表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

5/11

「この病院では、正気が壊れる」 第5話 ——見てはいけない手順

※本作は実体験や取材をもとに再構成したフィクションです。


読後に少しでも「考えるきっかけ」になれば幸いです。



夜勤明けの空気は、どこか鈍い。



ナースステーションには、独特の疲労感が漂っていた。



「昨日、また入ったらしいぞ」



誰かの声。



「誰?」



「三号室のやつ」



三号室。



一ノ瀬の部屋だった。



「……また?」



「夜中に急に興奮してさ」



「結局、鎮静?」



「そ。セレアキ」



軽い調子だった。



まるで、日常の一部みたいに。




胸の奥が、ざわつく。



昨日の光景が、蘇る。



針。


静止。


沈黙。




「神谷」



声をかけられる。



振り向くと、黒田が立っていた。



初めて、まともに目が合う。



その目は、妙に冷たかった。



「ちょっと来い」



有無を言わせない口調。




ついていく。



病棟の奥。



人の気配が少ない場所。




「ここ、見たことあるか」



指差した先。



処置室だった。




「……いえ」




黒田は扉を開ける。



「入れ」




中に入る。




その瞬間。



臭いが、強くなる。




今までで一番。




思わず、顔が歪む。




黒田は気にする様子もない。




「どう思う」



突然だった。




「……何がですか」




黒田は、机の上を軽く叩く。




そこには、


注射器と薬剤が並んでいた。




「これだよ」




見慣れたラベル。




セレネース。アキネトン。




「昨日のやつ、見ただろ」




何も言えない。




「どう思った?」




問い詰めるような視線。




「……必要だとは思います」




言いながら、自分でも違和感があった。




黒田は、少しだけ笑った。




「思ってねえ顔だな」




図星だった。




「いいか」



黒田は、一本の注射器を手に取る。




「現場はな、“綺麗事”じゃ回らねえ」




薬液が、ゆっくりと押し出される。




「暴れるやつをそのままにしてみろ」




「他の患者が危ねえ」




「スタッフも危ねえ」




「だったらどうする?」




「……抑えるしかない」




「そういうことだ」




黒田は頷いた。




「それが“仕事”だ」




その言葉に、


妙な重みがあった。




そのとき。




奥のベッドに、誰かがいることに気づいた。




「……っ」




一ノ瀬だった。




横になっている。




動かない。




「……なんで」




思わず声が出る。




「夜中に入れた」



黒田は、あっさり言う。




「まだ抜けきってねえ」




近づく。




顔色が、明らかに違う。




呼吸はある。



だが——




“いない”ように見えた。




その瞬間。




臭いが、さらに強くなる。




頭が、ぐらつく。




「……これ」




言葉が出ない。




黒田が、こちらを見る。




「何だ」




「……強すぎませんか」




言ってしまった。




沈黙。




黒田は、しばらくこちらを見ていた。




そして、ゆっくり口を開く。




「じゃあ聞くけど」




一歩、近づく。




「お前、責任取れんのか」




「……え」




「鎮静しねえで、事故起きたら」




「お前が責任取んのかって聞いてんだよ」




言葉が、詰まる。




「理想語るのは簡単だ」




「でもな」




「現場は“結果”で見られる」




その言葉は、重かった。




何も言えない。




「……覚えとけ」




黒田は、視線を外す。




「ここで正しいのは、“問題を起こさねえこと”だ」




それだけ言って、外へ出ていった。




残された空間。




一ノ瀬が、静かに横たわっている。




さっきまで話していた人間とは思えない。




「……これが」




言葉にならない。




——治療なのか。




そのとき。




一ノ瀬の指が、わずかに動いた。




「……っ」




目が、うっすらと開く。




焦点が合っていない。




だが——




口が、わずかに動いた。




「……Sie……」




ドイツ語。




「……見えて……」




聞き取れない。




ただ一つだけ、分かった。




“まだ意識がある”。




その瞬間。




臭いが、最大まで強くなる。




頭の奥が、軋む。




——何かが、おかしい。




強く、そう思った。




——この病院では、“何か”がズレている。




そして。




——それは、見てはいけないものかもしれない。



最後まで読んでいただきありがとうございます。


この物語の背景や考え方は

 X「こころの余白|無理しない人間関係」で発信しています


https://x.com/yohakumaind/

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ