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「この病院では、正気が壊れる」第4話——正しさの形

※本作は実体験や取材をもとに再構成したフィクションです。


読後に少しでも「考えるきっかけ」になれば幸いです。


その日の夜。


また、眠れなかった。



目を閉じると、浮かぶ。


九条の表情。


針が刺さる瞬間。


そして——


何もなかったかのように静かになる、あの光景。



あれは、本当に“正しい”のか。



答えは出ない。



気づけば、朝だった。



病棟に入る。



臭いは、すぐに来た。



昨日よりも、はっきりと。



逃げ場のない、あの臭気。



「慣れねえか?」



声をかけてきたのは荒木だった。



「……何がですか」



「全部だよ」



短く言う。



「ここは、そういう場所だ」



それ以上は何も言わない。




午前。



ナースステーション。



「九条さん、今日も落ち着かないみたいです」



看護師の一人が、淡々と報告する。



「また?」



別の声。



「昨日も鎮静入れてるよね」



「でも、暴言が強くて……」



その会話を聞きながら、


胸の奥がざわつく。



“また”。



“鎮静”。



それが、当たり前のように使われている。



「診察、どうする?」



そのときだった。



ヒールの音。



規則的で、迷いのない足音。



「カルテ見せて」



西園寺だった。



空気が、わずかに張り詰める。



彼女は椅子に座ると、カルテに目を通す。



数秒。



「隔離で」



あまりにも、あっさりとした判断だった。



「……診察は?」



誰かが小さく聞く。



西園寺は顔も上げない。



「必要ないでしょ」



冷たい声。



「昨日の経過で十分」



それだけ言って、カルテを閉じる。




違和感が、強くなる。



「……あの」



気づけば、声が出ていた。



全員の視線が、一瞬こちらに集まる。



「本人の……状態は、直接見なくていいんですか」



言った瞬間、空気が変わった。



西園寺が、ゆっくりと顔を上げる。



その視線が、まっすぐに刺さる。



「あなた」



静かな声だった。



「昨日来たばかりよね」



「……はい」



「じゃあ、まだ分からないでしょうけど」



立ち上がる。



ヒールの音が近づく。



「全部を一つ一つ見てたら、回らないの」



「ここは“現場”なの」



目の前まで来る。



「理想で動く場所じゃない」




何も言えなかった。




「……すみません」



そう言うしかなかった。




西園寺は、それ以上何も言わず、


そのまま去っていった。




「気にすんな」



荒木の声。



「言ってることは、間違ってねえ」




「……でも」



言葉が詰まる。




「納得できねえ顔してるな」



見透かされていた。




「いいんだよ、それで」



荒木は、少しだけ笑った。




「納得できるようになったら、終わりだ」




その言葉が、妙に重く響く。




そのとき。



「ちょっと来て」



白石だった。




個室の前。



「九条さん、隔離前に一度だけ顔見ておこうって」




中に入る。




九条は、ベッドに座っていた。



昨日よりも、静かだった。




「……来たか」



低い声。




こちらを見る。




「お前も、あいつらと同じか」




「……違います」



反射的に答えていた。




九条は、少しだけ笑った。




「違う?」




「じゃあ聞く」




「“正しい”って、何だ」




言葉が出ない。




「法律か?」



六法を軽く叩く。




「医療か?」



視線が鋭くなる。




「それとも——」




「多数決か?」




沈黙。




「……分からないです」



ようやく、それだけ言えた。




九条は、満足したように頷いた。




「いい答えだ」




「分からないままでいろ」




「決めた瞬間、お前は“そっち側”だ」




その言葉が、深く刺さる。




そのとき。



臭いが、強くなる。




昨日よりも、はっきりと。




九条の近くで。




「……っ」




視界が、わずかに歪む。




「来たな」




九条が、小さく呟いた。




「見えてる顔してる」




心臓が跳ねる。




「……何がですか」




九条は答えなかった。




ただ、こちらを見ていた。




まるで——



“何か”を共有しているかのように。




外から声がする。




「隔離準備!」




空気が変わる。




「時間だ」



九条が立ち上がる。




「……行きます」




その姿は、妙に落ち着いていた。




まるで、


最初から分かっていたかのように。




そのとき。



九条が、こちらを見て言った。




「気をつけろ」




「お前、もう“こっち”に足突っ込んでる」




息が止まる。




その意味を、理解したくなかった。




——この場所には、“正しさ”が複数ある。




そして。



——そのどれもが、完全じゃない。



最後まで読んでいただきありがとうございます。


この物語の背景や考え方は

 X「こころの余白|無理しない人間関係」で発信しています


https://x.com/yohakumaind/

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