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シオン  作者: じょにぃ3
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第1話

 僕の目の前で、二人の少女が戦っていた。

腐った植物が周囲を囲む【かがみの世界】で。


 互いのこぶし交差こうさし、口からは血液けつえきき出している。

それはもはや、子供の喧嘩けんかのごとき命のうばい合いだった。



 1ヶ月前のこと。

大学にかよっている僕に実家から連絡れんらくが来た。


『圭、おばあちゃんが』


「!?」


祖母そぼが階段でつまづき、『骨折こっせつ』したのだそうだ。


「ばあちゃん……」


 僕が生まれた時から世話を焼き、わがままを聞いては笑っていた祖母が入院した。

人に話せば「骨折程度、死ぬようなもんじゃない」と笑われそうだが、おばあちゃん子の僕にとっては一大事件いちだいじけん


 しかし、ここ数日の講義選択こうぎせんたくやバイトの忙しさですぐには駆けつけられず、一人暮らしの心細さもあって僕の心は強く揺さぶられていた。


 さいわい病院は実家と大学の中間にあり、自転車なら1時間で行ける距離。

到着すると、受付で祖母は検診中と知らされ「後で呼びますので」と待合席まちあいせきで待つことになった。


「ふー…それにしても暑いな」


 時期は9月の下旬、とはいえまだまだ気温は高く、水分補給すいぶんほきゅうに自販機で飲み物を買うことにした。


ガコンッ


買った飲み物を取りふたを開ける。

すると一つ飛ばして隣の自販機。そこに、ミルクティーのボタンへ手を伸ばす『車椅子くるまいすの少女』がいた。


「んんっ」


紫髪むらさきがみのポニーテールをらし、指先があと少しのところで届かない様子。

それを見て、僕は変わりに押してあげようと近づいた。


「あの、押しま…」


結構けっこうです」


 即座そくざことわられ、おどろきで動揺どうようする。


「えぇ…」


親切心しんせつしんからの行動だったのに、こうもキッパリ断られたら結構傷つく。


「…すいません」


でも、確かに僕は今汗をかいていて不潔だったかもしれない。

特に最近の子はデリケートだからもう少し配慮はいりょすべきだった。


「そ…それじゃぁ」


 後退あとずさり、その場を去ろうとする――――すると。


「あ…」


少女はこちらを見て、何か気づいたように言った。


「あの…すみません、今のは言い方を間違えました。ちょっとイライラしていたもので…」


「え?」


「あなたの行為自体こういじたいには感謝しています。だから気を悪くしないでください」


「は…はあ」


そうして立ち尽くしていると。


「早島さーん、【早島はやしま 圭吾けいご】さーん。もう面会してもよろしいですよー」


 名前が呼ばれ、それに向かって「はーい」と返す。


「じゃあ、行くんで」


そう言って僕は彼女を後にした。


「早島…」



 2階の203号室。

そこは4人部屋の病室で、祖母は左奥にある窓際まどぎわのベッドに横たわっていた。


「あら圭ちゃん、来てくれたの?大学は?」


「今日は午後の講義無いから大丈夫。ていうか僕より自分の心配しんぱいしなよ」


「ありがとうね。まったく…ちょっとつまづいただけなのにダメになったもんだよ…」


 見たところ、祖母に苦しそうな様子はない。足は固定されて動けないが、病室にはテレビや冷蔵庫れいぞうこ、ネット環境かんきょうまでも整っている。

祖母は携帯けいたいも使えるから退屈たいくつの心配はないだろう。


「ふー…大丈夫そうで安心した。母さんたちは来たの?」


「ああ、昨日も来てくれたよ。みんなには迷惑めいわくかけるねえ」


「大丈夫だよ。それより何か食べたいものとかない?買ってくるよ?」


「ああ出さなくていいよ。これ使いな」


祖母はバッグから財布を取り出し5千円札を渡してきた。


「ちょっとばあちゃんいいって…どうせお釣りくれるつもりなんだろ?」


「いいから持っときな。お母さん来ちゃうから、早くしまって」


「いやいいって…僕バイトしてるんだから……」


いくら断っても結局は掴まされる。祖母という人はどうもお金に執着しゅうちゃくがない。

無欲とまではいかないのだろうが、いつも家族のためにお金を使いたがる。

どこのおばあちゃんもそうなのだろうか?


「はぁ…また違う形で返そう」


 1階の売店に向かうため階段で下りていく。

下りた先はT字路になっていて、その真ん中に僕の全身が映り込むほどの大きな鏡が置いてあった。


鏡の左には看板がかけられていて『この先中庭』と矢印が書かれている。


「へー、中庭とかあるんだ」


 矢印の方向にはガラス扉、その奥に緑の景色が見えた。

看板にはこうも書かれている。


『中庭は温室おんしつとなっており、さまざまな植物が鑑賞かんしょうできます。どなたでもお気軽きがるにどうぞ』


「ちょっとだけ行ってみようか」


 ガラス扉を開けると、広々としたほどよい温度おんどの空間が広がっていた。

ヤシの木や色鮮やかな熱帯植物ねったいしょくぶつが並び、中央の噴水周ふんすいまわりにはベンチが置かれている。どうやら患者さんたちの憩いの場にとして使われているようだ。


「思ったより凄いな」


 レンガの道を進み、サボテンのえられた場所が見えてくる。

するとそこに。


「あっ」


「あ…」


先ほど自販機の前で会ったポニーテールの少女がいて、看護婦かんごふさんに車椅子を押してもらいながら中庭を回っていた。


「……」


「……」


目を合わせる僕たちを見て、看護婦さんは言う。


「あら、シオンちゃんのお知り合い?」


 脳裏に「結構です」という少女の言葉がよみがえる。

気まずさのあまり無言でその場を歩き去り、出口と書かれた扉の取っ手を掴みグイッと回す。

出口を抜けるとそこは病院の裏側で、気温39℃にもなるであろう歩道へと放り出された。


「暑っつ…」


猛暑もうしょの中、病院の表に迂回しようとするが、今帰れば表につくころまたあの少女と鉢合はちあわせるかもしれない。

僕は外のコンビニで買い物してから戻ることにした。



「あら、おかえり圭ちゃん。随分ずいぶん長かったね」


「うんまあ、色々あって」


 病室に戻ると祖母の元に母親が来ていた。

今日は平日ということもあって、父や妹は来られなかったらしい。


「あら圭、アンタも何か買ってきたの?」


 母は僕と同じくコンビニの袋を持っており、中から水羊羹みずようかん抹茶まっちゃのスイーツを取り出し机に並べた。


「なんだ、そっちも買ってきたのか」


僕も同じようなラインナップを袋から出し「冷蔵庫に入れとくよ」としまっておく。 


すると母が「ねえ、それでさっきの話」と言った。

祖母は「ああ…可哀想かわいそうにねえ、高校生になったばかりなのに」ととなりのベッドを見る。


僕は汗をぬぐいながら祖母に尋ねた。


「何の話?」


「いやね。隣のベッドの患者さんが高校生の子なんだけど。どうもお家のことで怪我して入院してるらしいの」


「家のこと?」


「まあ看護婦さんから聞いた話なんだけどね…」


 祖母は憐れみながら、その高校生について教えてくれた。


「DV?」


「人様に言うんじゃないよ?なんでも家族に暴力ぼうりょくるわれて『半身不随はんしんふずい』になったんだって」


「えぇ…酷いな。なんだそれ…」


「たからその子、右腕と右脚が動かせないのよ」


『半身不随』体半分の手足を動かすことができなくなる麻痺状態まひじょうたいのことだ。

医学的に治療が難しいと言われているが、リハビリによってある程度は回復が見込めるらしい。


「大変だな…」


そんな話をしていると、病室の外から誰かの声が聞こえて来た。


「はい着きましたよー、リハビリお疲れ様ー」


「いつもすみません」


「いいのよー、これが仕事なんだから気にしないで」


その話し声を聞いた瞬間、祖母は血相けっそうを変えてこう言った。


「しーっ、あの子だよ」


 空いたドアから、車椅子に腰掛こしかけた少女が現れる。

紫髪にポニーテール。見覚えのある姿に僕の全身から再び汗があふれた。


「ウソだろ…」


「あっ…」


 目線が合い、彼女が隣のベッドへやってくる。

そしてゆっくり体を上げながら僕にこう言った。


「今日はよく会いますね」


「は…はは」

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