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シオン  作者: じょにぃ3
6/11

第6話

「来たよ」


 鏡の世界。紫髪の少女は昨日と同じ、黒いワンピースで僕を迎えた。


「本当に来てくれたんだ。ありがとね『圭吾さん』」


「ん?今、僕の名前…」


 少女はハッとした表情で口を押さえる。


「あ…ちがっ…ほら!咲間シオンの記憶からだよ。今日たくさん話してたでしょ?だからだよ」


「いやまあ、そうだけど…下の名前で呼んだっけ」


「いいから気にしない!」


 彼女の口ぶりになにかが引っかかる。

今の呼び方、まるで随分呼びれてるみたいな。


「うーんそれなら…」


 お返しに僕も名前で返す。


「負けるなよ、シオン」


「なっ!?」


少女は焦った顔でほほを赤らめた。


「何名前で呼んでんの!?」


「だって…君が名前で呼ぶからさ。それに咲間さんと心の姿の君は呼び方分けた方がいいと思って」


「〜〜〜!?」


 彼女は何か言いたげだったが、紛らわすように噴水を指さす。


「ほら!今日も来るよ、あの怪物!!」


 噴水ではゴボゴボと黒い液体が揺れ、昨日と同じく怪物の腕が現れた。


「なんかあの腕…昨日より太くなってないか?」


僕が変化へんかに気づくと、より大きくなった怪物が本体を見せる。


『グオオオオ!!!』


赤い目はより強い光りを放ち、頭部の角も増えていた。


「うわ、ヤバそう…」


 怖気付おじけづく僕の背中を叩き、シオンは怪物へと向かっていく。


「ほら、昨日言った通り応援してよね!いけー!とか、そこだー!とか」


「いてて…相変わらず軽いな君は…」


『グアオオオオオオオ!!!』


 怪物が荒々《あらあら》しく拳を放ち、空気がふるえる。

彼女はそれを華麗かれいにかわし、前蹴まえげりを胸部きょうぶに打ち込んだ。


「うおりゃっ!!」


『グオッ』


 怪物は数メートル吹き飛び、壁に激突げきとつする。

しかし致命傷ちめいしょうにはいたらなかったのか、よろめきながら立ち上がりふたたび攻撃を仕掛しかけて来た。


『グアアア!!!』


「あら?昨日よりタフじゃん」


 拳の乱舞らんぶが彼女をおそう。

シオンは姿勢しせいを低くし、無防備むぼうびな脚に足払いをかけるが。


「あっ!」


 地面についた右手がズルリとすべってしまう。

動かない指のせいで、上手く体をささえられなかったのだ。


 その場に倒れ、一瞬隙いっしゅんすきが生まれる。

そこに怪物が脚を振り上げ彼女の体を踏みつけた。


『グオオオ!!』


「くっ」


 僕は思わず叫んだ。


「シオン!!」


 すると彼女は「このっ!なめるなぁ!」と左腕で怪物の体を退しりぞけ、脚を回転させて起き上がる。

そしてレンガの道がくだけるほどに踏み込み、強力な飛び蹴りを放った。


「とりゃあ!!!」


 ドン!!と怪物の体がはじけ、破片が飛び散り溶けていく。


ベチャッ…ボチャッ…


「うわーくっさ…」


 キックの衝撃でシオンは黒い液体をび、体をはらう。

僕はリュックからタオルを取り出して彼女に渡した。


「これ使って」


「いいの?」


「うん、昨日も結構汚れてたから持ってきたんだ」


「へー、気が利くじゃん」


 彼女は左手でタオルを受け取る。

それを見て、もうシオンの右手人差し指が動かなくなっていることを察した。


「指…動かないの?」


「まあ対価だからね」


「あの怪物、昨日より全然強くなってた。君も苦戦くせんしてたし…このまま行ったら」


「まだまだ平気。今日は利き手が使えないの忘れて手こずっただけ」


 話題を変えようと彼女はこちらを指さして笑う。


「そんなことより、あなたすごい格好かっこうしてるね」


「え?ああ仕方ないだろ。ここ寒いんだから」


 昨日の夜とは違い、今日はいろいろ準備をしてきた。

防寒用ぼうかんようジャケットにカイロ、手袋に耳当て。

 

現実世界では残暑ざんしょが続いているのにこの重装備だ、もしシオン以外の誰かに荷物を見られたらおかしなやつと思われるだろう。


「でも昨日よりは寒く無いかも」


 時刻はまだ19時50分、施錠までは時間がある。

僕は彼女にこんな質問をした。


「ねえ、僕と咲間さんて昔会ったことあるよね?」


「え?」


かまをかけた質問にシオンは目を丸くし、いつもの軽快な声が一瞬途切れる。


「うそ…覚えてるの?」


 秘密がばれたとでも言わんばかりの顔。

その反応に僕も質問を畳み掛ける。


「え?ほんとに会ったことあるの?いつ?どこで?」


「は!?ほんとにって何?さてはあなた!私をだましたの!?」


「だって君…昨日の別れ際、何か言ってたろ『あの時みたいに』って」


「あぁー…聞こえてたのか……」


 彼女は腕を組み、下を向いて考え込む。

そして沈黙ちんもくの後、ゆっくりと口を開いた。


「えーっと…言っとくけど、別に大したことじゃないよ?ただ…あの子の記憶のはしに、ちょっとあなたが引っかかってたってだけ」


「記憶の端?」


 シオンは裸足でレンガの道をペタペタ歩く。


「んー…たとえばさ、学校の帰り道。悩みをかかえた女の子がいて、それを気にかけてくれた人がいたとか…そんな感じ」


「学校の帰り道…女の子…それって」


 僕の頭に、ぼんやりと記憶がよみがえった。



 高校3年の1月だったろうか。夕焼けの帰り道、踏切の前に一人女の子が立っていた。

警報が鳴る中、彼女は遮断棒しゃだんぼうを掴んで手を振るわせている。


「なにやってんだあの子?」


遠くに電車の光が見え、女の子の息がだんだん荒くなる。


「はぁッ…はぁ!!」


 その様子に「まさかな」と僕は思った。

しかし、彼女の震える手、遮断棒を握りしめる姿――何かが普通じゃない。


 あの息遣いきづかいは、ただ電車の通過つうかを待つ人のそれではない。

まるで死を望んでいる人間が、最後の最後で怖気付おじけづいてしまったかのような。

そんな空気をまとっていた。


ガタンガタンッ


 電車はもうそこまで来ている。

もはや考えてるひまはない。


「ねえ君!」


 自転車を捨て、女の子の肩を掴む。

すると彼女の体はビクッとね、その場にひざから崩れ落ちた。


「え……?」


 女の子は焦点しょうてんさだまらない目でこちらを見て、電車の通り過ぎる風に紫の髪を揺らした。


「あなた…誰ですか?」


「えっと、誰って言うか誰でもないって言うか。ただ君のことが気になって」


「触らないでください!警察呼びますよ!」


「あぁいや!…ごめ」


 遮断棒が上がり、僕が言い切るまえに彼女はっていく。


「ちょっと…!行っちゃった…」


 当然と言えば当然か。

見知らぬ男に突然肩を掴まれたのだ。あんな反応になるのも無理はない。

僕は自転車を起こすが、乗って帰る気にはなれなかった。


 人の命を救ったと同時に、今彼女を止めてもまた別の場所で命をつのではないか。

そんな不安がせめぎ合っていたからだ。


「余計なことしたのかな……いや!それでも命を粗末そまつにしちゃダメだ」


僕は自分に言い聞かせた。



 帰り道の公園。

入り口から2人の子供がけていく。


「うわー、ゲロ女! きったねー!」


「?」


 なんだろう。気になって公園に入ると、水飲み場に一人の女の子がうずくまっていた。

先ほどの踏切の前で見た、あの紫髪の子だ。

地面には、吐瀉物の跡が生々しく残っている。


「ちょっと、大丈夫!?」


 声をかけると、彼女はまた息をあらげてこちらを見た。


「……あなた、さっきの」


 ズリズリと後ずさり、明らかに警戒けいかいしているのが分かる。

無理もない。見知らぬ男に二度も絡まれたのだから。


 そこで、僕はカバンを下ろして学生証がくせいしょうを取り出し、地面をすべらせるよう女の子の方へ投げた。


「僕の名前は早島圭吾。学校も住所もそれに全部書いてある。警察を呼ぶなら呼べばいい」


 彼女はまゆを寄せ、学生証に触れる。その指先はわずかに震えていた。


「……何のつもりですか?」


「僕が無害むがいだって証明したいんだ。もし信じてもらえたら、今度は君の名前を聞かせてくれないか?」


「……」


 しばらく沈黙が続いた。

風が木々を揺らし、遠くの子供たちの声が消えていく。


すると女の子は小さく、かすれた声で何かをつぶやいた。


「……オン」


「え?」


「私の名前は【山本 シオン】です」


 彼女は学生証をこちらに投げ、立ち上がろうと膝を震わせる。

僕は一歩近づこうとしたが、その目は「来るな」とげていた。

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