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しりとり

「……参ったな」

 まさか本当に神隠しに遭うとは。

 別に仮説に自信があったわけではない。

 間違っていてもいいのだ。

 それでも記事は書けるのだから。

 そんな気持ちだった。

 だから、何の準備もしていなかった。

 この真っ暗闇に、手ぶら。

 せめてマッチでも持っていればよかったが、ちょうど切らしていたのが悔やまれる。

 だが、目が少し慣れてきた。

 少し奥に、何かぼんやりと見える。

 あれは……電話か?

 明らかに不自然だが、何か打開策があるとすればそこにしかない気がする。

 足元を気にしつつ――落とし穴がないとも限らない――、電話に近づいてみる。

 電話は空中に浮いていた。

 下辺りを手で探ってみても空を切るし、上にも紐などはない。

 不可解な状態だ。

 まぁ人間をこんな暗闇に連れ込む時点で、神隠しというほかないし、神や天狗の仕業というなら、今更だろう。

 これだけ落ち着いていられるのは、従軍経験があるからだと自分でも思う。

 シベリアのあの地獄の寒さに比べたら、暗いだけなのはまだマシだ。

「ふぅ」

 一拍置いて、俺は受話器を手に取った。

「しりとり」

「……!」

 受話器から唐突に聞こえて来た声に息を飲む。

 若い女の声だった。

 いや、幼い少女と言ってよかろう。

 妙に神秘的といおうか、実在感の無い声だった。

 色々問いただしたい気持ちもあったが、一旦、それは押し留める。

 戦場では下手に動いた奴から死ぬ。

 落ち着いて周囲の状況を見るのが大事なのだ。

 そうして考えてみれば、まず受話器を持っただけで繋がるのがおかしい。

 クランクを回してベルを鳴らし、逓信局の交換手に知らせなければならない。

 なのに、いきなり誰とも知らぬ相手、それも子供に繋がったのだ。

 これも、神隠しに連なる異常な現象に違いない。

ならば騒ぐのは得策ではなかろう。

 まず、相手の意図を考えるべきだ。

 相手は「しりとり」と言った。

 ならば、試しにしりとりで返すべきだろう。

「……りんご」

「ごま」

 ……やはりしりとりか。

 意図はよくわからないが、神隠しをしてまでやりたいのだ。

 だったら付き合わないと、危険だろう。

 ――だが、ただ付き合うのも癪だ。

 相手のことを少しは引き出したい。

 コイツが神なのか天狗なのか幽霊なのか妖怪なのか。

 それによって話は変わって来る。

 幽霊なら念仏が効くかもしれないしな。

 よし、少し攻めてみるか。

「マーラ」

 坊さんから昔聞いた、仏教の魔物の名前だ。

 こいつが天魔の類なら、少しは反応するはずだ。

「ランプ」

 やや間はあったが、声に揺れは無い。

 外れか?

 そう思った次の瞬間、足元が急に光った。

「!」

 ランプだ。

 急にランプが現れたのだ。

 どう考えても、しりとりの結果現れている。

 あるいはゴマもその辺に落ちているのかもしれない。

 ……意図がわからない。

 しりとりの結果で出てくるもので、何をしろというのか。

 少し、意図を探りたい。

「プロペラ」

 日本語にプは極めて珍しい。

 時間制限があるのか知らないが、思い付きの単語を返す。

「ラッパ」

 果たして喇叭が足元に現れる。

 軍隊で馴染みのある喇叭だ。

 たまたまなのか、相手の思う喇叭が軍隊のそれなのか。

「パーマネント」

 本邦には入ってきたばかりの言葉だ。

 明らかに女児たる相手に、通じるか?

 少し間があって、

「時計」

 答えがあった。

 ……なるほど、少し傾向が掴めてきた。

 やはり、相手が答えたものが現れるのだ。

 ……少しひやりとする。

 先ほど、軽率に返してしまったが、虎でも出て来ていたら終わっていた。

 ……だが、今更か。

 戦地では大砲の弾が飛んで来たら終わりだったんだ。

 何も変わっていない。

 それより、帰還出来ればこれは記事になる。

 腹を括って、しりとりを進めよう。

「井戸」

「どらやき」

 ふむ。

 やはりわかりやすい単語は返答が早い。

 床に現れたどらやきをかじり、頭に栄養を回す。

 ただまぁ、狙いとしてはドアだったので、もう一度試してみるか。

「木戸」

「どくぜり」

 ……。

 ドクゼリがぽとりと落ちて来た。

 これはもしかして怒っているのだろうか?

 考えてみると、ラやドが連続している。

 ……だが、しりとりの定石じゃないか。

 それを忌避するなら、なるべく長く続けたいということか?

「リンドウ」

「牛」

 突然、獣臭がし始めて、どこかでモォーと呑気な声がした。

 まさかの牛か。

 少し離れた位置にいるようだが、こっちに寄って来る様子はない。

 暴れる様子がないのは助かるが……。

 光明も見えないが、とりあえず、俺はしりとりを続けることにした。

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