https://x.com/yohakumaind/

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