第2話
「あら二人とも、もう知り合いなの?」
祖母の言葉に僕はぎこちない返事をしてしまう。
「あぁ…うん。今日来た時自販機のとこでね」
「シオンちゃん紹介するわ、この子は圭吾。わたしの」
祖母が言いかけた時、少女が口を開き割って入る。
「お孫さんですよね。受付で呼ばれた時、苗字が早島さんとご一緒だったので、そんな気がしてました」
「あらそうだったのね。とうぞ仲良くしやって」
「こちらこそ」
彼女は自己紹介を始める。
「私の名前は【咲間 シオン】です。どうぞよろしくお願いします」
その淡々《たんたん》とした口調に僕はペコリと会釈する。
「なんか言いなさいよ」
母親のツッコミもあったが今はそのままを貫いた。
「そうだシオンちゃん。さっき孫が買って来てくれた甘のあるんだけど食べる?いくつか余らせちゃって」
祖母は冷蔵庫のスイーツを咲間さんに渡す。
「あぁ…ありがとうございます」
彼女は左手だけで器用に包装を剥がす。
そしてスプーンを掴んだ瞬間その指が僅かに震え、一瞬視線が泳いだ。
「……」
「どう? おいしい?」
祖母の声に咲間さんはハッと顔を上げる。
「はい…いままで甘いものは禁止されてたから…とても新鮮です」
「あら…」
少しの間病室が静かになった。
◇
「それじゃ母さんは帰るから」
母親が先に帰り、祖母の顔を見て安心した僕も18時からのバイトへ行くことにした。
「じゃあ僕も帰るよ。また明日来るけど何かあったらすぐ連絡してね」
「うんありがとう。気おつけて帰るんだよ」
病室を出てナースステーションを横切る。
ステーション内はナースコールや電話対応で忙しそうにしていた。
手すりを掴み階段を下る。
するとステーション横の通路で話す、看護婦さん二人の声が耳に入ってきた。
「ねえ、203号室のシオンちゃん知ってる?」
「ああ…お母さんにやられたんだってね……」
「え?」思わず声が漏れそうになり、慌てて口を押さえる。
「シオンちゃんを自分と同じ名門高に進ませたいからって友達と遊ぶのも全部禁止。勉強ばっかりやらせてたんだって」
「えぇ…『毒親』ってやつ?」
「そう…それで受験に失敗した途端手がつけられないくらい怒って、階段から突き落としたらしいよ」
僕の心臓がドクンと鳴った。
「今は離婚して、シオンちゃんもお父さんの実家で暮らすことになったみたいだけど…体が動かせないなんて辛いよね……」
看護婦さんの声が震える。
「高校生になったばかりなのに……」
「毎晩あの子がうなされてるの見ると…もう可哀想で」
僕は階段を下って右に曲がり、受付の前を通って病院を出た。
「家庭内暴力か。ニュースや漫画の話だと思ってたけど、それがこんな身近にあるなんて……」
他人事というのもあって現実味はないが、いざ事の経緯を知ってしまうと咲間さんの状態がずいぶん痛々《いたいた》しく思えた。
「僕には相談出来る家族もばあちゃんもいたけど、もしいなかったらどれだけ辛いんだろう…」
そんなことを考えながら自転車を漕ぎ、病院を後にした。
◇
次の日の午前。バイト先から電話があった。
「ごめん!昼のシフト入れる?」
どうやら新人がバックレたらしい。
祖母にお見舞いが遅くなることを伝え、僕は自転車で店に向かう。
バイト先はマンション近くの古本屋兼リサイクルショップ。
いつも通り買取や販売をこなし、気づけば時刻は18時になっていた。
「お疲れ様です」
退勤しようとリュックを背負う。
すると手招きする店長に呼び止められ「早島君、次の人来るまで昼のシフトお願いできないかな?」と頼まれた。
まあ最近の午後は単位に必要な講義もないから無理ではない。
でもそれでは祖母の見舞いが毎日遅い時間になってしまう。
念の為、祖母に相談すると「わたしのことは心配ないから、来られるときでいいよ」と言ってくれたので、半ば折れる形でシフトを引き受けた。
店を出て自転車のペダルに足をかける。
「今から病院だと、着くのは19時か」
最近は陽が落ちるのも早い。
僕はライトをつけて、暗い夜道を走り出した。
◇
「早島さんのお見舞いですね。当院の面会時間は20時までとなっておりまして、20時30分には施錠します。それまでにはお帰りください」
鏡前の階段で2階に上がる。
病室へ着くと咲間さんのベッドにはカーテンがかかっており、僕は気を使って小声で祖母に話かけた。
「ばあちゃん来たよ」
「あら圭ちゃん、こんな時間なのに悪いねえ」
「いいんだよ。普段家にいないからこういう時くらい顔見せようと思って」
椅子に腰掛け、容態について話す。
「あれからどう?痛いとこない?」
「大丈夫よ。今日の検診で言われたけど、後2〜3週間もあれば退院できるって」
「本当に?よかった」
ほっと一息つき、カーテンのかかった隣のベッドを見る。
「咲間さんて、いつもこんなに早く寝るの?」
「ああそうだよ。1日何時間もリハビリ頑張ってるから疲れてるんだろうさ」
「……そっか」
「はぁ…あの子ぐらいの年なら、友達とおしゃべりでもして、下校してる頃だろうに…可哀想にねぇ…」
僕は看護婦さんたちの話を思い出し、顔をしかめた。
「……」
「さっ、あんまりうるさくしちゃ悪い。外も暗いし圭ちゃんも気をつけて帰んな」
「ああ…うんそうだね。また来るよ」
祖母に手を振り病室を後にする。
そして暗い通路を抜けて階段の踊り場から一階の鏡を見た――――そのとき。
「!?」
突如、ゾクッと体を刺すような冷気が走った。
「うっ…なんだ!?」
空調設備の故障だろうか、冷気は階段下から来ている。
「今は9月だろ?夜とはいえまだ暑いはずなのに。とにかく誰かに言わないと」
1階まで降りて受付を目指す。
すると次の瞬間。
「ん?」
一瞬、目の前の鏡に自分じゃない誰かが写ったような気がした。
キョロキョロと周囲を確認するが誰もいない。
鏡にはただ僕一人が写っているだけ――――?
「…!?」
一瞬、声も出ないほど驚きビクッと体が後退する。
なぜなら鏡の中、僕の背後にもう一人の誰かが”立って”いたからだ。
その人物は小柄で、とても見覚えのある姿をしていた。
「え…咲間…さん?」




